昨今のデジタル化の流れは、ビジネスの在り方そのものを根本から変えようとしている。デジタル化の取り組みいかんで、企業の存続をも左右すると言っても過言ではない。しかも、企業の競争相手は、国内企業、同一業種とは限らない。競争力を維持するにはグローバルが舞台となる。そうした時、日本の金融ビジネスは競争力を維持できるだろうか。金融庁のCIOの立場でもある総括審議官の佐々木氏に語っていただいた。
語り手
金融庁
総括審議官
佐々木 清隆氏
1983年 大蔵省(現財務省)入省。1998年 金融監督庁(現金融庁)検査部(局)総括補佐、企画官。2002年 IMF、Senior Financial Expert。05年 証券取引等監視委員会特別調査課長。07年 同総務課長。10年 金融庁検査局総務課長、11年 総務企画局審議官兼公認会計士・監査審査会事務局長を経て、15年 証券取引等監視委員会事務局長。2017年 総務企画局総括審議官。
聞き手
株式会社野村総合研究所
金融ITイノベーション事業本部長 常務執行役員
林 滋樹
1988年 野村総合研究所入社。PMS開発部に配属。保険システム部、金融ソリューション部門プロジェクト開発室長、金融ITイノベーション推進部長を経て、2007年に野村ホールディングス株式会社に出向。09年にNRIに戻り、保険システム推進部長。12年 執行役員 保険ソリューション事業本部副本部長。2014年同本部長。2016年 常務執行役員。2017年より金融ITイノベーション事業本部長。
イノベーションにみる金融セクターの競争力
林:
デジタル化という中でどの産業も非常に大きな変化を感じています。トヨタ自動車は、「自動車業界が直面する100年に1度の大変革期」として、全力で立ち向かっています。日本の金融機関も変革を迫られていると思いますが、その動きは、欧米と比較するとやや緩やかな印象があります。その辺りについて、どう見ていらっしゃいますか。
佐々木:
イノベーションあるいはデジタライゼーションということでいうと、いろんな面で日本の金融機関と海外、特にG-SIFIsの間にはギャップがあると思いますし、そのギャップがどんどん広がっているという印象です。
これは幾つかの分野があり、一つはITリスク管理です。ITリスク管理というと、従来はシステム障害の対応を指していましたが、今はそれはごく一部に過ぎません。ビジネス戦略の変化に応じてIT戦略を練ることが重要となっており、ここ数年、「ITリスク」ではなく、「ITガバナンス」という言葉を使っています。この「ITガバナンス」が間に合っていないように感じます。
例えば、メガバンクはこの10年余りの間に、統合を含め海外業務の強化を図っています。しかし、IT戦略がそれに追いついていません。海外拠点を統合しているけれども、海外で使っているシステムは20年前、30年前のままという例もあります。金融庁としては、こうしたITガバナンスの構築について、7~8年前くらいから言ってきています。
しかし、今はもっと変わってきています。ITのイノベーションが急速に進んで、金融機関以外の世界から、金融の分野にどんどん侵食してきています。よくいわれるビジネスディスラプションとかビジネストランスフォーメーションという状況になってきているわけです。
先ほどのITガバナンスの面でも、外資系や海外の主要なプレーヤーと比べて相当差があると感じていますが、ビジネストランスフォーメーションになると、もっと差が開いているのではないでしょうか。
もう一つの分野が、セキュリティです。特にサイバーセキュリティです。外資系の金融機関の幹部にビジネスの課題を聞くと、間違いなくトップ3の中にサイバーセキュリティが入ります。これは政府、監督当局もそれなりに対応をしてきていますが、最先端プレーヤーとのギャップは開いていると感じます。
林:
昨年バーゼル銀行監督委員会が公表した提言書の中に、FinTechが普及する中で、銀行業がどう変容するかについて5つのシナリオが示されました。現在の銀行が残って、金融サービスの高度化を図るBetter Bankから、金融機関が金融サービス提供の主体でなくなるDisintermediated Bankまでが描かれています。金融機関の方々と話をすると「どこになってしまうだろう」という話題がよくでます。
佐々木:
今までの金融機関のビジネスモデルは、供給者サイドの論理でした。しかし、イノベーションを通して、主権は消費者や利用者にあるビジネスモデルに変化しています。
特に非金融の分野から新しいサービスやプレーヤーが入ってくると、規制がない人たちとある人たちの間でのレベルプレーン・フィールドの問題が生じるかもしれませんが、規制に守られているから存在しているようなビジネスはサステナビリティが保てなくなるのではないでしょうか。そういうディスラプションが起きていると思います。
林:
ビジネスの主権が、消費者や利用者にうつる中で、そうしたお客様に関する情報量の多寡が、サービス提供者側のビジネス拡大に影響を及ぼすのではないかと思います。
佐々木:
今後は、顧客のニーズは何か、顧客のライフスタイルはどうかといった情報が非常に重要になってきます。そういう情報を金融機関はどれだけ持っているか。IT企業やプラットフォームを提供しているような企業が持っている情報と比較すると、相当差があると思います。結局、その情報量、特に顧客に関する情報がビジネスを左右すると思います。
林:
金融機関の顧客管理システムは、取引を管理するためのものでしたので、そこに蓄積されている情報とビジネスがなかなか結びついていないのかもしれません。
また、顧客情報に関して、人を特定することにすごくナーバスになっています。ITの世界では、匿名のまま異常値を検知することも可能です。そういうところに対して、規制の目から見ると、どのように感じられますか。
佐々木:
まず、検出する上でのロジックにおいて、必ずしも固有名詞になっていなくてもいいと思います。例えば、証券市場の監視では、最初から固有名詞で見ているわけではありません。絞り込んだ最終段階で、個別の取引や顧客名を把握する必要はあるでしょう。逆に、膨大なデータの中からいかに絞り込んで異常値を検出するかの重要性が増してくると思います。データアナリティクスであったり、AIであったり、そういう技術の中でどんどん洗練されていくのだろうと思います。
イノベーションを促進するための規制当局の変革
林:
イノベーションが進むと、当局の考え方や、規制のあり方も変わってくるかと思います。既に、フィンテックの振興ですとか、監督局と検査局の統合、オンオフ一体化のモニタリングといったことに着手されています。この辺りは、どのような時間軸で変えていこうとされているのでしょうか。
佐々木:
民間企業では当たり前だと思いますが、会社を取り巻く環境が変われば、それに合わせて仕事のやり方を変え、商品を変え、組織を変えるといった改革を遂行します。役所の改革は民間に比べると相当差があるように思います。
金融庁がみている分野は、特にイノベーションの動きが早いです。従来の検査・監督のやり方では追いつきません。そしてイノベーションが進めば必然的にあらゆるものがグローバル化されます。そうしますと、われわれの仕事のやり方も、スピードをあげて、もっと変革していく必要があります。それには、まずは業務を見直す必要があります。
業務を見直すのに合わせ、組織も見直さなくてはなりません。そして、組織を担うのは最終的には人ですから、人事の在り方や人材の育成・採用の仕方も見直す必要があります。そして、今申し上げた業務、組織、人がワークするためには、やはりインフラとしてのITがないと駄目なわけです。ですので、金融庁は今、業務と組織と人とそれからITインフラ、この四位一体の改革に取り組んでいます。
業務の改革については、この数年、検査・監督のオンオフ一体化を進めてきました。こうした業務の見直しをまず進め、それに併せた組織の見直しを、今度の夏に予定しています。
人の改革になると、これは時間がかかるところです。もちろん、基本的な方針や考え方をつくることはできます。しかし、それに合わせて人を育成していくには5年、10年あるいはもっとかかるかもしれません。
林:
人の改革には、民間とのローテーションも含めて今まで以上に新たな試みが必要なのかもしれません。
佐々木:
そうですね。どうしても公務員制度の中での運用になるので制約はありますが、年功序列の見直し、専門性の更なる強化、そのためのインセンティブやキャリアパスの見直し、また、既に「金融行政方針」の中でも公表していますが、360度評価の導入、幹部のコンピタンシーの作成など、新しいことを採り入れていく必要があると思います。
林:
オンオフ一体化を進める中で、金融庁は「検査・監督基本方針」において、検査・監督に関する基本となる考え方を示し、それを受けて金融機関には自らの特性に応じた対応を行っていくことを求めています。規模の小さい金融機関においては人員が限られていることもあり、自由度の高さが逆に、「何をすればいいのだろう」と言った戸惑いにつながっているところも少なくないようです。
佐々木:
金融庁が示した方針なりルールに従っているだけのビジネスモデルやリスク管理の在り方では、サステナブルではないと思います。
われわれは金融機関を監督する立場ではありますが、彼らのクライアントではありません。金融機関が、競争を勝ち抜くにあたって考えなくてはいけないのは、お客様や、ビジネスの競争相手です。競争相手も、既存の金融機関だけではなく、非金融の人たちも入ってきています。
ですから、自分の問題としてオーナーシップを持ってやっていかないと、日本の金融の力が強くなる方向には働かないと思います。
林:
そのほか、金融庁が取り組まなくてはいけないと考えていることはありますか。
佐々木:
金融庁は政府の一つの組織ではありますが、われわれの競争相手は他の省庁ではなく、海外の当局だと思っています。ひょっとするとそういう金融当局でもなくて、非金融の世界の人たちが競争相手なのかもしれません。そういう覚悟で仕事をしていかないと、われわれの仕事はなくなってしまうと思います。それこそAIなどに取って代わられてしまって、金融庁自身のディスラプションであり、ビジネストランスフォーメーションを迫られるかもしれません。
林:
そうすると、佐々木さんが進められた監査監督機関国際フォーラム(IFIAR)の事務局を東京に誘致したことも、グローバル化への対応の一環ですね。
佐々木:
日本は、金融の分野に限りませんが、国際基準を作ることが得意ではないように思います。国際基準は欧米の先進国が作り、それを後追いで対応する。明治以来そういう歴史が多いのではないかと思います。日本発の国際基準を作成していく役割はもっと必要だと思います。
特に金融は、グローバルで規制のハーモナイゼーションが重要な分野ですので、国際的な基準を作ることの重要性は増すと考えています。
林:
仮想通貨に関する規制を、日本がいち早く設けたことによって、海外から注目されています。
佐々木:
仮想通貨もそうですが、官民問わず、デファクトスタンダードになることで、それがまたビジネスを生んで、国の力にもなります。
金融セクターにおけるエコシステム
林:
GoogleやAmazonは、20年先を見て、どれだけ投資をするか、ビジネスを2倍、3倍ではなくて10倍にするためにはどうするか、という視点で戦略を練っています。それによって、現在のプラットフォーマーという地位を確立し、彼らを中心としたエコシステムを形成しつつあります。金融もそうしたエコシステムの一員として、自分達の位置づけを真剣に考える時期にきていると思います。
金融機関が保有するデータにしても、エコシステムの考え方に沿えば、例えば、金融庁に報告するためであるとか、何かのためのデータという区別はなくなるかと思います。
佐々木:
金融庁は、民間の金融機関などからデータを入手しています。すなわち、そのデータはある部分ではビジネスのプロモーションに、ある部分はリスク管理やコンプライアンスに、更にある部分は当局への報告のために使われています。原データは同じで、使い道によって加工や分析方法が異なるわけです。
そうすると、デジタル化がもっと進めば、そういうデータをシェアすることも可能なわけです。もちろん、情報管理や個人情報の保護といった課題はあると思います。それをいかにステークホルダーで共有するか、そういうエコシステムが必要ですし、そういうことができる環境になりつつあるのかなと思います。
また「RegTech」(レグテック)という言葉がありますが、それには2つの意味があると思います。一つは、金融機関のコンプライアンスのためのITで、こちらの意味で使われるほうが多いかと思います。もう一つは金融庁などレギュレーターにとってのテクノロジーです。これらは、ある意味でコインの裏・表だと考えています。金融機関側のITイノベーションが進んでいく。これに対応して、金融庁の仕事のやり方、ITシステムを見直さなくてはいけません。
われわれ自身のシステムを構築する際、いつもジレンマに感じるのは、時間がかかり過ぎることです。まず、民間で何が起きているかを認識して、それを基にシステムを設計して開発する。予算の確保も含めると数年かかってしまいます。
昔はそれでもよかったのかもしれませんが、1年たったら前のシステムは既に陳腐化しているような時代に、金融庁が独自のシステムをゼロからつくるという発想は、成り立たないと思います。
林:
IT業者からしますと、個別につくっていただいたほうが収益的に助かりますが、エコシステムが機能することに力を注がないと、日本の競争力そのものがなくなりますね。
佐々木:
「エコシステム」はまだコンセプチャルな段階だと思いますので、それを具体化したり、共通の認識を形勢していくことが必要です。当局には、ファシリテーターとしての役割もありますので、問題を提起して、それを議論してもらう場を提供することが必要だと思っています。
林:
今日、お話させていただいて、監督者というよりも、日本の金融機関の将来に向けて非常に多くのことを考えて下さっている、という印象を受けました。
佐々木:
金融行政方針もそうですが、われわれの仕事の最終的なミッションは、日本の経済成長であり国民の富の増大です。これはどの省庁も同じです。そのゴールに向けて、金融システムの安定、市場の透明性といった、具体的なビジョンを持ってやっています。
林:
本日は、どうもありがとうございました。本当に勉強になりました。
(文中敬称略)
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デジタル化の進捗が問われる金融セクター
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