
- 語り手
-
- 名前
- 高田 英樹 氏
- 所属
- GX推進機構
- 職名
- 理事
1995年 大蔵省(現、財務省)入省。2003年 英国財務省出向。2015年OECD環境局上級政策分析官(グリーン・ファイナンス担当)。2021年 内閣官房気候変動対策推進室総括参事官。その後、財務省主計局主計官(総務・地方財政・財務係担当)、金融庁総合政策局総合政策課長を経て、2024年 脱炭素成長型経済構造移行推進機構(GX推進機構)理事に就任。

- 聞き手
-
- 名前
- 石川 純子
- 所属
- 金融イノベーション研究部
- 職名
- エキスパートリサーチャー
2007年 日本銀行入行。米国コロンビア大学大学院で公共政策学修士を取得。2016年 NRI入社。専門領域は、先進国の中央銀行や金融監督当局による政策・規制、CBDCを含むデジタル通貨や決済システム、カーボンプライシング。独自の視点で分析・調査を実施し、意見を発信。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。
トランプ政権による脱炭素政策の転換の影響をどう評価するか
石川:
米国でトランプ政権が誕生し、脱炭素をめぐる情勢に不安材料を投げかけています。前バイデン政権が進めてきた気候変動や脱炭素関連の政策を大幅に見直し、国際的なグリーン基金への拠出をやめたり、化石燃料産業への支援を強化したりしています。こうした米国の動きは、世界の脱炭素への取り組みにどのような影響があるとお考えですか。
高田:
おっしゃるように、さまざまな動きが起きています。最も象徴的なのは、米国のパリ協定脱退や、主要な金融機関のNet Zero BankingAllianceからの脱退だと思います。
しかし、各国の関係者の間では以前と同じように意見交換が続けられており、米国を含めて世界的な脱炭素に向けた大きな流れは変わらないと考えています。
脱炭素への投資は主に民間企業が行うわけですが、彼らはビジネスとして必要だと判断して行っています。決してモラルや政治的な観点から対応しているわけではありません。米国を含め、ビジネスとして脱炭素の必要性は変わっていないといえます。
脱炭素は10年、20年先を見据えて取り組むものです。目先の数年の政治情勢で右往左往し過ぎるのはリスクだと思います。欧州でも同様の認識を持っている人は多いと感じます。
石川:
ということは、米国で環境規制が緩和されても、欧州から米国へ企業が生産拠点を移す、いわゆるカーボンリーケージのようなことはあまり起こらないと見てよいのでしょうか。
高田:
そもそも企業がどこに立地するかはさまざまな要因で決まります。たとえば今、米国では関税によって製造業の復活を目指していますが、通商政策の変更による悪影響は環境規制の緩和効果を上回る可能性もあります。安定的なビジネスを遂行する上で、長期的な投資が必要な企業の立地を朝令暮改の政策だけを見て判断するのは大きなリスクがあるでしょう。
石川:
一方で、新興国の脱炭素支援には影響があるのではないでしょうか。
トランプ政権は、開発途上国の温室効果ガス削減、気候変動の影響への対処、公正な移行などを支援するための国際的なファンドやパートナーシップからの脱退や資金拠出の撤回を表明しています。
高田:
米国の連邦政府からの資金が一時的に減るというのはあり得ることです。そうした場合、日本や欧州の国々がしっかりとその穴を埋める必要があるでしょう。日本としてはむしろこれを好機と捉えてプレゼンスを高めていく取り組みが必要だと思います。
GX2040ビジョンにおける注目ポイント
石川:
政府は今年2月に「GX2040ビジョン」を閣議決定しました。エネルギー安定供給、経済成長、脱炭素の同時実現に向けた長期的な政策指針だと理解しています。
GX2040ビジョンは、超党派で合意されましたので、この方針がゆらぐことはないと考えて良いでしょうか。
高田:
ビジョンは現政権下で策定されたものですが、日本の場合、野党も含めて主要な政党の中で脱炭素、GXの必要性についてはほぼ異論はなく、政策の方向性は一致しています。
今、G7の国々を見わたしても、脱炭素に向けた政策の安定性や予見可能性という意味で日本は際立っています。それは日本のGX政策の最大の強みと言っても過言ではないでしょう。
日本は、こういった長所をしっかりアピールすることで海外から投資を呼び込むことができると思います。
石川:
具体的に、GX2040ビジョンの中で高田さんが特に大事だと考えていらっしゃるポイントを教えていただけますか。
高田:
ビジョンの主な項目の1つに「GX産業構造の構築」があります。その中で特に重要な要素として、GXにつながる「市場の創造」というテーマがあります。
たとえばグリーンスティールや電気自動車といったGX製品は多額の投資が必要です。そのため、通常の製品に比べてコストが高くなり、値段も高くなる可能性があります。こういった製品のビジネスが成り立つマーケットを育成するには、製品の供給側のみならず、買い手となる需要側の行動をどう変えていくかが非常に重要になるわけです。
石川:
消費者が製品やサービスにおけるGXの価値を認識し、値段が高くても対価を支払う価値観を醸成するのが重要ということですね。
高田:
そうです。そうしたマーケットができて、必要なコストをしっかり転嫁できるようになり、ポジティブな形で消費されるような好循環を作っていけるかが非常に重要だと思います。
石川:
環境に配慮した製品にマークやラベルみたいなものをつけるといったことは役に立ちそうですね。
高田:
実際にそうした取り組みはありますが、今後はそれだけでなく、その製品の全般的な脱炭素の価値をどう見える化していくかが重要になってきます。
ある製品の脱炭素の価値については、その製品をつくるのに排出したCO2が多いか少ないかも大事ですが、それ以外の要素もあります。製品によっては、その製品が世の中に出ていくことで他の企業や社会全体の排出を減らせるものが多くあります。今、この「削減貢献量」という考え方についてさまざまな研究が進んでいますが、数値化の方法論は発展途上です。将来、計測方法が確立され、比較が容易になれば、消費者が商品を選ぶ際に有用になってくると思います。
石川:
脱炭素の効果の可視化には、炭素への価格付け、すなわちカーボンプライシングも重要な概念だと思います。
高田:
その通りです。ビジョンでは、GX投資を促進するため、2026年度以降、成長志向型カーボンプライシングを順次導入していくことを明記し、そのための法整備も進んでいます。製品・サービスの価格は市場で形成されるものですが、カーボンプライシングによって、脱炭素価値を反映した形で価格が決定されるメカニズムを作っていきたいと考えています。
石川:
外部性がある市場では、市場メカニズムだけでは価格が形成されなかったり、意図した効果が発揮されなかったりしませんか。
高田:
今後導入が予定されている排出量取引や賦課金が実際に経済にどのような形で波及するのかは、その規模も含めて分からないことが多いです。これから研究を深めなければいけない領域の一つです。
石川:
そのほかに重要とお考えになるテーマはありますか。
高田:
「GX産業立地」も重要だと考えています。
脱炭素電源等のクリーンエネルギーの拠点には地域偏在性があります。そうした電源を得られる場所の近くに電力を大量に消費するような産業を立地させることが合理的なのではないかということです。
たとえば半導体については既に、再生可能エネルギーのポテンシャルの高い九州や北海道で工場の立地が進められていますし、データセンターについてもそうした観点が必要になってきています。こうした産業を再生可能エネルギーが得られやすい地域に集積させて、いかに地域一体で経済を発展させるかについて議論が進められているところです。
GX推進機構の金融支援業務
石川:
高田さんが理事を務めていらっしゃるGX推進機構は、官民でGX投資を推進する機関として2024年7月に発足しました。中核的な業務の一つとして、GX投資に取り組む企業に債務保証や出資を行うなどの金融支援を掲げていらっしゃいます。
これまでにGX推進機構が手掛けた投資案件としてはどのようなものが出てきていますか。
高田:
金融支援の実施案件はまだないのですが、そう遠くない将来に第1号が出てくると思います。
これまでに金融機関や事業会社からご相談いただいた案件は数十件に上ります。
案件にはGXで重要とされている多様な分野が含まれており、大きなプロジェクトも、スタートアップ企業によるものもあります。最近特に多い分野は水素・アンモニアです。特に水素は供給事業者への価格差支援などの補助金が始まることもあり、水素の製造と利活用が一体となったプロジェクトが数多く出てきています。
石川:
GX推進機構として支援の金額や件数の目標はお持ちですか。
高田:
現時点では特に定めていません。支援できる金額には予算内という制約はありますが、われわれのキャパシティは潤沢だと思います。
1件当たりの支援金額についても特に上限や下限は設けていません。ただ、少ない人数で運営していますので、小さな案件を数多く扱うのは現実的ではありません。重要性を鑑みた上で、ある程度金額が大きく、他方でリスクの高い案件にフォーカスしていくことになると思います。
石川:
実際に支援案件を精査される中で新たに気付かれたことはありますか。
高田:
もともとGX推進機構の最大の設立目的は新技術の支援でしたが、技術としては既に確立されていても、コストが高騰したとか、マーケットが成熟してこないといった理由で、前に進みにくくなっているプロジェクトにも重要なものがあります。ですから、既存技術を含め、GX推進の観点から重要で、かつ民間だけではリスクが取りにくい案件は、個別によく精査していくべきではないかという問題意識を持ち始めています。
石川:
先ほどおっしゃった「GX産業立地」実現のためには、地域のGX促進に向けた金融支援も重要ですね。
高田:
はい。昨年9月の初めには「地域連携室」を設置し、特に再生可能エネルギーのポテンシャルが高い北海道に関しては「北海道デスク」を設置しました。今、北海道はもちろん、その他の地域でも積極的に地域の方々との連携を図っているところです。
私自身も、最近多くの地域金融機関を訪問させていただいています。それぞれの地域が抱える脱炭素やGXの課題はまちまちですが、地域金融機関はその地域の産業を最もよく理解しています。
また、地域金融機関はサプライチェーン全体を見られる立場にあります。今後、サプライチェーンの間接的な排出量である「Scope3」の開示が求められ、サプライチェーン全体の脱炭素が必要になってくることを踏まえると、地域金融機関の協力は欠かせません。GX推進機構としても、地域金融機関がそうした戦略を作成する際の手伝いをできればいいなと思っています。
GX推進における金融機関の役割
石川:
GX推進の上で、地域金融機関は具体的にどのような役割を担うことになるのでしょうか。
高田:
単なる資金の提供にとどまらず、コンサルティング機能を担っていくと思います。最近、脱炭素を可視化するツールの提供をサービスとして展開する地域金融機関も出てきました。そうしたトータルな取り組みを地域のハブとして担っていく役割が期待されます。
石川:
サプライチェーンに含まれる地方企業の多くは中小企業で、脱炭素を進めるのも簡単ではないという面もありますね。
高田:
その通りです。中小企業は、そもそも脱炭素化に取り組む必要性を理解していなかったり、必要性を認識していたとしても、何から始めていいのかわからない、手をつけようにもお金も人も時間もないといったケースも多くあります。
ですから、地域金融機関や大企業は中長期的な観点で、サプライチェーン全体の脱炭素に向けた計画をつくり、中小企業に働きかけていく必要があると思います。
石川:
金融機関は、顧客企業の取り組みを長い目で評価するために、排出量が「今年は去年より減ったのか、減らなかったのか」だけでなく、取り組みが中長期的な観点で進んでいるかを確認する必要もありそうです。
高田:
それは重要な論点です。
日本では、CO2の排出が多い産業の脱炭素への「移行」を資金的に支援する「トランジションファイナンス」の考え方を世界に先駆けて提唱しています。しかし、金融機関が排出量の大きな企業に投融資を行うと、たとえそれが将来の脱炭素に必要な資金であっても、投融資先のCO2排出量を指す「ファイナンスドエミッション」が一時的に増加してしまうという問題があります。
GFANZの枠組みでは、多くの金融機関がファイナンスドエミッションを減らす目標を立てています。しかし、だからといって金融機関がファイナンスドエミッションの削減だけに近視眼的に注力すると、多排出企業へのトランジションファイナンスの提供を躊躇することになりかねません。これでは本末転倒です。
重要なのは、将来に向けて社会全体の排出量がどう変わっていくかです。たとえファイナンスドエミッションが増えたとしても金融機関は将来の脱炭素に必要な資金をしっかり供給するべきです。日本では官民で世界に向けてこうした考え方を打ち出し、多くの国から共感を得ていると感じています。
石川:
最後に、金融機関の方々にどのようなことを期待されているか、メッセージをいただけますか。
高田:
金融の力というのは非常に大きいものです。しかし、金融はそれ自体は目的ではなく手段です。金融の力を使って事業が生み出され、製品がつくられるわけです。近年「貯蓄から投資へ」の流れで、国民のお金が投資に向かうようになりましたが、そこでも大事なのは、投資したお金が何に振り向けられているかです。そのお金が経済を動かす原動力になるわけです。
金融機関の方々は、金融を動かす仲介者的なプレイヤーです。ですから、資金の最終的な出し手である一人一人の国民が、自分たちのお金が何に振り向けられているかしっかり想像できるように働きかけてもらいたいと思います。
石川:
金融機関は、国民のお金を経済の発展やGXの推進につなげる役割をしっかり担う必要があるということですね。
本日は貴重なお話をありがとうございました。
(文中敬称略)

GX推進における金融機関の役割
お問い合わせ先
-
『金融ITフォーカス』編集事務局