野村総合研究所(以下、NRI)は、グローバルなサステナビリティのトレンドを理解し、経営戦略やリスクマネジメントに反映するために、2010年度より、外部有識者の方々と毎年ダイアログを行っています。
2021年11月19日に10回目となるダイアログを開催し、3名の有識者の方々と、主に「中期経営計画におけるサステナビリティの位置づけ方」、「ダイバーシティの推進について」、「ESGの動向」について、意見を交わしました。
出席者
(所属、役職は2021年11月時点)
水口 剛氏
高崎経済大学 学長
商社、監査法人等の勤務を経て、1997年に高崎経済大学経済学部講師に就任。2008年に教授、2021年より現職。
研究分野は、責任投資(ESG投資)、非財務情報開示。金融庁サステナブルファイナンス有識者会議座長、環境省グリーンファイナンスに関する検討会座長、日本取引所グループ「サステナブルファイナンス環境整備検討会」座長等を務める。
小野塚 恵美氏
マネックスグループ カタリスト投資顧問 取締役副社長COO
JPモルガン銀行、ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメント(GSAM)を経て、2020年より現職。多岐にわたる資産運用業務に従事し、2016年からはGSAM(日本)におけるスチュワードシップ責任推進統括としてESG分析、企業との対話を年間200社以上実施。
現在はエンゲージメント戦略に関わると同時に、機関投資家の業界団体「ジャパン・スチュワードシップ・イニシアチブ」運営委員長、金融庁サステナブルファイナンス有識者会議委員を務める。
日比 保史氏
コンサベーション・インターナショナル・ジャパン 代表理事
野村総合研究所、国連開発計画(UNDP)を経て、2003年4月より、現職。生物多様性保全を通じた持続可能な社会づくりを目指し、国際機関、政府、企業等とのパートナーシップ構築に取り組む。
国際協力における環境・社会配慮、気候変動と生物多様性、自然資本会計、企業サステナビリティ、非営利組織経営などが専門。世界71ヵ国を訪問。米国デューク大学環境大学院修了。
桧原 猛
野村総合研究所 執行役員
経営企画、事業戦略、コーポレートコミュニケーション、法務・知的財産、情報システム、IR担当
サステナビリティ経営推進担当として、NRIの持続的な成長の実現を目指し、事業戦略を推進する。
柳澤 花芽
野村総合研究所 執行役員
人事・人材開発担当 経営企画副担当
約25年間、戦略コンサルタントとして中期経営計画策定・事業戦略・M&A・組織開発・風土改革など様々な領域・テーマに従事。
他の野村総合研究所(NRI)からの出席者
小松 康弘 コーポレートコミュニケーション部長
本田 健司 サステナビリティ推進室長
企業の戦略におけるサステナビリティの位置づけ
今後、経営ビジョンや中期経営計画に対してサステナビリティをどのように位置づけ、体系化すべきでしょうか?
水口氏:
サステナビリティは今後経営戦略の中心になると考えられますので、企業経営そのものだと考えています。サステナビリティに貢献できない企業は、社会に貢献できないということです。サステナビリティを経営戦略に位置づけるためには、ネガティブな影響を減らして、ポジティブな影響を増やしていくことが重要です。ネガティブな影響に関して言及すると、NRIはデータセンターを保有しているので、データセンターの脱炭素化は必須で対応すべきと考えます。すでに主要なデータセンターの再エネ化は進んでいるようですが、ここまで来ている以上、たとえば「2025年度までにゼロにする」といったよりアグレッシブな目標を出してアピールするとよいのではないでしょうか。
一方でポジティブな影響に関しては、「社会のパラダイム変革を実現」していく点がポイントになると感じました。パラダイム変革をどの部署がどのような取り組みで実現するのか、今後詳しい情報を公開した方が良いでしょう。
加えて、社名が「野村総合研究所」ですから、研究機関としての立ち位置を前面に打ち出し、社会に貢献していくことが必要なのではと考えます。例えば、WEF(世界経済フォーラム:World Economic Forum)やWRI(世界資源研究所:The World Resources Institute)といったオピニオンリーダー的な組織が日本にはありません。日本におけるオピニオンリーダー的な存在となり、社会が向かうべき方向を提言していくことが、NRIにおけるサステナビリティの位置づけのひとつになると考えています。
小野塚氏:
投資家がNRIに期待することとして、まず財務的な期待があります。ROEを高めていくことや、更なるグローバル展開により、財務的な成長戦略に適うようなサステナビリティのストーリーを併せ持つことを期待しています。「サステナビリティ経営」と「サステナブル経営」とでは意味が異なります。環境や社会の持続性(サステナビリティ)貢献することを主眼においた経営が「サステナビリティ経営」ですが、これを期待しているわけではありません。NRIが上場会社としてどのようにサステナブルに全てのステークホルダーの要求を満たしていくか、すなわち環境や社会への配慮を通じて財務成果を上げリスク低減を通じて自社の持続可能性を上げる「サステナブル経営」を実施して頂きたいと思います。そのためには、ステークホルダーそれぞれに、何が課題で、どのような時間軸で価値を提供していくのかということを企業の側から語り掛ける必要があると考えています。そこにある時間軸という概念が日本企業の統合報告書やESG関連の開示の中でなかなか見られないので、ステークホルダーとの時間軸のすり合わせも含めて、「サステナブル経営」の戦略としてのサステナビリティをどう位置付けるかをビジネス面から検討頂きたいと考えます。
ダイバーシティの推進について
女性活躍推進について、どのように取り組むべきでしょうか?
柳澤役員:
女性活躍推進法で情報開示が義務化された項目の1つに“女性管理職比率”がありますので、目標を掲げて、外部に開示もしています。しかし、求められる目標については、例えば、経団連は2030年までに女性管理職比率を30%に上げる目標を掲げていますが、短期的に達成することは難しいと感じています。当社では、将来の中核人材の女性登用に向けた採用・育成など、長期的な目線で女性管理職比率の向上に向けた、施策を実施していきたいと考えています。
今年、改訂されたコーポレートガバナンス・コードでも「女性の活躍を含む社内の多様性の確保」に関する項目が追加されましので、今後どのように取り組み、結果を開示していくのか社内で検討を進めています。
小野塚氏:
女性活躍は日本の大きなテーマであるので、NRIにも女性活躍推進を期待しています。ただ、業界や業種によって、推進しやすい業界と難しい業界があることも理解しています。
しかし、投資家からするとNRIほどの時価総額の企業であれば、女性管理職比率を30%に届かせるような取り組みを求めたいと考えます。投資家と対話する際にも「何故やらないのか、できないのか」という話ではなく、「目標を達成するために、このような取り組みを行っている、投資家としてもっと何ができると思うか」という議論の方が前向きであると考えるためです。
日比氏:
NRIは、人材が一番重要な資産になりますので、女性管理職比率が少ないというのは、人材全体の半分を無視してしまっているのではないかと感じます。これはかなりの損失ではないでしょうか。女性管理職比率をグローバル水準まで上げるために、女性社員の社内育成にも投資していく必要があるでしょう。
Gender Pay Gap※に関してはどのように開示すべきでしょうか?
小野塚氏:
日本企業は、一般職と総合職で採用を分けている企業があるので、総合職の中でGender Pay Gapのデータを取得した時に差異がない状態が望ましいと考えます。差異がある場合には、是正するために何ができるのか考えるべきです。
水口氏:
一般職と総合職に分け、それらを年齢層別に分けた状態で男女間に差異がないことは当たり前です。何故差異が生まれるのか、それは同一労働同一賃金ができていないのではなく、同一労働をさせていないからです。つまりそもそも一般職と総合職では、男女の比率に差があり、それがGender Pay Gapに繋がっているのです。
現在は、どの企業にも差異がありますし、海外の企業においてもGender Pay Gapを改善できていません。
私は、理想論として、会社全体でのGender Pay Gapを開示すべきと考えます。管理区分別の平均と全体の平均を開示した方が良いでしょう。差異の理由を追求することにより、どこにアンコンシャスバイアス(無意識の偏見)があるのかを把握できるからです。
- 男女間賃金格差:男性所得の中央値に対する男性と女性の所得中央値の差
サステナビリティの実績と取締役の報酬の連動は、どのように進めていくべきでしょうか?
小野塚氏:
サステナビリティ実績と取締役の報酬の紐づけを考えるにあたり、一番参考になると思ったのが欧州のIT企業の事例です。取締役会でサステナビリティの推進に関してコミットメントをし、それが経営戦略に統合され、目標が設定されています。また、それらについて外部へも開示をし、次年度に向けて改善案を公言しています。同社では、取締役の報酬額の決定に従業員エンゲージメントの結果を使用しています。
投資家は、ただ単純に特定のESG指標への採用を報酬決定の要素とするよりも、同社のように実質的に企業価値に繋がる指標と取締役の報酬がリンク付けされている方が良いと考えています。
水口氏:
単純にサステナビリティの指標と報酬とを結びつけるという話ではなく、取締役会がコミットメントして、戦略に統合するというストーリーがあるからこそ、最後に報酬に結び付く意味があると考えます。報酬だけではなく、取締役会として何にコミットするのかが重要なポイントになります。
日比氏:
私が所属しているNGO団体でも昨年からサステナビリティ実績と役員報酬の紐づけを行っています。海外では既に、一般企業のみならずNGOでも同様の取り組みが始まっているのです。
ESGを取り巻く動向
自然関連情報開示タスクフォース(TNFD)が発足し、自然関連の情報開示が求められ始めていますが、生物多様性の重要性の高まりが企業にもたらす影響をどのように考えていますか?
日比氏:
TNFDの影響は大きいと考えています。TNFDのNは”Nature(自然)”ですが、自然は生物多様性とは同じ意味のようで、少し違います。生物多様性の学術的な定義は、「遺伝子、種および生態系の多様性」です。この定義だけを見ると国内の事業会社は自社には関係ないと判断してしまうケースが多いでしょう。 しかし、欧州では、生物多様性があることで、気候や水資源などを含めた自然全体がサステナブルになる、という考え方が主流です。我々人間社会は、自然から非常に多くの恵みを受けているためです。各企業は、サプライチェーンのどこかで必ず自然からの恩恵を受け、それに依存しています。この自然全体をどのようにサステナブルにするかという点が、TNFDの本質です。気候変動は、温室効果ガス排出量という指標で、受けるインパクトや与える影響を測ることができますが、自然に関してはどのような指標でサステナブルであるかを測るのが難しいため、長期間議論されています。ここ数年の間で、生態系および土地利用の面積、使用する水の量、生物多様性として種の数等が指標の候補として挙がっています。そして、カーボンも指標のひとつに含まれます。 国内では、生物多様性は社会貢献の一部だと理解している企業が多いのですが、海外の先進的な企業では、気候変動と自然を関連付けて考え始めています。例えば、米国のIT企業は、森林再生に向けた投資活動として、約200億円規模の「Restore Fund(再生基金)」を設立しました。また、グローバルな消費材メーカーも自然に対して大規模な投資を行っています。これらの企業は、原材料に直接的に影響を受けるため、このような素早い動きをしていますが、生物多様性を社会貢献の一部というフレームで見ていると理解できない規模で、今後も動きが進んでいきます。そしてそのような海外企業がルール作りに向けたモメンタムの形成に影響力を発揮しています。TNFDのルール作りに参加するなど機会はまだあります。国内企業にとっては、早急な意識改革が大事だと思います。加えて、TCFDにも対応し、気候変動緩和に貢献していくことも重要です。TCFDにしっかり対応できれば、TNFDにも対応できるためです。
水口氏:
自然をサステナブルにすると考える場合、これまで環境NGOが個別に取り組んできたような複数の要素に対応しなければなりません。様々な指標を使うことになるでしょう。業種・業態と環境課題のマトリックスで議論が進むと思います。NRIではデータセンターを建設する際に、どういった場所に、どのような素材で建設するかが論点になるのではないでしょうか。
また、TNFDをビジネスのリスクと機会で捉えると、NRIにとっては機会の方が大きいと思います。例えば農薬や畜産の抗生物質、森林資源、水産資源など、それぞれ業種や業態によって自然に関わるものは様々あります。まさにこれからパラダイム変革が起こりますので、コンサルティングが必要になります。何をすれば自然を守れるか、シンクタンク、コンサルティング機関としての研究、支援に期待しています。
機関投資家が投資判断をする際に企業のESG活動をどういう視点で評価していますか?
小野塚氏:
国内外のアセットオーナーとのやり取りから、今多くの投資家が日本企業に期待することとして、サステナビリティを踏まえた企業の経営変革がどのような成長ストーリーとなっているかを見ていると感じています。最近は、企業に課題がある場合に、環境や社会に関する主張を行うESGアクティビストがグローバルで増加しています。今後、サステナビリティを経営戦略の中に掲げて実践していく中で、アクティビストの主張への対応と業績のバランスで企業は評価されるのではないかと考えます。
再生可能エネルギーの導入拡大を図っていますが、今後どのように調達すべきでしょうか?
水口氏:
NRIは調達する側なので、再生可能エネルギーの調達先を一緒に育てていく仕組みが必要ではないでしょうか。各地域が再生可能エネルギーの調達プラットフォームを作ろうとしています。しかし、都内の大企業が地方の森林を伐採して太陽光パネルを張り付けるようなことをすると問題です。再生可能エネルギー調達に関しては、地方における課題の解決とセットで議論していく必要があります。地域が生産するエネルギーは地域で調達して、その収益は地域に還元することが重要です。
日比氏:
NRIが社会価値を共創できるという意味でも、追加性※のある再生可能エネルギーを調達すべきと考えます。米国や中国では、約5年前に再生可能エネルギーの価格が石炭より安くなっています。つまり、日本は他国と比較してかなり遅れているのです。それは、再生可能エネルギーの供給側だけではなく、需要側を作ってこなかったことにも問題があると考えています。NRIが追加性のある再生可能エネルギーを調達しても、消費量という意味では、社会的なインパクトはそこまで大きくないかもしれません。しかし、発信力としてはとても大きいと思います。世界の中では日本は遅れてはいますが、日本の中では先行すべきです。
- 新たな再生可能エネルギーを生み出す効果があること
学生は、ESGを通して企業をどう見ていますか?
水口氏:
高崎経済大学の学生の中には、ESGにとても関心がある学生もESGを知らない学生もいて、二極化していると感じています。しかし、今は中学校や高校でSDGsの授業があります。高崎経済大学でもSDGs特別講義を開催していますが、今後数年で学生のESGに対する認知は更に進むでしょう。 学生は、企業の理念的な部分、働きやすさ、業績の3つのポイントで企業を見ているようです。最近の学生は働き方の良し悪しは非常に気にしますので、長時間労働や命令に何でも従わないといけないような拘束度が高い企業は、敬遠されるようです。
小野塚氏:
米国の学生や若い方々の間では、サステナビリティに取り組んでいない企業では働きたくないというスタンスが広まりつつあります。
桧原:
本日は、貴重なご意見を頂き、ありがとうございます。持続可能な社会の実現に向けて、私たちに期待されていることに応えるためには、これからもESGにしっかり取り組んでいく必要があると改めて感じました。シンクタンクとしても社会のパラダイム変革に貢献できることが沢山あると考えています。
NRIはBtoB企業なので、顧客を通じてしかパラダイム変革をなし得ません。DX3.0を掲げていますが、非常にハードルが高いと感じています。皆さまから頂いたご意見をしっかり受け止め、サステナブルな思考で今後のアクションにつなげていきたいと思います。
本日は誠にありがとうございました。
(2022年02月01日公開)
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