
- 語り手
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- 名前
- 鎌田 恭幸氏
- 所属
- 鎌倉投信株式会社
- 職名
- 代表取締役社長
1988年 三井信託銀行(現:三井住友信託銀行)入行。その後、バークレイズ・グローバル・インベスターズ信託銀行(現:ブラックロック・ジャパン)の副社長を経て、2008年11月 鎌倉投信株式会社を設立。2010年 「結い 2101(ゆいにいいちぜろいち)」の運用・販売を開始。2021年 私募型の有限責任投資事業組合「創発の莟」の運用を開始。著書に「社会をよくする投資入門」(ニューズピックス)他多数。

- 聞き手
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- 名前
- 古賀 智子
- 所属
- 株式会社野村総合研究所
- 職名
- 資産運用ソリューション事業本部 シニアチーフストラテジスト
1989年 山一證券の情報システム会社入社。投信バックオフィスシステム再構築プロジェクト参画の経験を活かし、98年 野村総合研究所入社。T-STARの開発、ヘルプデスクの立上、企画営業を担当し、複数の業務効率化サービスの企画を実現。2018年 資産運用サービス事業部長を経て、2022年 現職に就任。学生向け金融教育の企画など、資産運用業界の発展の為の新しい企画に取組中。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。
創業当時の思いと苦労を振り返る
古賀:
鎌倉投信は鎌田さんが2008年に設立されてから17年目になります。最初に、なぜ新しい投信会社を立ち上げたいと思われたのか教えていただけますか。
鎌田:
鎌倉投信を創業する前、私は約20年間、日系・外資系の金融機関で、投資や資産運用の仕事に携わってきました。業務を通してたくさんの知識を得て、貴重な経験を積むことができたのですが、一方で、金融や資産運用は本当に世の中を良くする力になっているのだろうか、という疑問が腹落ちできないテーマとなっていました。
私は社会人になる前からずっと、どうすれば社会に貢献できるのか考えていました。そして仕事をしていく中で、金融や資産運用の枠組みを通じて、がんばっている会社や人を応援することで世の中をよくする力になれないか、という思いが高まっていきました。そうした思いが鎌倉投信の立ち上げのきっかけになりました。
古賀:
実際の事業の立ち上げは、どのように始めたのですか。
鎌田:
資産運用のビジネスは当然ながら、一人ではできません。かつての同僚3人に声をかけて「何か一緒にできることはないか」と議論を始めました。本当に世の中をよくする資産運用とはどんなものか、すでに日本にたくさん運用会社があるのにゼロから運用会社を立ち上げる意味は何だろうか、といった議論をじっくり行いました。
半年くらい議論を積み重ね、今の鎌倉投信の経営理念や事業モデルを作り上げ、2008年11月、リーマン・ショックの直後のタイミングで会社を立ち上げました。
古賀:
そこでの濃密な議論が、公募投信「結い 2101」の「「いい会社」を応援し続ける」という投資方針につながっているわけですね。
鎌田:
そうです。投資哲学や「結い」の運用方針など根幹となる考え方のだいたいの方向性をそこで固めました。そして会社を立ち上げてから更に1年かけて、当局への登録などファンド設定の準備を行いながら、「結い」のコンセプトを詰め、2010年3月に運用を開始することができました。
古賀:
会社やファンドの立ち上げで特に苦労されたことはありましたか。
鎌田:
あまりなかったと思います。立ち上げの前は、今お話ししたように会社の根幹となる方針を固めるとともに、当局への届出に関連するさまざまな事務的な手続きを行ったり、システムを導入したりしました。また、投信をお客さまに届ける方法として、販売会社を通さない「直販」を選びましたので、そのための体制をゼロから作っていく必要がありました。何百項目というタスクがありましたが、それぞれのスケジュールを決めて、粛々とこなしていった感じです。
その中で多少なりとも苦労したのは、資本金を集めることです。それから、信託銀行に受託者として弊社とパートナーシップを組むことを承諾してもらったり、証券会社に投資信託の証券取引口座を開設するために信用審査を通してもらうのは、簡単ではなかったです。運用会社としてゼロからの出発、ファンドも初めての立ち上げ、しかも直販、となると、すぐに事業として成立するわけではないので、非常に厳しい目線で審査され、なかなか思うように進みませんでした。
運用会社の立ち上げでは事業の基盤を支えてくれる多くの関係先に力を貸してもらう必要があります。この点は、このビジネスのハードルだと感じました。NRIグループにも当初から親身になって相談に乗っていただき、非常に助かりました。
「いい会社」をどう見極めるのか
古賀:
御社では、「結い 2101」の運用基本理念として、「社会性と事業性を兼ね備える「いい会社」に投資する」を掲げていらっしゃいます。「いい会社」は、どのように見極めるのですか。
鎌田:
私たちは、「いい会社」を見極める着眼点として大きく2つの軸を持っています。
1つは、本業を通じて社会に貢献しようと本気で努力しているかどうか。これがない会社は長く繁栄することはないだろうと考えています。
もう1つは、会社にかかわる人の幸福を事業の中で追求しているかどうか。「ステークホルダー資本主義」の考え方とも通じるところがあるのですが、何かの犠牲の上に会社の利益が成り立つということではいけないということです。株主だけ、経営者だけが利益を享受するとか、その一方で自然環境が破壊されているというのでは、いけないわけです。
それから、人も会社も個性が大事ですので、「いい会社」が強みを発揮するための競争力の源泉として「人・共生・匠」という三つの評価軸に注目しています。つまり、「人を大事にする」、「循環型社会をつくる」、「独自の技術・サービスを持っている」、この3つの要素です。
私たちは、1、2年かけて投資先候補と対話を重ね、現場にもお邪魔したりして、その会社の良さを感じ取っていきます。そうすることで、表面的にはわからないことを知ることができるわけです。
古賀:
一つの会社に対する投資判断に1、2年かけて調査するということですか。
鎌田:
そうです。基本的には長期投資で、一回投資を始めたら売却を前提とせずに投資し続けますので、一回の投資にそのくらい時間をかけます。1年間にだいたい3、4社を新規で組み入れるペースでやっています。
古賀:
今、「表面的にはわからないことを知ることができる」とおっしゃっていましたが、ここを見れば「いい会社」かどうかわかる、というポイントはありますか。
鎌田:
一つ挙げると、経営者の言っていることと社員が現場で実践していることの間にずれが少ない、というのは重要なポイントだと思います。
経営理念は、社長・リーダークラスと現場の社員ではとらえ方が違うものです。それでも、現場の社員の方とお話した時に、その方が会社の経営理念をその人なりに消化し、日々の業務に邁進していると感じられれば、自信を持ってその会社に投資できると思います。
古賀:
昨年、投信協会のルール改正で公募投信も一定程度、非上場株式の組み入れができるようになりました。御社では、非上場株式を組み入れていくことを考えていらっしゃいますか。
鎌田:
鎌倉投信は創業当時から、満期のない公募投信の枠組みで、上場・非上場を問わず「いい会社」を応援していきたいという思いを持っています。当然ながら「いい会社」は、上場会社にとどまるものではありません。
ただ、投資信託に非上場株式を組み込むと、時価評価や流動性の問題が出てきます。また、個人のお客様の金融の知識はだいぶ高まってきているとはいえ、倒産確率の高いスタートアップ企業への投資という側面もありますので、十分な説明責任を果たしていくことが求められます。
「結い 2101」では、現状では、限られたリスクの範囲内で社債という形で非上場の会社をファンドに組み入れています。
個人投資家にとって大事なのは自分に合った運用商品に出会うこと
古賀:
鎌田さんの目から見て、今、日本の資産運用業界が抱えている課題として、特に何が大きいとお考えですか。
鎌田:
一つは、個性的な運用会社が少ないことです。
海外には、どんな運用を目指すかを明確に打ち出している専門性の高い独立系運用会社がたくさんあり、それぞれの個性が際立っています。これに対して、日本は、似たような運用会社、似たような運用商品が多いと言わざるを得ません。
古賀:
近年、日本の個人投資家の資金の大半がインデックスファンドに流れています。個人投資家にとってアクティブファンドは必要ないのでしょうか。
鎌田:
インデックスか、アクティブかという議論は重要ではないと考えています。個人投資家にとって一番望ましいのは、自分に合った運用商品に出会うことです。
特に、資産運用の入り口は、アクティブでもインデックスでも個別株でも何でもよいと思います。そこから、投資の経験を積んでいく中で、自分に合った投資のスタイルを習得していくのが大事だと思います。
古賀:
最近の投資家の動向を見ていると、NISA(少額投資非課税制度)で、人気のインデックスファンドが購入されています。それ自体は良いと思うのですが、それが次の投資をどうするかを考えるきっかけにはなっておらず、投資先の広がりにつながっていないという指摘もあります。
鎌田:
鎌倉投信について言えば、鎌倉投信のお客様の中には、もちろん「結い 2101」だけを保有しているお客様もいれば、それまでインデックスファンド一本だった方とか、プロ並みのデイトレーダーの方とか、いろいろな方がいらっしゃいます。何かをきっかけに弊社のファンドを買ったりすることはあるわけです。
ただ、きっかけはどこにあるかわかりません。大事なのは、運用会社が自分たちの哲学、理念、運用方針をしっかり伝えることだと思います。うまく魅力を伝えられないと、お客様は手数料の安いものとか、この5年間でパフォーマンスのよかったものといったように、数字だけで判断してしまいがちです。
古賀:
それ以外に、日本の運用業界の課題はありますか。
鎌田:
課題ではないかもしれませんが、金融教育については、もう一工夫できるのではないでしょうか。
学校教育の中でお金や経済の話はされるようになってきましたが、知識を教えるだけではなく、投資商品や投資先の会社にじかに触れる機会を提供することが大事だと思っています。
鎌倉投信には、大学生はもちろん、高校生や中学生の投資家もいて、経営者の講演会に出席したり、「いい会社」に訪問したり、「受益者総会」という「結い 2101」の決算報告会に勉強しに来たりしています。
本来、投資とは、株価や為替といった価格だけを見て判断するものではありません。投資先の価値をきちんと評価して投資するべきで、そこにリアルな形で触れる機会をどうやって作るかが非常に大事だと思います。
たとえば、学校教育の中で、いろいろな企業のことを知る機会を設けたり、子供たち自身が自ら会社を起こすプロジェクトを授業に組み込んだりしてもよいと思います。会社を起こすとなると、どうやってお金を調達するのか、どの市場のどの顧客にどういうふうに売っていくのか、それが社会貢献にどうつながるのか、といったことを考える機会にもなると思います。
日本にコミットする運用会社を増やそう
古賀:
近年、政府は資産運用立国の実現に向けて、さまざまな施策を展開していますが、鎌田さんはどんな施策に注目されていますか。
鎌田:
運用業界への参入障壁を引き下げることは、新しい独立の運用会社の参入を促す上で非常に効果があると思います。鎌倉投信も立ち上げの時、インフラを整えたり、規制に対応したりするのにずいぶん時間とお金がかかりました。そうしたハードルを下げていくのは非常に大事なことだと思います。
ただし、ここで重要なのは、日本にコミットする運用会社の参入も増やすことです。
外国資産で運用する海外の運用会社が参入し、投資家のお金を集めても、直接、日本の企業にお金が回ることはありません。資産運用立国の根本は、日本の産業基盤をいかに強くするかです。そこに資するような運用会社も増やしていくことが重要だと思います。
参入障壁の引き下げで、海外の運用会社が参入しやすくなってきましたが、裏を返せば撤退もしやすいということです。ここ10年くらいを見ても、日本から撤退してシンガポールなど他のアジアの国々に拠点を移していく運用会社が多く見られました。これでは本当の日本の力にはなりません。
古賀:
そういう観点から見るとNISAは、順調に残高を増やしているものの、資金を集めているのは、外国籍ファンドを組み込んだ商品が大半を占めます。
鎌田:
「貯蓄から投資へ」という流れの中で、個人が預金以外のリスクマネーを増やしていくのは大事だと思います。しかし、それはきっかけに過ぎず、究極的には、日本の企業の成長や新しい産業の創出にお金が回っていかないと、本当の意味の金融立国にはならないと思っています。
そのためには運用会社は日本の経済、産業、社会にどう貢献するかについても意識を向けて、優れた運用商品を作っていかなければいけないと思います。そういう商品が出てくると、海外のお金も日本に入ってきやすくなるでしょう。
古賀:
非常に腑に落ちました。まさしく「結い 2101」は、そうした真の意味での金融立国を支えるファンドではないかと思います。御社は直販に特化されていますが、確定拠出年金などでも広く投資できるようになるといいと思いました。
鎌田:
鎌倉投信の取り組みを多くの方々に知っていただくためにも、一つのアプローチとして考えていけたらと思います。
古賀:
最後に、起業家の先輩として、これから起業したいという方に何かメッセージをいただけますか。
鎌田:
ぜひどんどん挑戦してほしいと思います。特に若い方は、起業して仮にうまく軌道に乗らなかったとしても、その過程での経験がすべて財産になると思います。
今みたいに変化の速い時代には、挑戦しない方がリスクになります。特に、世の中の仕組みそのものが変わろうとしているときに、「事業を通じて社会をよくする」という視点は絶対必要だと思います。ぜひそうした視点を持って挑戦してください。
鎌倉投信の投信を買っていただいてもよいと思います。そういう視点で挑戦してきた投資先の経営者とたくさん出会えます。
古賀:
「いい会社」の経営者の方から大いに刺激を受けられそうです。そうした機会をぜひ活用してもらいたいですね。
本日は貴重なお話をありがとうございました。
(文中敬称略)

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