- お知らせ
野村総合研究所、中国信息通信研究院と行った共同研究の成果を公表
〜日中デジタル産業の発展と連携に向けた提言〜
株式会社野村総合研究所(以下「NRI」)は、2021年6月から2022年10月にかけて、中国のICT(情報通信技術)分野で著名なシンクタンクである中国信息通信研究院(以下「中国信通院」)産業規画研究所と、「デジタル社会資本とスマートシティの国際共同研究」プロジェクト(以下「本研究」)を実施してきました1。
このプロジェクトは、日本と中国におけるデジタル社会およびスマートシティの実現を推進するための政策・制度、デジタル・ガバナンス、人口の高齢化や少子化、大都市集中等の社会問題を解決するためのデジタル技術の活用、中国と日本のデジタル産業2の協力等に焦点を当てています。そして相互交流を通じ、デジタル産業に関する日中両国の国際協力を深め、両国におけるイノベーションとスマートかつ革新的、低炭素化の促進により、持続可能なデジタル社会の発展に貢献することを目指しています。
この度、取りまとめた共同研究の成果の要旨は以下の通りです。
- 日中におけるデジタル産業の特徴を比較すると、両国は異なる領域でそれぞれ優位性を持っている。各領域における補完関係を発揮し、日中両国の企業は多様な連携スキームを通じ、スマート物流、スマート介護等様々な分野で連携を実施してきた。
- 他方、現下の国際情勢の影響、日中両国のデータセキュリティ等にかかる政策・制度の違い等の幾つかの不確定要素が連携の制約要因となる影響で、ハイテク分野等の連携では、日中両国の企業が慎重姿勢を採る傾向がある。
- このような状況下においても、日本と中国は、デジタル産業連携を通じた相互の経済成長と企業競争力の向上、高齢化等国内の社会課題への対応、気候変動を始めとしてグローバルでガバナンスが必要な領域で、各自の強みを活かして協力する余地がある。
- 産業連携を促進するためのデータ流通の枠組みが未整備の現状を踏まえると、当面における連携の方向性としては、データの越境移転を伴わない前提で、競合関係が形成されにくい分野から取り組み始めることが現実的である。
- さらなる連携強化を実現するためには、信頼を醸成できる連携環境の構築が必要不可欠である。今後民間の友好団体を中心として、対話と交流のメカニズムを構築し、まずは企業認証の仕組みの構築を検討していくことを提言する。
日中デジタル産業は相互補完性があり、9つの連携スキームで協力を推進
デジタル産業は、デジタル経済を支える中核的存在です。日中両国のデジタル産業の特徴を比較すると、要素技術を含むデジタル部品・設備等のスマート製造分野では、日本が相対的な優位性を維持している一方、中国では国内の巨大な消費者市場を背景にデジタル技術の社会実装が進み、アリババやテンセントのようなメガ・プラットフォーマーを輩出し、AI(人工知能)やクラウド・コンピューティング等のデジタル技術応用分野の産業が急速に成長しています。
日中両国のデジタル産業が、それぞれ異なる分野で強みを持っていることから、お互いの強みを発揮して、物流業、建設業、観光業等の分野を中心に、これまで多くの連携事例が生まれました。本研究ではそれら先行事例を調査分析し、日中デジタル産業の連携スキームを9つのパターンに分類しました(図1)。
従来多く見られた「デジタル製品の直接供給」と「標準化ソフトウェア・ソリューションの直接輸出」のみならず、最近では、「プラットフォーム・サービスの共同開発」を含めた高付加価値の創出に発展する事例も見られ、日中デジタル産業は多様な連携スキームを有しています。従来の単純な製品供給に比べて、自動運転技術の共同開発のようなデータ流通を伴う連携は、サービス・ソリューションの高付加価値化と高い経済波及効果が期待できます。
図1:日中デジタル産業の連携スキーム
出所:NRI・中国信通院
制約はあるが、社会課題の解決等の分野を中心に日中連携の余地あり
現下の国際情勢の影響、日中のデータセキュリティに関する政策・制度の違い等、いくつかの不確定要素が日中連携の制約要因とならざるを得ない状況です。特に、地政学リスクの高まりや日中両国の制度的な制約を受け、ハイテクなどの分野では、日中両国の企業が連携に慎重になるケースが増えてきました。
しかし、このような状況下においても、日本と中国は、各自の強みを活かし、デジタル産業連携を通じた相互の経済成長と企業競争力の向上、高齢化等国内の社会課題への対応においての連携は価値があります。気候変動を始めとしてグローバルでガバナンスが必要な領域でも協力の余地があります。
デジタル産業分野における連携を通じた相互の経済成長と企業競争力の向上の事例としては、日中共同でスマート交通に取り組む事例があります。トヨタ自動車は、中国で自動運転技術を提供する小馬智行と、自動運転・交通サービス分野で2019年から連携を開始しています。自動運転タクシーとして利用されるトヨタの車両(Siena Autono-MaaS)に、小馬智行が開発した第6世代L4自動運転システムを搭載し、2023年の前半を目途に中国でビジネス展開する計画が発表されました3。
社会課題への対応の事例としては、パナソニックが中国不動産投資会社の雅達国際と共同で、中国の高齢者向けに健康管理・生活サービスを提供する、介護コミュニティの開発事例があります。2021年7月に、パナソニック健康スマート・ライフのパビリオンがオープンし、スマートホームのショーケースの展示を開始したことをきっかけに、世界で初めて “パナソニック(松下)”の名を冠したコミュニティが中国江蘇省宜興市で誕生しました。そこでは、パナソニックの技術を活用し、居住者に対して安全・安心・快適な居住環境が提供されます。
このような取り組みは、日本における社会課題対応の経験を活かし、中国の健康・介護産業の発展を促進するとともに、中国の高齢化社会への対応に寄与する代表的な協業事例の一つと考えられます4。
今後日中間で相互連携に向けた信頼の醸成が重要
日本と中国の間でデータ流通の枠組みが未整備である現状を踏まえると、当面の連携の方向性としては、データの越境移転を伴わない前提で、競合関係が形成されにくい分野から取り組み始めることが現実的です。今後、日中両国の間でデジタル産業の連携をさらに進化させるためには、日中企業間の信頼の醸成が必要不可欠です。その実現にあたっては、企業向けのトラスト環境整備とデータ流通の仕組み構築を推進し、産業政策の活用による実証実験を通じ、関連の制度や仕組みを整備していくことが重要です。
特に信頼を醸成するための企業向けのトラスト環境整備では、シンガポールと中国の連携モデルが参考となります(図2)。そのポイントは以下の3つです。
①第三者機関または国際標準に基づく認証の取得(関係企業):
連携を図ろうとする企業は、情報セキュリティの順守等において、国際的に通用する第三者機関の専門的な認証や、国際標準への適合資格等を取得し、自社の安全性・信頼性を証明する。
②政府機関による企業認証の仕組みの構築:
政府は、進出企業を対象に、デジタル産業参入に向けた優遇制度(SG:D SPARK Programme5)を導入する。技術面・財務面・ビジネス・オペレーション面で総合評価を行い、信頼できる企業であることを認定する。認定された企業に対して、補助金を提供し、顧客獲得を支援する。
③円滑なプロジェクト遂行に向けた企業側の施策:
中国企業は現地(シンガポール)の情報サービス事業者と共同でサービスを提供し、データを導入先企業のシステムで保存・管理する形で、信頼の醸成を図る。
図2:デジタル産業分野におけるシンガポールと中国の連携モデル
出所:NRI・中国信通院
デジタル産業に関する日中両国の連携を促進するために、シンガポールのような外国企業との信頼関係の醸成につながる制度や仕組みも参考としながら、今後、日中両国間においても、民間の友好団体を中心に、対話と交流を通じ、まずは企業のトラスト環境整備のあり方を検討していくことを提言します。
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共同研究プロジェクト発足時の「お知らせ」は、次のURLをご覧ください。
https://www.nri.com/jp/news/info/cc/lst/2021/0709_1(NRIホームページ) - 2
中国は、デジタル産業を「全産業のデジタル化の発展に向けて、デジタル製品やサービス、インフラ、ソリューションを提供する産業であり、データやデジタル技術に依存する各種経済活動もその対象に含まれ、デジタル経済のコアな産業である」と定義している。
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小馬智行(https://mp.weixin.qq.com/s/upO7mmBl9gvOgdQ6ku_jBg)および トヨタ自動車(http://www.toyota.com.cn/mediacenter/show.php?newsid=5215)の公式発表に基づいて作成
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パナソニック(https://panasonic.cn/cna/wellness-smart-town/)および 雅达国際(https://www.ydholdings.com/news_detail/3412.html)の公式発表に基づいて作成
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SG:D SPARK Programmeは、シンガポール政府が海外企業の現地法人向けに、デジタル産業分野に参入しやすいよう、導入した優遇制度である。 シンガポールのIMDA(情報通信メディア開発庁)は申請企業に対して、技術面、財務面、ビジネス・オペレーション面を含めた総合的な評価を行う。技術水準、データ保護、財務の透明性、先進的で安全かつコンプライアンス遵守の運営方式等の項目で一定の基準を満たす企業のみ、この計画への参加が認められる。
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本共同研究の担当
株式会社野村総合研究所 未来創発センター グローバル産業・経営研究室 李智慧