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データ資本主義に必要なガバナンスとは

2023年6月号

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政府や企業にとって経営へのデータの活用は不可欠だが、同時にデータ保護に向けた取り組みの重要性も非常に高まっている。データの活用と保護を両立させるためのカギは何か、なぜ協同組合型のデータガバナンスは有望なのか。MITコネクションサイエンス・グループCTOのトーマス・ハージョノ氏に語っていただいた。

金融ITフォーカス2023年6月号より

語り手 トーマス ハージョノ氏

語り手

マサチューセッツ工科大学
CTO, Connection Science Group
トーマス ハージョノ氏

MIT Trust Data コンソーシアム テクニカルディレクター兼務。IT Trust Data コンソーシアム テクニカルディレクター・デジタルアイデンティティとトラステッドハードウェアの分野の初期のパイオニア。MIT Kerberos認証プロトコルの開発と普及に貢献。データ共有フレームワークであるOpen Algorithmを提唱。現在の関心分野はデジタルアセットの相互運用性とサイバーセキュリティ。

聞き手 林 滋樹

聞き手

株式会社野村総合研究所
顧問
林 滋樹

1988年野村総合研究所(NRI)入社。PMS開発部に配属。保険システム部、金融ITイノベーション推進部長等を経て、2007年に野村ホールディングス株式会社に出向。09年にNRIに戻る。12年執行役員 保険ソリューション事業本部副本部長。14年同本部長。16年常務執行役員。17年金融ITイノベーション事業本部長。21年専務執行役員。23年4月より現職。

データ活用とデータ保護をいかに両立するか

林:

マサチューセッツ工科大学(MIT)は社会的課題の解決に向けて世界中の政府や企業と実践的な研究を行っています。コネクションサイエンス・グループではどのような研究をされているのでしょうか。

ハージョノ:

グループの目的は、われわれが計算社会科学と呼んでいる分野で多様なデータを活用することです。計算社会科学では、データと人間の社会行動を結びつけて考えます。1950年代から60年代に築かれた経済モデルは、人間を財の取引を行う論理単位としてしか見ていませんでしたが、われわれの研究は、人間はアイデアやニュースの交換などより多くのことを行っていることを示しています。

林:

具体的にはどのようなプロジェクトを行っているのですか。

ハージョノ:

あるクレジットカード会社との取り組みを例に挙げましょう。その会社は、カード保有者のうち6か月後に経済的に困窮する人の予測精度を向上させたいと考えていました。われわれが助言したのは、多様なデータを組み合わせるとよいということでした。カード支払いのデータをモバイル通信事業者の通信データと結びつければ人間行動への理解が深まり、クレジットカードの不適切に頻繁な乗り換え、ひいては経済的困窮の予測能力も向上するわけです。

林:

近年データに関して私が気になっているのは、公益と個人の権利保護のバランスの問題です。例えばコロナでは、公衆衛生がプライバシーより重要と考えられる場面がありました。世界各国ではデータに関する法制度の整備が進められていますが、データの法制度についてどのように見られていますか。

ハージョノ:

企業、政府、コミュニティのいずれにしても、データ活用が不可欠となっているのは間違いありません。データはお金、労働に続く第三の重要な資本になっています。

法制度については、ほとんどの国が同じ要件を持っていると考えています。その要件とは、政府や企業がデータを活用しつつ、いかにデータの保護を図るか、というものです。データの保護は、個人のプライバシー保護だけではなく、国家主権の保護も含みます。近年、国家によるハッキング事件が多発しており、数年前には、米国の全連邦職員の情報が流出する事件もありました。

林:

技術的にはどのような側面に注目すればよいのでしょうか。

ハージョノ:

データを利活用しつつ保護する技術に注目しています。暗号化したまま演算結果が得られる準同型暗号やマルチパーティ計算など色々な要素技術があります。

われわれが目指すゴールは、安全に知見を共有する枠組みを構築することです。たとえば、ある企業が、他社が保有していて自社が保有していないデータを使って計算したいと考えているとします。この場合、データを移動するのではなく、QA形式でクエリを送りレスポンスを得るのがより良い方法だと考えています。

コロナのコンタクトトレーシングは、こうした枠組みがあればスムーズに進んでいたはずです。

また、この枠組みは、国内のみではなく、国際協力の場面でも適用できると考えています。

資本としてのデータ

林:

先ほど「データは今や重要な資本」という話がありました。資本主義では巨額のお金を集積することで、鉄道をつくったり事業を行ったりして、国が豊かになっていきました。同じようにデータも集積するほど力を発揮すると思います。

一方で、資本主義でお金の集積による歪みが出てきたように、データも集積するほど歪みが発生するのではないでしょうか。データを集めた人のモラルの問題、サイバー攻撃のリスク、情報操作により人々の投票行動を変える力があることもわかってきました。こうしたデータ資本主義の歪みにどのような対応が必要だと思われますか。

ハージョノ:

第一のポイントは、データの質の確保です。特にデータの来歴はとても大事です。どんなデータセットでも作成者や作成時点の状態を保持することが重要です。データのコピーが繰り返されると、出所の追跡や、質に対する疑いが出てくるためです。

第二のポイントは、データアクセスに関するガバナンスフレームワークです。つまり、誰が、何の目的で、どの期間アクセスできるかを管理することが必要です。信頼を得るための透明性も必要になります。

そして第三のポイントは、アルゴリズムの質の確保です。われわれの研究では、バイアスはデータだけに存在するのではなく、アルゴリズムの中に意図せず組み込まれていることが示唆されています。バイアスのないデータだけでなく、バイアスのないアルゴリズムも重要です。

林:

資本主義では政府が大きな役割を担ってきました。データ資本主義における政府の役割はどのようなものでしょうか。

ハージョノ:

データガバナンスに関して、われわれが、南オーストラリア(SA)州政府と取り組んでいる事例を紹介しましょう。SA州政府は医療データを安全に交換できるシステムの構築に取り組んでいます。SA州政府は病院や診療所などに莫大な市民の健康データを保有しており、多くの製薬会社やバイオテック企業がそうしたデータに関心を持っています。DNAのバイオバンクを構築したいと考える会社もあれば、治験の被験者群を探そうとしている会社もあります。これは決して容易な問題ではなく、市民やコミュニティのサポートが不可欠です。政府の役割は重要で、みんなが一つになるための仲介役や、市民のデータプライバシーポリシーの遵守を保証することにあると考えています。

林:

アルゴリズムに関するお話がありましたが、アルゴリズムの正しさはどのように決定すればよいのでしょうか。今の米国の状況を見ると、人々の考え方が左と右で大きく分断されているように思います。アルゴリズムにより思想や行動が操作される問題もあります。そうした中では、皆が正しいと言うアルゴリズムが必ずしも正しいとは言えないように思います。

ハージョノ:

公正なアルゴリズムとは何かというのは非常に難しいトピックです。公正なアルゴリズムをテクニカルにどう規定するかは継続的に研究が進められているところです。

われわれが今行っている研究では、ツイッターなどのソーシャルメディアのデータの分析から、データに意図的な歪みが見られることがわかっています。たとえば、われわれと一緒に研究している大学院生の一人は、ツイッターのフィードに組織的なプロパガンダが含まれているかを研究しています。その研究から、政治的理由で、ボットを利用してツイッターで人々が受け取る情報を変えようとしている国があることがわかっています。

われわれは、ボットを検知・回避する方法がないか考えているところです。そのためには、たとえばソーシャルメディアの利用者に本人認証を要求すべきではないかとも考えています。現在ツイッターでは多くの利用者がボットの作成した情報を閲覧させられているからです。

一方、政治的な左右の意見の対立については、ソーシャルメディアのアルゴリズムによって拡大されている面があることを示唆する研究もあります。われわれは、ユーザーがツイッターやフェイスブックなど一企業に情報をコントロールされることなく、ユーザーがコントロールする分権的なソーシャルメディア・プラットフォームを構築する方法はないか探っているところです。

新たなデータガバナンスの可能性

林:

お話を伺っていると、データ資本主義の課題は、技術的な問題よりもガバナンスの問題が大きいように思いました。誰がどのようにガバナンスをしていくべきでしょうか。

ハージョノ:

ガバナンスについては、やはり個々の市民がステークホルダーとして参加する必要があると思います。市民の支持を得ずに政府がデータ管理の方針や規制を設けても決してうまくいかないからです。

われわれが研究しているガバナンスモデルに「データ協同組合」があります。データ協同組合は農協とよく似ています。農協では、農家が組合員として輸送手段を共同で利用するなどして市場に農作物を出荷します。これに対してデータ協同組合では、市民が協同組合のデータガバナンスモデルの下で個人データをプールして利活用します。運営のために統治組織を置き、理事会メンバーの選挙を行います。そして、誰がデータにアクセスできるか、どのようなアルゴリズムの利用を認めるのか、などをルールとして規定しておくのです。

私はデータ協同組合のモデルには、大きな可能性があると考えています。今日のデータエコシステムと異なり、市民がガバナンスに直接関与できるからです。ツイッターの利用者は運営に参加していると錯覚するかもしれませんが、実際には違います。ツイッターは会社組織で株主の利益が最優先です。データ協同組合は法的な受託者責任を発生させることで市民の利益を最優先にします。

データ協同組合の仕組みを配車サービス会社、ウーバーの運転手を例に説明しましょう。現在、ボストンで働くウーバーの運転手は、北部と南部で収益性を比較できないため、どこで働くのが有利かよくわかりません。もし運転手が自分の走行データと収入データを受け取り、ボストン全体でデータ協同組合をつくったらどうでしょう。数万人の運転手がいればデータは十分なサイズになり会員の利益のために分析することが可能になります。ボストンのどこで働くのが有利かも知ることができるのです。

林:

データ協同組合が成立するためには、政府等が共通的なルールや枠組みを提示しつつ、データ協同組合自体にはビジネスモデルが必要だと思います。

ハージョノ:

共通的なルールについては米国のリテール金融が参考になります。米国には銀行と信用組合という二つの枠組みがあり法律も異なります。データ協同組合は信用組合をモデルにしています。

データ協同組合のビジネスモデルは、内部でデータ分析を行い、得られた知見を外部に提供することで収益とすることが考えられます。

再びボストンのウーバーの運転手のデータ協同組合を例に挙げます。平均的な運転手は年間5~6万マイル走るため、3~4年に1回くらい新車が必要となります。もしデータ協同組合があれば、買い替えが必要な車がどのくらいあるか簡単に計算できます。自動車会社はデータ協同組合を介してメンバーに対して自動車の販売価格の適切な割引を提案できます。また、データ協同組合は、メンバーに便益をもたらすことが目的ですので、必ずしも金銭的な便益である必要はありません。

重要なのは、十分なサイズのデータ、十分なメンバー数、会員の便益のために機能するガバナンス、自発的に参加できる、という点です。

社会的課題の解決にデータコンソーシアムの活用を

林:

資本主義において金融機関は規制の下で信頼を提供する役割を果たしてきました。データ資本主義においても、データ協同組合のような信頼を提供する主体が求められると思います。既存の金融機関がそのような主体に変化していく姿は考えられるでしょうか。

ハージョノ:

企業の場合は「データコンソーシアム」と呼ぶのが適切です。データコンソーシアムはデータ協同組合と同様に参加企業で構成され、通常何らかの共通の関心を持っています。一方で、自分以外の他の参加企業は競合でもあり、自社のデータは他社に秘密にしたいと考えています。ですから運営の課題は、いかに競争相手同士が、コンソーシアム全体の利益のために協力できるかです。ここでも各社のデータの秘密を維持しながらデータから知見を得るための技術が利用できます。コンソーシアムの参加企業は、データを提供したり、共通のルールを策定したり、協力してアルゴリズムを開発したりします。

歴史的にはクレジットカードのコンソーシアムモデルが参考になります。クレジットカードは多くの金融機関のコンソーシアムで、会員規約や技術文書など膨大な量の規定が整備されています。同様のモデルがデータコンソーシアムにも適用できると考えています。

金融機関はまずは先物取引のデータなど限定的なデータから始めてみるのが良いのではないでしょうか。データコンソーシアムモデルが普及していけば、金融危機を早期に検知したりすることもできると思います。

林:

NRIは多くの金融機関のインフラを支える会社です。貢献できることがありそうです。

ハージョノ:

日本の金融機関の方たちとデータコンソーシアムのプロトタイプ作りを考えてみたら面白そうです。

われわれがデータ分析を行うプロジェクトでは、必ずしも大量のデータを必要としません。小規模のデータセットであっても有益な結果が得られる場合があります。またわれわれが扱うのは匿名データのみです。

MITデータコネクションサイエンスで最も成功したデータモデルは、2、3社のコーポレートスポンサーを巻き込むことでできたものでした。政府や自治体に入ってもらうのも有効です。先ほどお話したSA州のケースでは、州政府、銀行、通信会社、ヘルスケア会社に参加してもらいました。MITの役割はマッチメーカーです。われわれは中立的な組織ですので、それが可能です。われわれは研究にも興味がありますが、社会の利益のために企業や機関もサポートしたいと思っています。難しい社会的課題の解決こそMITのミッションだからです。よい課題があれば、日本の企業、金融機関、自治体ともぜひ共同で取り組みたいと思います。

林:

本日は、わくわくするようなお話をありがとうございました。

(文中敬称略)

金融ITフォーカス2023年6月号

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