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ローコードツール導入によるデジタル化の加速

2021/08/06

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デジタルトランスフォーメーション(以下、DX)の本格的な展開が進む中、これまでの業務システムでは対応しきれない非定型業務のシステム化が急務となっている。それを実現するための有効な手段として期待が高まっているローコードツールについて、求められる背景、導入の効果や課題等について考察する。

ローコードツールが求められる背景

ビジネス環境や顧客ニーズが急速に多様化・複雑化・高度化しつつある現在、企業は自社を取り巻く環境の変化をいち早く捉え、ビジネスに反映させる必要がある。このような仕事は非定型でシステム化が難しいため、これまでは業務システムの対象とされてこなかった。
しかし、変化の激しい市場で勝ち残るためには、「常に変化が起きているナマの人やモノと接するところ(現地現物)の情報をデータ化し、非定型業務をシステム化する」ことで競争力を高めることがカギとなる。また、リモートを前提とした働き方が広がる中、システム化されていない非定型な業務領域はリモートでの処理が難しいという弊害もあり、新しいワークスタイルに適応するという意味でも非定型業務をシステム化するニーズが高まっている。
だが、その実現のためには以下の2つの問題を解決しなくてはならない。

  • ①  

    開発における柔軟性とスピーディーさの欠如
    業務システムは過去からの積み重ねにより大規模で複雑化しており、開発から運用までをSIerに依頼していることで、その内容がブラックボックス化していることも多い。そのため、事業部門からシステム開発・改修の要望を受けても、システム部門主導で柔軟かつスピーディーに対応するのは難しい。非定型業務のシステム化においてはニーズの変化が激しいため、従来の業務システム以上に柔軟かつスピーディーな開発体制が求められる。

  • ②  

    部門間の連携不足
    システム部門が事業部門の業務を十分に理解しておらず、システムを構築しても、事業部門の求めていたものとは違うものができることも多い。それを避けるためには、システム部門と事業部門が協力してシステムを作り上げることが重要となる。弊社が国内の大手企業を対象に2020年に実施した「ユーザー企業におけるIT活用実態調査」でも、半数以上の企業が、デジタル化の取組みを進める上で ”事業部門とIT部門の協業体制の構築・推進” を実施していると回答しており、デジタル化においては部門間の連携が重要であると多くの企業が認識していることがわかる。

上記を考慮に入れると、非定型業務のシステム化には、段階的に開発を進めることによって顧客ニーズの変化に追従できるアジャイル開発が向いている。また、事業部門とシステム部門で協力し合い、ノウハウを蓄積しながら自社主導で開発を行うために内製化が求められる。
このような背景から、非定型業務のシステム化において注目されているのが、プログラミング言語の知識がなくてもアプリケーションを開発できるローコードツールである。部門を超えて理解を深めながら協力するために適したツールであり、企業がデジタル化を進める上で強力な推進剤になることが期待されている。

ローコードツールを利用する効果

ローコードツールは、プログラミング言語の知識がなくても、テンプレートやコンポーネントを利用することでアプリケーションを開発することができるツールである。製品によっては、専用のDBや外部アプリケーションと連携するためのコネクター、API呼び出しや機械学習の機能も用意されている。部品や機能を組み合わせることで、社内向けWebアプリなどの小規模なシステムから基幹系、ECサイトなど大規模なシステムまで広範囲に活用することができる。また、フロント機能だけでなく、データ連携や動作の自動化といったバックエンド側の機能を兼ね備えているものも多い。
ローコードツールの市場は年々拡大しており多くの企業が参入している。現状は大規模SaaSベンダーであるSalesforceやMicrosoftなどが市場を支配しているが、競合ベンダーのGoogleやAmazon Web Servicesも新たに参入するなど、ローコードツール市場は活況になっている。
ローコードツールを利用する効果は、システム部門、事業部門のそれぞれの視点から以下が考えられる。

システム部門 ― 「IT人材不足の解消」と「PoC推進の加速化」
システム部門の人材不足は多くの会社で深刻化している。そのため、既存システムの運用や改修で手がいっぱいとなり、事業部門からの新たな要望に満足に対応できていない。だが、ローコードツールを使えば事業部門の社員でも容易に開発者となり得るため、システム部門の限られたリソースに依存することなく現場主体でアプリケーションの開発と運用を進めることができ、慢性的なIT人材不足を解消し得ると期待される。
また、開発期間が数日から数週間と短くて済むため、社内のPoC(Proof of Concept=アイデア・技術検証)との相性が良く、少ない導入コストでスピード感を持ってPoCを推進することができる。アジャイル開発との親和性が高く、ニーズの変化に対して柔軟かつ迅速に対応できる点でもPoCとの相性が良い。ニーズの深掘りや事業部門へのスキルトランスファーなど開発業務以外に多くの時間を充てられるため、これまで以上に事業部門を巻き込んだPoCを実施することができるようになる。

事業部門 ― 「非定型業務のシステム化による業務効率化」
システム要件を定めることが難しく費用対効果が小さいためにシステム化されていなかった業務も、システム化が容易となるため業務プロセスを改善して効率化を実現することができる。さらに、事業部門自身が開発するため、できあがったシステムが想像していたものと違うということもなくなり、思い通りのシステムを得ることができるようになる。
このように、ローコードツールを利用することで、「① 開発における柔軟性とスピーディーさの欠如」と「② 部門間の連携不足」という2つの問題を解決できることから、多くの企業でその導入が検討され始めている。

ローコードツール展開における導入段階ごとの課題

ここからは、ローコードツールで業務アプリを構築して運用する際、導入段階ごとに発生する課題とその対処法について、弊社が支援した製造業A社の事例をもとに説明したい。 A社では、新しい製品の開発に際して、国内外のR&D部門や生産工場に所属するプロジェクト関係者全員が一か所に集まり、量産試作品を用いて品質をチェックし、不具合の原因調査や改善対策を、紙に書き込んだりExcelの専用フォーマットに打ち込んだりすることで実施していた。しかし、新型コロナウイルス感染拡大で人の移動が制限されるようになったため、品質問題を管理する業務アプリをローコードツールで開発し、人が集まることなくシステムベースで業務を遂行する仕組みを整えた。開発したアプリでは、品質問題の詳細や改善策をリアルタイムに共有することで迅速な改善につなげることができ、利用したユーザーからも喜びの声をいただくなど、その効果を実証している。この経験を通じ、ローコードツールの導入段階ごとにいくつかの課題があることがわかってきた。

導入期
プロジェクト初期においては、「アプリの機能に限界がある」、「性能トラブルが発生する」など、機能・非機能面の問題が発生する。ローコードツールによる開発は、製品ごとに用意されている部品や機能を組み合わせる形で行うため、一からコーディングするスクラッチ開発に比べると、アプリの機能は制限されてしまう。また、アプリの非機能性能は製品に依存するため、ユーザー側で性能向上を図ることは難しい。そのため要件調整の際に、ローコードツールで実装可能な機能範囲、性能の限界を事業部門にしっかりと伝え、期待値コントロールを十分にした上で要件を固める必要がある。

展開期
複数プロジェクトにローコードツールを展開する段階では、プロジェクトごとの業務プロセスに合わせてアプリを改修する必要があるが、事業部門のITリテラシーや工数の不足により改修がなかなか進まないという問題が発生する。これを解決するためには、開発の初期段階から事業部門を巻き込み、ハンズオン研修や開発コミュニティへの参加により事業部門へのスキルトランスファーを実施する必要がある。

成熟期
事業部門の社員も開発者として参加する成熟期に入ると、各々が自由に開発した野良アプリの管理や品質管理が徹底されないといったガバナンスの問題が発生する。対応策として、アプリの利用状況のモニタリングやテンプレートアプリの配布などの施策の実施が効果的であると考える。この段階まで来ると、システム部門単独でガバナンスを行うことは難しく、事業部門との密な連携が必要となってくる。
このように、全社的にローコードツールを展開するためには、システム部門だけで対処するのは限界がある。開発や運用を実際に担当するのはプロジェクト単位であるが、要件整理からアプリ運用までをシステム部門と事業部門が協力して管理・サポートするガバナンス体制が必要だと考える。

ローコードツール展開に向けたガバナンス体制構築

システム部門と事業部門が協力しあうガバナンス体制の構築は一朝一夕に実現できるものではなく、ローコードツール導入の成熟度に応じて段階的に変化させることが重要である。そこで、開発フェーズを2つの時期に分けて考えたい。システム部門が事業部門と一体となりアプリ開発を担当する「寄り添い開発型」と、事業部門が自らアプリ開発を担当しシステム部門は後方支援に徹する「ユーザー開発支援型」である。「寄り添い開発型」から「ユーザー開発支援型」に遷移していくことで、アプリ開発におけるガバナンス体制が構築できると考える。
「寄り添い開発型」は、システム部門が要件整理やアプリ開発・運用などのシステム面を担当し、事業部門が業務フロー定義や業務運用などの業務面を担当するといった一般的なシステム開発で見られる体制である。導入初期やプロジェクト展開期における体制であり、従来通りシステム部門がガバナンスを実施する必要がある。「寄り添い開発型」を進める中で、システム部門は事業部門の業務を把握し、事業部門はローコードツールの適用可能範囲や開発の進め方を把握することができる。この体制のメリットとして、システム部門がアプリ機能や品質をコントロールしやすいことが挙げられるが、デメリットとして前の章で述べたようにシステム部門のリソースの制約から、複数のプロジェクトに展開しづらいといった点が挙げられる。
「ユーザー開発支援型」は、事業部門が要件整理からアプリ開発・運用、業務運用までをトータルで担当し、システム部門は事業部門のトレーニングや、全体的なガバナンスを担当する。プロジェクト展開の過渡期、成熟期におけるガバナンス体制である。この体制のメリットとしては、システム部門のリソースに関係なく、多くのプロジェクトに展開できることが挙げられる。デメリットとしては事業部門がシステム開発を担当するため品質にばらつきが生まれることが考えられるが、開発ガイドやテンプレートアプリの配布、アプリのモニタリングをシステム部門が中心となって実施することで品質のばらつきを抑えることができる。つまり、「ユーザー開発支援型」はシステム部門がローコードツール導入におけるベストプラクティスを集約、適用、運用するCoE(Center of Excellence)の役割を果たし、事業部門がローコードツールを活用することによりデジタル化を進めるといった形になる。そうすることで、システム部門に依存することなく、全社的なデジタル化を推し進めることができる。

企業が社外向けビジネスのデジタル化を行うためには、まずは社内のデジタル化を優先して進める必要があり、競合他社に負けないためのスピードも重要である。これまでに説明したように、ローコードツールはこれまでの業務システムでは手が届かなかった部分をスピードとアジリティを持って補完できるツールである。ローコードツールを全社的に展開することで、社員全員が開発者となって企業全体のデジタル化を加速化させることができ、DXの本格的な展開を実現することができると考える。

執筆者情報

  • 平井 康大

    システムコンサルティング事業本部

    副主任システムコンサルタント

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