株式会社野村総合研究所(以下「NRI」)は、2023年6月から2024年12月にかけて、中国のICT(情報通信技術)分野で著名なシンクタンクである中国信息通信研究院産業規画研究所と、「日中デジタル社会資本とスマートシティの国際共同研究(第2期)」プロジェクト(以下「本共同研究」)を実施しました。
本共同研究では、デジタル技術が日中両国の社会変革や産業発展に与える影響に焦点を当て、特にAI技術の活用やデータ価値化に関連する課題、政策、実践事例の分析を行ってきました。
この度、とりまとめた共同研究の成果の要旨は以下の通りです。
1.デジタルツイン技術の整理と課題
日中両国の先行事例を収集・分析し、デジタルツイン技術の動向を整理しました。デジタルツイン技術の実装を進めるには、データ標準化やプラットフォームの整備が日中双方において課題であることが明らかになりました。
2.炭素排出データ連携の重要性
日中間における炭素排出データの連携は、規制対応やカーボンニュートラルの実現に不可欠です。「両国企業間で実証実験を展開」、「両国の特定産業間で信頼できるデータ連携の仕組みの構築」、「両国産業間の連携を第三国/エリアまで拡大」のステップで推進することを提言しました1。
3.AI技術の応用と課題
日中両国のAI規制の枠組みや応用事例を比較分析しました。データの質と量、計算能力、人材不足、著作権保護、国際的なガバナンスの課題を指摘し、AI産業の発展に向けた提言を行いました。
4.中国データ基本制度の分析と日本への示唆
データ政策や活用事例、データ流通制度の整備及び、データの価値創造を通じてイノベーションを起こす「データ価値化」という中国の取り組みを中心に、日本が参考にできる内容をまとめました。
以下、特に今年度の活動内容である「AI技術の応用と課題」について詳説します。
デジタル社会変革を支えるAI技術
政策の分析
欧米も含めてAI規制の枠組みを比較し、日中の特徴を分析しました。中国はハードローによるAI規制を世界に先駆けて導入し、「生成AIサービス管理暫定弁法」(2023年)」等を施行することで、技術革新と安全保障の両立を志向したAI技術開発を推進しています。一方、日本はソフトローを志向し、事業者が自主的にガバナンスを行うための規範、例えば「AI事業者ガイドライン」の策定に注力しています。
ガバナンスにおいては上記の相違点がある一方、日中とも、高度なAIの開発に必要な要素であるデータ、計算資源、人材の確保に向けた政策的支援を実施している点は共通しています。
応用事例の整理
AI技術の活用において日中とも、既存業務のサポートにとどまらず、業務の効率化・高度化やビジネスモデルの変革を伴う事例が確認されました(図1)。中国では、行政サービス、ヘルスケア、教育、製造業等多岐にわたる分野でAI技術が活用されています。例えば、教育分野では、バーチャルヒューマンによるAI塾講師が生徒ごとにカスタマイズされた授業を提供する事例があります。日本では、行政サービス、製造業、コンテンツ等の分野での活用事例が見られ、具体的には、石油化学工場における自動運転AIシステムによる業務効率化などの代表事例があります2。
図1:AI活用の深度とインパクトの大きさからみた日中代表事例
出所:NRI・中国信通院「日中デジタル技術による社会変革推進にかかる研究―次世代情報技術とデジタルインフラの発展動向(AI技術)」(2024)
また、中国は安価な国産基盤モデル、コスト競争力を持つ製造能力、豊富な部品サプライヤーなどのAI開発に必要なバリューチェーンが揃っており、その強みを活かし、AIとハードウェアを組み合わせたロボットの応用が急発展しているのも特徴です。
AI実装における課題と提言
AI技術のさらなる社会実装には、データ量と質の向上、計算能力や人材不足への対応、著作権保護、国際的なガバナンス規格の整備が必要です。本プロジェクトでは、主に以下の提言を行いました。
①官民連携でのデータセット開発やデータ流通基盤の構築:
大量かつ高品質なデータセットを権利処理を含めて官民で整備することや、企業・政府機関が保有しているデータを先行的に流通させることで、AIの開発等に必要なデータを確保することが望ましい。
②計算資源の確保と人材育成の促進:
補助金等を通じてAI開発に必要な計算資源を支援するとともに、教育訓練への投資を通じてAI技術者(開発者のほか、AIとの他の製品を組み合わせてサービスを提供する人材)を育成することが求められる。
③AIの進歩に対応した著作権制度の整備:
AIの機械学習に著作物を活用する際のルールが不明確であるため、解釈を明確化する等ルールの明確化が望ましい。
④安全保障等の機微な分野を除き、国際標準に準拠したAI規制を行うことで相互運用性を確保:
AIはグローバルに展開されるため、ある国の規制に準拠すれば別の国の規制にも準拠できる状態(相互運用性がある状態)が望ましく、国際標準に準拠した規制を行うことでこれを実現する。ただし、安全保障等の機微な分野についての統一は困難であり、各国の主権を尊重する必要がある。
中国におけるデータに関する基本制度の整理と日本への示唆
中国におけるデータに関する基本制度等の政策動向、データ利活用事例について調査研究を行いました。特にデータ価値化の実現に向けて、データの所有権制度、流通と取引制度、収益分配制度、安全ガバナンス制度に関する政府のガイドライン「データ要素をより活用するためのデータ基本制度の構築に関する意見」(通称「データ二十条」)の内容を体系的に整理しました(図2)。
図2:中国におけるデータに関する基本制度
出所:NRI「中国データ基本制度の研究および日本への示唆~2024年度報告書~」(2024)
なかでも、データの流通と取引制度は日本にとって参考となる点が多く、代表的な事例として挙げられるのが、上海データ取引所の「金融データ取引ボード」サービスです(図3)。このサービスは、さまざまなデータをワンストップで供給する仕組みを構築し、データ流通の効率化とデータの価値創出を実現しています。これにより、データの需要側である金融機関は多様で質の高いデータを活用でき、与信審査等の業務の効率化と高度化を図ることが可能となっています。一方、データ供給側も、ニーズに応じたデータ商品やサービスの提供をしやすくなります。この取り組みは、データの質と安全性を確保しながら、効率的なデータ流通を実現する良い事例といえます。
図3:上海データ取引所の「金融データ取引ボード」サービス
出所:NRI「中国データ基本制度の研究および日本への示唆~2024年度報告書~」(2024)
中国では、元来企業のデータ利活用が進んでいたところに、政府が、制度・政策の整備、それを実施する国有資本によるデータ流通基盤(データ取引所等)の整備、有償利用を含む公共データの開放を進めたことの相乗効果で、データ取引が拡大してきました。一方、日本では、企業のデータ利活用が中国に比べ進んでいないのが実情です。政府も政策を大枠で規定するものの、データ流通基盤は民間が主導して構築しており、公共データの開放も限られるため、データ取引がまだ萌芽段階にあると言えます。
本共同研究により、公共データの利活用から先行的に取り組むことで、データの整理・加工・保管、信頼性評価を担うデータ流通支援事業者(中国では「データ商3」という)が育成され、それに伴い企業のデータ利活用も取り組みやすくなる相乗効果があることがわかりました。今後の日本におけるデータ利活用の促進政策を考える上では、中国の豊富な活用事例、データ取引所を中心としたデータ流通基盤の整備や、「データ商」の育成によるデータエコシステムの形成といった取り組みは、参考になると言えます。
- 1詳細は次のURLをご参照ください。https://www.nri.com/jp/news/info/20240313_1.html
- 2詳細は次のメディアフォーラム発表資料をご参照ください。
https://www.nri.com/jp/knowledge/report/2024forum378.html - 3データ商とは、データ要素化の効率向上を目標とし、データ収集、ガバナンス、データ資産やデータ製品の開発、仲介、納入などの業務に従事する企業法人を指します。(上海データ取引所「中国データ商産業発展報告(2023)」より引用)