対面コンサルティング力をDXで高度化
国内の対面証券会社をめぐる経営環境が一段と厳しくなっている。ネット証券の台頭に加え、株式売買委託手数料、投信販売手数料などの無料化の動きにもさらされる。対面証券会社は顧客にいかに価値を提供していけばよいのか。DXを通じて営業モデルの高度化を図りCRMベストプラクティス賞を3年連続で受賞したみずほ証券の福家尚文副社長に語っていただいた。
語り手
みずほ証券株式会社
副社長執行役員 リテール・事業法人部門長
福家 尚文氏
08年 SMBC日興証券株式会社 専務取締役。14年 日興システムソリューションズ株式会社代表取締役会長。16年 みずほ証券株式会社 専務取締役兼専務執行役員 リテール・事業法人部門長、18年 同 取締役副社長兼副社長執行役員 リテール・事業法人部門長。19年 株式会社みずほフィナンシャルグループ 専務執行役員 リテール・事業法人カンパニー副カンパニー長 みずほ証券株式会社 副社長執行役員 リテール・事業法人部門長。
聞き手
株式会社野村総合研究所
証券ソリューション事業本部 副本部長
山﨑 政明
1992年 野村総合研究所入社。総合口座システム部で証券会社向け勘定系システム開発に従事。証券システム一部、新システムプロジェクト部を経て、2010年4月 STAR営業推進室長。13年 証券ソリューション事業二部長、15年 証券ソリューション事業本部統括部長を経て、17年 経営役 同副本部長。証券総合バックオフィスシステムSTARの営業に長年携わる。
対面証券会社のコンサルティング力とは
山﨑:
昨今、国内の対面証券会社をめぐる経営環境は、ネット証券の台頭や株式委託手数料の無料化などで大きく変化しています。御社ではこうした動きをどのように見ていますか。
福家:
米国発の株式や投資信託の売買手数料の無料化の流れは、日本の証券業界にも大きな影響を与えています。とはいえ、安易に手数料競争だけに走るのではなく、ベースとなる金利水準が日米では異なっていることや、手数料をゼロにする理由や代替収益の源泉が何であるかをよく認識する必要があると思います。
「手数料ゼロ化は脅威か」と聞かれれば、弊社においても国内株式委託手数料は全収益の10%を占めていますので、「もちろん影響はある」というのが答えです。
しかしながら、この20年、手数料の自由化やIT革命を経て、対面証券会社の収益構成の多様化は、急速に進展している事実もあります。ちなみに、バブル経済の頃は、国内株式委託手数料が収益全体の70%程度を占めていました。
山﨑:
御社は対面証券会社として自らの競争力の源泉はどこにあるとお考えですか。顧客との接点を担う営業担当者の提案力でしょうか。
福家:
ご指摘の通り、対面コンサルティング力が我々の強みであり、競争力の源泉です。ネット証券を中心とした手数料ゼロ化の流れを受けて、コンサルティングフィーを支払うお客様の存在を疑問視する見方もあります。しかし、その見方は一面的だと感じています。
そもそも自ら進んでネット経由で投資する人は、ITリテラシーと金融リテラシーの双方に長けた一部の人に限られます。その証拠に欧米諸国と比較すると、日本の個人金融資産におけるリスク商品の構成比率は極めて低く、その結果、金融資産が増加していく速度や利回りは明らかに劣後しています。
山﨑:
そこでコンサルティング力が必要になるわけですね。
福家:
日本の家計の豊かさの増進に貢献する。適切なリスクを取ることの重要性や“長期、分散、継続”といった考え方を伝えていく。そして、『分散投資で投資の成功体験を積み上げる』という社会的使命を我々の手で果たしたいと思っています。
ライフシフト100年時代の人生戦略には資産運用の考え方は不可欠です。100歳になるのは子供たちだけではありません。60歳を超えても40年間もの時間が残ります。60歳だからと言って元本確保で40年間維持するだけでは、世界の経済成長には大負けすることになるでしょう。
山﨑:
対面コンサルティングでは、お客様のニーズをいかに掴むかがカギを握りますね
福家:
おっしゃる通りです。ネット証券ではお客様のニーズに合った商品を並べています。我々には商品の品揃えのほかに、お客様のニーズを「捉える」「察知する」「明らかにする」「創造する」「先取りする」といったレベルでのコンサルティング力が要求されます。
そこに必要なのは豊富な金融知識と経験です。これまでの個人技に頼りがちなコンサルティング力を、いかに組織技に転換し高めていくかがテーマです。
山﨑:
お客様への提案の際、特に大事にされていることは何ですか。
福家:
まず、お客様のニーズを正しく理解すること。次に、わかりやすい説明を通してお客様の資産運用に関する課題を解決することです。もちろん、フィデューシャリー・デューティーの7原則の実行が投資アドバイスの前提です。そのうえで、『日本の資産を世界で活かす』や『Time, Not Timing』をスローガンに、グローバルエクイティファンドを積み上げることを商品戦略の軸にしています。
なぜなら、少子化・高齢化が加速する日本経済とは違って、世界経済の人口増加をベースにして拡大する蓋然性は、一時的な停滞はあるものの極めて高いと思うからです。グローバリゼーションの時代です。日本人だからと言って衣食住からお金まで日本にだけベットするのは合理的な行動とは言えません。
みずほ証券のDX3本の柱
山﨑:
御社の強みであるコンサルティング力の背後には、ITを積極的に活用することによって営業態勢の革新を図っていることがあるようにお見受けします。御社の経営戦略においてITはどう位置づけられるのでしょうか。
福家:
デジタイゼーションやデジタライゼーション、そしてDXとITを積極的に活用するのが、競争力の前提です。しかしながら、デジタル活用だけで差別化できるとは考えていません。『ITで差別化は難しいけど、ITを活用しないとスタートラインにも立てない』という考えです。
リテール部門におけるDXは、以下の3点に絞ってビジネスモデルの転換を進めています。まず、対面コンサルティング力の補完や標準化。次に、お客様の利便性や満足度の向上。そして、生産性の向上です。
対面証券会社の競争力の源泉は、『人』です。よって、人にしかできないきめ細やかなサービス力を磨きに磨くことが競争戦略のど真ん中です。そして、テクノロジーの活用で効率的に解決できる業務を洗い出し、その上で付加価値を高めるとともに、サービスにかかるコストをデジタルで適切にコントロールします。そうすることで、お客様一人一人の琴線に触れるサービスにつなげていくことができると考えています。
山﨑:
営業担当者によって顧客対応に個性が出るのは、対面証券モデルの宿命かと思います。
福家:
ロボットの時代の到来です。だからこそ資産運用ビジネスにおける担当者の役割は今まで以上に大きくなると思います。それだけにお客様を熟知した担当者が変わってしまうことによる問題は生じますが、それを解決することが、質の高い資産運用サービスを提供するうえでの重要なポイントです。
ご指摘の通り、営業担当者それぞれが持つ感性や能力は均一ではありません。また、定期的な転勤モデルでもあるので、担当者による違いや相性などが顧客の不満につながるケースも出てきます。対面証券会社の宿命ともいえるこうした課題の解決にDXが効果的です。
担当者ごとのコンサルティング力を高めるための研修や教育体系を充実させ、個々人のレベルアップを図るとともに、優秀な営業担当者の行動様式を科学し展開する。また、担当者・コンタクトセンター・ネットといった顧客接点それぞれが上質で有機的に連携する“チャネルミックスの営業態勢”を充実させることで、個人技を組織技に転換する仕組みを構築しています。
SoEの実効性を高める
山﨑:
近年、DXを推進する上で、SoE(=Systems of Engagement、顧客接点を高度化するシステム)とSoR(=System of Records、従来からの企業内の業務システム)の両方のバランスが大事といわれます。御社は顧客中心主義経営の実現に向けた取り組みが評価され、3年連続で「CRMベストプラクティス賞」を受賞されています。
福家:
3年連続でCRM協議会のベストプラクティス賞を受賞できたことはとても嬉しいことです。もちろん、だからと言って『顧客中心主義』には飽和点はありません。CCRM(Customer Centric Relationship Management)の追求には、まだまだ遠い長い道のりが待っています。
SoEの高度化についても形を整えることに目が行きがちですが、その実効性をいかに上げていくかが課題です。トランザクションデータと、各チャネルなどから積み上げられた情報を融合させることで、一人一人のお客様をより深く分析し、心のひだを読み取れるようなCXを実現したいと思っています。
DXの波の中で、企業を取り巻く数多くのビジネス接点からインシデントが発生するたびに、IoT経由で日々膨大な量のセンサーデータが積み上がっています。そのようなビッグデータのレベルには自社のデータ情報活用だけではたどり着きません。オープン&グローバルの観点を加えた顧客目線を感じ取る仕組みに進化させたいと考えています。
山﨑:
データの活用という観点から特に期待している分野はありますか。
福家:
テキストマイニングや購入確率モデルは、この数年で進展を見せています。方言の問題、専門用語の使い方や業界ワード等、まだまだ実用化には高いハードルがあります。とはいえ、営業姿勢のモニタリングや顧客の状況確認に極めて効率的な仕組みだと思います。
また、データマイニングを駆使したAI的な購入確率モデルの展開にも大いに期待しています。とりわけ決まった担当者がついていない多数のお客様に対するマーケティングに有効です。
モデルの学習が進むことで、顧客満足度の向上のみならず営業担当者のコンサルティング力の補完に一層効果を発揮することを期待しています。
山﨑:
仮説をもとにトライアルし結果を蓄積し、それを分析する繰り返しのため、時間はかかりますが意義のある取り組みですね。
御社ではIT人材の育成にも力をいれていらっしゃいます。
福家:
APIやASPなど外部のエコシステムを活用する時代です。リスクとコストを最小化したITシステム対応がポイントです。しかし、だからと言ってITベンダーに丸投げするのではなく、要件定義の段階から、ユーザー側が問題意識を明確に持つことが大切です。ITベンダーはあくまでパートナーとして参画いただくということです。
また、独自仕様にこだわってどんどんコストが上がっていくのも危険です。一部のITシステムのサービスレベルを捨てるという判断も出てきます。このような見極めのためにも自前でのIT人材を育成しておくことは不可欠です。
山﨑:
SoEの分野ではユーザー企業のIT要員とベンダーの人数比が1対1くらいになるのが望ましいとも言われます。
福家:
そうですね。ITシステムはあくまで人が作るものです。IT目線だけではない証券サービス全般を俯瞰できる人材の厚みを高めていきたいと思います。
山﨑:
御社のそうした取り組みにも、NRIは支援させていただきたいと思います。
「2025年の崖」にどう対応するか
山﨑:
既存のITシステムが複雑化、老朽化、ブラックボックス化して大きな足かせとなる「2025年の崖」の問題が懸念されています。御社でも既存システムの維持にコストがかかって新しい分野への投資ができないといった問題を感じていますか。
福家:
強く感じています。特に、ホストコンピューターを定期的に交換するスタイルは、技術の進化やオープン&グローバルのトレンドから見て大いに疑問です。とはいえ、古いシステムをそのまま延命すると保守費や運用費が高騰し、ますます窮地に陥ることになります。
また、つぎはぎの結果、全社横断的なデータ活用ができないとか、過剰なカスタマイズやRPA乱立による複雑化や品質格差などが生じ、それらがDXの展開に壁として立ちはだかることになります。
データやデジタル技術の活用を通してスピーディなビジネス展開を図る上で、特にSoRの領域においては専門ベンダーにアウトソーシングすることで技術革新の速い流れにもキャッチアップできます。そうした専門ベンダーは、電源問題を含めBCP態勢の信頼度も極めて高いと認識しています。
山﨑:
逆に言えば、御社が社内で擁するITリソースを顧客サポートの高度化などSoEの分野にシフトしていきたいということでしょうか。
福家:
おっしゃる通りです。SoEの分野では、独自の戦略や訴求方法を、AIを駆使して学習を深めたいと考えています。
御社には日本の金融ITサービスの標準モデルを構築してもらいたいと思っています。なかでもSoRの共通化をリードしていただきたいと思います。そうすることで個々の金融機関が独自で巨大システムを構築するよりもリスクを下げることができますし、極めて低いコストで運営できるようになるのではないかと期待しています。
山﨑:
そうなれるように努力したいと思います。
福家:
日本の大手金融ベンダーと言っても、その規模やSEの人員や技術力など、米国のベンダーと比較すると見劣りします。
しかしながら、我々が米国発のデファクトスタンダードを採用しようにも、歴史や文化の違いによる仕様の細かな差異がひっかかり、結果的にうまく運営できないケースがみられます。このような点からも御社が提供するシステムサービスへの期待は大きいのです。
山﨑:
大変高い評価をいただきありがたいと思っています。
IT業界は、お客様のシステムの維持保守だけで、一定の事業規模にはなりますが、そこにあぐらをかいていると社会から取り残されてしまいます。
例えば、私たちは、御社の先のお客様である金融サービスの利用者とその接点についてもっと学んでいかないといけません。トライアルを行いつつ、私たち自身の研鑽を図っていきたいと思っています。金融機関の皆様がサービスの利用者に対して最適な提案ができるようサポートしていきたいと思っています。今後ともご指導をよろしくお願いします。
本日は大変貴重なお話をありがとうございました。
(文中敬称略)
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担当部署:株式会社野村総合研究所 コーポレートコミュニケーション部
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