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国際金融都市への原動力となる新興運用マネジャーの発掘

2023年5月号

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日本に蓄積された膨大な金融資本を、価値を産む投資対象に結びつけるのが資産運用業であり、その発展なくして東京の国際金融都市化はあり得ない。東京国際金融機構(FinCity.Tokyo)は近年、国内新興マネジャーの発掘と内外での認知拡大に取り組んでいるが、その必要性を同機構EMPスペシャルアドバイザー、石田英和氏に語っていただいた。

金融ITフォーカス2023年5月号より

語り手 石田 英和氏

語り手

一般社団法人東京国際金融機構
EMPスペシャルアドバイザー
石田 英和氏

1990年 大阪ガス入社。95年 スタンフォードMBA修了。2003年 大阪ガス確定給付企業年金 インベストメント・オフィサー就任。16年 日本政策投資銀行設備投資研究所 客員主任研究員。19年 金融庁金融研究センター 特別研究員。20年 京都大学経営管理大学院後期博士課程修了。21年 レオス・キャピタルワークス入社 未来事業室金融包摂担当部長(現任)。京都大学博士(経営科学)。

聞き手 浦壁 厚郎

聞き手

株式会社野村総合研究所
金融デジタルビジネスリサーチ部 エキスパートリサーチャー(収録当時)
浦壁 厚郎

2004年 野村総合研究所入社。コンサルティング事業本部を経て、2008年より資産運用のリサーチ・コンサルティング業務、年金コンサルティング業務等に従事。2017年より野村アセットマネジメント、2023年4月より野村フィデューシャリー・リサーチ&コンサルティング。資産運用の動向、運用会社経営、機関投資家の資産運用管理を専門とする。

国内新興マネジャーに対する認知を高めるFinCity.Tokyoの取り組み

浦壁:

石田さんは昨年、東京の国際金融都市を目指す東京国際金融機構(FinCity.Tokyo)のEMPスペシャルアドバイザーに就任されました。EMPはEmerging ManagersProgram、つまり、アセットオーナーが新興マネジャーを発掘し、そのファンドに資金を拠出するためのプログラムのことですね。

石田:

米国の公的年金の中でも進んでいるところでは、設立間もない運用会社を専門的に発掘するチームを置いている例がみられます。そういったチームの多くがEMPと呼ばれています。彼らは、ダイバーシティやインクルージョンを推進するため、女性やマイノリティが設立した会社を優先的に採用したり、大手から独立した新興マネジャーに資金をつけたりといった活動を、様々な資産クラスを横断して行っています。

浦壁:

米国の公的年金でEMPというと、アファーマティブ・アクションの一環として特にマイノリティの新興マネジャーを対象とする傾向が強いのでしょうか。

石田:

確かにそういう政策目的の投資から始まったプログラムが多いようですが、FinCity.Tokyoで調査した投資家では、パフォーマンス向上が目的です。投資家間の競争が激しく、有名になった運用会社に十分な投資枠を確保できません。そこで有望な新興マネジャーに早い段階から資金をつけて超過収益を狙うのです。

浦壁:

石田さんご自身はFinCity.TokyoのEMPアドバイザーとして何をされているのですか。

石田:

欧米の国際金融センターには新興運用会社に積極的に投資するアセットオーナーがいます。腕に覚えのあるマネジャーは魅力的な投資機会を彼らに持っていくことで運用会社を設立できます。FinCity.Tokyoでは東京でも新興運用会社の起業と抜擢が盛んにならないと、国際金融センターとして競争していけないと考えています。そこで新興運用会社の認知を高める活動をしている訳ですが、私は投資家の経験を生かして新興マネジャーの方々との面談や市場調査について助言しています。

FinCity.Tokyoで新興運用会社のファンドに投資するファンド・オブ・ファンズを運用できれば良いのですが、これは将来的な課題だと考えています。今年度は、先駆的な取り組みをしている新興マネジャーや既存運用会社の新規商品運用チームを表彰し、「Tokyo Asset Management Forum」といったイベントで披露したいと考えています。「東京市場にはこんなに魅力的なマネジャーがいるんだ」というのを投資家に発信するのです。また、金融分野の多くの表彰は過去実績に基づいていますが、我々は投資機会の新しさに着目します。例えば、ベンチャーキャピタル(VC)の中ならディープテック部門などを設けたいと考えています。

浦壁:

かなり部門が細分化されているようですね(笑)。

石田:

そうです。単に「I Tサービス」というだけなら、日本でも1,000億円クラスのベンチャーファンドが立ち上がるようになっています。

しかし、技術力は高いもののいつ出口を迎えられるかわからないディープテクノロジー系のベンチャー企業には資金が入っていません。VC側もエグジット実績が問われるので、IPOが見込める案件を追いかけ、上場したらすぐ資金回収してしまいます。FinCity.Tokyoでは、経験豊かなベンチャーキャピタリストが、群れの中で最初に海に飛び込むファーストペンギンとなって、果敢に挑戦していくことを期待しています。

浦壁:

FinCity.Tokyoではどのような運用戦略の新興マネジャーを探しているのですか。上場株ですか、それともプライベートエクイティ(PE)ですか。

石田:

それは時代によって変わるものだと思います。

アセットオーナーとアセットマネジャーは鵜飼いと鵜のような関係にあります。アセットオーナーが鵜飼いで、アセットマネジャーが鵜です。鵜であるアセットマネジャーは魚、つまり投資機会を探しに行きます。魚がどこにいるかは鵜飼いよりも、鵜の方がよく知っているように、どんな運用戦略に投資すべきか知っているのはマネジャーの方です。ですから運用会社の新規設立が盛んな分野は豊富な投資分野として注目すべきだと思います。

20年ほど前はロング・ショート・ファンドやマルチ・ストラテジーのヘッジファンドの立ち上げが盛んでしたが、今は市場が縮小してしまいました。今後ニーズが大きく見込めるのはロングオンリーの戦略です。

この先、NISA投資が資金の出し手の中心になると見込んで、上場株では集中投資ポートフォリオや、アクティビスト/エンゲージメント・ファンドの起業が非常に盛んです。それから、PEファンドも起業が非常に盛んな分野で、公的年金からの潜在的なニーズも大きい。さらにスタートアップ支援の観点から、例えば未公開株と上場株を組み合わせたクロスオーバー戦略にも注目しています。そして最後にインパクトファンド。ESGファンドは日本でも流行っていますが、インパクトファンドの起業は海外に比べてかなり遅れています。我々が探すのはこういった運用戦略の新興マネジャーです。

なぜ新興マネジャーの抜擢は簡単ではないのか

浦壁:

石田さんは2016年まで長年、大阪ガスの企業年金で運用業務に携わってきました。日本のアセットオーナーの現状をどう見ていますか。

石田:

20年前の確定給付型年金は存在感が大きかったこともあり、ファンド運用業界からとても大事にしてもらいました。そのような幸せな時代と比べると今は本当に縮小均衡に陥っています。

一方で、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が出向者ではないプロを採用し始めてから、業界全体の知識と人材のレベルが格段に高くなりました。

浦壁:

新興マネジャーの発掘という観点からはどうでしょうか。

石田:

現状でいえば公的機関で新興マネジャーを抜擢できているかというと、まだハードルが高いようです。これにはいろいろな理由があります。

例えばアセットオーナーの運用担当者が、誰も聞いたことがないような会社に運用を任せて失敗すれば責任問題になります。ところがそれが名前のある会社だったら「それは仕方ない」と言ってもらえるでしょう。

この点は、米国でも30年前であれば同じだったかもしれませんが、今はかなり事情が違うと思います。

新興マネジャーを受け入れる土壌ができているので、米国の機関投資家市場では、新しい運用会社が次々に出てきます。10年も経てば顧客の信頼を集める運用会社の顔が変わってしまうのは普通です。毀誉褒貶ありますが、グロース株で一点突破するキャシー・ウッド氏のような運用者が、あれよあれよという間にメジャーになることもあります。

浦壁:

ダイナミズムが存在するわけですね。なぜ日米で公的年金の新興マネジャーに対する態度が違うのでしょうか。

石田:

米国の公的年金もそれほど自由にやらせてくれる職場というわけではありません。公務員ですので規制は非常に強く給料もそれほど高くはありません。担当者も必ずしも運用に長けた人ばかりではなく、人材のレベルでは日本の方が高いと思うこともあります。それでも米国では新興マネジャーに投資できて、日本ではできていません。これはなぜか。

米国には資産運用のエコシステムにおいてEMPの担当者と新興マネジャーの信頼関係が生まれます。例えば、あるEMPで担当者がよいマネジャーを発掘すれば、その担当者はもっと規模の大きい年金からCIOのようなポジションの引き合いが来るでしょう。その担当者が持つマネジャーとの信頼関係が欲しいからです。新興マネジャーが成功すれば、基金のために良いだけでなく、自分のためにも良い結果になるのです。

浦壁:

ビジネスで成功したい、お金持ちになりたい、といった米国的なモチベーションが日本のアセットオーナーやアセットマネジャーに足りないのも一因でしょうか。

石田:

私は日本人ファンドマネジャーが米国のファンドマネジャーに比べて欲が少ないとは思いません。

問題はむしろ、日本は伝統的な投資理論に信頼を置き過ぎていることにあると感じます。1970、80年代の現代ポートフォリオ理論(MPT)で止まってしまい、パッシブ運用には誰も勝てないと思い込んでいます。効率市場仮説(EMH)は「仮説」であって実証されていない理論であることすら理解されていない。日本はどこかで学びをやめてしまったのかもしれません。

浦壁:

MPTの枠組みに当てはまらないものに投資してはいけないと信じているようにも見えます。

石田:

全くそうです。例えば、学術の世界では、モメンタム・ファクターはあまり好まれていません。EMHに明らかに反し、過去のトレンドで将来のリターンを予測しているからです。でも長期的に見るとモメンタム・ファクターのリターンは大きく、投資家にとって重要です。

米国でもグロース戦略は学術的にあまり評価されていませんが、グロース投資の人気は非常に高い。バリュー戦略のマネジャーは「グロース運用なんて投機だ」と首を傾げますが、結果としてバリューとグロースがよいバランスで共存していると思います。

一方、日本では特に2000年代までバリューファクターがパフォーマンスに貢献してきたこともあって、グロース運用を軽視してきた面があります。ファンドマネジャーは「ブルーオーシャンで利益100倍を目指します」という経営者より、「レッドオーシャンで来期の目標を必ず達成します」という経営者が「正しい」と思うようです。一部の例外を除き、日本から成長企業を生み出せなかったのは、これも原因かもしれません。

知識の「探索」がリターンにつながる

浦壁:

日本では公的機関の運用資金がなかなか新興マネジャーに回らないという話を伺ってきました。日本でもアセットオーナーがEMPで新興マネジャーの発掘のようなことをもっと試していくべきですね。

石田:

米国で公的年金がEMPを実施する一つの大きな理由は、優れたファンドにアクセスすることが難しくなっているからです。運用者が本当に資金を集めたいと思っているときに投資しないと、永遠にその機会を逃すのです。その運用者が素晴らしいリターンを出し、有名になってからでは競争も激しくなり相手にされません。

日本のアセットオーナーは厳しいデューデリジェンスを行い、厳格な基準に合致するマネジャーにだけ運用を委託したいと考えています。しかし、世界の現実を見ると、成功しているファンドは、どんな資金規模が大きくても遅れてきた者にファストパスを用意することはないのです。

浦壁:

まだ評価が固まる前にアセットオーナーの担当者が自分の目でよいと思うマネジャーを選ばないといけないわけですね。

石田:

そうです。ただ、自分で選ぶと言っても、計算できるデータだけを見るだけでは足りません。

成功した投資家は運用ファンドを選ぶとき、過去の実績だけでなく何らかの自分の好みに基づいて選定しています。例えば「有名なマネジャーに任せたい」とか、「有名でなくても若くて生きのいいマネジャーに任せたい」という好みです。大事なのは、この二つの好みでいうと後者を好むアセットオーナーが確実に成功しているということです。

浦壁:

アセットオーナーとしては、トラックレコードの長いマネジャーだと安心しがちだけれども、そういう基準だと自分の首を締めている可能性があるということですか。

石田:

そうです。アセットオーナーは賢ければ賢いほど運用リターンが下がっていきます。それはなぜか。

経営学では知識の「探索」と「活用」の両立が重要だとされています。「探索」の多くは失敗しますが、ごく一握りとはいえ成功は大きなリターンを生みます。金融市場では知識の活用によるリターンは安定していますが小さなものになります。賢いアセットオーナーは知識の「活用」を重視し過ぎてしまい「探索」を軽視しているのです。

浦壁:

マネジャー選択でも好奇心が大事ということでしょうか。

石田:

そうです。「新しい!」「面白い!」といった直観を大事にしなくてはいけません。賢ければ賢いほど、データを見れば見るほど、面白そうなマネジャーは粗ばかりが目についてきます。しかし、今目に見えているものから推察できることは限られています。運の要素だってあります。見えるものばかりにこだわっていると、「鉱脈」を見逃してしまいます。

浦壁:

知識の「探索」に踏み出せないというのは、日本の資産運用のエコシステムのあらゆるところで見られる共通した課題ですね。

石田:

そうだと思います。ただ、投資において「知の探索」を行うのは、欧米でも少し工夫が必要なようです。米国公的年金のEMPは、ポートフォリオの一部を意識的に新興マネジャーに切り分けて、「探索」を保護しているとみることもできます。

一般の事業会社でも新規事業と既存事業の配分は難しい問題です。イノベーションの研究では、「新規事業は既存事業から独立させて、トップ直轄でやるのがよい」が通説になっています。その意味で新興運用会社へのアプローチは、政策資産配分と同じレベルで決めるべき事項です。担当者が現場の都合で決めるものではありません。

浦壁:

日本の公的機関にもそうした取り組みに期待したいですね。

石田:

FinCity.Tokyoの活動を通じて日本のアセットオーナーの方々と直接お話しさせていただいてきました。トップ層は新興運用会社を抜擢する意義を理解していると思います。公的年金はこれからですが、実際にPEの分野では、いくつもの組織が実践してきています。

さらに日本版SBIR(Small Business Innovation Research)が始動し、政府の研究開発予算もスタートアップ企業に門戸開放されるようになります。公的資金の運用でも新興マネジャーに門戸を開くのは、平等性や公共政策の観点から支持を集めるのではないでしょうか。

浦壁:

日本の運用業界の活性化につながる重要な話だと思います。本日は貴重な話をありがとうございました。

(文中敬称略)

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