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リスキリングの課題と期待

執行役員 関西・中部支社長 亀井 章弘

#経営

#DX

2024/04/19

2023年の骨太の方針で「三位一体の労働市場改革」が取りまとめられ、改革の第一の柱としてリスキリングによる能力向上支援が盛り込まれた。23年から27年までの5年間で「人への投資」に1兆円の予算が充当される。上場企業には23年3月期の有価証券報告書から人的資本に関する内容を盛り込むことが義務づけられ、民間企業でもリスキリングが注目されている。

リスキリングの難しさ

お客様からも、DX推進体制が不足する中で、社員のIT人材に対するリスキリングの取り組みにトライしているという話を聞くが、その一方で、リスキリングが思うように進まずに悩まれる経営者は多いと感じている。筆者の経験からも、リスキリングは非常に難しい「学び直し」の形態であるというのが実感である。
学び直しの形態はさまざまで、「リスキリング=異なる職種に就くために新しいスキルを習得」「アップスキリング=現職のステップアップにつながるスキルを習得」「アウトスキリング=転職に役立つスキルを習得」がある。政府の能力向上支援策は、より付加価値を生み出せる産業に労働力をシフトさせるという目的からすると、どの形態にも当てはまり、主に基礎スキルの習得を目指した支援と理解している。企業では自社の経営戦略に即した「リスキリング」および「アップスキリング」によるビジネス環境の変化への対応を目的としており、スキルだけでなく経験値の蓄積も必要となってくる。経験値は仕事のアレンジ力、仮説構築力、プレゼン力、アイデアの創造力など個々の職種で必要な能力であり、座学で身につけることが難しい。この経験値にITなどの新たなスキルを足し合わせることで経営戦略に即した人的資本の拡充が図られる。「経験値×新たなスキル=人的資本の拡充」と考えると、経験値とスキルを新たに獲得するリスキリングは、アップスキリングと比較してハードルが高い。
パーソル総合研究所の調査によると、日本の中高年は学びに消極的で、40代から1カ月当たりの学習時間が減少する。したがって、40代以降のリスキリングの成功はさらに難しくなるのではないか。企業としても、「e─ラーニングを導入した」「研修を充実させた」など新しいスキルを学ぶ環境を整備しても、個人の学習意欲任せではリスキリングを成功させることは難しく、むしろ、これまでの経験値を活用して新たなスキルをプラスするアップスキリングが現実的な学びの形態であると考える。
では、自社の経営戦略を考えるうえで、異なる職種の人材が必要な場合はどうすべきか。現実的には、外部から人材を集め、アップスキリングで対応できる社員を確保・育成していくことになろう。弊社の社員から聞いた話であるが、米国のIT企業のトップの方にその点を伺ったところ、「新しいアプローチにマッチした人材に8割ぐらいを入れ替えた」との返答があったそうだ。スピード感をもって飛び地のビジネスモデルに変革するには、リスキリングで対応することが難しいと感じた事例であった。リスキリングという言葉からは全く新しい職種へ就くイメージを持つが、現職で培った経験値に新たなスキルを加えることで適応が可能な職種がリスキリングに適した職種であるといえる。
実際にはゴールの職種が現職と同じか少し違うだけで、アップスキリングの考え方で異職種への転換を考える方が現実的である。

リスキリングに必要な5つのステップ

企業内でリスキリングを行うには、経営戦略から落とし込んだ人材要件を定義し、スキル獲得の必要性を社員に理解してもらうことが必須であり、そのうえで、次の①〜⑤のステップを経る必要がある。すなわち、①経験値に新たなスキルを付加して転換可能な職種であるかの見極め、②職種に必要な能力の分解、③各人が現時点で保有する経験値の棚卸し(強みの棚卸し)、④能力獲得に向けたシナリオの構築、⑤学ぶ時間の確保、の5つである。そのうち、学ぶ時間の確保は短期的には業績や成果に結びつかないため、マネジメントには中長期の視点で成果が出るまで忍耐強く継続することが求められる。また、個人の適性が最初に描いたシナリオどおりではない場合、リスキリングを目指す方向を見直すことも必要となる。本人の適性・意欲、学ぶ時間の確保、マネジャーとの継続した対話、適切なジョブアサイン、学ぶ文化・雰囲気の醸成といった必要十分条件が整って初めてリスキリングが成果として表れる。

AIなどのテクノロジーの進化、労働に対する価値観の変化などにより、従来から存在する職種は変化または消滅し、新たな職種へと生まれ変わっていく。そのスピードがますます速まる中で、リスキリングまたはアップスキリングに消極的な企業は、労働者から選ばれなくなり、人的資本が劣化し、競争力を失うという悪循環に陥るという状況に直面するのではないか。政府が掲げる「三位一体の労働市場改革」が日本の労働慣行を見直す契機となり、若手・中高年を問わず、全世代が学ぶ意欲を持ち続けることが当たり前になり、より付加価値の高い職種への労働力シフトが進むことで、日本の労働生産性が高まることを期待したい。

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