アライアンスでマネロン等対策の高度化を図る地方銀行
金融機関のマネロン等対策(AML)は、金融庁のガイドラインに沿った態勢整備から実効性を高める段階に入っている。そうした中、TSUBASAアライアンス参加行ではオペレーションレベルに踏み込んだAML業務の共同化を図るため、昨年、NRIと合弁会社を立ち上げた。合弁会社を設立した狙いは何か。代表取締役社長である植田健介氏に語っていただいた。
語り手
TSUBASA-AMLセンター株式会社
代表取締役社長
植田 健介氏
1995年 株式会社千葉銀行入行。2006年よりコンプライアンス全般に携わり、同行のAML/金融犯罪対策の担当部長として態勢整備に注力するとともに、TSUBASAアライアンスに参加する地方銀行10行によるAML共同化事業を立ち上げ、2023年11月より現職。公認AMLスペシャリスト(CAMS)。
聞き手
株式会社野村総合研究所
金融GRCSソリューション事業部 チーフストラテジスト
高田 貴生
1997年 野村総合研究所入社。入社以来、一貫してグローバルパッケージソリューションをコアとした事業開発に従事。2022年からは共同利用型AMLサービス事業GPLEXを企画し、事業拡大中。公認AMLスペシャリスト(CAMS)、公認サプライチェーンプロフェッショナル(CSCP)、デューク大学経営大学院修了(MBA)。
金融機関のAMLの現状
高田:
植田さんは、千葉銀行のAML担当部長であると同時に、昨年11月にTSUBASAアライアンス参加の3行(千葉銀行、第四北越銀行、中国銀行)とNRIで設立した「TSUBASA-AMLセンター」の代表取締役社長も兼務されています。
金融機関のマネロン等対策(AML)や金融犯罪対策をめぐる現在の状況をどう見ていらっしゃいますか。
植田:
まず、金融庁の「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン」の対応期限が2024年3月でしたので、どの銀行もそれを終えて一息ついているところだと思います。これでAMLの形式的な態勢は整えられましたので、今は、実効性の段階に入ったことを意識しながら更なる高度化を目指しているところではないでしょうか。
高田:
「実はここから実効性を高めていくのが難しい」と話されている銀行が多いように思います。
植田:
そうですね。ガイドラインで要求されたことは一通りやったものの、「その後どうするのか」となると、課題が残る銀行も多いと思います。
たとえば、取引モニタリング一つを取っても、実施してはいるけれども有効性が高まらず、SARレート(システムで検出した疑わしい取引のうち実際に届出した取引数の割合)が低いままの銀行は多いようです。
それからもう一つ、多くの銀行が苦労しているのが継続的顧客管理で
す。千葉銀行でも、お客さまからの情報収集は一巡し、回答が戻ってこない先や答えていただけない先については個別に管理するようにしています。しかし、そもそも現在のやり方では回答率が頭打ちなうえに、郵送コストも馬鹿になりませんので、アプリによる簡便な仕組みの開発を進めています。
高田:
金融庁はここ数年、金融機関が自らのリスクを特定・評価しリスクに見合った措置を講ずるよう求める「リスクベース・アプローチ」による対応を求めてきました。これに関連して、今年4月の「マネロン・テロ資金供与対策ガイドラインに関するよくあるご質問(FAQ)」の改訂版では、今お話があった継続的顧客管理などについて、対応を少し緩めてもよいのかなと思わせる「飴の部分」もあったように思います。
植田:
確かに、一見すると、そう思わせるような文言はありました。
しかし、それを実行に移すには、リスクベースできちんと検証して、「こういう理由から、対応を緩めても大丈夫」と議論を組み立て、経営陣に説明し、了承を得なければなりません。これは各銀行にとって、すぐにできるようなことではないでしょう。ですから、このガイドラインのFAQの改訂で何か大きく環境が変わったということはないだろうと思っています。
高田:
2028年8月にはFATF(金融活動作業部会)の第5次対日相互審査のオンサイト審査が予定されています。
植田:
我々としては、まだ情報の少ない5次審査に向けて今から対策を練るというよりは、足元のことを基本に忠実にやっていくことで、結果的に5次審査にも耐え得る高度化が実現できればいいと思っています。
金融機関の特殊詐欺対策をめぐる規制の行方
高田:
金融機関の金融犯罪対策に関連して、今一番ホットな話題はやはり特殊詐欺の対策でしょうか。
植田:
そうだと思います。
政府の犯罪対策閣僚会議が昨年、「SNSで実行犯を募集する手口による強盗や特殊詐欺事案に関する緊急対策プラン」を公表しました。銀行としては、今後、法改正も含めてどう進展するのか注目しています。特殊詐欺グループによる凶悪な事件があったこともあり、警察庁からは在留外国人の在留期限管理や、高齢者が被害に遭わないための措置について強い形で要請が出ています。
今後、どういう形でルールができあがり、それに対してどのように銀行でシステム開発をしていくのか。どのようにお客さまへの周知を図って理解を求めて、どのように正常な取引がはじかれないような仕組みを作っていくのか。この辺りは非常に関心の高いテーマです。
高田:
プライバシーの問題もあり、どこまでお客さまに協力を求めるかの判断も難しそうですね。
植田:
たとえば高齢者の方が窓口で大口の現金を引き出したり振り込みをしたりしたときに、銀行員が「どうしたのですか?」とお声掛けをして、「○○を購入するんだ」と言われたとします。そうした時に、「では、契約書や請求書を拝見させてください」、「ご家族に連絡させてください」とお願いすることについては、一昔前であれば、「何でそんなことまでしなければいけないのか」と考える銀行員が多かったと思います。しかし、今ではある程度「銀行として必要な振る舞いだ」という意識が浸透してきているように思います。
高田:
特殊詐欺の対策以外で、植田さんが議論の行方を特に注視されている制度はありますか。
植田:
現在、私が「もう少し使いやすくして欲しい」と期待しているのは、法人が法務局に実質的支配者の情報を申告する「実質的支配者リスト制度」です。任意申告の制度から脱却して義務化するのは難しそうですが、世の中の法人が広く当たり前のように利用する制度として定着すればよいなと思っています。
千葉銀行では、口座の開設を希望する法人のお客さまに対して、実質的支配者リストの提出を原則必須とさせていただいています。この結果、全国の法務局のうち、千葉地方法務局が実質的支配者リストを最も多く発行しているそうです。
千葉銀行としては、積極的に制度を利用しているからこそ気付く課題や問題点をいろいろな機会を捉えて申し上げています。法務省で、利便性を向上させるための研究会が立ち上がっていると聞いていますので、そうした場で、金融機関の実情をよく理解していただき、よりよい制度に向けて議論してもらいたいと思っています。
それからもう一つ、私が関心を持って議論の行方を見ているのが、中央銀行デジタル通貨(CBDC)です。
CBDCの導入がAMLの世界にどのような影響があるのか、今はまだ測りかねているところです。目下、制度の将来像について議論をしている最中ですので、議論の行く末をよく見極めながら、対策を考えていきたいと思っています。
高田:
以前、日本銀行の方から「今の現金は、自然発生的に石のお金が紙になったもので、「制度」の前にモノがあった。だから、そこに新たに「制度」を加えるのは難しい。一方、CBDCはこれから作り上げるものだから、お金に「制度」を紐づけることで金融犯罪を防ぎやすくしたい」という話を聞いたことがあります。CBDCがこのような方向性で設計されれば、金融機関にとってはマネロン対策をやりやすくなりそうです。
現金は追跡しづらいですが、CBDCはデジタルであるが故に追跡しやすい。丁度その中間に当たるのが暗号資産でしょうか。
植田:
暗号資産については、投資勧誘を装った特殊詐欺の事案で、暗号資産交換業者に振り込まれる被害が去年の年末辺りにかけて目立っていました。
高田:
警察庁から金融機関に対策の強化を求める警告もありましたね。
植田:
銀行の名義が「スズキ」さんなのに「サトウ」の依頼人名で暗号資産の口座に振り込むのはおかしいというわけです。そうした取引を監視してストップをかける取り組みは始まっています。とはいえ、引き続き暗号資産は犯罪組織に狙われているという印象を持っていますので、様々な手口に合わせて対策を強化していく必要があると考えています。
TSUBASAアライアンスにおけるAMLの取り組み
高田:
TSUBASAアライアンスにおけるAMLの取り組みについてお聞かせいただけますか。
植田:
まず、TSUBASAアライアンスの成り立ちですが、2015年に発足した地銀広域連携の枠組みで、現在10行が参加しています。ホストシステムを共同化している銀行もありますが、それだけではなく、営業推進、事務の効率化、DXなどいろいろな面で協力し合うビジネスアライアンスとして機能しています。
AMLの分野について言えば、もともとアライアンス参加行の間で情報交換などはしていました。しかし、FATF第4次相互審査が近づいたタイミングで、これをもっと高度に、効率的に行っていきたいと考えるようになりました。そこで組織を作ってAMLをみんなで一緒にやろう、とアライアンスの中にAMLセンターを作ったのが2020年10月です。TSUBASAアライアンス参加の10の銀行に職員を一人ずつ東京に出してもらい、AMLの企画・調査・研究を行うようになりました。
各銀行で別々にやらず共同化することで効率化できることは少なくありません。金融機関に作成が求められている「リスク評価書」を例に取ると、毎年、当局から犯罪収益移転危険度調査書(NRA)が公表され、国際機関からも様々な文書が公表されています。各銀行の担当者が個別にこうした文書を読みこむよりは、誰かが代表して行えば効率化が図れるわけです。コルレス銀行の評価についても、主なコルレス銀行とはみんなが契約しているわけで、それぞれで評価する必要はありません。研修教材なども、それぞれの銀行でわざわざ手づくりする必要はないわけです。
高田:
AMLセンターでは、アライアンス参加行の取引モニタリングのシナリオなどを共有したりしているのでしょうか。
植田:
はい。TSUBASAアライアンスの銀行は、モニタリングのシナリオを1円単位の閾値まで互いに開示しています。また、シナリオ毎のSARレートも開示しています。個別の取引はもちろん開示しませんが、各行の知見を持ち寄ることで、自分の銀行でいくら考えても上手く検知できないようなときに、似たような狙いのシナリオやその成績を互いに参照することで、改善するための取っ掛かりを得られるわけです。
加えて、TSUBASAアライアンスの銀行同士では、窓口検知分を含めたすべての届出を対象に、どのような態様の取引について届出が増えているといった分析結果も共有しています。他行で発生しているけれども自行では認識していないマネロンの手口についていち早く知ることで予防的な対策が立てられるようにしています。
TSUBASA-AMLセンターの展望
高田:
TSUBASAアライアンスではAMLセンターでAMLの企画・調査・研究を共同化する中で、さらにオペレーションレベルでの共同化を図るためにTSUBASA-AMLセンターを立ち上げました。どのような狙いがあるのでしょうか。
植田:
AMLセンターはアライアンス参加行の情報交換のハブとして、前述のモニタリングのシナリオや疑わしい取引の届出状況などを取りまとめ、定期的に各銀行に還元し、各銀行の気づきを促す役割を担っていました。
けれども、ここから各行の具体的な高度化につなげていくには難しい面もありました。成績の上がらないシナリオを持っている銀行があったとしても、各行とも人が足りない中でシナリオの企画、プログラム、複数回のチューニングという一連の作業にリソースを割くことはなかなか大変だったわけです。
そこでもう一歩踏み込んで、お客さまの情報を直接扱う実作業についてもセンター化して集約したらどうかと考えました。取引モニタリング業務などを対象に、当局への届出判断以外の部分はすべて集約するというスローガンの下、設立したのがTSUBASA-AMLセンターです。
高田:
取引モニタリングは、実にさまざまな事務作業を伴う業務ですね。
植田:
負担の大きな作業は3つあります。第一に、シナリオの検証。取引が本当に疑わしいか調査するのはノウハウが必要で、なかなか判断のつかない取引もあって手間がかかります。第二に、当局への届出。様式に則って書類を整えるのは単純作業ですが、ミスなく届出するには気を遣う仕事です。第三に、先ほども触れたシナリオのチューニング。新しい手口の犯罪が出てくるとシナリオも陳腐化しますので、改訂していく必要があります。
これらをすべて新会社でやってしまおうというわけです。
高田:
今回TSUBASA-AMLセンターを立ち上げるに当たって、NRIも参加させていただき、システムを担当しております。なぜ、NRIを選んでいただいたのでしょうか。
植田:
TSUBASA-AMLセンターについては、各銀行の取引モニタリング、顧客フィルタリング、顧客リスク評価といった、実作業を集約するセンターとして立ちあげたいと考える中で、各行の使うシステムがバラバラだという問題があったため、新しくシステムを導入するところから検討を始めました。そしていろいろな会社と比較する中でNRIのシステムを選定したという流れです。
NRIのシステムはAMLの分野では最後発です。実績重視の銀行の常識からすると選びにくいところがあったのは事実です。しかし全く逆の観点から見ると、パッケージとして固まっていないので、その柔軟さを長所と捉えることもできました。実際、NRIのシステムはパッケージとしての縛りが強くなく、TSUBASA側の要望を汲み取ってもらえたことが大きな決め手となりました。
またNRIといえば日本を代表するシンクタンクでもあります。AML分野の頭脳となる人を出していただき、アドバイスをもらえるという期待もありました。NRIは証券分野で銀行にインフラを提供しており、そこでお客さまの情報をたくさん扱っている実績をお持ちです。組む相手としては間違いないと考えました。
高田:
合弁会社は、今は3行とNRIの4社が出資していますが、今後、参加行は増える見込みですか。
植田:
立ちあがりは少数の銀行で始めますが、他のTSUBASAアライアンス参加行にも順次参加してもらい、できるだけ多くの銀行と一緒にやっていきたいと思っています。
高田:
今後、TSUBASA-AMLセンターの参加行が増えれば、より多くの知見を共有できそうです。更なる高度化、効率化を期待したいです。
本日は貴重な話をありがとうございました。
(文中敬称略)
お問い合わせ
お気軽にこちらへお問い合わせください。
担当部署:株式会社野村総合研究所 コーポレートコミュニケーション部
E-mail:kouhou@nri.co.jp