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自動車販売のデジタルマーケティング事情

~海外の先進事例を通じた考察と提言~

2020/12/08

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顧客行動のオンライン化に伴い、自動車販売の主戦場が実店舗からオンラインチャネルへと移行しつつある。このような世界的な潮流の中で、多くの店舗を抱える日本の自動車会社はどのような戦略をとればよいのか。アジア地域の事例を通じて考察する。

自動車販売のデジタル化の動向

これまで、消費者が自動車を購入するときは、新車ならディーラー店舗、中古車なら中古車販売店をいくつかまわり、車種の選択や価格交渉等の商談を重ねつつお気に入りの一台を決めて、契約手続きに移るのが一般的であった。しかし近年、顧客行動のデジタル化が進み、自動車販売の主戦場が実店舗中心のオフラインからオンラインへと移行しつつある。
その背景には、自動車購入層の世代交代がある。1980年以降に生まれたいわゆるデジタルネイティブ世代が、2020年には40歳以下を占めるようになった。彼らは、学生時代からパソコンや携帯電話を当たり前のように使用しており、欲しいものを購入する際には、事前にインターネット上の比較サイトや口コミサイト等で情報収集したうえで購入するかどうかを決めるという行動が染みついている。自動車を購入するときも、店舗に足を運ぶ前に、必要な情報をオンラインで収集し、購入対象の車種をほぼ絞り込んでおり、店舗には最終確認として実車に試乗するためだけにやって来る顧客が増えている。かつてのアメリカでは、顧客が最終的に購入する車を決定するまでには、ディーラー店舗を4~5回訪問していた。現在は1~2回程度に減ってきているといわれており、この傾向は日本においても加速していくと考えられる。
このような時代では、店舗での商談を前提とした従来のマーケティング手法は徐々に通用しなくなっていく。顧客が店舗にやって来るのを待つのではなく、いかに潜在的な顧客を見つけ出し、彼らの関心を集め、購入へと導いていけるかが重要になる。
また、自動車を購入・所有するのではなく、サービスとして利用する形態であるMaaS(マース:Mobility as a Service)やサブスクリプション等の登場・普及も、オフラインからオンラインへの流れを後押ししている。これらのサービスの利用に際しては、スマートフォンやWebを通じて利用者が自らの情報を登録することが必須となっている。これらのサービスを運営する企業は、サービス提供を通じて獲得した消費者の行動に関するデータを活用して、自動車ローン、自動車保険、アフターサービス等の関連サービスを開発・提供しつつあり、従来の自動車販売のバリューチェーンを少しずつ侵食し始めている。
このような動きに伝統的な自動車販売会社が対抗するためには、店舗を訪問する前の顧客のオンライン行動データを吸い上げる仕組みを構築し、得られたデータの分析を通じて顧客が本当に求めている価値を理解・実現し、自動車の購入につなげていくことが求められる。
本記事では、海外の自動車販売の現場におけるデジタル化の取り組み事例の紹介を通じて、グローバルに事業を展開する日本の自動車会社への示唆を提言したい。

中国における汽車之家の取り組み

中国で自動車価格比較サイトを運営する汽車之家は、2019年8月に、スマートフォンやタブレットの専用アプリ上で、オンラインでのモーターショー「818 Online Global Auto Show」を開催し、5日間で1億5千万人の来場者と7.6億回のページビューを達成した。
本イベントの目玉は、スマートフォンのAR/VR機能を活用した車両モデルのシミュレーション機能である。アプリ上で車種を選択すると、車両の外観デザインやインテリアを360度のパノラマビューで確認することができる。また、ボディカラー、部品等のオプションや、自宅の駐車場にその車両を駐車したときのイメージをシミュレーションする機能も備わっており、購入後の具体的な利用イメージを、実車に接することなく体感することができるようになっている。ディーラー等の実店舗を訪れたときに営業員に確認するような、車の価格等の詳細情報も、車種をタップするだけで閲覧できるようになっており、特定の車種が気に入れば、シームレスに試乗予約やオンライン購入の手続きに移行することができる。
このようなイベントを通じて製品を理解し、実店舗に来店することなく新車を購入する顧客が登場している。また、イベント開催期間中に、参加した13,000ディーラーに対して28万回もの問い合わせが発生しており、伝統的なディーラーが潜在的な顧客を発掘し、自社の見込み客として来店を促すうえでも、このようなイベントに参加して集客することの重要性がわかる。
イベントの主催者である汽車之家は、自社の価格比較サイトで見積請求を行った見込み客の情報をディーラー等に販売するサービスを手掛けている。本イベントを通じて収集した顧客データに基づき、どの顧客がどのような経路を経て特定の車種に巡り合い、そこでどのような体験をしたうえで問い合わせや購入等のアクションに至ったかを追跡することができる。イベントに参加したディーラーは、こういった詳細なデータを汽車之家から取得し、イベント期間中に問い合わせを受けた顧客を中心に成約に向けた営業活動を効果的に推進するとともに、これらの顧客行動データを用いて新たな顧客を発掘するためのマーケティングを行えるようになった。

シンガポールにおけるJaguarの取り組み

汽車之家のケースは、複数ブランドの車種を取り扱う価格比較サイトの集客力と資金力を活かした大規模なものであったが、工夫次第では、特定ブランドを取り扱うディーラーや卸も、同様のオンラインでのイベントの開催を通じて集客・送客を図ることができる。その一つの事例として、シンガポールでJaguarが、Facebook Messenger上で動作するチャットボットを活用して、オークションイベントへの集客と顧客行動データの取得を行った事例を紹介しよう。
Jaguarはシンガポールで年に一度「Cyber Monday Auction」というイベントを開催し、消費者の嗜好の把握や来店の促進を図っている。本イベントは、①投票、②オークション開催、③追加キャンペーンの3段階で構成される。
「①投票」の段階では、Jaguarはオークションの対象車種の候補をWeb上で公開し、参加者は興味のある車種に投票する。その結果は、一定期間を経た後に集計され、Facebookのチャット機能を通じて、参加者に対してオークションの対象車種が公開・通知される。
「②オークション開催」の段階では、参加者は24時間以内に入札を行い、通常のオークションと同様、最も高額な金額を付けた参加者が落札者となる(冷やかしやいたずらを防止するために、オークションの参加者は事前に高額なデポジットを支払う必要がある)。
「③追加キャンペーン」では、「①投票」段階での投票行動や問い合わせ内容、「②オークション開催」での入札金額等の顧客データを基に、非落札者に対して個別に追加イベントの案内を送付することで、その後の販促活動につなげている。
Jaguarの取り組みのポイントは、イベントにおける顧客とのやりとりをFacebook上で行うようにしたことである。2017年までは、自社Webサイト上での独立したキャンペーンとして本イベントを開催していたため、イベント開催期間中に収集した顧客のデータを他の顧客属性と関連付けてその後のマーケティング活動に活用することが難しかった。そこでJaguarは、2018年からイベントの場をFacebookへと移した。これにより、顧客は自分のFacebook IDから気軽にイベントに参加することができるようになった。イベントではFacebook Messenger上にチャットボットを実装し、顧客からの問い合わせに対応させている。Jaguarは、そこから得た顧客の好みの車種や入札金額に関するデータと、Facebook上の属性・趣味・嗜好データとを組み合わせることで、Facebook上での自社コンテンツの改善や特定顧客へのフォローアップ、今後の販促キャンペーンの企画に活用することができるようになった。

デジタルマーケティング企画・推進における示唆

上記2つの事例に共通する戦略は、集客のためのイベントをそのときだけのもので終わらせず、獲得した顧客データをその後の販促活動に活かしている点である。どちらの企業も、①自動車購入に至るまでの顧客の行動パターンに沿ったイベントを企画し、②デジタル技術を活用してイベント開催期間中の顧客の行動データを取得する仕掛けを実装し、③取得したデータを使って実店舗を巻き込んださらなるキャンペーンを行う、といったアプローチをとっている。
これはまさに、「①カスタマージャーニーを定義し、②カスタマージャーニー上の顧客データを取得・分析し、③顧客に商品購入・サービス利用等の特定の行動をとらせるように誘導する」というデジタルマーケティングの基本活動といえるだろう。
また、今回紹介した事例は、モバイルアプリやSNS等のオンラインチャネルを有効活用し、イベント自体の魅力を高めることによって、集客力を強化している点でも共通している。たとえば、汽車之家の事例では、スマートフォンのVR/AR機能の活用により、通常のイベント会場でのモーターショーと遜色ない顧客体験を提供しただけでなく、通常であればイベント会場に足を運ぶのが困難な、中国全土もしくは世界中の潜在顧客のイベント参加を促して、集客増に大きく貢献した。また、Jaguarの事例では、先述のようにチャットボットで顧客とのやりとりを自動化したことがイベントの集客につながっている。

おわりに

NRIは、日本国内外において、自動車販売会社向けにデジタルマーケティングのコンサルティング実績があり、全世界30拠点以上のネットワークを活かしてDX戦略策定からシステム開発まで一貫した支援を提供している。特にASEAN地域においては、自動車卸向けにロイヤルティプログラムの企画・実装、マーケティングオートメーションウェアの導入、顧客用モバイルアプリケーションの企画・開発等、デジタルマーケティングの上流からシステムの実装まで幅広い支援を行っている。貴社のDX戦略の策定・実行に際しても、変革を推進するパートナーとしてご助力させていただければ幸いである。

執筆者情報

  • 古田 昂

    システムコンサルティング事業本部 システムコンサルティンググローバル事業推進部

    主任システムコンサルタント

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