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2050年カーボンニュートラルに向けて

―生活者の行動変容により排出量削減の好循環を生み出すー

2021/10/26

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2050年にカーボンニュートラルを実現するには、生活者の意識と行動の変化がカギとなる。このレポートでは、生活者に行動変容を促すアイデアと、それを起点として期待される温室効果ガス削減の好循環について解説する。

1.カーボンニュートラル対策の機運の高まり

2015年12月に採択されたパリ協定を背景に、全世界でカーボンニュートラル(温室効果ガスの排出が全体としてゼロの状態を指す。以下、CN)対策の機運が高まっている。2021年4月の気候変動サミットでは各国の温室効果ガス削減目標が大幅に引き上げられ、政府・企業・生活者の対応は待ったなしの状況にある。
日本も同サミットにおいて、2030年までに2013年比で排出量を46%削減すると公約し、この目標を達成すべく、2021年11月開催のCOP26に向けて実行計画を策定中である。その一環として6月18日に、①脱炭素を軸として成長に資する政策の推進、②再生可能エネルギーの主力電源化、③公的部門の先導により必要な財源の確保という3つの考え方を表明した「経済財政運営と改革の基本方針2021」が閣議決定された。

2.ソフト面の対策が急務の日本

2-1. ハード面(技術開発)だけでなくソフト面(生活者の行動変容)が必要

国際公約である削減目標達成に向け、各国でさまざまな取り組みが行われている。デンマークの電力大手オーステッドがイギリス沖で世界最大規模の洋上風力発電所プロジェクトHornsea Oneを稼働させたり、中国のLONGiをはじめとする太陽電池メーカーが高効率・低価格な単結晶シリコン太陽電池モジュールを開発したりするなど、技術開発が盛んである。日本においても、トヨタ自動車による燃料電池自動車MIRAIの開発、川崎重工業による世界初の液化水素運搬船の開発や、CO2を分離回収・有効利用・貯留する技術(CCUS)の研究開発などの積極的な投資が行われている。しかし、これらはすべてハード面での取り組みであり、国際公約の高いハードルをクリアするためには生活者の意識や行動を変えるためのソフト面の施策も必要となる。

2-2. 欧米に比べて低い日本の生活者の環境意識

環境意識が高い欧米では、生活者が自らの判断で温室効果ガス削減に貢献できるようなサービスの開発・利用が進んでいる。例えば、アメリカのTripZeroは旅行の移動手段別の排出量を「見える化」し、選択した移動手段による排出量を植林活動への寄付によってカーボンオフセットするサービスを提供している。また、スウェーデンのDoconomyは利用者が購入した商品の製造・出荷時の排出量のデータを蓄積し、排出量が一定の基準に達すると、それ以上の購入を制限するクレジットカードを提供している。
ウォータースタンド社の「マイクロプラスチック問題に関する国際比較調査」によると、日本を除くG7各国は50%以上の方が環境問題に関心がある一方で、日本では環境問題に関心がある方は25%という結果となっている。これは、日本の生活者は欧米と比較して環境意識が低く、価格が高くなりがちな地球環境に配慮した製品・サービスの需要はまだ大きくないことを示している。これに対し、生活者の行動変容を促すことに成功した事例として、商品購入時のレジ袋の有料化が挙げられる。レジ袋の代わりにエコバッグを利用すれば環境への貢献ができることは以前から知られていたが、実際に行動する人は限られていた。しかし、有料化後は多くの生活者がエコバッグを利用するようになって、レジ袋の利用率は減っている 。(環境省の「レジ袋使用状況に関するWEB調査」によると、2020年3月時点ではレジ袋を1週間使わなかった⼈は約3割だったが、レジ袋の有料化を行ったことで、同年11月には7割を超えている。)
レジ袋の有料化による使用量の削減は、生活者の行動変容を促すのにディスインセンティブ(負の誘因)を与えるという手段を用いているが、生活者の環境貢献活動をより一層促進するには、インセンティブ(正の誘因)を与えることのほうが重要である。生活者に環境貢献に対する良いイメージを描かせ、積極的に排出量低減に向けた活動を実施してもらうことが望ましい。

3.生活者の行動変容が生み出す好循環

3-1. ポイント付与による行動変容の可能性

日本では数多くのポイントサービスが人気を集めており、「ポイ活」という言葉が浸透しているくらいさまざまな手段でポイントをためる習慣が根付いている。そのため、生活者へのポイント付与はインセンティブ提供の有効な手段になる可能性がある。製品やサービスの購入使用(利用)に関連した温室効果ガスの排出量を見える化し、それが一定の基準より抑えられている生活者に対して、抑制量に応じたエコポイントを付与するという方策が考えられるだろう。自分がどれだけ環境に貢献しているかが分かり、その結果がポイントとして返ってくることで、環境貢献に対する良いイメージを描かせ、行動変容を促すことができると思われる。
国全体の排出量を削減するには、可能な限り多くの生活者の行動変容を促す必要があるため、全国規模での実施が望ましい。環境への貢献に対するインセンティブなので、エコポイントの原資には、炭素税による税収が候補の一つとして考えられる。また、生活者の日常生活に密着しているB2C(個人向け事業を営む)企業が、温室効果ガスの排出を抑えたエコ商品の販促手段としてエコポイントを付与する方法も考えられる。

3-2. 行動変容によって始まる排出量削減の好循環

エコポイント付与によるインセンティブ提供を起点に、製造過程および利用時の温室効果ガス排出量を抑えたエコ製品・サービスの需要が高まる。 利用時の排出量がより少ない、あるいは全く排出しない製品やサービスの需要が大きくなれば、B2C企業はこうした製品やサービスの開発に、より多くの経営資源を振り向けることができる。また、B2B(企業向け事業を営む)企業も、B2C企業が排出量を抑えた製品を開発するための素材、パーツ等の需要増が見込める。
例えば、自動車会社には温室効果ガスの排出量が少ないプラグインハイブリッド車や、全く排出しない電気自動車、燃料電池自動車などの開発がより求められるようになり、部品メーカーはこれらを製造するための自動車部品の開発に力を注ぐようになる。さらには、製造過程における排出量を抑えるために、調達、加工時の排出量が少ない素材や部品への需要が高まり、素材・部品メーカーはこの要求を満たすための技術開発や、低炭素素材へのシフトが進むと考えられる。
もう一つ例を挙げれば、住宅メーカーは、設計・施工・利用・解体のあらゆる工程における排出量低減が求められるようになる。高気密、高断熱な省エネルギー住宅を建築するための設計技術や、それらを実現するための材料の需要が高まったり、施工時における重機利用の効率化や排出量の低い重機の利用が求められたりする。
現在、企業には自社が行う製造・販売活動による排出量だけでなく、仕入れ先からの素材調達、購入者による利用・廃棄等、サプライチェーン全体における排出量の低減が求められている。これを達成できない企業に対して金融機関や機関投資家が投資を停止するダイベストメントが行われる一方で、これを達成している企業に対しては積極的に投資・貸し付けするグリーンファイナンスが世界的に活発化している。生活者の需要に応えて、調達先も含めた製品・サービスの製造過程や利用時における排出量を抑えてサプライチェーン全体の排出量を低減すれば、必要な投資を呼び込むことができ、企業の事業継続性も向上する。
このように、生活者の行動変容により、企業の取り組みが促進され、国全体の排出量削減が加速する好循環が生み出されるのである。

4.「CNシフトプラットフォーム」構想

国全体における温室効果ガス排出量削減の好循環を生み出すためには、各企業、生活者による排出量を素早く把握する必要がある。しかし、事業活動全体における排出量算出に当たっては、先行する企業でも年に一度、企業内の関連部署から情報を収集し、材料・部品の仕入れ量や製品・サービスの販売(利用)量から概算する等、手作業で行っているのが大多数という状況にある。そこでNRIでは、排出量を効率的かつタイムリーに可視化する仕組みとして「CNシフトプラットフォーム」を構想している(下図を参照)。

「CNシフトプラットフォーム」は、生活者の購買行動や製品・サービスの利用に関するデータ(例:クレジットカード・QRコード決済の利用情報、自動車の走行データ等) および企業における温室効果ガスを排出するあらゆる活動データ(例:輸送における燃料消費量等)を、可能な範囲でIoT(モノのインターネット)を使って自動収集し、排出量を自動算出する。また、企業活動における排出量削減効果をシミュレーションによって検証し、削減に向けた施策の立案に役立てることを想定している。さらに、このシミュレーションによって算出された目標削減量と実際の削減量の比較を可能とし、シミュレーションの精度向上および施策の高度化にも寄与していけると考えている。加えて、「CNシフトプラットフォーム」によって見える化した削減量を、排出権クレジットへ転換するサポートも実施していく想定である。
現在、企業の排出量の開示は年に一度となっている。その理由の一つとしては、開示内容についての監査に時間を要することが挙げられる。「CNシフトプラットフォーム」を利用することにより、企業の排出量算定のプロセスを見える化することで、監査期間の短縮を図り、監査で保証されたデータを素早く提示できるような仕組みを目指している。この見える化した排出量を閲覧するのは、企業自身だけではない。CDP(カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト)等のサステナビリティ関連の評価機関向けに、報告レポートを自動出力できる機能や、金融機関や機関投資家向けの排出量報告の機能を具備することを想定している。「CNシフトプラットフォーム」により、より短期間で監査により保証された排出量が見える化できれば、金融機関は企業の今現在の取り組みによる削減効果を素早く捉え、より実態に沿ったグリーンファイナンスが可能となる。
2021年6月11日のコーポレートガバナンスの改定において、2022年4月から新設されるプライム市場上場企業に対してTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)または同等の枠組みに基づいた温室効果ガス排出量の開示を求める記述が追加された。この動きを受けて、NRIは上記「CNシフトプラットフォーム」を生み出すべく、関連団体や企業と協議して2022年度内のサービス開始を目指している。

執筆者情報

  • 矢野 隆一

    システムコンサルティング事業本部 金融ITコンサルティング部

    主任システムコンサルタント

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