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社会インフラの役割を担う資産管理銀行

2019年3月号

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日本トラスティ・サービス信託銀行(JTSB)と資産管理サービス信託銀行(TCSB)が2021年にも経営統合し、預り資産規模は700兆円の国内最大、世界でも有数の資産管理銀行が誕生する。現在、両社を傘下に置く持株会社、JTCホールディングスの会長に就任した田中洋樹氏に今後、取り組むべき経営課題と資産管理銀行の将来について語っていただいた。

金融ITフォーカス2019年3月号より

田中 洋樹氏 

語り手

JTCホールディングス株式会社 取締役会長
田中 洋樹氏

1981年 日本銀行入行。新潟支店長、考査局参事役、総務人事局審議役などを経て、2008年 金融機構局長、10年 理事に就任。14年 退任。同年7月から2018年9月まで日本アイ・ビ-・エム 特別顧問。同年10月 JTCホールディングス 取締役会長に就任し、現在に至る。

齊藤 春海 

聞き手

株式会社野村総合研究所 専務執行役員
齊藤 春海

1982年 野村コンピュータシステム(現 野村総合研究所)入社。ITプロジェクト推進部長、ECソリューション開発部長を経て、2002年にe-ナレッジ事業本部長。04年 執行役員 証券システム事業本部副本部長に就任。情報技術本部長を経て、09年 金融システム事業本部長。10年4月より常務執行役員、15年4月より現職。

日銀も銀行

齊藤:

JTCホールディングス会長のご就任、おめでとうございます。まず、会長の日本銀行時代の仕事についてお聞かせいただけますか。

田中:

私は、日本銀行でIT部署以外のセクションをほとんどすべて経験しました。日本銀行は「金融政策を行う公的機関」としてのイメージが強いですが、中央「銀行」業務を営んでいるのです。

金融政策というのは、まずもって日本銀行の行う中央銀行業務に関する方針、民間銀行で言うところの営業方針なのですが、それが国民経済的にもあるいは世界経済にも非常に重要な意味がある故に、「金融政策」という言葉で呼ばれているのです。

日本銀行で行っている仕事は、政策決定会合での政策決定で完結するわけではありません。実際に銀行の業務、つまり金融機関から預金をお預かりして決済する、銀行券を発行する、あるいは貸出や国債等を売買するといった業務分野があります。さらに、その業務を実際にどう運用するかという業務の制度設計という仕事があります。民間銀行でいうところの営業企画、業務企画部にあたります。私はそちらの仕事も結構長く携わってきました。その経験を通じて、銀行の経営にとっての事務・実務の重要性については、常々認識していたつもりです。

齊藤:

田中会長は、98年に施行された新日銀法の策定メンバーとお聞きしています。

田中:

日銀法の改正、それを踏まえた新しい日本銀行の組織運営に関する制度設計にも携わりました。

齊藤:

当時、日本銀行の独立性をどう確保するか盛んに議論されていました。この点について相当、気を配られたのではないかと思いますが、いかがでしょうか。

田中:

日本銀行の独立性の確保は法改正の一つの大きなテーマでした。独立性を担保するための具体的な制度として、日本銀行の政策委員会をどのように構成・設計するかということが非常に重要なテーマでした。

さまざまな議論の末に、現在の合議制による政策委員会の形ができあがりました。総裁と副総裁2人の計3人が執行部として入り、それ以外の6人は日本銀行での業務執行の役割のない審議委員という形で参加されています。

これは、コーポレートガバナンスという観点からも全く新しいタイプの組織であり、非常に大きな成果だったと思います。当時の日本で、社外役員的な役割の方が過半数を占めるボードは殆どなかったのではないかと思います。しかも、下から上がってきた案件に単にお墨付きを与えるのではなく、本当にその場で議論して重要事項を決定するボードが設置され、実際に機能したのは、日本銀行が初めてだったと思います。

その後、ほかの公的組織も日本銀行のガバナンス構造をモデルにさまざまに工夫されながら設計されていきました。

相互補完の統合

齊藤:

この度、日本トラスティ・サービス信託銀行(JTSB)と資産管理サービス信託銀行(TCSB)の経営統合にあたり、JTCホールディングスが設立されました。統合・合併に期待するところについてお聞かせいただけますか。

田中:

組織の統合・合併は、ステークホルダーの経済合理性による判断が基本ではあると思います。しかし、会社組織にはそれぞれの生い立ちもあります。さまざまな経営の経緯と歴史を背負っており、それぞれの組織の文化というものがあります。経営統合をすることだけで大きな経営課題の解決策になるかどうか、実はそれほど簡単な問題ではないと思っておりました。統合は経営課題解決のための有力な選択肢の一つであることは間違いありませんが、常に正しい選択肢とは限りません。

しかし、JTSBとTCSBの経営統合については、非常に理にかなう素晴らしい判断を株主の皆様はされたと思っています。

両社の業務内容をよくよく見ますと、JTSBのほうは、信託業務に強みがあり、投資信託や年金等の信託商品のシェアが非常に高い。一方、TCSBのほうは、もちろん信託業務もありますが、生命保険会社からの事務の包括的アウトソーシング、あるいは機関投資家からの常任代理人業務というところに強みがあります。両社が得意とするところが違っておりますので、ちょうどこの両社がお互いの強みを生かし合える、補完し合える統合になっています。

もちろん、規模の利益もあります。2021年頃を目途に両社(実際には、JTCホールディングス及び傘下の2信託銀行の3社)の合併を目指しておりますが、メリットを出していける可能性が高い統合だと思っております。

齊藤:

統合後の預かり資産は700兆円となります。日本国内では、ナンバーワンの資産管理信託銀行になります。成長の余力というのでしょうか、この点についての展望はいかがでしょうか。

田中:

今、世界経済全体は3%から4%くらいの間で成長しております。先進国ではこの水準よりも少し低く、途上国は高いというのがトレンドとして続いているわけです。

グローバルベースでみると、この3%から4%くらいの世界経済の成長のスピードに見合って、資産管理のビジネスも当然、大きくなっていくと思います。そうした中で、私どもの仕事は、お客様からお預かりした資産の決済事務を行うことにある訳ですが、この業務は資本集約的な側面が今なお強いため、事務の品質を上げながら規模の経済を働かせうる分野だと期待しています。

資産管理のマーケットは成熟したマーケットのようにも見えますが、やはり底流ではさまざまな技術革新が進んでおります。新しい技術を利用した新しいサービスをできるだけ早期に提供できるよう、努めていきたいと考えています。

齊藤:

もう、国内というよりもグローバルベースで見たほうがよい規模ではないでしょうか。

田中:

700兆円という規模は、恐らく資産管理銀行では世界で8位くらいになると思われます。日本の金融機関で世界のトップ10に入っている金融機関は少なく、この規模ゆえに、私どもが思っている以上に海外の方々からのこの経営統合に対する関心は高いと感じています。

ただ、海外の大手の資産管理銀行とは成り立ちも違い、私どもの場合、資産管理業務に特化しているという点で、業務内容、顧客層に違いがあります。多様な業務展開を図っている海外の大手に迫り、追いつくことは、一朝一夕には難しいと思います。

社会インフラとしての自覚

齊藤:

統合後の新銀行の経営方針と課題についても、お聞かせいただけますか。

田中:

新しい会社の経営理念について、経営内部で随分議論を重ねましたが、資産管理の世界では大きな環境変化が続いております。変化に対応し、高品質なサービスを提供し続けていくということは結構大変なことです。

たとえば、今後、証券決済関係の制度変更があります。2018年度の国債の「T+1」化に続き、2019年度には、株式の「T+2」化がスケジュール化されています。それから、陛下のご退位に伴う元号対応という課題もあります。

私どもは、決済システムの一翼を担っておりますから、他のさまざまな決済機関とつながっています。日本銀行(日銀ネット)、全国銀行協会(全銀システム)、証券保管振替機構(決済照合システム等)、加えて、SWIFTなど海外との接続ネットワークがあります。それぞれの機関のシステム更改があれば、当然、当社も対応していかなければいけません。それぞれ相互に影響しあっていますので複雑な作業となります。

齊藤:

今回の統合は、すこし見方を変えますと、日本の資産管理の社会インフラとなることを意味していると言っても過言ではありません。単なる巨大な銀行ができるということとは違うことだと思います。インフラとしての責務という側面も意識されるのではないでしょうか。

田中:

ご指摘の通り、金融インフラを超えて社会的インフラであるという色彩が強いと思います。もちろん、民間の企業ですし、パブリックセクターに属しているわけではありませんが、やはり社会全体の、国民生活全体のために役に立つ金融インフラを運営している組織である、ということは間違いないわけです。

こうした社会インフラであるということは、私どものグループ経営では重きを置いているポイントとなっています。

株主あるいは従業員を含めたさまざまなステークホルダーに対して統合のメリットをなるべく早く出していきたいという気持ちは非常に強いですが、同時に社会インフラとして、この統合を安全確実にやっていくことも極めて重要だと思っております。決済が滞るようなことがあれば、大きな混乱を招きます。そういう意味で、拙速が許される組織ではないということは強く感じております。

齊藤:

一方で、これ程の規模になりますとグローバルベースでも十分戦えるのではないかと思います。今後のグローバル面での経営展開についてはどのようにお考えでしょうか。

田中:

そうですね、思いは大きいです。思いは大きいですけれども、大きい思いを先に語るとつまずくと思います。

今私どもが解決しなければいけないのは、違う組織から発生した2つの組織、カルチャーも違う、事務のプロセス、システムも違うという2つの銀行を、まずは一つの形にするということです。両社は同業であり、働いている人々のメンタリティも基本的には同じだとは思いますが、それでも2つの組織を1つにまとめていくことは、極めて難易度の高い仕事だと思っています。

統合作業を進める中でも毎日の決済業務が途切れることはありません。それをおろそかにするわけにはいきません。「統合作業があるから、業務を1日止めます」と言える組織ではありません。そういう意味で、システム的に見ても非常に難易度が高いものですし、まずはそこに経営資源を集中すべき、というのが私の考えです。

当社が、お客さまから信頼を得て、信託業務や常任代理人業務、生命保険会社からの事務のアウトソーシング等、預かり資産について、そのマーケットシェアを少しずつ伸ばしてきたのは、事務品質が高いことへの評価だと考えています。その点において私どもは非常に大きな競争優位を持っていると自負しております。

品質が良いということは、事務処理に誤りがない、事故が少ないことはもちろん、お客さまが求めておられるようなレポートをタイムリーに提供できるといったことも、非常に大事なことです。私どもとしては、今後もその優位性が揺らぐことがないように、しっかりとやっていくということです。

事務処理はできて当たり前と一般の方々には思われがちですが、品質の維持というテーマも、経営努力を要することなのです。

ITへの取り組み

齊藤:

ITへの取り組みについてもお聞かせください。フィンテックも含めた新しい金融サービスが勃興しています。新しい会社の中でIT技術の取り入れが重要になってくるように思います。

田中:

ITの技術は、まずCPUなどの半導体チップの性能がムーアの法則に沿った形で急速に向上しました。また、データ保存のディスクの容量も幾何級数的に拡大してきました。また、さらに重要なこととして、ネットワークの機能も急速に高まってきました。こうした一連のITの基盤技術をめぐる革新が、この20年くらいの間に起こったわけです。この技術革新の成果を享受してきた業態の一つが、資産管理専門銀行だと言えます。JTSBもTCSBも、新しい技術を取り入れつつ、事務の合理化を進めることで、お客様の期待に応えてきたと言えます。

直近では、この3つのトレンドに加わる形で、いわゆるフィンテックと呼ばれるような新しい技術が出てきて、それが銀行業のあり方も変えるようなインパクトがあるのではないかと盛んに議論されています。

しかし、フィンテック等の新技術が資産管理のビジネスにどのような影響を与えるのか、実はまだみえていないのが実情です。今の私どものビジネスは、いわゆるB to Bという範疇にあります。フィンテックはどちらかというとB to C、カスタマーエクスペリエンスの世界です。

ブロックチェーン技術も日本国内でもいくつか実証実験が行われ、アメリカでも証券決済関係に絡めていろいろトライアルはされています。しかし、まだ、証券決済の現場で本格的に使えるような技術になっているかどうかについては、いろいろな見方があります。

齊藤:

私は資産管理面ではブロックチェーン技術は非常にマッチしているという気がします。新たなチャレンジができるようになれば、非常に楽しみな話です。

田中:

そうですね。ただ、証券決済においては、「信頼できる第三者」がどうしても必要となるので、そのこととブロックチェーン技術の特徴とを、どう生かしていくかが、大きな課題になるわけです。

ただ、私が申し上げたいことは、だからといってこうした新しい技術がわれわれのビジネスの外側にあるとは全く思っていないということです。まだまだ私どもが知らないところでいろんな技術開発が行われているはずです。そうした新しい技術に対応するための投資余力を生み出すためにも、この経営統合を進めていくことが重要だと思っています。

齊藤:

NRIもさまざまな新しい技術を提供しておりますし、また信託財産管理面でもいろいろなサービスもさせていただいています。

ぜひ今後ともあらゆる面でご支援させていただきたいと思っております。本日はありがとうございました。

(文中敬称略)

 

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