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証券業のサービスを変革するフィンテック

2018年9月号

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フィンテックによる金融業の変革が進んでいる。証券業も例外ではなく、サービスとインフラの両面で革新的な動きが広がっている。フィンテックの広がりで証券業はどう変化するのか。証券会社はどう対応していけばよいのか。日本証券業協会で最高情報責任者(CIO)、最高リスク管理責任者(CRO)を務める鎌田沢一郎氏に語っていただいた。

金融ITフォーカス2018年9月号より

 

語り手

日本証券業協会
管理本部 共同本部長(IT統括・システムリスク管理担当)
最高情報責任者(CIO)兼 最高リスク管理責任者(CRO)
鎌田 沢一郎氏

1984年 日本銀行入行。金融研究所、決済機構局において、決済システム・電子マネー関係を担当。システム情報局において、日銀ネットのインフラ開発・運行等に従事。2007年 大分支店長。09年 決済機構局参事役。BCP企画や東日本大震災時の危機対応に従事。12年 京都支店長。15年 日本証券業協会政策本部参与。17年より現職。

 

聞き手

株式会社野村総合研究所
金融ITイノベーション事業本部 エグゼクティブ・エコノミスト
木内 登英

1987年 野村総合研究所入社。経済研究部・日本経済調査室に配属。90年NRIドイツ、96年 NRIアメリカに赴任し欧米の経済分析を担当。2004年野村證券に転籍。07年 経済調査部長兼チーフエコノミスト。グローバルリサーチ体制下で日本経済を担当。12年 日本銀行政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担う。2017年7月より現職。

証券業とフィンテックの関係

木内:

日本証券業協会は、今年6月に「フィンテック時代の証券業」という報告書を公表しました。鎌田さんは日本証券業協会の管理本部共同本部長として、報告書を作成した研究会にオブザーバーとして参加していらっしゃいました。この報告書を公表するに至った背景についてお聞かせいただけますか。

鎌田:

フィンテックに関する研究については、銀行の決済機能や貸出機能の関係に焦点を当てた分析は多くありますが、証券業との関係に焦点を当てた考察は少数にとどまっています。今回、研究会を設置したのも、そうした問題意識が出発点になっています。一昨年、当協会から日本証券経済研究所に研究を委嘱する形で始まり、2年計画で研究してきました。

第1弾として個別事例をサーベイ(注1)した後、昨年、第2弾として、フィンテックの登場で証券業がどうなっていくのかに焦点を当てた研究会を立ち上げ、このほど報告書(注2)が公表されたわけです。

木内:

やはり、証券業界としてフィンテックに対して何らかの対応を迫られている、という認識があるのでしょうか。

鎌田:

そうですね。

証券業とテクノロジーの関係について言えば、既に個人投資家の株式取引の大半はインターネットで行われていますし、コンピュータを活用したHFT(高頻度取引)は隆盛を極めています。ですから、証券業界はこれまでもイノベーションを積極的に取り入れてきましたので、既に「FinTech 1.0」は経験済みだと評価することもできると思います。

しかしその一方で、それに伴う課題も大きくなっています。

第一に、単純な取引の執行や仲介は付加価値の低い仕事になって、いわゆる「土管化」してしまう、という危機感があります。第二に、銀行界と比べると、証券界は会社ごとに規模、業務内容だけでなく、テクノロジーの取り込み度合いのばらつきが非常に大きいという特徴があります。例えば、リテール顧客に対するサービスでいえば、インターネット取引中心のところもあれば、対面取引オンリーのところもある。中にはホームページを持っていない証券会社もあります。

こうした状況を受けて、テクノロジーの急速な進歩で証券会社のビジネスモデルはどうなっていくのか、フィンテックに対する戦略をどう定めればよいか、といった課題について考察を加えようというのが当初の問題意識の一つでした。

木内:

報告書には、どのようなメッセージが込められているとお考えですか。

鎌田:

第一に、これまでよく聞かれた、フィンテックが既存の証券プレーヤーを駆逐・破壊してしまう、といった脅威論は後退し、新しいイノベーションを活用して、非金融分野の会社を含む多様な主体とうまく付き合っていくことが重要になっている、という認識が挙げられます。

ただし、その付き合い方はいろいろあり、自社に合った方法を見極めていくことが大事だとしています。フィンテック企業との付き合い方は、提携するだけでなく、出資する、買収する、あるいはインキュベーター的な役割を担う等、いろいろな可能性があるわけです。

第二に、フィンテックが進展することにより、証券会社が従来プライマリー、セカンダリー市場で担ってきたリスクマネーの供給や価格発見などの機能はますます重要になるだろう、ということです。特にリスクマネーの供給については、AIやビッグデータを活用した「第4次産業革命」の進展で、今後、スタートアップ企業のイノベーティブな事業や、大規模な産業再編に対する資金需要が拡大していくことが予想されます。

木内:

一点目の、既存の証券会社はフィンテック企業と競争するのではなく、どのように付き合うかが重要だという指摘は興味深いですね。

鎌田:

フィンテックは、証券業の既存の機能を分解して再構築する動き、いわゆるアンバンドリング、リバンドリングを加速し得ます。

報告書ではリバンドリングの動きとして、証券業と、電子商取引を始めとする非金融業が融合する例を挙げ、今後、こうした動きが加速する可能性がある、と述べています。例えば、中国の電子商取引最大手、アリババの関連金融会社は投信を販売しており、残高が日本円で25兆円にまで膨れ上がっています。

日本でも最近、非金融企業が証券業界に参入する動きが見られます。今後更に、携帯会社、百貨店、航空会社といった、膨大な顧客基盤を持つ一般事業会社が参入してくることも予想されます。

「投資のゲートウェイ」として期待されるフィンテック

木内:

「フィンテック」という言葉にはもともと明確な定義はありませんが、顧客の利便性を高めるイノベーションというのが本質だと私は思っています。証券業において実際にフィンテックが顧客の利便性を高めている、あるいは今後高まると期待される分野はどこだと思いますか。

鎌田:

やはり証券口座に関連する分野が有力だと思います。複数の銀行、証券口座などを集約するPFM(個人資産管理)サービスは典型例でしょう。PFMサービスでは、一元的に資産状況を表示できるだけでなく、家計簿のような付加価値も提供しています。しかもスマホのアプリ経由で、極めて簡単に操作できるわけですから、ユーザーにとって、目に見えるメリットがあると思います。

また、今後期待されるのはオープンAPIの実現です。それが実現すれば、顧客はPFMなどのサービスを受ける際も、銀行、証券口座のIDやパスワードをフィンテック企業に預けることなく、口座情報にアクセスできるというメリットがあります。顧客はより安心してサービスを利用できるようになるわけです。

木内:

オープンAPIはユーザーのメリットが非常に大きそうですね。

一方、証券会社の立場から見ると、フィンテックは若年層の新規顧客開拓のきっかけにならないでしょうか。証券業界が抱えている課題の一つに、リテール向けブローカレッジ業務における顧客の高齢化があります。このままでは将来のビジネスが先細りしかねません。一部の証券会社ではSNSと提携して若年層を取り込もうとする動きも出てきているようです。

鎌田:

ご指摘の通り、証券業界では、高齢化した既存顧客の資産がなかなか若い世代に移転していかない状況に直面しており、若い世代にいかに投資の世界に入ってきてもらうかが一つの大きな課題になっています。

業界では投資家教育に力を入れ、資産形成の重要性を説いていますが、最近は、関心がない人にいくら言っても効果が少ない、という認識が強まっているように思います。つまり、何でもいいからきっかけを持って投資の世界に入ってきてもらうことが重要ではないか、ということです。

先ほど言及したPFMに加え、ロボアドバイザー、スマホ専業証券といったフィンテック関連のサービスは、若い世代を中心とした投資未経験者がお客さまになっている例が多いと言われています。これは、2000年以降に成人になったいわゆるミレニアル世代がデジタルサービスに抵抗がないこととも恐らく関係しています。

木内:

投資のきっかけを作るには、若者に身近なスマホで手軽に投資を始められることが大事だということですね。

鎌田:

そうです。例えば、スマホ専業証券について言えば、株式取引の最低投資金額を非常に低くしたり、手数料を低額化・無料化したりしています。と同時に、画面の分かりやすさ、操作の簡便さを工夫し、ユーザーエクスペリエンス(UX)の向上に力点を置いているわけです。

手軽さという意味では、米国発祥で最近日本でも提供され始めた「お釣り投資」サービスも際立っています。これはクレジットカードなどで買い物をした時にお釣りに相当する端数分が自動的に投資に回されるサービスで、本人も意識しないうちに投資家になっているというものです。

こうした動きを通じて、フィンテックが新たなユーザー・ニーズを掘り起こし投資未経験者の若い世代を投資の世界に呼び込む「投資のゲートウェイ」になる可能性がある、ということは報告書でも指摘されています。研究会の議論でも有望視する委員が多かったように思います。

木内:

面白いですね。

ただ、そうした形で新たに投資の世界に入ってくる若年層の方たちは、どのくらい長期投資、あるいは長期の資産形成という意識を持っているのか気になります。

鎌田:

そうですね。仮想通貨の購入者などは「短期のトレーディングでもうけよう」という人が多いようですが、若者をターゲットにしたスマホ専業証券会社などは案外、長期保有を前提にビジネスをしているところが多いように感じます。

一つ興味深い例があります。国内のあるスマホ専業証券では、値上がりしそうな銘柄よりも、若者にとって馴染みやすい銘柄を提案することを重視しているそうです。同社は当初、日本株ではなく米国株のみを取り扱っていたといいます。ディズニー、フェイスブック、ギャップといった若者なら誰も知っている銘柄を取り揃えたわけです。

今、証券界では業界を挙げて、「つみたてNISA」を宣伝しています。「毎月少しずつ定額で買って、時間を分散させながら長く持つことに意味がある」というキャンペーンが若者の心に響けばいいと思っています。ひょっとするとフィンテックというツールは、こうしたアプローチをアピールする入り口として有効かもしれません。

フィンテックが証券業の雇用に与える影響

木内:

先ほど、フィンテック脅威論はだいぶ後退したという話がありました。一方で、金融業界に限らず、多くの産業で新しいテクノロジーが人の雇用を奪うのではないかと懸念されています。証券業界では、株式のトレーディングシステムが自動化されてトレーダーの数が大幅に減るといった現象がもう何年も前から見られています。

鎌田:

証券業の将来像を考える上で大事な一側面ですが、今回の研究会では正面からは議論されなかったと思います。

ただ個人的には、テクノロジーが人間の仕事を代替すれば、人間はもっと頭を使う仕事をやることになり、テクノロジーが雇用を奪う、といった事態はあまり起きないのではないかと感じています。

木内:

近年、大手銀行では新卒の採用を絞っていますが、理系の採用は増やしているようです。フィンテックにより従来とは異なる新しいタイプの人材が求められるようになっているのでしょうか。

鎌田:

金融業は、銀行にしても証券にしても情報を扱う産業なので、情報処理にテクノロジーが活用される状況が拡大すれば、今後そういったスキルを持った人たちが入ってくるのは自然だと思います。

昨今、フィンテック関連の研究会では、比較的堅い日銀のフォーラムなどでも、ラフな格好の人をよく見掛けるようになりました。極めて多様な人材が入って来ているのを肌で感じています。

木内:

確かに私もカルチャーショックを感じることがありました。

鎌田:

そういう方たちの話は総じて面白く、「ああ、なるほど」と思うことが多いです。彼らの新しい観点が金融を変える力になっていくのかなと感じています。

木内:

最近、銀行業ではメガバンクを中心に、AIやRPA(Robotic Process Automation)を導入し、事務の効率化を図る動きが盛んになっています。証券業界でもこういう動きは見られますか。

鎌田:

個別に確認したわけではありませんが、証券会社でも同様の動きはあると思います。銀行が注目されたのは、同様の事務を大量にこなす銀行の事務センターなどがRPAを先に採り入れたので、「メガバンクで何人削減される」というのが話題になったからだと思います。RPAについては、既に多くの人が研修を受けたり、実践に採り入れて成果をあげたりする段階に入っている会社が多いと思います。

木内:

メガバンクなどではRPAやAIの利用によって節約できた人材をコンサルテーション的な業務に当てようとしています。証券業界でも、テクノロジーを取り入れることで人材をもっと対面ビジネスに集中させよう、といった議論はありますか。

鎌田:

この点については報告書でも、テクノロジーが進歩する中、今後、直接的な対話を通じて顧客のニーズに応える「アドバイザリー機能」が相対的に重要になっていく、と指摘しています。

先ほど若年層に対する証券会社の取組みについて話をしましたが、一方で、高齢者に対してどういうサービスを提供していくかというのも非常に大事です。研究会では、高齢者の資産運用においては信頼関係をベースとするヒューマンタッチな対応の重要性が高まる、という指摘もありました。そういう局面を「金融介護」と呼ぶ委員の方もいました。

こうした指摘は、地方の中小証券会社などにとって、フィンテック時代を生き抜いていくための一つのヒントになるかもしれません。従来から対面ベースで顧客と向き合っているこうした証券会社は、自分たちの強みに磨きをかけることで相対的な価値を高めていくことができます。インターネットだけが生きる道ではないわけです。

ただそうした場合でも、営業マンが顧客に対面でアドバイスを提供するときには、横目でパソコンを睨みながらロボアドバイザーのようなサービスを利用して対話をするといった形で、テクノロジーの力を借りることは必要ではないかと思います。

木内:

新しい技術と人の融合によって、より高度なサービス、高い収益性を実現していかないといけない、ということですね。今後、こうした人と技術の融合がどういった形で起こるかは予測が難しいですが、非常に興味深い論点だと思います。

本日は貴重なお話をどうもありがとうございました。

(文中敬称略)

 

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