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「何のために」DXで変革をおこすのか?

2019年10月号

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どの経営者もデジタル化への対応が企業の存続に影響を与え得る重要事項であることを認識している。しかし、実際、どう対応すべきかで悩んでいるというのも事実である。デジタル化する目的は何か。その目的を考える時に忘れてはならないのは何か。デジタル、AIの時代であるからこそ、人間の「お客様への共感」が重要だと説く一橋ビジネススクール教授の一條和生氏に語っていただいた。

金融ITフォーカス2019年10月号より

語り手 一條 和生氏

語り手

一橋ビジネススクール 国際企業戦略専攻長 教授
一條 和生氏

一橋大学講師、社会学部専任講師、同助教授、同大学院教授を経て、現職。2003年~08年 スイスのビジネススクールIMDで教授として勤務。日本経済新聞社 日経ビジネススクール アドバイザリーボードメンバー、IFI(ファッション産業人材育成機構ビジネススクール)学長、日本ナレッジマネジメント学会会長他、企業の社外取締役も兼務。

聞き手 林 滋樹

聞き手

株式会社野村総合研究所
常務執行役員 金融ITイノベーション事業本部長
林 滋樹

1988年 野村総合研究所入社。PMS開発部に配属。保険システム部、金融ソリューション部門プロジェクト開発室長、金融ITイノベーション推進部長を経て、2007年に野村ホールディングス株式会社に出向。09年にNRIに戻り、保険システム推進部長。12年 執行役員 保険ソリューション事業本部副本部長。2014年 同本部長。2016年 常務執行役員。2017年より金融ITイノベーション事業本部長。

デジタル化を推進する上での組織のあり方

林:

一條教授のご経歴を拝見すると海外でご活躍されています。

一條:

2001年に、スイスのローザンヌにあるビジネススクール、IMDに初めて行きました。その後、2003年から08年までは、IMDを中心に講義を行っていました。現在は、一橋大学がメインになっていますが、IMDには今でも客員教授という形で、関わっています。

林:

グローバルプレーヤー、多国籍企業は、スイスを目指すという話を聞いたことがあります。惹きつける雰囲気があるのでしょうか。

一條:

ジュネーブにあるJT Internationalの本社にお邪魔したことがあります。同社のナンバー2の方は当時、世界中から魅力ある、能力ある人材を採るためにはやはり場所が大事で、スイスは魅力的、とおっしゃっていました。

林:

IMDのビジネススクールに来られる方の特徴はあるのですか。

一條:

IMDのMBAは、小規模で90人しかいません。HarvardのMBAには毎年800人くらいの新入生が入りますから、規模の違いは分かると思います。IMDが力を入れているのはエグゼクティブ教育です。

林:

既に、企業の経営に携わっている方々が対象ということですね。

一條:

そうです。短いものであれば1週間くらいのプログラムもあります。

林:

最近のホットイシューはどのようなテーマでしょうか。

一條:

デジタルトランスフォーメーションですね。デジタルがわれわれの生活にとって、不可欠な基盤になる中で、企業活動、それを支えるマネジメント、組織構造、そして評価やインセンティブなど企業活動に関するあらゆるものが根本的に変わっていかなければいけなくなっています。

林:

グローバル企業の方々も新しい経営を模索しているということですね。

一條:

そうです。一つの傾向としては、前よりも、ものごとが短期間で進みます。今は大変革の時代なので、あまり長い時間をかけて対応するというのは時代に合いません。

今われわれが学生に教えているのは、経営に関して何が変わり、何が変わらないのか。やはり変わらないものはあると思うんです。例えば戦略的思考。自分たちにしかできないユニークな価値を提供していくことは本質的に変わらないと思います。

一番変わってきているのは、例えばマーケティングです。すべてがデジタルマーケティングになってきていますから、教える側も内容、教え方を変えていかないといけません。

林:

今までマーケティングというと調査が主体でしたが、完全にデータを持っている人が強くなっています。

一條:

まさしくその通りです。今まで一番大事なリソースはオイルだったけれども、これからはデータだ、と。データは酸素だ、とまで言う人もいます。データがなければ人間も企業も生き残ることができないからです。

林:

アメリカのコンサルティング企業は、社員は戦略コンサルタントのみで、プロジェクトベースで必要なデータを購入し、それらを分析する専門家はLinkedInなどで見つけてくる、という話を聞きます。

一條:

いわゆるギグエコノミー、フリーランサー・エコノミーです。組織において付加価値を提供する人は少数に絞り込まれて、プロジェクトベースでプロフェッショナル・スタッフを採用していく。非常に身軽で、アジャイルな組織です。そしてアジャイルなサービス提供がいろんな業界で広がってきています。

林:

既存のビジネスが大きいと調整が難しいのではないかと思います。

一條:

例えば自動車業界であれば、CaaSやMaaSが話題になっていますが、今のところ事業収益にとってどれだけその要素が大きいでしょうか。自動走行にしても電気自動車にしても、まだごく一部だと思います。圧倒的に大きな収益は、既存の事業からあがっているのは事実です。かといって、未来のために準備しないと、ディスラプトされてしまうかもしれない。

このジレンマは大きいと思います。企業の組織は、大きな収益源である既存の事業に最適化されています。しかし、デジタル系の新しい事業には、既存の組織では対応できないわけです。組織においてイノベーションの重要性を否定する人は誰もいません。しかし、既存の組織はいとも簡単にイノベーションを殺してしまいます。それを回避するには、既存の事業とは切り離して、これからの時代にふさわしい組織、マネジメントを遂行できる環境を設けないといけないと思います。

林:

新会社を設立する動きが活発なのは、本体では新しい事業を育成するのは難しいという認識があるからですね。ジョイントベンチャーを設立する際も、わざと出資比率を下げることで、本体の影響力を下げようとする動きもあります。

一條:

変革しないといけないという機運はだいぶ高まってきていますが、実際に動けているかというと、まだまだ不十分ではないでしょうか。

デジタル化に関して、IMDは2015年から2年に1回「Digital Vortex」(デジタル化の渦)というリサーチ結果を発表しています。回を追うごとに、「デジタル化の破壊力は高い」という意識が高まっています。しかし一方で、対応については、積極的に動けていないという回答が圧倒的に多いのです。実行に向けたリーダーシップの発揮が非常に大事になってくると思います。

林:

積極的に動けていない理由の中には、企業だけで解決できない部分もあるかと思います。日本企業は日本政府に対して、もっと主張していったほうが良いとお考えですか。

一條:

平成の時代は、日本が世界的に競争力を失ってしまった時代でした。政策面に問題があったのは明らかですが、それだけではなく、経営の問題もあります。政策の問題、経営の問題が複雑に絡んで、日本経済、日本企業の地盤沈下が起こってしまいました。

経営者はもっと積極的に、世界の中で自分達の存在意義を発揮していくには、どういう対応や政策をとってほしいのか、主張すべきだと思います。どちらかというと日本は、「政策に従え」みたいなところがあります。そうではなくて、政策と経営の間の健全な緊張感が国の発展につながると思います。

林:

経産省の「2025年の崖」でも、「イノベーションのジレンマ」でも言及されていますが、今まで価値だと思っていたものが負債になってしまいます。

特にITの場合は、ものすごく変化が激しいです。銀行では、簿価残高として数千億円規模のシステムを持っています。それを捨てるという決断をさせるにはインセンティブが必要です。それをもっと企業側から伝えていく必要があるということですね。

また、日本の場合、完璧でないと許してもらえないところがあります。グローバルに見て、こんなに緻密にITを構築しているところはありません。よく「バグ、ゼロ件」と言いますよね。しかし、そうした完璧さにかかる費用は、結局消費者にかかってくるわけです。もう少し柔らかい制度設計ができるようになると良いと思います。

一條:

リスクを回避する、トラブルを避ける、そのためにやっていることが、国民にとって過度な負担になっているということが、トータルに見るとあると思います。

デジタルの時代には、「ラピッドプロトタイプ」といった完成品ではないものを出して、フィードバックをもらいながら速やかに修正していく方法が主流になっています。

林:

話は脱線しますが、IMDには日本の官僚も参加しているんですか?

一條:

世界のビジネススクールには、以前よりは随分多くの日本の方が来るようになりましたし、官僚の方もいらっしゃいます。

林:

若手の官僚の方々がグローバルな見識を持って、政策対応をしてくださるとすごく変わると思います。

一條:

そうですね。ネットワークの時代はつながることに価値があります。世界のビジネススクールが一生懸命取り組んでいるのは、もちろん経営等の新しい知識を提供することですが、それ以上に大きいのはネットワーキングです。

ビジネススクールで学位をとらなくてもいいと思うんです。プログラムに参加することで得られるものが大きいのです。いろんな国、いろんな業界の人々とつながることで、世の中の動き、変化、対応方法といった情報を速やかに交換できます。そうした世界のネットワークに入り切れないことが、日本が周回遅れになってしまう大きな要因だと思います。

企業存続の鍵となる顧客視点

林:

教授自身が、様々な企業幹部の方々とネットワークをお持ちです。成功している会社の特徴をどうとらえていますか。

一條:

本当に優れている会社は、トップマネジメントがすごい危機感を持っています。例えば、トヨタ自動車は「100年に1回の大変革」と称し、「サバイブ」という言葉を使っています。ユニクロを展開するファーストリテイリングも、“Change or Die”、「変革か、さもなければ死」といったように、トップ自身が危機感を持ちながら組織を動かしています。それくらいの決意がないと今の時代は乗り切れないと思います。

ただし、そこで大事なのは「何のために」変革を起こすのか、という大義です。最終的にはお客さまに、より高い価値を提供する。そうした顧客視点を徹底して変革に取り組んでいかないと道を誤ると思います。

例えば、今、世界でモビリティの世界を変えつつあるUberは、ExpediaのCEOだったダラ・コスロシャヒが新しいトップに就任しました。彼が取り組んでいるのは、Uber自身を変えていくことです。以前のUberは、競争に躍起になって、顧客のことを忘れていました。そこで、顧客を最も大事な判断基準に変えているんです。

林:

顧客視点には、教授は「共感」という言葉がキーワードだと考えていらっしゃると聞きました。

一條:

デジタル、AIの時代であるからこそ、人間がどのような役割を果たしていかないといけないのか。自分がお客さまの立場に共感する。仲間の思いに共感、共鳴する。そうした「共感・共鳴」が、新しいものを生み出していく出発点だと考えています。

『アナログの逆襲』という本にも、「デジタル時代であればあるほど、むしろアナログを大事にする」と書かれています。例えば、デジタル化に向けて事業アイデアを考える際、よくデザイン思考法が使われます。その思考法も、お客さまの立場に立つ、お客さまの悩み・苦しみに共感する、それが出発点となっています。

林:

この数年、「カスタマーエクスペリエンス(CX)」という言葉が広まりました。日本の会社に向いているような気がします。

先日、ハワイに遊びに行ったのですが、ニューヨークのフライトと比べ、クルーが「楽しもうよ」というリゾート便に相応しい雰囲気を作り出しているように感じました。

一條:

まさに相手の立場に共感してサービスをしているわけです。

ただし、そこでもう一つ大事なのは、お客さまに直接対峙している方であればお客さま指向を持ちやすいかもしれませんが、組織のメンバーの圧倒的多数は、直接お客さまに向き合う機会がないということです。

林:

確かにバックオフィスの方々は機会がほとんどないです。

一條:

最近非常に気に入っているのが、Amazonのジェフ・ベゾスの“It remains day one”という言葉です。「今日がまだ創業初日だ」という意味です。

なぜ創業初日が大事なのか。それは、社員全員がお客さまのことを考えていたからです。Amazonも今ではもう65万人の社員が働く会社です。お客さまに直接接していない人のほうが圧倒的に多い。だから、「今日が創業初日」と社員全員が思うことを大事にしているんです。

林:

日本の金融機関も巨大になればなるほど、顧客との距離で悩まれたりしていると思います。

預貸でもうからないから手数料収入だということで投信を売ったり保険を売ったりしていて、現場はつらくなっています。

一條:

私は、ある金融機関で、支店長になられて2年目の方々に研修をしています。もうとにかく疲れている。本部から目標がいろいろ入ってきて翻弄されています。投資信託を何件売る、住宅ローンを何件契約する。お客さまに接している現場からすれば、「お客さまの最適な資産形成にとって本当に正しいのだろうか」というジレンマとの板挟みです。

どの支店も、横並びで、全部同じことをするのは無理だと思うんです。仮に定量的なKPIを達成できたとしても、お客さまに「この銀行は他の人に薦めないです」と言われてしまったら終わりです。

自分たちは何に力を入れるべきかを軸に戦略をたてることが大事です。そして、社会的な存在意義のある組織として行動していかないと未来はない、という認識を植え付ける必要があります。

林:

金融庁の遠藤長官は、地域金融機関は地域の経済が発展することを考えるべきだ、とおっしゃっています。「SDGs」が注目されていますが、金融機関が地域のための事業を推進するにあたって、SDGsは追い風になる気がします。

一條:

金融機関ではないですが、ファッションメーカーのプラダは、今年の夏、リサイクル素材でバッグを作り、それが瞬く間に売れました。SDGsは社会的な意義であると同時に、ビジネスの機会でもあるということを証明しています。

そうしたSDGsが企業としての当然の生き方として広がりつつあることは、すごく歓迎すべきことだと思います。

林:

SDGsを目的化しないことも大事ですね。やはり、それにはその根底に、お客さまに対する共感が必要、ということですよね。

一條:

共感をないがしろにした弊害がいろいろなところで生じていると思います。誰も「人を不幸にしたい」とは考えてはいません。しかし、マネジメントによって不幸に陥れてしまうことが多々あるわけです。そこは猛省しないといけないと思います。

林:

改めてマネジメント論を学ばなければいけないと感じました。本日は大変勉強になりました。ありがとうございました。

(文中敬称略)

 

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