フリーワード検索


タグ検索

  • 注目キーワード
    業種
    目的・課題
    専門家
    国・地域

NRI トップ ナレッジ・インサイト レポート レポート一覧 低コストの直販モデルから本格的なアクティブハウスへ

低コストの直販モデルから本格的なアクティブハウスへ

2024年4月号

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

わが国ではNISAが拡充・恒久化され国民の投資への関心が高まる一方、資産運用立国の実現に向け資産運用業への新規参入と競争の促進が図られている。そうした中、長年、積立投資の啓蒙に尽力してきたセゾン投信前会長の中野晴啓氏が新会社を立ち上げた。個人の資産形成行動の現況をどう見るか、新会社では何を目指すのか、中野氏に語っていただいた。

金融ITフォーカス2024年4月号より

語り手 中野 晴啓氏

語り手

なかのアセットマネジメント株式会社
代表取締役社長
中野 晴啓氏

1987年 クレディセゾン入社。2006年 セゾン投信株式会社を設立。07年4月同社代表取締役社長、20年6月 代表取締役会長CEO、23年6月 退任。2023年9月 なかのアセットマネジメント設立。経済同友会幹事他、投資信託協会副会長、金融審議会市場ワーキング・グループ委員等を歴任。「1冊でまるわかり50歳からの新NISA活用法」(2023年、PHPビジネス新書)他、著書多数。

聞き手 金子 久

聞き手

株式会社野村総合研究所
金融デジタルビジネスリサーチ部 チーフリサーチャー
金子 久

1988年 野村総合研究所入社。株式の運用モデルの開発、投資戦略に関する調査に従事。2000年より投信評価、資産運用ビジネスに関する調査を担当。途中2005年から2006年まで野村證券経営企画部に出向。23年より現職。専門は個人向け金融商品に関する制度・マーケット調査。社会保障審議会「企業年金・個人年金部会」委員。

積立投資はどのように広まってきたか

金子:

中野さんは前職のセゾン投信で長期、積立、分散の重要性を長年訴え続け、個人投資家の資産運用に大きな影響を与えてきました。昨今の個人の資産運用の状況をどのように見ていらっしゃいますか。

中野:

長期、積立、分散という投資行動三原則はかなり定着したと言えるのではないでしょうか。これまで自分がずっと言い続けてきたこの3つのフレーズが一般化したのを見ると、本当に隔世の感があります。

私がセゾン投信を創業したのは2006年です。当時は毎月分配型が全盛で、「グローバル・ソブリン・オープン」(グロソブ)がまだまだ勢いを保っていました。どの金融機関でもグロソブが販売ランキング1位という時代です。グロソブやそれに類似した商品が圧倒的なメインストリームの地位を占めていたことを考えても、長期資産形成のような価値観は、ほぼ皆無だったと思います。

そのような状況下で、私が特に強い思いを持って取り組んだのが積立投資の啓蒙でした。積立投資をすればお金が十分にない人でも長期投資に参加できると考えたのです。

金子:

積立投資が一般生活者にとって正しい規範だと広く言われ始めたのはいつ頃からでしょうか。

中野:

森(信親)さんが金融庁長官を務めていた時代からではないでしょうか。つみたてNISAが始まったのが2018年1月ですから。森さんには、「積立という行動を世間に普及させることは長期投資を一般化させる上で絶対必要不可欠だ」と励まされたのをよく覚えています。

つみたてNISAの制度は、積立を通じて投資家が長期投資できるようにする行動経済学的な観点を踏まえて作られています。積立投資への理解は、この制度を境に金融行政の中に広まっていきました。

金子:

私は、長期投資や積立の真価が問われるのは相場が崩れた時だと思っています。近年、コロナ禍で瞬間的に相場が崩れたりしましたが、あまり個人投資家が動揺している感じはなかったと思います。むしろ、「長期に積み立てることを考えれば、下がることはむしろ好ましい」といった受けとめ方も見られました。

中野:

リーマン・ショックの時とは大違いです。当時の顧客の大半は「もう投資をやめたい」でした。セゾン投信を立ち上げた直後で会社も小さかったので、投資家一人一人と対話をしながら投資をやめないよう説得するのが私の大きな仕事になっていました。積立投資を始めた人でも相場が下がることへの耐性はほとんどありませんでした。

今では、多くの人が相場の変動というものをある程度合理的に理解した上で積立投資に参加しています。相場の谷が深くなっても、かつてのように全員が足を滑らせて転んでしまうことはないでしょう。

金子:

中野さんが、積立を行う投資家と想定しているのは主に若い方なのでしょうか。

中野:

もともとイメージしたのは30代くらいの人たちです。しかし、たくさんの方々と接する中で、積立投資は必ずしも若い人のものだけではないと感じるようになりました。「遅まきながら積立投資の重要性に気がつきました」という50代の人たちもたくさんいます。

金子:

長期投資を10年と考えれば、50代の方たちにとっては10年たってもまだ60代ですね。

中野:

そうです。60代では働いている人も多い。70歳以降も働きたいと考えている人は約4割だそうです。この数字は早晩5割を超えるでしょう。そう考えると50代はまだ中年です。こうした人たちに「全く遅くないよ」と伝えるのは、今後、非常に重要になると思います。

新会社でアクティブファンドを手掛ける理由

金子:

次に、中野さんが立ち上げた新会社についてお聞かせください。新会社では前の会社のビジネスモデルを基本的に踏襲されるのですか。

中野:

なかのアセットマネジメントは、完全にゼロから立ち上げた運用会社です。しかし、多くの方に認識いただいている通り、私はセゾン投信で16年間トップを務め、長期投資家を作ることに励んできました。

前職は辞めたくて辞めたわけではありません。そこで目指していたものを途中で手放さざるを得ませんでした。ですから、新しい会社では、自分が目指すものをもう一度きちんと実現させたいと考えています。

ただ、前職の会社のビジネスモデルは、17年前に作ったものです。当然、賞味期限が切れた部分も多々あります。看板にしていた「直販」の事業モデルも時代の役割を終えたと感じていました。今回ゼロから会社を立ち上げるにあたっては、時代の変化に合わなくなったものは切り捨てることを徹底しました。

金子:

どのようなビジネスを展開していくのでしょうか。

中野:

新会社では本格的なアクティブハウスを作ろうと考えています。今、日本で最も求められているアセットマネジメントの機能は、本格的なアクティブ運用だと判断したからです。

金子:

中野さんと言えば、直販の低コストファンドというイメージを持っていました。アクティブファンドは、低コストのイメージとは相いれないところがあります。

中野:

おっしゃるように、前職では16年前に投資家に提供する商品としてパッシブ型のファンドを採用しました。当時そのような商品が日本にあまり存在していなかったのに加え、投資未経験の人たちを最初に投資に導く商品として合理的だと考えたからです。

当時としては称賛を受けるほど低コストの商品でした。しかしその後、インデックスファンドというカテゴリー自体が完全にコモディティ化しました。私のパッシブ運用への取り組みはそこで歴史的使命を終えたと思っています。資産運用業界に大切なお金を託す生活者にとってこれから重要になるのは、自分のお金でよりよい産業界、よりよい会社を支えることができるアクティブファンドだと考えたわけです。

金子:

具体的にはどのようなアクティブファンドを目指すのですか。

中野:

われわれの目指すアクティブ運用の基本は、厳格な銘柄選択です。よりよい会社を選別して産業資本を提供し、結果としてより強い産業界を作る一助となることを目指します。特に日本株については、停滞している日本経済をよみがえらせるために、資本市場の側からいかに力になれるか、という観点でアプローチしていきたいと思っています。またエンゲージメントにも積極的に取り組み、投資先の会社がもっと強くなるためにはどうしたらよいか徹底して対話していきたいと思っています。こうした対話ができる社数は限られるので、せいぜい30社くらいの集中ポートフォリオのファンドを作ろうと思っています。

金子:

他社のファンドとは、どのように差別化していこうとお考えですか。

中野:

アクティブ運用に今更、新発明があるわけはありません。グロース投資に徹底した長期保有の要素を組み入れた、王道の「GARP」のアプローチで銘柄選択をしていこうと思っています。ただ、われわれなりのこだわりもあります。

一つは、徹底してバリュエーションのベースとなる目線を長くしてみようと考えています。長期投資といっても通常は3年がせいぜいで、5年の目線はなかなかありません。7年、10年という目線でわれわれなりに分析して企業の将来の姿を数値化することにチャレンジする、というのが一つの新しい試みです。

もう一つは、日本の産業界を支えるアクティブファンドを作るという思いです。これは運用会社が独りよがりにそう思っていても、投資家に受け入れられるわけではありません。私たちが新しい投信を提供するにあたっては、投資家を巻き込んで共感の輪を広げていきたいと思っています。こうしたやり方は大手では難しく、われわれだからこそできることだと思っています。一人一人の生活者に「長期に産業資本を提供すること」の意義に共感してもらい長期投資を促すことで、ファンドが成立すると考えています。

販売会社に何を期待するか

金子:

先ほど「直販は役割を終えた」という話がありましたが、新会社では販売会社経由だけで、直販はやらないのですか。

中野:

前の会社では直販は私の代名詞だったと思っていました。しかしNISA制度の下では直販は全く負け戦になってしまうため選択できなかったというのが正直なところです。

直販ができないとなると、販売会社経由となります。一般的に大手の運用会社はできるだけ多くの販売会社で売ることに尽力していますが、われわれはむしろ徹底して販売会社を絞り込みたいと思っています。

金子:

「販売会社を絞り込む」というのは、ある特定の条件を満たしている販売会社に限定したいということでしょうか。

中野:

先ほど投資家に共感を広げていきたいと申しましたが、これと同じように、販売会社にも、われわれが目指すビジネスや、世の中への使命、社会的意義に共感してもらう必要があると思っています。そうした共感とともに資産を大きくしてもらえる会社とつきあいたい、という意味です。

金子:

具体的に想定しているのは、ネット証券ですか。それとも対面証券ですか。

中野:

ネット証券です。今後、個人投資家への投信販売という面では、ネット証券がますます主流になると考えており、共感軸で協働できる地方銀行以外、対面証券にはあまり期待していません。ネット証券には特に、投資家がファンドを購入して保有するというプロセスの部分で、インフラ機能としてお手伝いいただけたらと考えています。

金子:

販売会社に期待するのはインフラとしての販売の場だけということでしょうか。

中野:

いいえ、それは違います。インフラとしての機能だけを期待するのであればすべてのネット証券とつながればよいだけです。われわれは、ネット証券はどこも同じだとは思っていません。ネット証券の中でも、共感を育てられるかどうかには大きな違いがとあると思います。

金子:

ネット証券は、一方的に情報を出すだけでなく共感をお客様に持ってもらう場になり得るのでしょうか。なかなか難しそうに感じます。

中野:

そこは新しいチャレンジだと思っています。

最大手のネット証券は一つのエコシステムとして機能しており、金融の社会インフラとしても定着しています。彼らはインフラとしてはほぼ互角で、どこで付加価値をつけていくかを常に模索しています。私は、なかのアセットマネジメントという会社がそうしたネット証券の新しい付加価値の一翼を担う存在になり得ると考えており、彼らと対話していきたいと思っています。たとえば、ネット証券が投資家向けにセミナーを開く際、われわれと一緒にメッセージを出すなど協業することで、付加価値を提供できるかもしれないと思っています。

資産運用業の参入には時間がかかりすぎる

金子:

最後に、今回、中野さんが新しい運用会社を起業されるにあたり、特に苦労された点などがありましたら教えていただけますか。

中野:

会社を一から作るのは未経験のことばかりで、会社の登記や健康保険への加入といった基本的なところから大変苦労しました。

過去にセゾン投信を立ち上げた時の経験はあったのですが、クレディセゾンという大きな傘の下での起業で、今から思えば起業の真似事に過ぎなかったと感じています。電話線を引いたり、事務所を借りたりといった、会社の機能を一つずつ作っていく作業も誰かが手配してくれていたのです。

金子:

資産運用業への参入という面で、改善点などありますか。

中野:

現在の仕組みは、参入に時間がかかります。それが、当事者にとっていかに大変なことかがあまり意識されていないと感じます。

われわれは財務局への登録を幸い約3カ月で完了できました。しかし、財務局のホームページを見ると、「そんなに時間がかかるのか」と思うような期間が書かれています。

それから、財務局の登録を受けてもすぐにファンドを作れるわけではありません。ファンドを作るには投資信託協会に入会する必要があるのですが、財務局の登録が完了しないと協会への入会審査に入れないのです。登録申請と並行して審査もできれば良いですね。さらに、協会の入会承認が下りないと、証券保管振替機構(ほふり)への登録申請ができません。ここでまた1カ月かかります。

これから、勇気を持って独立しようと考えている若いマネジャーの人たちは、かけられるお金も限られているでしょう。登録申請をするときには組織ができあがっている必要があるため、その時点で人を雇っていないといけませんし、事務所も借りる必要があります。期間が長くなるとその分お金がかかってしまいます。

金子:

時間への意識が低いのは、大きな金融グループの下で運用会社を作る前提でルールが作られているからかもしれませんね。

中野:

そうだと思います。なけなしのお金を出して命がけで運用業を立ち上げたいと考えている人たちの気持ちになって制度を変えていく必要があると思います。そうしないと新興運用会社の新規参入を促し、高度な資産運用立国を実現することはできないでしょう。

金子:

重要な指摘だと思います。

新規参入や競争を促すためのビジネス慣行の見直しという点で言えば、今回、中野さんの新会社のファンドは公募投信として日本で初めて、受託者の一者計算による基準価額算出を採用されますね。

中野:

結局は投資家のためになる仕組みだと思います。

金子:

NRIも協力することができて良かったです。中野さんが第一号になられることで、一者計算が業務の効率化につながるものとして好意的に受け止められる効果もあるかもしれません。

中野さんはこれまでも強い信念を持ち新しいことに挑戦してこられました。新会社でも引き続きご活躍されることを期待しております。

本日は貴重なお話をありがとうございました。

(文中敬称略)

金融ITフォーカス2024年4月号

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

お問い合わせ

お気軽にこちらへお問い合わせください。

担当部署:株式会社野村総合研究所 コーポレートコミュニケーション部
E-mail:kouhou@nri.co.jp