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事業成長担保制度と金融機関の付加価値向上

2023年11月号

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不動産担保や経営者保証に依存しない事業性に着目した融資とその実務の拡充を目指し、事業全体に対する担保制度(事業成長担保権)の創設に向けた準備が進められている。新制度の想定される活用シーンはどのようなものか。金融機関に期待される役割は何か。新制度の法制化を進めている金融庁企画市場局参事官の若原幸雄氏に語っていただいた。

金融ITフォーカス2023年11月号より

語り手 若原 幸雄氏

語り手

金融庁
企画市場局参事官
若原 幸雄氏

1994年 大蔵省(現財務省)入省。銀行局総務課や金融会社室で、公的資金注入など銀行の不良債権問題の対応等を担当。金融(監督)庁発足後、監督局総務課金融危機対応室、総務企画局市場課等の課長補佐を経て、2013年 総務企画局企画課保険企画室長。20年 証券取引等監視委員会事務局総務課長。21年 企画市場局総務課長を経て、23年より現職。

聞き手 山﨑 政明

聞き手

株式会社野村総合研究所
執行役員 金融ITイノベーション事業本部長
山﨑 政明

1992年 野村総合研究所入社。証券会社向け勘定系システム開発に従事。2010年4月 STAR営業推進室長。証券総合バックオフィスシステムSTAR等のサービス向上や導入推進に長年携わる。15年 証券ソリューション事業本部統括部長を経て、17年 経営役 同副本部長。2020年 執行役員。2023年より現職。

事業成長担保制度の創設の背景

山﨑:

今年8月末に2023事務年度の金融行政方針が公表されました。その中に、事業者の持続的な成長を促す融資慣行の形成に向け、「事業全体に対する担保権の早期制度化に取り組む」とあります。事業成長担保制度の実現に向けた現況についてお聞かせいただけますか。

若原:

今年2月に、金融審議会(以下、金融審)の「事業性に着目した融資実務を支える制度のあり方等に関するワーキング・グループ」で報告を取りまとめていただきました。一般的には、金融審の報告や取りまとめが公表されると数カ月後に法案が出されるというのがよくある姿です。それに比べるとやや進展が遅いため、何か問題が生じているのではないかと思われるかもしれませんが、粛々と検討を積み重ねており、法案提出に向けて着実に作業は進んでおります。

本制度がほかの事例と最も異なるのは、担保というものが民事法で規定されたものだということです。金融庁は金商法や銀行法といった業法については専門家ですが、民事法となるとやや事情が異なります。

この話はもともと法務省の法制審議会で議論されており、既存の担保制度との整合性などについて法務省と緊密に連携をとり合って検討を進める必要があります。今は法務省や内閣法制局などと連携をとりながら一つ一つ課題をクリアしている状況です。

山﨑:

実際に法律が成立する時期の見通しはどうでしょうか。

若原:

国会にいつ法案を提出するかが焦点になります。われわれとしては早期に法案を提出できるよう頑張っているところです。

山﨑:

そもそも、なぜ新たに事業成長担保制度を創設することになったのかお聞かせいただけますか。

若原:

今回の新制度の創設は、不動産担保や経営者保証といった今の日本の融資慣行から少しずつでも脱却していこうとする大きな流れの中で、一つの柱として出てきたものです。

かつて日本では、非金融法人セクターは慢性的に資金不足にあり、金融機関は家計セクターの資金余剰をそこに流すことでビジネスがマクロ的には成立していました。その後、法人セクターは資金余剰に転じています。そうした中、金融機関は、真に資金需要がある企業を発掘してそこに資金を供給していくビジネスモデルに変えていくことが求められています。

別の言葉で言えば、金融機関は独自の付加価値を見い出さなければならなくなったということです。スプレッドの小さくなった従来型の融資だけでは、ビジネスの展望を描けなくなったわけです。

山﨑:

不動産担保や経営者保証を伴った融資が「従来型の融資」の代表に当たるわけですね。

若原:

その通りです。

従来型の融資が有効な場面もある一方で、これまでは、担保となる不動産がなかったり経営者保証をつけられなかったりして十分な融資を受けられなかった人も少なくありませんでした。金融機関にとってはそこにこそ工夫をこらして「こういう形であれば資金提供できますよ」と提案する機会があるのだと思います。事業者と二人三脚でキャッシュフローの基盤となる事業を拡大できれば、最終的に確実な資金の回収につなげることができるでしょう。そういう機会を見つけ出して、伴走していくことが、金融機関が提供できる付加価値になるのだと思います。

山﨑:

そういう付加価値を提供できるからこそ、企業は喜んでお金を借りるし、金融機関も十分なスプレッドを乗せることができてビジネスとして成り立つわけですね。

若原:

そうです。われわれとしては、そういう新しい形の資金仲介をどんどん広げていただきたいと考えています。

金融庁もかつては、金融機関の不良債権処理が大変な時期に、担保や保証による保全状況で債権分類をしたり、「まずは健全性の確保を」と訴えたりしていました。しかし時代は変わりました。

象徴的なのは検査マニュアルの廃止です。ここ10年以上、いかに事業性に着目して世の中に必要とされる資金を供給していくかが金融機関の大きな課題となってきました。

成長機会があるのに資金を得られない企業は少なからず存在します。そうした企業が資金の供給を受けることで成長し最終的に実体経済を引っ張っていくような好循環をつくっていくのが新制度の狙いです。

想定される新制度の活用シーン:スタートアップと事業承継

山﨑:

事業成長担保権の制度化は日本経済に新しい活力を広げていくための非常に重要な取組みだと思います。新制度の活用シーンとしてどのようなケースを想定していらっしゃいますか。

若原:

一つは、研究先行型、投資先行型のスタートアップ企業が挙げられます。売上げが立つのはちょっと先、事業が黒字化して経営が安定するのはさらに先というスタートアップ企業は珍しくありません。

そうした企業では金融機関に差し出せる担保がないということは珍しくなく、資金調達するとなるとエクイティが主流になります。しかし、すべてのスタートアップがエクイティだけで十分な資金供給を受けられているかというと、そうでもありません。また、希薄化の問題もあり、エクイティではなくデットの資金調達を好むような企業もあります。現状では、日本の金融仲介においてそうした企業へのデットの供給は不十分だと思います。

もう一つは、事業承継の場面にある中小企業です。昨今、事業承継は非常に多くの企業が直面する重要な経営課題になっています。なぜなら、高度成長期やその後の安定成長期に創業した多くの中小企業の経営者が後継者を探す年齢になっているからです。これは、日本の少子高齢化の一側面でもあります。

そうした中で、親族や長年会社で働いてきた社員の中に、後継者の候補が現れることもあります。しかし、当代の社長が巨額の個人保証を抱え込んでいるのを見て「自分もこれを背負うのか」と二の足を踏んでしまうケースが見られます。

後継者候補が見つかっても経営者保証が必要になるということで受けてくれない。しかし保証がないと金融機関が資金を貸してくれない。こうなるともうお手上げで、どうすることもできません。個人保証をつけるという融資慣行が事業承継の障壁になり得るわけです。ですから、こうした経営者保証に悩む企業でも新制度を活用する余地はあるのではないかと思います。

二つのケースを紹介しましたが、企業が必要な資金を調達でき、安心して事業に打ち込めるようになることを期待しています。

金融機関に期待することは何か

山﨑:

新制度を活用して融資を受ける企業側のニーズについてお話を伺いました。融資を行う金融機関側は、新制度導入に際してどのようなことを期待していますか。

若原:

現状でも、個々のケースを見ていくと、金融機関が事業の成長性をきちんと理解してうまく融資につなげている成功例はあります。われわれとしては、新制度によってそうした成功例の比率を引き上げていきたいと考えています。

先ほど、デットでの資金調達を好む企業もあるという話をしました。デットとエクイティでは貸し手にとっても意味合いが大きく異なります。デットはその特性として、約定通り返済してもらうのが基本です。エクイティと違い、資金の出し手として経営に貢献したところでリターンがそれほど増えるわけではありません。

しかし今回制度化を目指している事業成長担保権を利用すれば、金利は増えませんが、事業が期待したようにうまくいかなかったときに、無担保の場合と比べて回収率を高めることができます。貸付ポートフォリオ全体の損失率を抑えられるとすれば、従来は審査で落とさざるを得なかったような案件でも、融資を実行できる条件のボーダーラインが下がって、実行に移せるようになったりするわけです。

山﨑:

特に地域金融機関は地域経済に密着して奮闘していると思います。新制度の恩恵は大きいのではないでしょうか。

若原:

そうですね。現状ですと、デットならではの制約があったり、金融機関としての健全性を気にしたりしなければならないこともあり、地域の需要に十分に応えきれなかった面があると思います。しかし新制度によって、そうした金融機関の奮闘を後押しできれば、これまでわずかに手が届かなかったボーダーラインを超えられるようになる可能性があります。成功例の打率もいわば2軍レベルのバッターが1軍の主力のバッターになるくらいに上がってくれるのではないかと期待しています。

山﨑:

新制度を活用するには、金融機関はこれまで以上に融資先の事業を理解し、関係性を深める必要が出てきそうですね。

若原:

その通りだと思います。

金融機関は、融資先企業の事業の弱みと強みをよく分析した上で、できるだけ弱みを解消し強みを伸ばせるように、融資を通じてその事業者と関係を構築していくことが非常に重要になります。

新制度の下で事業の総財産が担保になると、仮に担保権が実行された場合には企業全体が清算あるいは売却されることになります。融資を行った金融機関が、「この企業には事業継続価値がある」と買い手を説得できれば、清算による個別資産の売却ではなく、企業全体を売却することができ、買い値の上昇、金融機関目線で言えば回収率の上昇につなげることができます。すなわち、融資先と積極的にかかわり事業価値を高めることが、回りまわって担保権を実行する段になって金融機関自身のためにもなるわけです。

山﨑:

新制度に対する金融機関の反応は、いかがですか。

若原:

簡単に言うと、総論では賛成だけど実際に当事者になることには不安があるように見えます。

山﨑:

やはり不安はあるのですね。

若原:

多くの金融機関が「新制度の方向性は正しいと思う」とおっしゃっていますし、われわれに対しても「頑張ってくれ」という声をいただいています。しかしその一方で、「では、御行でも新制度を使っていただけますか」と尋ねると、「使いたいとは思うのですが、必ず使うとお約束するのは難しいですね」という答えが戻ってきたりします。

山﨑:

ぜひ第一歩を踏み出してほしいですね。

若原:

当局としては、金融機関の方々の不安を払拭できるように汗をかくだけです。少しでも新制度が使われる機会が増えるのであれば、喜んで汗をかきたいと思います。

新制度の浸透に向けた金融庁の取組み

山﨑:

金融機関の方々の不安を取り除くための取組みは、何か予定されていますか。

若原:

一つは、全国銀行協会、地方銀行協会といった業界を代表する団体の方々との意見交換です。

金融審のワーキング・グループでは、業界の方々にオブザーバーとして入っていただいて、新制度をどういう局面で使うことが想定されるか、どういう形にするとより使い勝手のよいものになるかについて、意見交換を重ねてきました。このように業界団体の方々とはこれまでも二人三脚でやってきています。

今後、法案ができて法律が成立した後も政令や内閣府令の策定が待っています。制度の詳細を詰めていく段階でも引き続き業界の方々の生の声に耳を傾けていきたいと思います。

もう一つは、地域金融機関の方々との直接的な対話です。法案ができて施行の準備の段階に入ったら、われわれ自身で積極的に足を運んで、制度の趣旨やわれわれが考える活用事例を理解していただこうと考えています。

さらに言えば、どこまでできるかわかりませんが、ぜひ借り手の方々にもアプローチしたいと思っています。金融機関が新制度を使って融資したいと思っても、借り手側が制度について聞いたことがなくて不安を感じるようですと、使える機会が限られてしまうおそれがあるからです。

最後に労働関係の方々への説明も重要だと考えています。先ほど申し上げたワーキング・グループでも、労働者保護の観点から、担保権実行時の未払賃金など労働債権の位置づけについてかなり議論が行われました。これまでも会社の事業がうまくいかなくなった際に労働者の方々がひどい目に遭った事例もなかったわけではありません。「新制度でも自分たちが割を食うのではないか」という懸念があることは、われわれもワーキング・グループでの議論を通じて実感したところです。

いずれにしても、われわれとしてはさまざまなステークホルダーの方々に、少しでもこの制度を知っていただくことで実際の活用につなげていただきたいと考えております。

山﨑:

新制度の普及には、金融機関だけでなく幅広い関係者と連携し理解促進を図ることがカギを握るということですね。

若原:

そうです。

われわれ役人の立場からすると、既存の制度を改善していくことにも難しさはありますが、今回のような新しい制度を作る際には、幅広いステークホルダーの方々と作り上げる必要があるため、特有の難しさがあります。

他方で、そういう難しさを乗り越えて全く新しいものをつくることは、やりがいを感じる部分でもあります。新制度ができて世の中に普及して、「この制度のおかげでこれまでできなかったことができるようになった」と言われるような例がたくさん出てくることがわれわれにとっての目標です。

山﨑:

日本の活力を高めるために尽力しようとする思いが非常によく伝わってきました。制度が少しでも使いやすくなりますよう私どももお力添えができればと思っております。

本日は貴重なお話をありがとうございました。

(文中敬称略)

金融ITフォーカス2023年11月号

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