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長く愛される投資信託のブランド品をつくる

2019年4月号

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国内株式へ投資する投資信託として日本最大の純資産残高を誇る「ひふみプラス」。「ひふみ」という投資信託のブランド品はどのようにして誕生したのだろうか。日本の投資信託市場の「穴」を見つけ、その穴を埋めるために起業したというレオス・キャピタルワークスの代表取締役であり最高投資責任者でもある藤野英人氏に投資信託にかける思いを語っていただいた。

金融ITフォーカス2019年4月号より

藤野 英人氏 

語り手

レオス・キャピタルワークス株式会社 代表取締役社長
藤野 英人氏

1990年 野村投資顧問(現野村アセットマネジメント)入社。その後、複数の外資系運用会社を経て、2003年 レオス・キャピタルワークス創業。主に日本の成長企業に投資する株式投資信託「ひふみ」シリーズを運用。一般社団法人投資信託協会理事。投資教育にも注力しており、JPXアカデミー・フェロー、明治大学商学部兼任講師も務める。著書に『さらば、GG資本主義』(光文社新書)ほか多数。

横手 実 

聞き手

株式会社野村総合研究所 執行役員 資産運用サービス事業本部長
横手 実

1989年 野村総合研究所入社。共同利用型証券バックオフィスソリューションの企画・設計を長年担当。2005年 大手証券会社に出向し、インターネット証券会社システム企画部長。08年 NRIに戻り、10年 STAR業務推進部長。14年4月 執行役員 証券ソリューション事業本部副本部長、17年金融ITイノベーション事業本部副本部長を経て、18年より現職。

ゴジラに洗脳され起業家へ

横手:

藤野さんは様々なメディアを通して、御社の経営方針や投資に対する考え方を発信されています。それらが投資家の方々に響いて、いまや「ひふみ投信」はブランド化され、残高は着実に伸びています。この状況を、どのように捉えていらっしゃいますか。

藤野:

ここ2年ほどの残高の伸びは想定を超えていましたが、狙いどおりでもあります。

横手:

いい意味で期待を裏切ったということですか。

藤野:

いいえ。狙っていました。おそらく、こういうことは偶然にできることではなくて、狙わないとできないことだと思うんです。

横手:

それは規模のイメージですか。

藤野:

規模です。日本で一番大きな日本株ファンドを狙っていたので、そうなるためにはどうしたらいいかということは常に考えていて、仮説どおりに進めたというところはあります。ただ、ホームランは狙わなければ打てないし、狙っても打てないですよね。それと同じです。

横手:

いろいろな個性のあるブティック型のファンドがあって、それに共感して投資する方はたくさんいらっしゃいます。しかし、規模の面ではどうしてももう一歩といったところがあるように思います。ここはもう一段どんな工夫をされたらいいのでしょうか。

藤野:

それをお話するには、なぜ僕が運用会社を起業したかという話から始めたいと思います。

僕は、法学部出身で検察官か裁判官になりたかったのですが、在学時代に合格しなかったため、いったん社会人になって2年くらいお金をためてからまた司法試験に臨もうと思っていました。ゼミの先生に相談したところ、一般的に、司法界の人たちは経済、特に金融に詳しくない。そこを勉強しておくと付加価値がつくと言われたんです。当時はバブルで、稼げるイメージもあったので、野村アセットマネジメントに就職しました。最初は腰かけのつもりで入ったんです。

たまたま配属されたのが中堅・中小企業の部署。「店頭市場」といわれていた時代で、今はJASDAQに上場するような企業を調査して、よい会社に投資する、という仕事です。これはやりたかった仕事というわけではありません。どちらかといえば、三菱重工やトヨタ自動車といった大手企業を対象にするのがエリートだと思っていたので、「なんで入社してすぐに左遷されちゃったんだろう」といった意識を持っていました。

毎日、中堅・中小企業のおじさんがやって来て、自分たちの会社についてわーっとしゃべるんです。しかし、日本語なのにほとんど理解できない。それはなぜかというと、商売をやったことがないし、商人の心がわからないから。一から立ち上げて物をつくっている人たちの心意気がわからないため、当初は本当に戸惑いました。それが、半年、1年と、ゴジラのような強烈なおじさんたちから放射線を浴び続けていると自分もミニラになっていくんです。

横手:

洗脳されるんですね(笑)。

藤野:

なんか「稼ぐぞ」「一旗揚げるぞ」みたいな、そういう起業家マインドが知らず知らずのうちに打ち込まれていったところがあります。

ラッキーだったのは、彼らは僕を勝負の相手と見ていたことです。「藤野さんに起業家マインドを伝授してやろう」なんていう気持ちはゼロ。彼らは、野村アセットの巨額なお金を引き出すために、この若者をどうやって納得させるかということに必死だったわけです。彼らは真剣勝負の場で最高の力でぶつかってきた。これこそが最高の教育です。結果的に、それが自分にとって非常に勉強になりました。

当初は、あまりにも強くて熱くて濃厚で野性的で野蛮で生臭くて耐えられなかったんです。それが、毎日浴びていると、たまに一部上場企業の調査に行くと物足りなくなるんです。「なんか、コクがないね」みたいな。

横手:

いい意味で彼らは個性的。

藤野:

「個性的」という言葉は相当クリーニングされていますね。

横手:

なるほど、では、「毒」とか。

藤野:

そう、毒に近い。でも、そのお陰で「これが世の中で、これが社会なんだ」というのが分かったんです。

そうこうするうちに、2、3年が経ち寮を出る時がきた。押し入れの中から司法試験の教材がいっぱい出てきました。「あ!」っと思い出したけれども、仕事に夢中になっていて、結果的には「いつか自分もあの社長たちのように起業したい」という思いのほうが大きくなっていました。

横手:

起業したいと思っても、何を手がけるかは難しいですよね。

藤野:

起業家としてどういう切り口があるかと考えていたときに、結構大きなことを発見したんです。それは「起業というのは、穴を見つけて穴を埋めることだ」ということです。「なぜここに穴があるのかな?」。その穴をたたいたり、匂いをかいだり、下りてみたりしながら、「この穴は、埋められるかな。埋めると便利になるかな」と考えて、「よし、埋めてみよう」というのが起業だと思うんです。起業というと、何もないところに、高いビルや塔をつくり上げるイメージがあるけれども、いろんな経営者と話をしてみると、穴を埋めるところからスタートした人が多いんです。

横手:

藤野さんは、その穴を投信業界に見つけたんですね。

藤野:

長く愛されるファンドがない、ブランド品がないと気付いたんです。

例えば食品の市場だと、「ポッキー」「きのこの山」「たけのこの里」「カール」など、お菓子だけでも山のように誰もが知るブランド品があります。

食品の市場はたかだか10兆円くらい。投信は、公募が100兆円、私募も入れると200兆円で、非常に大きい市場です。なのにブランド品がない。

周りに「なぜブランド品がないのか」と聞いたら、「そもそも金融商品とポッキーを比較するな」「ポッキーは単価が低い」と言われる。でも、元々投信というのは小口で、いろんな人に持ってもらうための商品です。そう反論すると、「ブランド品を作ったら、長く持たれてしまうではないか」と。「長く持たれたほうがいいよね?」と言うと、「そうしたら、儲からないでしょう?」と。「「儲からない」って、誰が?」、「業者が、だよ」と。

「ここに穴があった!」と思ったんです。経営資本力で言えば、大手の運用会社は身震いするような競争相手です。しかし、彼らはブランド品をつくるという土俵では戦っていない。だったら、自分にも勝てる余地があると考えたんです。時間をかけて、ブランド品のマーケティングをこつこつやれば、結果的にお金が集中するに違いない、という仮説をたてました。これが、先ほどの「狙っていた」ということなんです。

横手:

ひふみ投信は、若年層をターゲットにしていますよね。

藤野:

ブランド品をつくるにあたって、顧客層を絞ろう、と考えました。多くの金融機関はシニア、富裕層を相手にビジネスします。それは、その層が日本人の人口割合では2割な©のに、8割がたの資産を保有しているからです。金融機関の論理からするとそのほうが効率的なんです。

僕たちは、それ以外のいわゆる30~40代の資産形成層に特化することにしました。資産の割合でいうと2割以下です。しかし、個人金融資産は1,800兆円ありますから、その20%というと360兆円です。十分大きいです。しかも、ほとんど競合がいない。そして、その中でも特に若い世代にフォーカスしました。

横手:

どのように若い世代へアプローチしたのですか。

藤野:

SNSを使ったマーケティングです。それから、一般的に金融機関は9時―17時の間で仕事をしていますが、17時以降と休日をセミナーなどの営業の主戦場にしました。

また、長く持ってもらうことを重要視していたので、新規の獲得よりは、既存のお客さまに喜んでもらうところに集中しました。丁寧な情報開示などによって既存のお客さまの満足度があがることで、結果的に、口コミの増加につながりました。

横手:

まさに現代的なマーケティングですね。顧客が顧客を連れてくるという最高のパターンです。

藤野:

ひふみ投信は10年間、高いパフォーマンスを続けてきました。そうしたトラックレコードが売れている理由だ、と業界の人は結論付けています。

もちろん、運用上の工夫はしてきましたので、そう思っていただくのは悪くないですが、売れている理由は、商品戦略やマーケティングによるところが非常に大きかったと思います。

投信業界のポッキーを目指して

横手:

直販から始まって2012年からは、ネット証券や地銀を通した販売も始められました。直販に限定しなかったのはなぜですか。

藤野:

お客さまにとって近いところで買っていただきたいという思いがあるからです。距離には、物理的な距離、心理的な距離の両方があります。隣同士でも仲が悪かったら永遠に交わらない距離になりますから。

レオス自体に心理的な距離が近ければ直販で。目の前にお店があったとしても、インターネットやスマホのほうが「近い」と感じる若い人は、直販やネット証券で。そして地元の地銀が身近だと思う人は地銀で、というところがあります。

横手:

それは藤野さんにとって、チャネルというよりはブランド品としてのひふみ投信にこだわりがあるということですね。

藤野:

そうですね。それと同時に、やはりどこでも買えるというのは大事です。ポッキーはブランド品だけれども、どこでも買えます。ブランドには二つあって、手が届かないことで成りたつブランドと、買おうと思えばどこでも買えることから生まれるブランドです。僕らが目指しているのはシャネルではなくてポッキーなんです。

横手:

それは面白い発想です。

藤野:

ポッキーと言えば、誰でもどんなお菓子か想像つきますよね。日本の投資信託というのは、例えば「**運用会社の日本株投信 通貨選択A型」みたいな売り方をしているでしょう。これは、ポッキーを「江崎グリコのチョコレートのかかった棒状のクッキー」という表現で売っているようなものです。しかもそれを、業界の誰もおかしいと思っていないわけです。

横手:

わかりやすく、誰からも同じイメージで捉えられるのは大事ですね。みんなが紹介したくなるような投信。そうした世界観がないと広まらないのかもしれません。

藤野:

だから名前を選ぶときも、なるべくわかりやすく、平仮名で馴染みのある名前にしようということで「ひふみ」にしました。難しい感じがしないでしょう。

今は、投信のチャネルは窓販が主流ですが、窓販からネットへの流れは、これから5年、10年必ずやってきます。そのとき、ネットでどれだけ知名度の高い商品になるかはすごく大切なところです。

横手:

海外では、ファンドのほうがネームバリューがあります。例えばファンドのコマーシャルを流しているのは運用会社であって販売会社ではありません。

藤野:

僕にはベンチマークにしている会社が4社あって、そのうちの一つがFidelityです。Fidelityのマゼランファンド、ピーター・リンチのようになりたいと思っているんです。マゼランファンド自体がブランド化されています。ピーター・リンチが担当した13年の間に、24億円のファンドが700倍の1兆6,000億円くらいまで伸びました。「このお金で家を買いました」「このお金が元で学校に行けました」「結婚できました」というお礼の電話がいっぱいかかってくるようなファンドを彼はつくりあげたんです。

無競争領域が競争領域へ

横手:

藤野さんは投信協会の理事もされています。資産運用業界に対する展望をお聞かせいただけますか。

藤野:

投信協会の岩崎俊博会長は、協会初の専任の会長ということもありますし、彼自身に、改革したいという気持ちが強くあったこともあり、だいぶ体質が変わりました。運用会社にもいろんな危機感があるので、活発な議論がされています。顧客志向やフィデューシャリー・デューティーについても、真剣さの度合が変わったように感じます。

また、シニア層に偏り過ぎていた投資家層に、若者を呼び込まなくてはいけないといった話も出ています。昨年スタートしたつみたてN I SAも、業界の現場では「儲からない」ということで積極的になれずにいるところがあります。しかし各論ではそうであったとしても、総論では「つみたてNISAのような形で若い人たちのお金を呼び込まないと、俺たちの業界は成り立たなくなる」という危機感はあるんです。それは結局、ターゲットを20%の富裕層から、ひふみのターゲット領域に入ろうとしているということです。

僕らの領域は今まで無競争でしたが、今後10年という軸で見ると、多分競争が出てくると思います。しかし、それは大歓迎です。

横手:

最後にNRIに対する要望をお聞かせください。NRIは、資産運用業界の発展のために、縁の下の力持ちではないですけれども黒子となって尽力したいと思っています。

藤野:

一番お願いしたいのは、ベンチャーの運用会社への支援です。一部努力されていると思いますが、T-STARといった投信計理のバックオフィスシステムについて、残高規模に合わせて、かなり安く提供していただけるとありがたいです。

横手:

これはまさにやらせていただいているところですが、さらにもう一段ということですね。

藤野:

そうです。ある種の出世払いです。30社、40社あれば1社くらい化け物が出てくる可能性はあります。

横手:

私どもも、スタートアップをご支援させていただくことで、運用業界が活発になり、新しいイノベーションが生まれるようなことをやっていきたいと思っています。

藤野:

東京都が進める「国際金融都市・東京」の構想についても、NRIのバックアップがあるとすごくいいと思います。

横手:

ありがとうございます。楽しい話ばかりで、他にも聞きたいことがいっぱいあったのですが時間がきてしまいました。是非とも、続きを聞かせていただけたらと思います。本日はありがとうございました。

 

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