株式会社野村総合研究所(本社:東京都千代田区、代表取締役 社長:柳澤花芽、以下「NRI」)は、2026年3月、国立大学法人東京大学大学院工学系研究科 技術経営戦略学専攻 田中謙司研究室(以下「東大田中研究室」)の実社会のデータを起点に課題解決の方法を導出する学術的知見を基に、データ分析から社会・産業の構造変化を捉え、持続可能な社会・産業基盤の構築を目指すAI活用の新構想「社会レジリエンスAI」を取りまとめました。
「社会レジリエンスAI」とは、社会や産業に蓄積された熟練者の知見や業務データをインプットに、変化の検知から要因分析、対策の提案までを自律的にAIエージェントが行い、予見・対応の精度を継続的に高めていく仕組みです。その構想は、以下の通りです。
背景と課題:構造変化に即応できない従来型の業務・意思決定モデル
社会・産業のあらゆる領域で、環境変化のスピードと複雑性が増しています。日々膨大なデータが蓄積されるようになっても、データの変化から次に起こる事象の兆候を的確に捉え、業務やアクションに結びつけるプロセスは、依然として熟練者の経験や勘といった「暗黙知」に大きく依存しています。
さらに、産業インフラの保全領域などに代表されるように、人材の高齢化や技術継承の断絶により、従来の「熟練者による対応」を前提とした運用が限界を迎えつつあります。
デジタル化やAI導入が進む一方で、その活用が個別の異常検知や分析にとどまり、検知から原因究明、対策立案、その効果の検証までのプロセスが分断されているケースが多く、多くの産業では、真の業務変革に至っていません。
「社会レジリエンスAI」構想の特長と解決の方向性
「社会レジリエンスAI」は、前述した課題に対して、複雑な社会システムの変化を数理モデルによって検知し、要因を分析するとともに、事象に対する最適な対処法を導き、対策の実行を促します。
事象の予測を行う従来型のAIでは、過去のデータから統計的にパターンを認識する手法が主に用いられてきました。そうした「過去に似た事象が起きたから、次も起きるだろう」という経験則的な予測だけでなく、社会レジリエンスAIでは、東大田中研究室の学術的知見に基づき、データが乏しい状況や過去に経験のない事象に対しても、数理モデルによって変化の検知と高度な要因分析を目指します。
また、従来型の予測AIの多くは、センサーデータのように既に数値化・構造化されたデータを前提とするのに対し、社会レジリエンスAIは、AIエージェントを活用することで、熟練者の経験や勘といった「データとしては存在しないが、当たり前に使われている暗黙知」を形式知へと変換し、AIの推論基盤に組み込みます。
この高度な推論を複雑な業務プロセスに組み込み、対策実行につなげるために、日本企業を熟知し、業務の再設計から、システム構築・運用までを一気通貫で担ってきたNRIのノウハウが存分に発揮されます。
このように、東大田中研究室とNRIの強みを掛け合わせることで、分析だけでなく、事象に対する最適な対処法を導き出し、自律的な対策の実行までを促す、本番業務で活用できる品質のAIを実現します。
具体的には、以下の3つのプロセスを一気通貫で実行するAIエージェント群と、それらを統括するオーケストレーションAIが、熟練者の思考プロセスを再現します(図1)。
- ①変化検知(モニタリング・モデル化):
多様なデータソースからミクロレベルの変調や構造変化の兆候を捉えます。 - ②要因分析(根本原因の特定・知見の蓄積):
複合的な要因を解きほぐし、蓄積された知見と照合しながら根本原因を特定します。 - ③対策提案(アクションプラン探索・提示):
状況に応じた最適な対処法や施策を提示し、実行へとつなげます。
図1:社会レジリエンスAIの概要

出所:NRIが作成
さらに、実行結果をフィードバックとして取り込むことで、予見・対応の精度を継続的に高め、ミクロのデータ分析から構造変化を捉え、マクロの業務判断をダイナミックに進化させます。このフィードバックループ(成果の循環的な仕組み)こそが、「社会レジリエンスAI」の生み出す本質的な効用です。
これにより、さまざまな意思決定を、従来の「リアクティブ(事後対応)型」から、予測に基づく「プロアクティブ(予見)型」へと変革します。
今後の展開
「社会レジリエンスAI」の最初のユースケースとしては、製造・エネルギー・交通をはじめとする社会・産業インフラの保全領域への適用を想定しています。センサーデータ等のミクロデータから設備の変調を捉え、熟練者の暗黙知を学習したAIが要因分析と対策提案を行うことで、人材不足や技術の属人化といった構造的課題の解決に取り組みます(図2)。また、将来的にはユースケースを増やし、適用する業種・業務を拡大していく予定です。
図2:保全領域における熟練者の暗黙知を実装したAIエージェント

出所:NRIが作成
コメント
東京大学大学院工学系研究科 教授 田中 謙司氏
- 日本の産業インフラを支えてきた『匠の技』や『暗黙知』は、世界に誇るべき資産ですが、同時に継承の危機に瀕しています。本研究室では、複雑な社会システムにおける課題解決の数理モデル化に取り組んできました。NRIとの共創により、アカデミアの知見を実際の社会に実装し、AIエージェントが人と協調しながら、あるいは自律的に機能する未来を創り出すことは、持続可能な社会基盤(レジリエンス)を築くうえで極めて重要なステップであると確信しています。
株式会社野村総合研究所 常務執行役員 亀井 章弘
- 変化の激しい時代において求められるのは、単なる技術の導入ではなく、あるべきゴールを設定し、本質的な課題を発見して、データドリブンで解決していく力です。現在、AI技術そのものは急速な進化を遂げていますが、『その高度なAIを人間社会や実際の業務にどう実装し、定着させるか』という確たる方法は、いまだ確立されていません。NRIはこれまでもデジタルの力で社会課題の解決に取り組んできました。東大田中研究室との連携により、実効性の高いAIのユースケースの社会実装に挑みます。まずはインフラ保全の領域から、社会のさまざまな場面へとその価値を広げてまいります。
NRIは今後も、東大田中研究室と、互いの知見に基づき、「社会レジリエンスAI」の実装を通して、人手や経験に過度に依存した意思決定構造を変革し、持続可能で強靭(レジリエント)な社会・産業の実現を目指していきます。