グローバル企業が集まる国、アイルランド
イギリスの隣に位置し、北海道の面積よりも小さい国、アイルランド。地味な国に見えるが、世界のグローバル化ランキングは日本よりもずっと高い。国は、外資系企業を積極的に受け入れる方針であるが、向かう企業側もアイルランドに惹きつけられている。アイルランドでビジネスを展開する魅力について、アイルランド政府産業開発庁 日本代表のフィッツジェラルド氏に語っていただいた。
語り手
アイルランド政府産業開発庁 日本代表
デレク・フィッツジェラルド氏
アイルランド、リムリック大学にてエンジニア工学士を取得後、1994年に来日し、日系大手電子部品メーカー、在日米国3D・CADソフトウェア会社、在日インド系エンジニアリング・サービス会社の日本支社長などを経て、2010年1月から現職。また、2001年から2009年までアイリッシュ・ネットワーク・ジャパンの会長を務めるなど、積極的に日本・アイルランド間の交流に携わる。
聞き手
株式会社野村総合研究所 研究理事 未来創発センター長
桑津 浩太郎
1986年 野村総合研究所入社。情報システムコンサルティング部、関西支社などを経て、2004年 情報コンサルティング2部長就任。その後、ICT・メディア産業コンサルティング部長を経て、2017年 研究理事に就任。ICT、特に通信分野の事業、技術、マーケティング戦略と関連するM&A・パートナリング等を専門とし、ICT分野に関連する書籍、論文を多数執筆。
アイルランドにおけるBrexitの影響
桑津:
Brexitは、ここに来てさらに混迷を増しています。お隣の国であるアイルランドから見て、どのように見ていらっしゃいますか。
Fitzgerald:
もともとアイルランドとUKは緊密かつ良好な関係にありますので、われわれにとってBrexitは非常に残念な結果だと考えています。ただし、国民に問うた選挙の結果ですので、認めざるを得ません。
アイルランドとUKの間では貿易量も多いので、アイルランドにとってUKが離脱することのデメリットは大きいです。EUもそのはずです。
面白いのは、アイルランドの中では、どの人と話しても「Brexit」「Brexit」、テレビを見ていても「Brexit」「Brexit」、ラジオを聞いていても「Brexit」「Brexit」と、本当にBrexitばかりです。しかし、フランス、ドイツといった大陸では、必ずしもそうではないようです。既に決まったことなので、普通の生活に戻りましょうということのようです。
メイ首相とEUの間で合意した離脱協定は、非常によくできたものだと思っていました。しかし、UKの議会では、3回、否決されました。メイ首相の後任がどなたになるか分かりませんが、新聞などではBoris Johnson氏が有力視されています。元々彼はBrexit賛成派ですので、既存の離脱協定はのめないと思います。ですので、もう一度交渉するといわれていますが、EU側としては、その余地はないと考えています。そうするとハードBrexitになる可能性が高まっているのではないかと思います。
ハードBrexitになるのかソフトBrexitになるのか、新しい選挙をするのかしないのか、毎日、その可能性は変わっています。
桑津:
そういう状況の中で、UKに拠点を置いていた企業は、今後拠点をどうすべきか、サービス・事業の基盤をどこに置くのかを真剣に考えています。
日本の企業の多くは比較的、フランスのパリであったりドイツのフランクフルトであったりと、大きな国の主要都市をイメージしています。しかし、米系の企業、特にGAFAのような企業は、アイルランドを高く評価して、アイルランドへリソースを置いています。これはなぜなんでしょうか。
Fitzgerald:
いくつか理由があります。その一つは、歴史につながるところがあります。アメリカには、元々アイルランドから移民した人が多いということもあって、アイルランドの国自体をよく知っているということがあります。しかも言語は英語です。これは大事な要素です。ですので、Brexitの話が出る前から既に、アメリカの会社はかなりアイルランドに来ています。そしてBrexitを機に、UKからアイルランドに行くという傾向も出てきています。
2点目として、労働法の性質によるところがあると思います。世界を見ると、アメリカの労働法はかなり融通が利く法律です。また、アイルランドもイギリスも「commonlaw」なので、融通が利くんです。
桑津:
大陸法に比べると、ビジネスをしっかり見ている法律なんですね。
Fitzgerald:
もう一つ大事な点が、法人税です。12.5%という低い税率ですので、非常に魅力的だと思います。
アイルランドには、GoogleやAppleの欧州の本部があります。そのことについてあまりポジティブな捉えられ方をされていませんが、両社ともアイルランドで実体があります。Googleでは7,000人くらい、Appleでも6,000人くらい働いています。
桑津:
すごい人数ですね。
Fitzgerald:
同じように、Facebookは国際本部を置いて2,200名くらい働いています。そのほか、LinkedInは1,000名くらい、AirbnbやUberも大体500名くらいです。こういったITの企業がアイルランドに集まってきています。
更にもう一つ、最後に挙げるのが実は一番大事な理由で、人材が優れていることです。まず、非常に若い人口構成で、人口の50%が35歳以下です。そして、アイルランドの大学進学率はヨーロッパの中で一番高いんです。大学への進学率は70%を超えています。
桑津:
教育に力を入れていることがよくわかります。
Fitzgerald:
大学までの授業料が無料ということも大事なポイントだと思います。アイルランドでは、お金があるなしに関係なく、基本的に努力をすれば大学に入学でき、キャリアを積めるようになっています。また、小さい国ということもあり、企業と国と大学の研究開発におけるコラボレーションが非常にうまくいっています。
例えば、一般のソフトウエアエンジニアよりもクラウドコンピューティングのエンジニアの求職が多く、学生にとって、一般の学位よりも特定の学位が必要とされる場合には、大学がクラウドコンピューティング用の学位をつくったりします。
桑津:
即戦力のある学生を企業に供給できる仕組みができているんですね。
Fitzgerald:
そうです。
桑津:
私は、Brexitをきっかけにアイルランドに注目したのですが、お話を伺っていると、以前から高い評価があり、Brexitによってそれが再確認されたという印象を持ちました。
Fitzgerald:
そうですね。
アイルランドにとってBrexitの唯一のメリットは、UKからいろんな会社がアイルランドに来ることです。
桑津:
貿易ではマイナスということでした。
Fitzgerald:
北アイルランドとアイルランドには国境があるので、非常に難しいです。昔はいろんなテロ事件もありましたが、今は非常に安定しています。この状態は維持したいところです。
桑津:
金融機関は、大きなマーケットがあるパリやフランクフルトに行っていると思っていたのですが、そうではなくて、ミドルやバックオフィスは相当アイルランドに来ているという話を聞きました。
Fitzgerald:
UKから拠点を移動するにあたって、免許を取り直さないといけない業界が特にアイルランドに来ています。金融、製薬が多く、IT関係が続きます。今だと大体70社くらいがUKからアイルランドへ来ていて、そのうち60社前後が金融です。
既に発表しているところでいうと、Barclaysはもともとアイルランドでは150名体制でしたが、300名に増員するということです。また、1,900億ユーロのアセットをシフトしているということです。
CitibankはEUの本部が既にアイルランドにあり、2,500名いますが、更に増強するということです。
桑津:
フランスやドイツですと、パリやフランクフルトといった主要都市に企業が集中しているように思いますが、アイルランドは必ずしもダブリンに一極集中というわけではなくて結構バランスの取れた展開になっている、という話を聞いたことがあります。
Fitzgerald:
金融については、正直なところやはりダブリンが一番人気です。その他は、第2の都市であるコーク、第3の都市のリムリックです。人口は、それぞれ25万人、7万~8万人ですので、大きくはありません。ダブリンに本部を置いて、その他の都市にサテライトオフィスをつくるというパターンが多いです。ダブリンからサテライトオフィスまで車で大体2時間くらいで行けるので、移動はしやすいです。
しかし、ダブリンもそうですし、パリもフランクフルトもそうなんですが、急に企業が押し寄せてきましたので不動産の価格が高くなってしまっています。
桑津:
今、地価が下がっているのはイギリスくらいですね。
予想以上に日本企業がもう既に来ているという話を聞きました。
Fitzgerald:
今、日本からは35社くらいがアイルランドに来ています。金融、製薬、医療機器、IT企業です。例えば製薬会社の武田薬品、アステラス製薬は、両社とも工場を2つ持っていますし、業務の拡大もしています。ITで今一番すごく盛り上がっているのは、リクルートの子会社のindeedです。今まで1,000名体制でしたが、1,600名に拡大し、ヨーロッパ全体のオペレーションを行う予定であることが発表されています。
アイルランドに拠点を構えるにあたっての留意点
桑津:
Brexitをきっかけとしたアイルランドへの移転以外にも、長い目で見たときに、拠点をアイルランドに置きたいという動きはあるかと思います。そのときに、こういうところに気をつけておいたほうがいいといったアドバイスを日本企業に頂けますか。
Fitzgerald:
基本的に日本の会社は、自分のお客さまがいる場所について行くパターンが多いように思います。ですので、フランス、ドイツなどの大陸欧州に行くケースが多いです。しかし、日本の会社は、素晴らしい技術を持っていますので、もうちょっと世界の舞台に出ていってほしいと思っています。
桑津:
ちょっとお客さまに近づき過ぎですか。
Fitzgerald:
それはもちろんいいことでもあります。
桑津:
重要だけれども、単純にお客さまだけを見て仕事をしているよりは、面といいますかヨーロッパ全体を捉えるようなビジネスの仕方もしくは戦略を強化したほうがいいということですよね。
Fitzgerald:
「お客さまが行ったので自分達もついて行く」ということもありだとは思います。ただ、ヨーロッパにいるお客さま向けに、自ら欧州に行くという選択をしてもいいと思うんです。もちろんリスクを伴いますので、デューデリジェンスやマーケットリサーチを十分に行う必要はあります。ただ、こういう選択をすると、もっと日本の会社は成功できるのではないかと思います。
そのほか、アイルランドに限ったことではありませんが、ヨーロッパでビジネスをする上で、欧州委員会が決める規制をしっかり理解する必要があります。日本よりも厳しい規制もあります。
あと、文化を理解することも大事です。北と南、東と西では、文化が若干異なります。イタリアやスペインではシエスタが入りますし、フランス人は8月にみんなが1カ月休むといった慣習があります。ドイツは真面目であるとか。
アイルランドの良さは中立的なところです。ヨーロッパの中で本当に中立的な国はスイスとアイルランドです。
また、アイルランドは間違いなく、EUに対して非常にポジティブです。この間アンケートのようなものを実施したのですが、9割くらいのアイルランド人がEUを支持しています。ですので、EUを離脱するということはないです。域内では税関を通らずに済みますし、為替の変動の心配もありません。
桑津:
ヨーロッパ以外の国からアクセスするときのコンタクトのしやすさ、コミュニケートのしやすさという面でもアイルランドの評価は高いですよね。
Fitzgerald:
ありがとうございます。
桑津:
日本企業がアイルランドでビジネスをしたい場合には、まず、デレクさんが代表を務められているアイルランド政府産業開発庁にコンタクトすればよいのですか。
Fitzgerald:
そうです。われわれはアイルランドの営業マンですので、アイルランドへの興味が湧いたら、声をかけていただきたいです。
例えば、データセンターをつくりたいと思っていましたら、われわれは既にデータセンター用の土地を持っていて、電気もファイバーも整備してあります。簡単に言ってしまうと、あとは建てるだけです。
あとは、そのビジネスに対して、どういう人材がいるかを紹介することができます。
会社を設立するためのプロセスがアイルランドは非常にシンプルなので、1週間、2週間あれば会社はつくることができます。そうしたことをご案内できます。ただし、銀行口座をつくることには時間がかかります。
一番大事なのは、直接会って、要望を聞いて、それにあわせたアイルランドの情報をお伝えすることだと思っています。
桑津:
アイルランドが、手厚く外資系企業の受け入れを図っているのがよく分かりました。一方で、アイルランドの国内企業の方々に、抵抗といったものはないのでしょうか。
Fitzgerald:
あまりないです。それには大きな理由があります。
アイルランドの人口は、100~200年前と比べて半分なんです。それは150年前に飢饉があり、100万人くらいが亡くなり、300万人くらいが海外に移民しました。行先は、アメリカが最も多く、その次にヨーロッパとオーストラリアと続きます。当時、行った先の国の方々が歓迎してくれたそうです。
もともとアイルランドは、得意とする産業は農業と観光で、決して裕福な国とは言えませんでした。40年ほど前に、政府の方針が変わり外資を誘致するようになりました。そうした時、過去の恩返しではないですが、アイルランドに来てくれることに対して、みんなウェルカムなんです。今、アイルランドの人口の約17%が外国から来た人です。
桑津:
自国のマーケットにビジネスを囲ってしまおうというのではなく、お互いにビジネスを盛り上げていこう、という発想なんですね。
最後に、余談になるのですが、アイルランドは「お酒がおいしい。料理がおいしい」と聞きます。
Fitzgerald:
アイルランドで有名なのはギネスビールです。本当に綺麗なお水で作っていますので、美味しいビールに仕上がっています。それと、ウィスキーも有名です。アイルランドはウィスキーを発明した国で、世界で一番古い蒸留所が北アイルランドにあります。最近は見かけなくなりましたが、ウィスキーをチェイサーにしてギネスビールを飲むという飲み方があります。ウィスキーは水割りではなくストレートです。
食べ物も日本人の口にあうと思います。島国ですので、魚は新鮮です。牛は牧草を食んでいるので、その牛肉はオーガニックです。
桑津:
訪問するのがますます楽しみになる情報です。いろいろなVIPを連れていきたいと思います。本日は、ありがとうございました。
(文中敬称略)
ダウンロード
グローバル企業が集まる国、アイルランド
ファイルサイズ:931KB
お問い合わせ
お気軽にこちらへお問い合わせください。
担当部署:株式会社野村総合研究所 コーポレートコミュニケーション部
E-mail:kouhou@nri.co.jp
新着コンテンツ
-
2024/09/30
-
2024/09/12
投資情報レター
-
2024/09/12
投資情報レター