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〈アクティビティ・レポート〉鶴岡市で目指すデジタルによるローカルハブの実現

―デジタル人材育成と内発的なIT産業創出への取り組み―

2023年10月

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はじめに

国内には、グローバル企業の本社や重要拠点、大学や高等専門学校が立地している拠点都市は多くある。しかし、それらが相互に連携してシナジーを生み出しているケースは多くない。鶴岡市では、デジタル技術を活用して、「高度人材の育成」、「質の高い雇用の創出」、「付加価値が高く社会貢献にも資する産業の創造」を一体として進めることにより、高い生産性と自立的な経済成長を有する「ローカルハブ」1を実現する都市づくりを目指している。この取り組みは、他都市において「ローカルハブ」を目指すうえで適用可能なモデルケースとなり得る。

1 鶴岡市で目指すデジタルによるローカルハブとウェルビーイング・コミュニティの実現

株式会社野村総合研究所(以下「NRI」)は、新たな地方創生に向けた取り組みを進めるモデルケース都市の第1弾として、2019年12月に、山形県鶴岡市と連携協定を締結し、同市のデジタル化による構造改革を推進している。この取り組みでは、「ローカルハブ」の構築を目指すとともに、市民の健康や安心で快適な生活を支援する質の高い都市サービスを実現することで、「ウェルビーイング・コミュニティ」2の構築を目指している。
山形県鶴岡市は、人口約12万人を擁する同県第二の都市であり、充実した研究開発機能と研究人材の集積を特徴とする。
2001年に慶應義塾大学先端生命科学研究所が開かれ、人の遺伝子、メタボロームに関するハイレベルな研究が行われてきた。この研究成果をもとに、理化学研究所や国立がん研究センターなど国の研究開発拠点も鶴岡サイエンスパークに研究施設を置いている(図表1右)。実際、人口に対する研究者の比率をみると、鶴岡市よりも人口の多い仙台市や盛岡市といった県都に匹敵する水準であり、郡山市や秋田市のそれを上回っており(図表1左)、このような集積から、バイオテクノロジーを中心とする次なる事業創造が行われてきている。
慶應義塾大学先端生命科学研究所の他、山形大学農学部、東北文化公益大学、鶴岡工業高等専門学校などの研究開発・高等教育機関があり、それが地域の新しい企業を生み出すなど、東北のローカルハブ候補としてふさわしい多くの条件を満たしている。

図表1 鶴岡市における研究開発機能と研究人材の集積

鶴岡サイエンスパーク

出所)上左図: 「サイエンスパークのさらなる発展に向けて」(2019年3月29日、山形銀行)より
上右図、写真:鶴岡市の提供資料より

鶴岡市が推進するデジタル化の特徴は、地方創生を先導する拠点である「ローカルハブ」と、市民生活の安全・安心や豊かさを追求する「ウェルビーイング・コミュニティ」の両方を実現させ、それらが相互に連動する都市づくりを目指す点にある(図表2)。それにより、地域産業が成長力を獲得し、新規事業や新たなサービスが生まれる。市民は、魅力的な雇用機会や新たなサービスを享受することができ、同時に、生活行動に関わるデータを地域産業のさらなる強化のために提供する。このような好循環を生み出すしかけづくりをデジタル化によって進めている。

図表2 鶴岡市が目指すデジタル化で実現する姿

(NRI作成)

2 「ローカルハブ」と「ウェルビーイング・コミュニティ」が相互連動する都市づくり実現に向けたデジタル人材育成と内発的なIT産業創出への取り組み

「ローカルハブ」と「ウェルビーイング・コミュニティ」の両方を実現させ、それらが相互に連動する都市づくりを実現させるためには、地域におけるデジタル人材育成を進め、そこで生まれるデジタル技術を活用した事業創造や起業化を促進するためのしかけづくりが重要となる。
多くの地方都市では、近隣に所在するデジタル関連企業の数が限られ、デジタル技術を活用したしくみの整備にあたっては、地域外のIT企業に頼らざるを得ない場合が多い。地域外のIT企業から導入したデジタルサービスを維持する人材やデジタルサービスの開発に関わる技術、ノウハウ、ランニングコストは地域外に流出するため、サービスの維持・拡大や他地域への展開は困難で、地域の自立的な経済成長につながりにくい。
鶴岡市では、デジタル田園都市国家構想交付金等を活用しつつ、デジタルの取り組みを一過性ではない地域に根ざした持続可能性のあるものとするため、デジタル人材育成と内発的なIT産業創出への取り組みを推進している。それにより、将来的なITの地産地消の実現を目指している(図表3)。
人材育成とIT産業創出という点では、2022年度から「(1)鶴岡高専人材育成事業」及び「(2)鶴岡イノベーションプログラム」を実施している。
また、NRIと鶴岡高専は、2023年9月21日に「(3)人材育成、地域貢献に関する協定」を締結し、(1)(2)の取り組みと連携しながら、デジタル時代における人材育成支援、新しい地域発展に向けた産官学の連携支援、地域貢献に資する高専改革への取り組みへの支援を開始した。

図表3 デジタル人材の育成と新規事業創発によるITの地産地消の実現

(1)デジタルを活用した地域課題解決に取り組む「鶴岡高専人材育成事業」
鶴岡市では、IT人材育成の観点から「鶴岡高専人材育成事業」を実施している。この事業は、鶴岡工業高等専門学校(以降、鶴岡高専)の学生が、デジタルを活用した地域課題解決への取り組みに参加するプログラムで、デジタルに関わる技術力向上を図るとともに、学生の地元定着やそこで開発した技術に基づく新たな事業創出を目指す取り組みで、2022年度から開始している(図表4)。

図表4 地域課題解決への取り組みを通したデジタル人材育成と地域発の技術・サービス開発

(NRI作成)

これまでに、「簡易水位センサー開発による水害対策」や「AI画像判定システムによる鳥獣被害対策」などのテーマを実施しており、構築したシステムの有効性を地域住民と実証するなどの取り組みを進めている(図表5)。

図表5 2022年度鶴岡高専人材育成事業の実証風景

(NRI撮影、作成)

(2)地域に創造的起業家を輩出する「鶴岡イノベーションプログラム」
鶴岡市では、デジタル人材育成と内発的なIT産業創出を進め、将来的なITの地産地消を目指すための取り組みとして、2022年から「鶴岡イノベーションプログラム(以下「TRIP」)」を開始した。
NRIはこれまで、十勝、沖縄、山陰、新潟の4地域において「イノベーションプログラム」を展開、創造的起業家候補達がともにもがき、ともに楽しむことができる事業創発の場を作り上げてきた。これまでに150以上の新事業構想の発表、25の新会社の設立、数多くの新事業がスタートするという実績を有する。
TRIPは、このようなイノベーションプログラムの実施で培ったノウハウや人材を活用して、鶴岡市が取り組むデジタルによる地域課題解決に結びつくような事業構想化を実現することを目的の一つとしている。
TRIPを効果的に運営するためには、地域の中核的支援機関が連携した厚みのある支援体制の立ち上げが必要である。参画する支援機関は、地域金融機関、商工会や地域産業振興財団等の経済団体、学術機関、市役所と多岐に渡り、NRIも一緒に混ざり、プログラムならびに創造的起業家候補の事業構想づくりをサポートするワンチームの体制を構築している(図表6)。
また、TRIPは、これまでのイノベーションプログラム同様、「事業アイデアの原点は参加挑戦者達の内面にある欲求(ウオンツ)を起点とする」、「これまで地域になかった面白いビジネスアイデアを生み出すためにクレイジーとリアリティを両立させる」、「参加者単独ではなくチームとして事業構想を作り込む」などを基本設計としている。基本設計に基づき、13種類、全16の異なるセッションを準備し、2022年12月から2023年7月までの約8ヶ月間、を通してチームを作り、新しい事業構想を練り上げていった。

図表6 TRIP実施体制図

(NRI作成)

今期は、鶴岡地域を中心に25名程度の創造的起業家候補が集まり、全7チームによる事業構想が発表された。鶴岡の地域資源を活かすものや、鶴岡が先行的に課題を解決し全国に展開することが期待されるもの、さらには先進的なデジタル技術を活用するものなど、多様な事業構想が発表された(図表7)。

図表7 TRIP事業構想一覧

(NRI作成)

現在、それぞれの創造的起業家候補は、事業の実現を目指し、さらに詳細な事業設計を詰めているところである。引き続き、NRIはTRIP事務局として、創造的起業家候補が創造的起業家に変わるよう、また、事業構想が事業としてスタートできるよう、継続的な支援を推進していく。
また、TRIPがさらに地域に根ざし、真の事業創発の場に発展していくためには、TRIP参加者の多様性が必要と考える。創業に意欲、関心のある人材は経営者や次世代経営者だけとは限らない。例えば、学生の存在は、事業構想に新しい視点をもたらすとともに、大学や高等専門学校に眠る知的資産と事業アイデアの掛け算により、これまでにない事業を創出する可能性を秘めているといえる。また、デジタル人材の存在は、事業構想に拡張性をもたらし、全国にスケールすることを前提とした事業を創出することが期待される。
2024年、TRIPは2期目を迎える。より多くの事業としてスタートできるよう支援を継続するとともに、鶴岡市が取り組むデジタルによる地域課題解決に結びつく事業構想化の促進、後述する鶴岡高専との連携強化を進め、さらに多様な人材が参加するプログラムへと発展させ、鶴岡における創業の機運を高めていく。

(3)NRIと鶴岡高専との「人材育成、地域貢献に関する協定」
地域において内発的なIT産業の創出、ひいてはITの地産地消を目指すうえで、NRIのコンサルタントやシステムエンジニアが外部から支援を提供するだけでは、地域に根ざした自立的かつ持続可能なデジタル活用と社会課題解決を実現することは難しい。このような考え方から、NRIは2023年9月21日に、鶴岡におけるデジタル分野の人材育成と地域貢献を押し進めるための地域パートナーである鶴岡高専と、「人材育成、地域貢献に関する協定」を締結した3
鶴岡高専は、情報工学や電気電子工学等の工学的な基礎素養と実践力を養う教育機関であると同時に、前述のとおり市とも連携をしながら地域や産業における課題解決につながる研究・実証活動を行っている。同校では生徒達の学びと社会との接続性を高め、学生の実践力を育てようとする取り組みを進めており、その一環として、学生がチームを組んで鶴岡・庄内の地域課題の解決に資するビジネスアイデアを構想する「総合講座」をカリキュラムに組み込んでいることも特徴の一つである。この講座では、これまでもNRIのコンサルタントが講師・コンテスト審査員として支援をしてきたところである。この支援について、鶴岡高専からは、社会の最前線で活動するコンサルタントが客観的な視点から鶴岡高専の学生達に知見を共有してもらえる希有な機会であるとして、非常に感謝されているところである。しかし、支援するNRIコンサルタントの目線からみると、本支援が学生や鶴岡高専へのスポット的な支援に留まっていたことから、その支援効果が限定的にならざるを得ないという課題感があった。
このような課題感から、今回の協定締結を受け、NRIは、同校の教員・学生に対してデジタル分野におけるビジネス実務の最前線の実態を伝える研修・講義の実施や、NRIコンサルタントによる学生のアントレプレナーシップ教育の推進やビジネスコンテスト支援等の連続的・広範囲な支援活動を通じて、鶴岡高専におけるデジタル人材育成をさらに積極的に支援する予定である。さらには、地域課題テーマで産官学がスムーズに連携できるような座組の構築支援や、地域IT経営者との連携によるIT産業育成についても、鶴岡高専と協調して取り組む計画である。この度の協定の締結をきっかけとして、鶴岡・庄内地域の関係者とNRIとの連携がさらに促進されることを期待している。

3 今後の展望

今後は、上述の(1)~(3)それぞれの取り組みの拡充と相互の連携を進める。例えば、鶴岡市が実施する「高専人材育成事業」から創出された新しいデジタル技術を、鶴岡高専とNRIとの連携により実施するビジネスコンテストや鶴岡イノベーションプログラムへの参加を通して事業構想化して、新しい事業開発や産業の創出を進める。このようにして創出された新たな事業は、市民に対して付加価値の高いサービスを提供する一方で、その取り組みから得られた地域のデータを活用して、さらに付加価値の高いサービス開発や新たな事業創出に結びつけていく。このような相互連携によるシナジーを生み出すITの地産地消を実現することにより、自立成長性を有するローカルハブの形成を目指す。
鶴岡市が進める「ローカルハブ」と「ウェルビーイング・コミュニティ」が相互連動する都市づくりは、市が自立した経済圏を獲得して、今後においても都市力(都市の生産性)を高め、継続させていくと同時に、市民生活の利便性や豊かさを確保するために重要な目標となる。その実現のためには、デジタル技術の活用が鍵となるが、その際、地域外のIT企業が提供する技術やサービスだけに頼るのではなく、地域に根付いたパートナーと一緒に、地域課題を解決していく、粘り強い現地現物の活動が重要となるだろう。

  • 1 

    ローカルハブ:地方圏(=ローカル)にありながら、国内外の様々な都市・地域と連携した(=ハブ)「自立(独立)都市圏」を指すNRIが設定した造語。

  • 2 

    ウェルビーイング・コミュニティ:あらゆる市民が身体的、精神的、社会的に良好で、「幸福」や「豊かさ」が実現されている地域。

  • 3 

執筆者情報

  • 浅野 憲周

    未来創発センター リージョナルDX研究室

    エキスパートコンサルタント

  • 坂口 剛

    未来創発センター リージョナルDX研究室

    エキスパート研究員

  • 駒村 和彦

    コンサルティング事業本部 社会システムコンサルティング部
    社会イノベーション政策グループマネージャー

    未来創発センター リージョナルDX研究室
    エキスパートコンサルタント(兼務)

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株式会社野村総合研究所 コーポレートコミュニケーション部
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E-mail:kouhou@nri.co.jp