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デジタル化による鶴岡市の構造改革推進
第3回:誰もが安心して行政サービスを享受できる手続きレス社会の実現

2023/09/06

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はじめに

株式会社野村総合研究所(以下「NRI」)は、新たな地方創生に向けた取り組みを進めるモデルケース都市の第1弾として、2019年12月に、山形県鶴岡市と連携協定を締結し、同市のデジタル化による構造改革を推進している。この取り組みでは、デジタル技術の活用によるまちづくりを通じて、「高度人材の育成」、「質の高い雇用の創出」、「付加価値が高く社会貢献にも資する産業の創造」を一体として進めることにより、高い生産性と自立的な経済成長を有する「ローカルハブ」の構築を目指している。同時に、市民の健康や安心で快適な生活を支援する質の高い都市サービスを実現することで、「ウェルビーイング・コミュニティ」の構築を目指している。
鶴岡市でのデジタル化推進の取り組み内容を連載しており、今回は第3回として、市が取り組む「デジタルワンストップサービス」について紹介する。

デジタルワンストップサービスの実現

鶴岡市は、2021年度SDGs未来都市デジタル化戦略有識者会議において「鶴岡市デジタル化戦略」を策定し、2022年度から、当該戦略に基づき、デジタル化施策の体系(図表1)を整理したうえで、市民の利便性に直結すると思われる分野から先行的・優先的にデジタル化施策の実現に向けた取り組みを進めている。
市では、デジタル化に対する市民ニーズを調査するため、年1回アンケート調査 を実施しているが、その中で、最もデジタル化が進んで欲しい分野として、第1位が「健康・医療・介護(ヘルスケア・見守りのデジタル化)」、第2位が「行政手続きのオンライン申請(以降、デジタルワンストップ)」、第3位が「防災デジタル化」といった結果が得られている。そのため、鶴岡市では、上位3分野を特に優先順位の高い重点分野と位置づけて、優先的に予算の配分を行い、施策を実施している。
本稿では、このうち、デジタルワンストップの代表的な施策として進めている「遠隔行政サービス」、「申請から交付まで一貫したデジタル化」、及び「朝日庁舎建て替えを契機とするデジタル化を先導するモデル拠点づくり」の取り組み内容を紹介する。

図表1:鶴岡DX施策の体系と重点分野

*「デジタルワンストップサービス」については第2回連載を参照

(NRI作成)

1)中山間地域における遠隔行政サービスの推進

東北一広い市域における行政サービスの質的な維持が課題

現在の鶴岡市は、2005年に鶴岡市(旧)、藤島町、羽黒町、櫛引町、温海町、朝日村との合併により発足しており、市としては東北一広い面積(1,312 km2)を有する。市域の約7割が森林で、中山間地域に多くの集落が点在する。
合併前の旧町村の庁舎は、地域住民の利便性確保のため、現在も地域庁舎として行政サービスを行っており、広大な地域に点在する集落に行政サービスを行き渡らせるために、複数の出張所を配置している。それらの出張所には、市職員が常駐しておらず、市民からの相談や手続きに必要となる専門知識を有する職員が配置されていない場合も多く、行政サービスの質的な維持が課題となっている。

書画カメラを活用したリモートによる申請書作成支援を実現

出張所の行政窓口をデジタル化して、様々な行政サービスを受けられるようにすれば、市民は、距離の離れた地域庁舎や市役所本庁舎まで移動する必要がなくなるため、格段に負荷が軽減される。鶴岡市では、市のLINE公式アカウントを開設して、様々な行政サービスへの申請手続き等をデジタル化する取り組みを進めている。一方で、デジタル機器に親しみのない市民を取り残さないという観点も重要と捉えており、書画カメラを利用して、手書きによる申請書の作成を遠隔からリモートで支援する仕組みづくりを進めている。
この実証を行っているのが、鶴岡市南部の中山間地域に位置する朝日庁舎と朝日庁舎南出張所で、両拠点間の距離は12km以上離れている(図表2)。朝日地区は、豪雪地域で雪が積もる冬季には、車で片道30分近くを要するなど、地域住民にとって、朝日庁舎への移動は大きな負担となっている。

図表2:鶴岡市の位置と市役所庁舎の配置

(NRI作成)

南出張所は、行政職員が常駐していないため、これまでは、限られた簡易な手続きしか実施できなかった。また、市民が申請書等の記載や添付書類を準備する際、行政職員によるサポートがないために、記載内容や添付資料の不備も多く、訂正・再申請のため、複数回の来訪が必要な場合もあり、市民の負担となっていた。
そこで、南出張所では、行政窓口の手続きスペースに、手元の申請書を映す書画カメラとテレビ会議システムを設置して、朝日庁舎と接続した(図表3)。これにより朝日庁舎の職員は、市民による申請書等の記載内容を確認しながら、必要に応じてアドバイスができるようになった。

図表3:機器の全体概要、市民と職員のやり取りのイメージ

(NRI作成)

導入当初は、職員、市民ともに機器の利用に不慣れであり、利用者の8割以上が60代から70代の高齢者であることから、接続に時間を要する場合があったり、双方の話し声が聞こえにくいという意見が挙がったりもした。その都度、スピーカー機器の変更や朝日庁舎側の職員操作手順の改善を図ったことで、導入後2、3か月で市民からの不満はほとんどなくなり、今では、使いやすさを評価する意見が8割以上(図表4)を占めている。

図表4:遠隔行政サービスの利用性に関するアンケート調査結果

出所)「遠隔行政サービスに関するアンケート」鶴岡市(2022年3月~2023年7月末時点)

朝日庁舎の職員からも好評で、「実際に書画カメラで撮影した申請書類に対して、コメント機能を使ってタッチペンで記載箇所を示すことにより、市民による記入ミスが大きく減少しました。電話でやり取りしていた業務が、同じ画面を見ながらリアルタイムで会話をしながらできるようになったため、市民の皆様とのコミュニケーションも深まったと感じております。」などの意見が得られている。
南出張所における遠隔行政サービスは、戸籍関係(住民票発行、印鑑登録、転入・転出・出生・死亡)手続き、税務関係(所得課税・納税証明、固定資産課税台帳発行)手続きや課税相談を中心に2022年1月に運用を開始しており、これまでに実施した手続きの半数以上は「住民票・印鑑証明書」(約54%)、次いで「税務関係」(約30%)、「戸籍関係」(約16%)となっているが(図表4)、今後、国保年金関係や福祉関係手続き等にも対応業務の範囲を拡大していく予定になっている。 現在は、朝日地域と同様の課題を持つ他の地域庁舎及び出張所にも、この遠隔行政サービス導入に向けた検討を開始している。

2)申請から交付まで一貫したデジタル化の実現

電子申請だけでは、行政事務の効率化と市民の利便性向上は実現しない

鶴岡市が取り組むデジタルワンストップ構想の一貫として、市では電子申請手続きを順次拡充している(第2回連載参照)。しかし、市民による申請手続きをデジタル化しても、市による決定通知書類等の交付は、紙面を出力して郵送する場合が多い。自治体職員の業務負荷軽減や市民の利便性向上を図るためには、申請から交付までの一連の手続きを一貫してデジタル化する必要がある。

マイナンバーカードを利用して、申請から交付まで一貫したデジタル化を実現する仕組みを構築

電子交付については、国の認可を受けた民間送達事業者が、マイナポータルを介して自分宛のメッセージや交付物を受け取ることができる民間送達サービスがあり、既に国や民間企業による利用が進められているが、自治体におけるこのサービスの導入は進んでいない。
鶴岡市では、2021年度からマイナンバーカードを活用した電子交付の検討を開始して、2022年度に職員の源泉徴収票を電子交付する実証実験を行い(図表5)、2023年7月から、以下に紹介する特定事業を対象として、申請から交付まで一連の手続きを一貫してデジタル化する仕組みを構築して、実サービスを開始している。

図表5:民間送達サービスを用いた検討・実証の様子

(NRI作成)

高校生向け通学費補助制度への申請と補助額決定通知の交付をデジタル化

鶴岡市では、温海地域及び朝日地域に住む高等学校等の生徒を対象とした、公共交通機関の運賃及び最寄り駅までの自家用車利用に関わる費用を補助する制度を設けている。それらの地域の一部集落からは温海地域及び朝日地域庁舎までの距離が遠く、また高等学校等生徒の保護者が平日の開庁時間内に来庁のうえ、申請を行う必要があるなどの不便が生じている。また、受け付けた申請については、庁内での補助額等の確認作業の後、補助金の交付額が決定すると、庁舎職員が補助額の決定通知書を印刷して、封入・封緘のうえで郵送しており、それらに要する人的・金銭的コストが大きくなっている。
市民による補助金の申請から職員による決定通知書の発行と通知までの一連の手続きをデジタル化することにより、市民は地域庁舎までの移動が不要で、24時間、いつでも、どこでも申請・交付が可能となり、庁舎職員は、決定通知書の印刷・封入封緘等の作業に要する手間を削減することができる(図表6)。

図表6:中山間地域の高校生向け通学費補助の申請から交付までの流れ
―一貫したデジタル化による手続き業務の効率化―

(NRI作成)

ノウハウを文書化して他業務への横展開を加速化

鶴岡市では、本サービスの市民提供開始に向けて、現行業務フローの見直し、サービスの実装・業務テスト、決定通知書への押印省略等の規則改定に向けた調整を関係課と進め、2023年7月10日にサービスを開始している。
現在、全庁を対象にデジタル技術の利活用に関わるニーズ調査を実施しており、複数の部署からサービス実装の要望が挙がっている。その際、前述した実サービス開始に向けて行った現行業務の見直し、実装・業務テスト、規則の改定等の調整等の取り組みから得られたノウハウを文書化して、庁内で共有することにより、円滑で迅速な対象業務範囲の拡大が期待できる。

プッシュ型行政サービスの実現

行政サービスの提供は、市民自身による申請が原則となっているが、サービス内容は複雑・多様化しており、「自分自身が対象者となっているのか分からない」、「行政からの案内を見逃してしまった」といったことから、本来受けることのできる行政サービスが受けられなくなる可能性がある。
そこで、市民一人ひとりの状況に応じて、必要な行政手続きや行政サービス等の情報を、行政から市民に自動で通知する「プッシュ型行政サービス」の実現(図表7)を目指しており、まずは出生届けから各種健診及び予防接種等の多様な行政サービスを提供している母子保健分野に着目した取り組みを検討している。

将来的には手続きレス社会の実現を目指す

将来的に目指す姿は、市民が申請や手続きを行う必要がなく、一人ひとりの状況に応じた行政サービスを享受することができるような「手続きレス社会」の実現(図表7)で、それによって、例えば、以下のようなシーンで市民が恩恵を受けられるようになると考えられる。

  • 妊娠または出産に関わる申請を行った市民に対して、子どもの成長に合わせて、口座への補助金の自動入金や、乳幼児健診の予約案内の自動通知が行われて、子育てに関わる手間や経済的負担が軽減
  • 大雨等の災害で被害を受けた市民に対して、避難先(市外や県外などの広域避難を含む)に関わらず、居住地域や個人の被害状況に合わせて、罹災証明書の申請案内や、口座への支援金の自動入金が行われて、生活復興が迅速化

図表7:手続きレス社会実現へのステップ

(NRI作成)

3)朝日庁舎建て替えを契機とするデジタル化を先導するモデル拠点づくり

朝日庁舎は、1970年に建築された鶴岡市で最も老朽化した庁舎である。今後も、中山間地域住民に対する公共サービスの質的な維持などの過疎対策を先導するとともに、災害時における地域防災の拠点としての役割を担うため、2025年供用開始に向けた建て替え計画が策定されている。
鶴岡市では、建て替え後の新朝日庁舎を、「鶴岡市におけるデジタル化の取り組みを先導するモデル拠点」として位置づけており、前述した「手続きレス社会」のコンセプトに基づき、市民生活の質と利便性の向上を目指す取り組みを進めている。同時に、人口減少による過疎化や行政職員の人手不足が進行する中、将来における地域庁舎のあり方や職員の働き方を見直す契機とも捉えており、以下に示す4つのデジタル化推進テーマ(図表8)を設定している。

図表8:デジタル化推進テーマ

目的 推進テーマ
市民生活の質と利便性の向上 ① 利便性を確保しつつ、「誰一人取り残されないための」窓口手続きの実現
② 地域住民の生活に密接に関連したサービスのプラットフォーム機能の強化
職員の働き方改革 ③ 窓口手続きと電子手続きの一本化による職員の業務負荷の軽減
④ フリーアドレス・ペーパーレス等の推進による職員の働き方改革の実現

(NRI作成)

【テーマ①】利便性を確保しつつ、「誰一人取り残されないための」窓口手続きの実現

市民が庁舎で行う手続きは、住民票の写しや印鑑登録証明書の取得など、これまでの生活の中で何度か経験しており、独力で実施できる手続きから、児童手当の受給申請や家族の死亡時に行う一連の手続きなど、これまでの生活の中で滅多に経験することがなく、独力での実施が困難な手続きまで、多岐に亘っている。現在は、これらの手続きのすべてを、同じ窓口で受け付けているため、長い待ち時間が発生していることも多く、市民にとっての利便性が損なわれている。
そこで、独力で手続きの実施が可能な市民のための「セルフ手続きスペース」を設置して、市民の利便性と職員の業務負担の軽減を図るとともに、それにより創出される職員の余裕時間を利用して、職員による手続き支援を受けることができる「じっくり対応窓口」を設置することで、職員による丁寧な対応時間の拡充による「誰一人取り残されないための」窓口手続きの実現を目指している(図表9)。

図表9:市民の窓口対応イメージ

(NRI作成)

【テーマ②】地域住民の生活に密接に関連したサービスのプラットフォーム機能の強化

現在、住民は前述のテーマ①に示すような行政手続きを、朝日庁舎の窓口で実施しているが、所管する課が異なる複数のサービスを受けたい場合、どのサービスを、どの窓口で受けられるのかを自ら確認して、それぞれ異なる窓口で手続きする必要がある。
これからの朝日庁舎が、住民にとっての「暮らしの総合サービスへの接続拠点」となることを目指し、これまでの行政サービスの提供に加えて、個々人に必要なサービスや分野を越えたデータ連携による付加価値の高いサービスを、ワンストップで提供できる仕組みづくりに取り組んでおり(図表10)、以下のような実証実験を行っている。

【実証実験テーマ】

平時の見守りサービスと災害時の避難行動支援の実証

  • 平時から、スマートスピーカーなどのデジタル機器を利用して、独居高齢者等を見守り、家族や民生委員による適切なタイミングでのアプローチを実現
  • 災害時には、見守りサービスの対象者に、音声・映像・文字で、避難指示情報を伝達するとともに、家族や民生委員等にも支援情報を伝達し、自力避難が困難な災害時要配慮者の避難行動支援を実現

図表10:市民からみた庁舎の役割イメージ

(NRI作成)

【テーマ③】窓口手続きと電子手続きの業務の一本化による職員の業務負荷の軽減

電子手続きが拡大した場合でも、専門的な知識や経験を有する職員と相談しながら手続きしたいという市民の要求はなくならない。一方でこの要求を満たすために、電子手続きと来庁時の書面による手続きを並行して実施した場合、両方の手続きで受け付けた情報の二重管理が発生し、業務が煩雑化して職員の業務負荷が増大する。
そのため、「誰一人取り残されない」社会の実現と、業務効率化を両立させるために、来庁時の書面による手続きもスマートフォンからの電子手続きも同じシステムから処理できる仕組みの構築(図表11)に取り組んでいる。

図表11:職員の手続き業務のイメージ

(NRI作成)

【テーマ④】フリーアドレス・ペーパーレス等の推進による職員の働き方改革の実現

鶴岡市では、地球環境保護や庁内業務の効率化の観点から、全庁的なペーパーレス化の推進を検討しているが、現状では、タブレット端末等の配備が幹部職員等に限定されていること、web会議やPCモニター環境を備えた会議室が少ないこと、業務に利用する資料の多くが紙媒体のままで、電子化ルールも未整備であることなどを原因に、十分に進展しているとは言い難い状況である。また、東北一広い市域に、本庁舎と藤島、羽黒、櫛引、朝日、温海の5つの地域庁舎が分散して配置されており、庁舎間の移動に車で30分程度を要する状況で、所属先の庁舎への出勤や庁舎間の移動が、職員の業務負荷になっている。
朝日庁舎の建替えは、このような課題を解決するための先導モデルを示す好機と捉えており、庁舎の環境整備と併せて新しい働き方改革の検討を進めている。
庁舎の環境整備としては、Web会議システムを常設した会議室の設置、フリーアドレス席の導入、それに応じたWiFi等のネットワーク配備、保管文書の電子化など(図表12)、新しい働き方としては、業務内容等によっては、所属先の勤務地以外の庁舎での執務も可能とすること、WEB会議の実施ルール化などに取り組んでいる。

図表12:職員からみた庁舎の役割イメージ

(NRI作成)

執筆者情報

  • 浅野 憲周

    未来創発センター リージョナルDX研究室

    エキスパートコンサルタント

  • 神林 優太

    システムコンサルティング事業本部 DX事業推進部

    シニアコンサルタント

  • 黒田 颯汰

    システムコンサルティング事業本部 社会ITコンサルティング部

    システムコンサルタント

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株式会社野村総合研究所 コーポレートコミュニケーション部
E-mail: kouhou@nri.co.jp