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〈アクティビティ・レポート〉 熊本県の半導体産業集積戦略における「くまラボ」方式の応用可能性

2023/08/07

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はじめに

半導体産業の集積を核とした熊本県全体の成長戦略と課題解決において、行政のみならず民間の知の集積を活用することがカギとなる。熊本県には、NRIも当初から関わってきた「くまモン共有空間拡大ラボ」という民間企業が有する経営資源を巧みに融合させた成功事例がある。テーマは違えど、この方式を応用することによって、従来のまちづくりの概念には捉われない、新たなDXソリューションなどを創出できる可能性がある。

熊本県にとっての新たな事業機会と課題

(1)半導体産業の集積がもたらす新たな事業機会

いま、熊本県にとって大きな事業機会が巡ってきている。2021年11月、世界的半導体メーカーであるTSMC(台湾)が日本で初めてとなる工場を熊本県に建設することが決定したことである。その後、TSMCが過半数を出資し、ソニーグループなどが参画するJASM 株式会社(Japan Advanced Semiconductor Manufacturing)が設立され、2024年末の稼働に向け、現在、工場の建設が急ピッチで進められている。JASMだけでも、設備投資額は約86億米ドル、雇用予定者は約1,700人を見込む(熊本県庁資料より)。
また、TSMCの工場建設が決定したとする報道以降、数多くの半導体関連企業が熊本県の県央・県北地域を中心に、新たな設備投資計画や事業所の開設等を相次いで発表している。その経済効果は実に数兆円に達するとされる。今後、関連産業の集積、発展が進むことに加え、さらに他県の半導体使用企業へのサプライ機能を担うことで、熊本県を中心としたシリコンアイランド九州の復活が期待される。

主な設備投資計画・立地協定
(企業名・内容・投資額、TSMC進出発表後から2023年4月)

赤:立地協定(公表)、青:各社発表

※2市の合計金額
(出所)熊本県庁提供資料よりNRI作成

(2)半導体産業の集積によって生じる課題

一方で、半導体産業の集積によって、新たな課題が生じることも想定される。JASMだけでも、雇用予定者は約1,700人を見込むことから、新たに住宅の整備が必要となる。また、もともと大規模な工場立地を想定していない道路網であることから、慢性的な交通渋滞が生じる可能性があり、人流、物流ともに遅延リスクが生じることが想定される。また、半導体産業という特性上、電力および水の消費量が膨大であり、できるだけ持続可能性に配慮した形での提供、消費が求められる。
熊本県庁では、2021年12月から半導体産業集積支援体制を構築し、半導体産業の集積強化に係る個別の部会を設置している。部会では、半導体産業の集積において必要となる大学や高専等の人材育成を推進する「人材育成・確保部会」や、さらなる集積に繋げるために国内外に向けて認知度向上を狙う「熊本PR部会」などの他、上記のような地域の課題に対応すべく、セミコンテクノパーク周辺の渋滞解消を図る「渋滞・交通アクセス部会」や工業団地周辺の自然環境の保全と調和、さらにはCO2削減を推進する「環境保全部会」などを立ち上げている。

半導体産業集積支援体制の全体像

(出所)熊本県庁提供資料よりNRI作成

さらに、熊本県全体で見た場合、県央・県北地域への製造業の一極集中によって、県南地域への追加施策の実施も今後の課題のひとつといえる。熊本県内における製造品出荷額や人口の重心がどのように変化しているのか、統計データをもとに分析したところ、過去50年に渡って、人口、製造品出荷額ともに、北上を続けていることが分かる。これは全国的に見ても、挙動の変化が大きい。県央・県北地域に半導体産業を中心とした製造業の集積が進むことを想定すると、今後もこの傾向は続くことが想定される。そのため、県南地域に対して、経済、社会、生活など様々な観点において、新たな施策を求められる可能性が高いといえる。

熊本県内における人口、および製造品出荷額等の重心変化

(出所)Googleマップ(QGIS)、各種統計データよりNRI作成

半導体産業の集積を核とした熊本県全体の活性化に向けて

(1)二つの課題を同時に解決するシナリオ

半導体産業の集積によって生じる直接的な課題、そして、半導体産業の集積がもたらす地域不均衡によって生じる間接的な課題、この二つを解決していく必要があるが、前者については、現在、先述の半導体産業集積の各部会を中心に検討が進められているところである。
部会で想定されている検討事項を整理すると、必ずしも半導体産業の集積によるテーマだけでなく、県内の他市町村にも共通する課題や、横展開を意識することで他市町村に貢献しうるテーマも含まれているといえる。そのため、半導体産業の集積によって生じる課題解決だけに閉じず、その検討プロセスの中で得られたナレッジやソリューションを半導体産業の集積がもたらす地域不均衡によって生じる課題解決に活かすことがポイントといえる。
特に、他市町村向けにナレッジやソリューションをカスタマイズし、横展開していく上では、デジタル活用がキーになる。2021年から、政府は「デジタル田園都市国家構想」を主導しており、デジタルの力を活用し、地方の個性を活かしながら、地域の課題解決と魅力向上を図ることを目指している。デジタルの活用はこの文脈とも合致する。
現在のデジタル田園都市国家構想交付金(デジタル実装タイプ)の交付対象事業の多くは、市町村を対象にしたデジタル実装となっている。熊本県においては、半導体産業の集積という機会と課題を起点とし、県視点での取組に拡張することで、市町村のデジタル実装をさらに有効に、効率的に進めることができるのではないだろうか。また、県が主導することで、テーマによっては、市町村や事業者間のデータ連携の実証、標準化も行うことができ、県としての統一的なルールを策定することも可能になるといえる。そのためにも、まずは、デジタル実装を念頭に、市町村へ横展開することを意識したテーマを設定し、具体的なソリューションの開発、実証、導入支援を進めることで、市町村に貢献することが期待される。

各部会における検討事項と市町村への展開テーマ(一例)

(出所)熊本県庁提供資料をもとにNRI作成

(2)課題解決に向けた民間の“知の集積”の活用

二つの課題を同時に、かつ具体的に解決していくためには、どのようなアプローチが有効となるだろうか。
現在、半導体産業集積の各部会を含む半導体産業集積支援体制が構築されている。今後の内容によるところではあるが、その検討の中心は制度設計が中心になると考える。課題を解決するためには、制度設計だけでなく、具体的な事業やソリューションに落とし込んでいく必要がある。部会で検討する内容のうち、制度設計では解けない課題や市町村に展開可能なテーマは広く「民間の知」を集積した組織体と連携し、課題解決を図っていくのが適策ではないだろうか。
ここで想起されるのが、過去熊本県が新たな事業や価値を創造するために活用した「くまモン共有空間拡大ラボ(略称:くまラボ)」という先駆的な取組である。

“知の集積場”「くまラボ(くまモン共有空間拡大ラボ)」方式の可能性

くまラボとは、熊本県のPRキャラクター「くまモン」と民間企業等が有する多様な技術やノウハウを融合する「知の集積の場」であり、新たな事業や価値創造に繋がる活動を創出することを目的とする。これまでのくまモンの活用とは全く異なる切り口である。くまモンという圧倒的な地域性のあるコンテンツに、各社が有する経営資源を巧みに組み合わせ、かつ、その取組を県が支援するといったケースは、全国的に見ても極めて珍しい。くまラボの中核は「くまラボフェロー(研究員)」であり、これまでおよそ30名のフェローが参画。フェローの所属する業種は製造、小売、IT、金融、交通・運輸、メディア、大学など多岐に渡る。各フェローは、自社の経営資源をもとに「くまモン」を活かした熊本県の知名度やブランド価値の向上、交流人口の拡大に繋がるテーマを選択し、活動を実践する。各フェローは定期的に集まり、フェロー同士が交流、議論しながら、新しい事業やソリューションづくりに挑戦してきた。NRIはフェローとしての活動に加え、熊本県庁の「くまモングループ」の職員とともに、くまラボの企画支援から各フェローの活動の実行支援を担当してきた。

くまラボのスキーム図(左)とくまラボの様子(右)

©2010熊本県くまモン
(出所)熊本県庁提供資料よりNRI作成

くまラボを通じ、これまでいくつかの新しい活動がスタートしている。例えば、VRくまモン(東京大学、アルファコード)は、その代表的な活動事例である。
くまラボフェローの檜山敦氏(東京大学先端科学技術研究センター 特任教授、一橋大学大学院ソーシャル・データサイエンス研究科 教授)がくまモンの形と動きを精密に計測し、デジタル化した3Dモデルとモーションデータを作成。このデータを活用し、同フェローの水野拓宏氏(株式会社アルファコード社長)が有するリアルなVR表現技術を掛け合わせ、仮想空間内に「実写版の動けるくまモンがいるバーチャルスタジオ」を構築した。通常は、CGの背景映像に実写の人物映像を合成するが、このスタジオでは、現実のカメラで撮影した実写の背景映像にVRのくまモンを合成して撮影しており、くまモンは仮想空間で静止することなく、まるで生きているかのように常に動いているという特徴がある。いつでも、どこでも、何度でも、実写のくまモンを動画として撮影できることで、新たな観光コンテンツとなることが期待される。
その他にも、くまモン誕生からの軌跡をクイズとしてまとめた「くまモン検定」の実施や、くまモンビレッジ、くまモンステーション、くまモンエアポートなど、くまモンと直接出会え、触れ合うことのできる「くまモンサテライト」の整備なども進められた。これまでくまモンが活用されてきたイラストの一般許諾や既存商品とのタイアップとは、次元の違う活動が誕生している。

VRくまモン

(出所)株式会社アルファコード提供資料

こうした成功体験を保有していることは熊本県の新しい展開においても非常に有効だと考える。熊本県の半導体産業集積を契機とした新たな成長戦略と課題解決のためにこの「くまラボ」方式を応用することを提案したい。もちろん、くまモンというソフトと半導体という産業の違いはあるが、民間の知を最大限に活用して行政だけでは思いつかないようなアイデアや、従来のまちづくりの概念を超えた中長期的な目線でのソリューションの開発など、創造的で活力ある解決策の提案と実践という点では、くまラボのスキームと経験が大いに応用可能と考える。
新たに形成する民間の知の集積では、くまラボにおける「フェロー」同様、多様な業種・業態から人材を集め、部会でのテーマをもとに、定期的に集まり、交流、議論する。そして各社が有する経営資源を活用しながら、事業アイデアの創出、ソリューションの検討、さらに必要に応じて実証も行っていく。なお、政府が主導するデジタル田園都市国家構想の動向や、熊本県が抱える二つの課題を想定すると、特にデジタルに強い人材を意識的に集める必要がありそうだ。
くまラボにおいて、これまでくまモンが活用されてきた許諾や商品コラボとは次元の違う取組が誕生したように、この仕組みによってより実効性のある具体的な事業やソリューションが創出される可能性は高いといえる。

民間の知の集積を活用した課題解決の仕組み

(出所)熊本県庁提供資料をもとにNRI作成

くまラボがスタートして6年が経過した。半導体産業の集積の機会を捉え、熊本県全体が飛躍できるよう、NRIとしても引き続き取組に貢献していきたい。

執筆者情報

  • 坂口 剛

    未来創発センター リージョナルDX研究室

    エキスパート研究員

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株式会社野村総合研究所 コーポレートコミュニケーション部
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