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日本が取り組むべき中央銀行デジタル通貨をめぐる課題

2020年3月号

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技術の進歩に伴い、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の議論が活発に行われている。その背景には、CBDCの発行には、各国の思惑もさることながら、技術では解決できない様々な課題が山積しているからだ。どのような難しさがあるのか、また日本が取り組むべき課題は何か、1年前まで日本銀行決済機構局長として日本におけるCBDCの議論をけん引されてきた現フューチャー取締役の山岡氏に語っていただいた。

語り手 山岡 浩巳氏

語り手

フューチャー株式会社
取締役 フューチャー経済・金融研究所 所長
山岡 浩巳氏

1986年 日本銀行入行。1990年 カリフォルニア大学バークレー校ロースクール卒(LL.M)、米国ニューヨーク州弁護士。2007年 国際通貨基金(IMF)日本理事代理。13年 日本銀行金融市場局長、15年 決済機構局長。この間、バーゼル銀行監督委員会委員、国際決済銀行(BIS)市場委員会委員、同決済・市場インフラ委員会委員など国際機関の要職を歴任。19年 フューチャー株式会社取締役就任。

聞き手 井上 哲也

聞き手

株式会社野村総合研究所
金融イノベーション研究部 主席研究員
井上 哲也

1985年 日本銀行入行。92年 エール大学経済学修士課程修了。94年 福井俊彦副総裁(当時)の秘書官。2000年 植田和男審議委員のスタッフ。03年 金融市場局企画役。資本市場の活性化に関与。06年 金融市場局参事役。BISマーケッツ委員会等の国際会議の運営に参画。08年12月 野村総合研究所入社。「日中金融円卓会合」を主催し、モデレーターを勤める。著書に「異次元緩和」他。

中央銀行デジタル通貨の特徴

井上:

中央銀行デジタル通貨(CBDC)の議論が活発に行われています。まず、CBDCとはどのようなものか、ご説明いただけますか。

山岡:

CBDCは国際的にも2つに分けて考えることが標準となっています。1つは、国際決済銀行(BIS)が「general purpose CBDC」と言っている、一般の人が現金の代わりに使えるCBDCです。もう一つは「wholesale CBDC」で、元々デジタル化されている中央銀行当座預金に、ブロックチェーンなどの新しい技術を応用する大口決済専用のCBDCです。

分けて議論をする理由はいくつかありますが、一番大きな理由は、general purpose CBDCは技術よりも制度や法律の面で、乗り越えるべきハードルが高いということです。現在、中央銀行に預金口座を保有できるのは銀行などに制限されていますが、general purpose CBDCを発行することは、企業や家計が中央銀行に直接に預金口座を持つことと近くなります。そうなると、中央銀行の取引先に関する政策を根本から見直す必要が出てくるわけです。

また、企業や家計がCBDCを直接に持てるようになると、金融システムに不安が生じた場合の預金取り付けが、現在より急速に進むことへの懸念もあります。更に、中央銀行がCBDCにマイナス金利も含めて金利をつけるべきかどうかという、金融政策上の課題も出てきます。

一方、wholesale CBDCについては、中央銀行当座預金は既にデジタル化されていますので、制度、あるいは金融政策や金融安定の観点からのハードルはgeneral purposeほど高くないと考えられます。

井上:

主要国の中央銀行の間では、2種類のどちらに関する議論が進んでいるのでしょうか。

山岡:

始まりはほぼ一緒でしたが、実証研究が行われている点ではwholesale CBDCが先行しています。

私が日本銀行決済機構局長の時に、ECBと始めた「Project Stella」という共同プロジェクトでは、大口決済・流動性節約機能、資金・証券の同時決済、国際取引の決済を取り上げた3つのレポートを公表しています。これらwholesale CBDCの取り組みは、新技術の応用によって便益を導き出そうというものです。

他国の中央銀行を見ても、カナダ銀行の「Project Jasper」や、シンガポール通貨庁の「Project Ubin」のように、貿易取引や国際取引などの大口決済分野に焦点を置くものが多くなっています。

井上:

wholesale CBDCの場合、スマートコントラクトの活用といったイノベーションが期待できます。

山岡:

スマートコントラクトは、大口決済をデジタル通貨で行う場合の大きな魅力の一つです。

「Project Stella」でも資金・証券の同時決済の実証実験を行いました。現在は資金と証券の決済システムをシンクロさせる大規模なインフラ整備が必要ですが、スマートコントラクトを使えば、ブロックチェーン化された通貨や証券にプログラムを書き込むことで、自動的に同時決済を実現できます。

逆にいえば、wholesale CBDCは、資金と証券の同時決済や、決済に伴うバックオフィス事務の自動化などを伴わないと、ベネフィットが見込みにくいともいえます。

井上:

general purposeのデジタル通貨については、中央銀行が担い手になるべきかどうかも論点です。

山岡:

おっしゃる通り、一番難しい論点でもあります。

現在の通貨は、中央銀行と商業銀行の二層構造で供給されています。中央銀行は、銀行券を家計や企業に使用してもらうべく発行する一方、中央銀行当座預金は主に銀行向けに発行しており、銀行はそれをもとに預金通貨を発行しています。

この枠組みの下で、銀行は預金を貸出の原資に充てることで、資金仲介の機能も果たします。預金は、家計や企業にとって支払や決済の手段でもあるので、銀行に支払・決済の機能を担わせながら、同時に民間のイニシアチブを使って効率的な資金仲介を実現できるわけです。

民間銀行の預金をCBDCに置き換えてしまうと、負債側から中央銀行のバランスシートが膨らみます。この中で、中央銀行が企業や家計から集めた資金をどう運用するのかという課題も生じます。企業貸出に充てようとしても、与信判断などの面で中央銀行には優位性がありませんし、国債の買入れに充てれば、民間による企業向け貸出が細ることになります。このように、結局は現在の資金仲介を根本的に考え直す必要が出てきます。

井上:

その一方で、民間企業の負債にすぎない銀行預金を支払や決済の手段として使い続けることをどう考えるかという問題もあります。そのために、銀行に強力な規制や監督を課す必要がありますし、有事の際には税金を使った銀行救済を行う必要も生じます。金融危機が繰り返されるもとで、コストと便益をどう考えるかも重要になってきます。

山岡:

これも、現在の金融が抱える根本的な問題に関わっています。

James Tobinなどが提唱した「ナローバンク」というアイデアが注目されたことがありました。現在の枠組みでは、銀行預金への信認が失われると流動性危機を招き、中央銀行は「最後の貸し手(LLR)」の発動を余儀なくされるし、予防のために預金保険も必要になるという問題意識を背景としています。そこで、銀行が常に100%安全資産を裏付けにして支払・決済の手段を発行すれば、危機の根源をなくせると主張しました。こうしたアイデアが実現しなかったのは、ある種の非効率性があったからだと思います。

現在の枠組みを維持するのと、「ナローバンク」のような考えを導入するのと、どちらが効率的かは結論の出にくい問題です。

井上:

預金通貨の支払や決済の手段としての性格に焦点をあてるか、資金仲介の手段としての性格に焦点をあてるのか、という着眼点の違いも大きな意味を持つと思います。

これまでは預金通貨が双方の役割を担うことに効率性があった訳ですが、イノベーションによって、各々の機能を別な手段が担うこともありうるかもしれません。

山岡:

財やサービスの抽象的な価値化ができるのは人間だけです。決済手段は、このような人間の想像力が生んだ産物です。この抽象化機能を支える物差しとして十分な信頼を獲得し、維持できるかが、いかなる決済手段でも鍵だと思います。

CBDCの議論の背景

井上:

欧州の主要な中央銀行による論文では、中央銀行がCBDCを発行すべき理由について、「国民経済に対して安全で効率的な決済サービスを提供することは中央銀行本来の役割である」と主張しているように見えます。

山岡:

彼らがなぜ、そう言いたいかは理解できます。

例えばスウェーデンは、現金の対GDP比率が1%台まで低下したという独自の事情があります。

広い国土に人がまばらに住んでいる国なので、現金を流通させるコストは相対的に高くなります。そのため、相当な数の銀行や商店が現金の取り扱いをやめています。人々が現金を手にできないのであれば、これに代わる手段を供給するのが中央銀行の責務ではないかという意味で、スウェーデンがこの問題を考える緊要度は高いと思います。

井上:

銀行券の使用が急速に低下した国での対応という以外には、どのような背景がありますか。

山岡:

一つ目は、銀行券の流通に対するコスト意識の高まりです。デジタル技術が発達して代替的な支払・決済手段の利用が拡大する中、銀行券の流通を支えるコストを誰がどう負担するかは、昔よりも大きな問題になってきています。例えば全銀協会長は、ATMの維持管理など日本経済が負担する現金関連のコストは総額8兆円と言及しています。銀行の収益環境などを考えても、無視できない問題になりつつあります。

二つ目は、さまざまな経済活動やサービスのデジタル化が進む中で、支払や決済の手段にもデジタル化によるイノベーションが求められやすくなっていることです。

最近注目を集めるMaaS(mobility as a service)でも、レンタル自転車サービスは、自転車の位置やユーザーを把握できることが前提で、そのためには支払いもデジタルである必要があります。現金払いでは自転車が盗まれてしまいかねません。

三つ目は、マネー・ローンダリングやテロ資金への対策の観点です。現金の特徴の一つは匿名性ですが、それゆえ不適切な目的に使用される余地を有しています。CBDCの導入によって、そうした問題を抑制できないかという視点です。

国別の事情とCBDCの議論の進展

井上:

当初はスウェーデンとイギリス、中国での研究が先行している印象が強かったように思います。

山岡:

スウェーデンは現金の使用が急減している上、外国企業が提供するキャッシュレス手段に席巻され、自国当局によるインフラのコントローラビリティが低下しかねないという問題意識がありました。

イギリスは、CBDCを自国単独で導入するかどうかは別として、研究は先行して行われていました。金融を主要産業とするイギリスは、ロンドン国際金融センターを振興しないと経済成長も難しいとして、金融イノベーションを積極的に促進する姿勢が明確です。

中国は全く違う印象です。2016年1月に人民元デジタル通貨の計画を公表した時には、脱税の防止を目的の一つに掲げています。デジタル通貨の目的として、支払・決済に伴う情報の入手や蓄積に力点を置いているのが特徴だと思います。

新興国に視野を広げれば、「遅れているインフラのキャッチアップ」という、もう一つの類型が挙げられます。例えば、カンボジアでは国内の支払や決済で米ドルが広範に使われる「ドル化」が進み、自国通貨リエルが使われないという問題に直面しています。新たにリエルの支払・決済のインフラを整備するのであれば、最初からデジタル化を進めたほうがいいという考えです。

井上:

新興国では、苦労して固定電話網をつくるよりも、最初から携帯電話を普及させたほうが良いという考えと同じですね。

日本でもCBDCの調査研究は進められてきたと思いますが、対外的には見えにくかったと思います。現金の使用が依然として高いことも影響しているのでしょうか。

山岡:

現金が広く使われている国々では、CBDC以前の問題として、キャッシュレス化自体が進みにくいのです。あらゆる支払・決済手段に共通する特性である「ネットワーク外部性」があるからです。

日本のコンビニでも、外国出身の方がレジを担当するケースを見かけますが、そうした人々に小銭の扱いを覚えてもらうのは、本人も雇い主も相当に大変です。本当は現金を受け入れなければコストを節約できるのですが、現金を使う顧客が一定数いる以上、現金を受け入れないという決断は難しいのです。

ただ日本でも、いったん現金が使われなくなり始めると、キャッシュレスが加速する可能性はあります。

井上:

キャッシュレスの形態が、CBDCの導入に影響を与える面はないのでしょうか。

山岡:

キャッシュレス手段としてデビットカードが普及している場合は、その原資となる少額預金は預金保険でカバーされるので、信用リスクの面からは、あえてCBDCを発行する必要性は低くなるでしょう。

中国では、2018年から「支付宝」(Alipay)や「微信支付」(WeChat Pay)のような支払・決済手段にも、中央銀行に100%の準備預金を置くことを要求しています。このように、支払決済手段の信用リスクを抑制するには、CBDCの形を採らなくても、様々な形で対処は可能です。

民間銀行の収益

井上:

民間銀行も支払・決済のサービスと他の多様な金融サービスを一体で提供することで、総合的に収益を確保する発想が必要になってくると思います。

山岡:

支払・決済サービス提供の収益性をいかに確保するかも、支払・決済インフラを継続的に維持していく上で重要な問題です。

民間銀行の提供する支払・決済サービスは、預金を運用に回すことによる、運用資産と負債との利回りの差を重要な収益源としていました。今では、支払・決済に伴うデータの活用などが注目されています。

支払・決済手段の提供にコストをかけ過ぎることは問題です。経済全体としてどの程度のコストをかけて支払・決済システムを運営していくべきかは重要な視点です。

井上:

現在のような低金利環境を考えると利ざやに依存し続けることには限界があります。

山岡:

強国に囲まれながら自国通貨クローナを維持するスウェーデンは、支払・決済のインフラに余計なコストはかけないという認識を常に持っています。ATM網も銀行が共同で運営していますし、中央銀行も発券業務を民間委託するなど、コストを削減する努力をしています。

井上:

自国だけを念頭にインフラを構築し、運営することが合理的かという視点も浮かび上がります。また、自国のシステムを考える上でも、ある種の共通基盤を構築して、その上での競争を促す選択肢も浮上します。

山岡:

支払・決済のために共通基盤を作る議論は、今後進むと思います。ただし、デジタルインフラを国際的に共同化することについては、究極的には「自国通貨を維持するかどうか」という問題に行き着きます。その判断は、まずは、独立したマクロ政策の必要性に関する判断に基づくべきだと思います。

例えば、エストニアはバルト3国ではいち早くユーロを採用しました。このため、独立した金融政策は持ちませんが、リソースをITイノベーションに振り向け、デジタル国家の推進を優先することで経済発展を実現しようとしています。

スウェーデンは、EUに加盟していますが、ユーロは採用せず独自通貨を維持しています。だからCBDCも含め、自国通貨のイノベーションを自ら行う必要があります。

コストからみれば、最も信頼できる通貨圏に入り、通貨インフラを共有する選択肢は魅力的です。しかし、その通貨の信認が低下する事態が、しかも自国の力の及ばない形で起こった場合は、有効な対応手段を持てないことにもなります。こうしたリスクも考慮しつつ、政策の優先順位を考える必要があります。もちろん、一定の歴史と規模を持つ国にとっては、合理性だけで決断することは難しいかもしれませんが。

井上:

インフラは共有するけれども、通貨は独自のものを維持するというように、支払・決済の技術と通貨体制を切り離すことも理論的には可能なようにみえます。

山岡:

不可能ではありませんが、現実には難しい点もあります。例えば、銀行券の製造を海外企業に外注している国々は結構ありますね。

井上:

新興国に多いですね。

山岡:

ただし、セキュリティに特に敏感な国、例えば日本ではこのような決断は容易ではないでしょう。

また、中国で展望されているように、デジタル通貨の使用に伴って収集される個人の取引などの情報を他分野で利用することなども、日本では簡単ではないように思います。通貨は国の基幹インフラですので、中央銀行のあり方だけでなく、制度や文化、歴史、人々の通貨への思いなどが絡んできます。通貨の枠組みを変えるには、そうした問題についても包括的な検討が必要になります。

井上:

CBDCの導入も、中央銀行が自らの判断で、既存の業務の延長として導入する訳にはいかなそうですね。社会として中央銀行に委ねることが適当という判断があった上でゴーサインが出る訳ですね。

山岡:

その通りだと思います。特にgeneral purpose CBDCはそうです。

ネットワーク外部性と競争の両立

井上:

CBDCが、民間のイノベーションを阻害せず、それらを促進するためには、どのような点に注意する必要があるでしょうか。

山岡:

民間のイノベーションを促進する上では、支払・決済インフラが技術的にオープンであることが重要です。また、CBDCによる独占や寡占を避けることも必要です。

CBDCの導入によって提供される技術基盤が誰でも使えるオープンなインフラになり、民間企業がその上で効率的なサービスの提供を競うことが望ましいと思います。

一方、プラットフォームの独占をどう考えるかは、難しい問題です。

井上:

中国やスウェーデンでは、各々の中央銀行が複数のIT企業とコンソーシアムを組む形で開発や導入を進める方針を示しています。

山岡:

これらの国々も、問題の難しさを認識しているのだと思います。 支払・決済手段には強い「ネットワーク外部性」があるため、最初は競争しても、いずれ独占が進むリスクがあります。スウェーデンのモバイル決済アプリである「Swish」は、全銀行相乗りで運営されていますが、ネットワーク外部性を享受する上で十分な規模を確保しつつ、特定の銀行の独占による弊害を防ぐという意図が込められています。

支払・決済手段の「ネットワーク外部性」と競争の促進をいかに両立させるかは大きな課題です。日本のキャッシュレス市場も濫立状態に近かったわけですが、競争による濫立が、必ずしもユーザーの利便性につながらないという問題もあります。

井上:

いったん独占になるとユーザーの利便性は保証されないかもしれません。

山岡:

普通に考えれば、放置すれば強い方が独占状態を勝ち取ります。

例えば、中国はほぼAlipayとWeChat Payの2つの寡占になっています。これを良いと見るか悪いと見るかということだと思います。

使える支払・決済手段が濫立していると、それぞれが実は安全な手段であっても、人々がそれを判断するのに大きなコストがかかり、経済活動は不便になってしまいます。歴史上、中央銀行が登場し、一元的に通貨発行を担うようになったのも、多数の支払・決済手段の濫立による問題を解消するためであったといえます。支払・決済のネットワーク外部性の便益を享受する上で十分な規模を実現しつつ、独占や寡占の弊害を防止し、競争的環境も維持するバランスが求められるわけです。

井上:

インフラ的な性格を持つ産業の場合には、「ネットワーク外部性」や固定費の大きさなども考えると、単純に規制を緩和して競争を促進すればよいという訳ではない点は、米国の電力などの例が示唆する通りです。安定供給のようなユーザーの利便性も含めると、相応に独占を維持した方が望ましい成果を得ていることも事実だと思います。

中央銀行の独立性とCBDCの関係

井上:

CBDCの発行に伴って、中央銀行が個人情報や取引情報を収集したり抱え込んだりすることへの懸念も聞かれます。

中央銀行がそうした情報を適切なルールの下で民間に還元できれば、金融サービスの効率化や高度化を阻害することにはならないようにも思います。一方で、中央銀行のような公的主体が個人情報や取引情報を収集し蓄積すること自体を歓迎しない意見もあります。

山岡:

CBDCを導入する上では、非常に微妙な問題になると思います。

銀行券は匿名であり、誰が持っているかは発行する中央銀行もわかりません。中央銀行は人々の日々の取引の詳細は関知しないわけです。逆に言えば、行政からこのような情報を出すよう求められることもないわけで、これは、中央銀行の独立性の観点からはありがたいのです。

一方、中央銀行がCBDCを発行し、人々の取引に関する情報が中央銀行に集積されたとします。そこで、警察や税当局が中央銀行に対し、犯罪や脱税の証拠として情報の提供を求めた場合、一定の独立性を担保され、期待されている中央銀行として、対応するのは容易ではありません。

中国の場合、中央銀行である人民銀行は行政機関なので、こうした要請に応じることに問題は少ないのかもしれません。けれども、日本を含む多くの国で、中央銀行は純然たる行政機関とは線引きがなされた存在と見なされています。

井上:

民間に対する適切な情報の還元という観点はどうでしょうか。

山岡:

ご指摘の通り、民間企業にとって有用なデータを、A社には売るけれどもB社には売らない、という判断が中央銀行にできるのかという問題もあります。

この点も、中央銀行がgeneral purpose CBDCを発行し、リテール決済に関する広範な情報やデータを集めることが適当かという問題に関わります。個人の取引情報やデータは、その利用のあり方だけでなく、「誰が集めることが適当か」まで考えていく必要があります。

井上:

概念的には情報の内容に即して異なる扱いをすれば良いことになりますが、実務的には簡単ではありません。

山岡:

general purpose CBDCは多くの論点を伴います。だからこそ、中央銀行も大口決済専用のCBDCとは別建てで議論しているわけです。

ただし、CBDCについて、日本銀行も世界の技術水準にキャッチアップする最大限の努力をしておかないと、今後10年後、20年後の世界を考えた時、円というインフラの競争力が失われかねません。

CBDCの検討は、自国通貨を将来も使われる通貨にしていくという、グローバルなインフラ競争・プラットフォーム競争の一環と捉えられます。先行きの人口動態を考えれば、日本の成長力が今後急上昇することも考えにくい中、将来も円という通貨を使い続けてもらうには、少なくとも技術面での優位性は確保し続けていく必要があります。

イングランド銀行Mervyn King元総裁は1999年の有名な講演で、「中央銀行の数はおそらく今がピークだろう」と語っています。

経済のデジタル化の下、信認の低下した通貨はもちろん、利便性や使い勝手が劣る通貨も、徐々にインフラ競争に敗れていくでしょう。また、自国通貨インフラを苦労して維持するよりも、信認や利便性で上回る他通貨の通貨圏に入り、そのプラットフォームを共有した方が良いとの考えが強まる可能性もあります。CBDCの問題を考える上では、デジタルエコノミー下での、通貨を巡るインフラ競争の激化という環境変化も念頭に置くべきでしょう。

井上:

日本はイノベーション競争には勝つように努力しなければいけないし、その可能性は残されているということですね。

本日はCBDCについてあらゆる角度から貴重なお話をいただき、ありがとうございました。(文中敬称略)

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担当部署:株式会社野村総合研究所 コーポレートコミュニケーション部
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