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NRI トップ 新型コロナウイルス対策緊急提言 新型コロナウイルス経済ショックのマクロ的位置づけ(2)現金による所得補償、損失補填の必要性の裏付け

新型コロナウイルス経済ショックのマクロ的位置づけ
(2)現金による所得補償、損失補填の必要性の裏付け

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2020/04/07

  • 前回(「新型コロナウイルス経済ショックのマクロ的位置づけ(1)マクロモデルによる概観」https://www.nri.com/jp/keyword/proposal/20200401)では、シンプルなAD-ASモデルによって、今回の新型コロナウイルスの経済ショックは供給側のシャットダウンによって生じる「供給ショック」に分類されるものであり、この供給ショックに対応するには、通常の景気後退期に適用される「総需要刺激策」は効果を持たないことを指摘した。
  • 今回は、供給ショックが総需要の落ち込みを誘発するモデルを提示した論文の骨子を紹介する。論文では「シャットダウンした産業」によって引き起こされた供給ショックは、その産業で職を失った元労働者・廃業した企業が他の産業分野への消費を減少させるため、一部の産業分野の供給ショックが、最終的には他の産業への需要減少に波及することを示している。
  • また同論文では、効果的な施策として「企業倒産の回避のための資金支援」、「シャットダウンした産業分野の労働者への現金の直接給付」が効果的としている。これらの施策を怠った場合、供給ショックがさらなる総需要の減少を引き起こし、ショックはさらに増幅される。
  • また、企業が営業を停止することで失業が生じた場合、生産性の回復や今回の経済ショックからの回復の長期化も懸念される。企業の経営を支え、従業員の雇用を維持するための直接かつ素早い財政出動という政策が必要であるというのが本論文の結論である。

新型コロナウイルスによる経済危機への政策パッケージはどうあるべきか

新型コロナウイルスの爆発的流行が起きたことで、対人接触を伴う活動が制限され、多くの産業分野の経済活動が停止している。経済活動の停止はその産業に所属する企業の財務基盤、そして従業員やフリーランスの生活基盤を脅かしている。各国の政府はこの経済危機に対する経済対策を打ち出し始めているが、多くの経済学者からは今回の新型コロナウイルスによる経済危機に対しては通常の「景気後退」とは異なる対策が必要であるとの見解が出されている。

通常の景気後退は、何らかのショックによって需要が縮小することがその引き金となる。そのため景気後退に対する経済対策は、主に冷え込んだ需要を喚起するための「需要刺激策」が採用される。具体的には政府による公共投資や公共支出の拡大、減税、購入助成金(クーポンの配布など)が主な施策となる。

しかし、今回の新型コロナウイルスによる経済危機は、需要側ではなく供給側のショックが原因であるとの指摘がなされている。仮に供給側のショックが原因であれば、通常の景気後退期に取られる「需要刺激策」は効果を持たないことになる。一方で、現実の世界ではすでに需要が縮小している可能性も指摘されており、今回の経済危機に対するベストな政策パッケージがどうあるべきかの議論は収束していない。

しかし論点は整理されつつある。ここでは論点を以下のように整理する。

  • A)

    供給ショックに対する経済対策はどうあるべきか

  • B)

    この供給ショックは需要の縮小につながるのか

  • C)

    政策パッケージの時間軸はどうあるべきか

前回はこの論点Aに対して、ポール・クルーグマン教授が提示したAD-ASモデルを足がかかりに供給ショックに対する経済対策について述べた。今回は論点BおよびCに対するマクロモデルでの説明を試みた論文を紹介する。日本においても昨日(4月6日)に総事業規模で108兆円の経済対策案が示されたが、上記の論点から見て、適切な政策パッケージなのかどうかを検討する一助となれば幸いである。

供給ショックが総需要の減少に結びつくメカニズムのマクロモデル

2020年4月2日に公開されたVeronica Guerrieri(シカゴ大)、Guido Lorenzoni(ノースウエスタン大)、Ludwig Straub(ハーバード大)らによる論文 ”Macroeconomic Implications of COVID-19: Can Negative Supply Shocks Cause Demand Shortages?” 「COVID-19のマクロ経済学知見;負の供給ショックは需要減を引き起こすのか?(仮題)」の骨子を紹介する。
(論文URL https://economics.mit.edu/files/19351

本論文では、「供給ショックは、その供給ショック自体の規模よりもさらに大きい総需要の減少をもたらしうる」というケインジアン供給ショックモデルが、今回の新型コロナウイルスによる特定産業(対人接触を要する産業、つまりサービス業など)のシャットダウンにも当てはまると主張している。特定の産業に生じた供給ショックによる企業倒産・失業は、当初の供給ショックを増幅させ、景気後退をより深刻化させるのである。

つまり上記の論点Bの「供給ショックは需要の縮小につながるか」という問いに対して、明確にイエスという結論を提示している。前回も取り上げたポール・クルーグマン教授も本論文の分析を高く評価しており、自身が以前行ったシンプルな分析よりもより精緻かつ長期の影響を織り込んでいると絶賛している。

供給ショックが総需要に影響を与えるメカニズム

本論文の本質的な問は「パンデミックショックによってあるセクターの労働者が職と収入を失った場合、それは総需要の減少を引き起こすのか」というものである(論点Bに該当)。

まず、一つのセクターしか存在しない仮想的な経済を考えた場合、特定のセクターの供給ショックがさらなる総需要の減少を引き起こすことはないことが示される。

ついで、複数のセクターが存在するより現実に近い経済モデルで、あるセクターにシャットダウンが起きた場合、次の2つの影響が生じる。一つは、あるセクターの供給がなくなることは、言い換えればそのセクターの財の価格が上昇したことと同じ意味を持つことである。ようは欲しくても買えない、というのは価格の上昇と同じ効果を持つのである。この価格上昇は総消費を減らす効果を持ってしまう。もう一つの効果は、いわゆる代替効果と呼ばれるものである。シャットダウンされた財から似たような他の財へ消費をシフトさせる効果である。この2つの効果の強弱が、シャットダウンされたセクターの供給ショックが、他のセクターの雇用に影響を与えるかどうかを決める。

上の2つの効果を具体例で考えてみる。例えば、新型コロナウイルスの影響でタクシーが全面的に利用禁止になったケースを考えてみよう。1つ目の効果に当てはめれば、これはタクシーの価格が「誰も乗ることができないくらいに上昇した」のと同じこととなる。そのため、外出すること自体のコストが跳ね上がったことと同じ意味を持ち、外出に関わる需要が減る可能性がある。2つ目の代替効果は、そうはいっても電車やバス、または近ければ歩いたり自転車に乗ったりすることで、タクシーが利用できない分を他の交通手段に切り替えることもできるだろう。そうすると電車やバスの利用客は増え、歩きやすい靴や自転車の需要が増すだろう。前者では総需要は単純に減少するが、後者ではある程度の落ち込みで済むかもしれない。この両者の影響のバランスがどうなるかが問題なのである。

代替効果が低い場合は、供給ショックは総需要を減少させる

さて、複数セクターの経済モデルを考えたとき、ある条件下ではシャットダウンされたセクターの供給ショックよりも、他のセクターの雇用や消費の減少のほうが大きくなる可能性が示された(つまり、総需要の減少が生じてしまう)。その条件とは、ショックを受けたセクターの財と、他のセクターの財の代替可能性が低い場合である。つまり、電車やバスではタクシーの代わりにはならないような場合である。例えば(現在は夜間の外出は避けるべきだが)、深夜に帰宅する必要が仮に生じてもすでに電車やバスが終わってしまっていれば、もともとの深夜までの外出を控えてしまうだろう。この「深夜の外出の取りやめ」に関わる需要の減少は飲食店やその他の産業に及んでいるだろう。これが供給ショックの他の産業セクターの需要への波及である。

そして、このメカニズムで生じた「総需要の減少」は通常の「総需要刺激策」では解消できないことも示された。その理由は、政府が総需要刺激策として景気対策を打ち出したとしても、すでにシャットダウンされたセクターにはそのお金が流れないからである。先程のタクシー業界がシャットダウンされた例で言えば、政府が国民にタクシー代相当の交通費を支給したとしても、その交通費は電車やバス、靴や自転車に回るだけで、タクシー業界には一銭も落ちないのである。さらに、通常であればタクシー運転手に渡った政府からの支給金による需要増加は、めぐりめぐってタクシー業界にも波及するが、この場合はタクシー自体が運行していないためこのような効果も生まれない(ちなみにこのめぐりめぐって需要が伸びる効果を「乗数効果」と呼ぶ)。つまり、今回の新型コロナウイルスでシャットダウンされた産業セクターには、家計や政府がいくら需要拡大策を実施しても効果が一切波及しないのである。

ようするに、特定の産業セクターが今回の新型コロナウイルスでシャットダウンされた場合、そのセクターで生じた供給ショックが総需要(ようは経済全体)の縮小に影響するのを食い止めるためには、そのセクターの労働者に失った収入分に見合う十分な現金給付を行う以外には方法がないということである(この対策は論点Aへの回答でもある)。

「企業倒産の乗数効果」を阻止する必要がある

一方で、別のネガティブな乗数効果の存在も示唆されている。それが「企業倒産の乗数効果」である。例えばレストランが閉店すれば、それに伴って食材の購入も減ってしまう。つまり、企業が事業を停止するとそれによって新たな供給ショックが生まれてしまうのである。そしてこの企業倒産の乗数効果はシャットダウンされた産業セクター以外にも波及していく。この負の乗数効果は経済全体を「シャットダウン」しかねないほど影響が大きい。

そのため、この企業倒産の負の連鎖を止めるには、企業に経営を継続してもらうための損失補填や雇用主の所得税免除などの政策が効果を持つとしている。加えて、この施策が効果を持つには「企業に営業を継続してもらうこと」が必要であるため、一時金などの単発の支援では意味がないとも述べている。また、企業の営業継続の支援策として「低利子での資金貸付」も効果的であると示されている。この低利融資は、事業を継続すれば得られるであろう将来の利益を担保とする「保険」の役割を果たしてくれる。

また企業が従業員を解雇してしまった場合の中長期的な悪影響として、生産性の回復の長期化と今回のショックからの回復の長期化が懸念されることにも注意を促している。

整理すると、まずは新型コロナウイルスによって経済活動の停止を余儀なくされた産業セクターからの負の連鎖を止めるために、対象となる産業セクターの企業の事業継続のための支援を行うこと、同時にその従業員や残念ながら解雇された失業者にも早急な現金給付が必要である(論点A、B)。また、供給ショックは需要の縮小に波及することから、次のステージでは、縮小した需要に対する需要刺激策も必要となるだろう(論点C)。

日本においても、新型コロナウイルスで打撃を受けている産業セクターに対する現金による所得補償、損失補填、資金繰り支援の早急な実施を改めて主張したい。

執筆者

柏木 亮二

金融イノベーション研究部
上級研究員

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