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HFTに対する規制のあり方

2019/11/05

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コンピューター・システムが、自動的に株式売買注文のタイミングや数量を決め、その取引が1秒間に数千回といった高頻度で行われる手法HFT。HFTによる不公正取引はほとんど摘発されていない。それは、不公正取引が行われていないからなのか?長年、HFTをはじめとする新しいテクノロジーと規制のあり方の研究を続けておられる横浜国立大学教授の芳賀良氏に語っていただいた。

語り手

横浜国立大学大学院 国際社会科学研究院 教授
芳賀 良氏

1994年 山口大学講師、96年 同 助教授、2003年 岡山大学教授を経て、2010年から横浜国立大学教授。一橋大学大学院在学中に堀口亘先生に師事して以来、相場操縦を研究対象としている。論文として、(単著)「HFTと相場操縦規制」金融法務事情2095号54~60頁(2018年)等がある。また、著書に、(共著)『金融商品取引法(第5版)』(中央経済社、2014年)等がある。

聞き手

株式会社野村総合研究所 研究理事 金融ITイノベーション事業本部 副本部長
小粥 泰樹

1988年 野村総合研究所入社。システムサイエンス部に配属となり、金融商品評価手法開発、金融機関向け有価証券運用提案などに従事。93年6月よりNRIヨーロッパに赴任しリスク管理のフレームワーク構築に従事。金融ナレッジ研究部長、金融ITイノベーション研究部長等を経て、2011年4月に執行役員就任。15年 NRIホールディングスアメリカ社長を経て18年より現職。

テクノロジーの進化を生かす

小粥:

芳賀先生は、相場操縦規制の研究をされています。その中でもHFT(high-frequency trading)にご関心を持たれています。そのきっかけをお聞かせいただけますか。

芳賀:

近年、証券取引の電子化が進む中で、証券取引のあり方が変わってきました。海外では、HFTというものが勃興して、高速での取引を実現していました。人間が行うよりも早い取引に対してどう規制していくのか、ということに興味を持ったのが始まりです。

HFTに関して、欧州では危機感を持って規制に乗り出しています。一方、文献を調べていくと、意外なほどに米国では規制の導入が進んでいないことが分かりました。そうした違いにも関心を持っています。

小粥:

AIが証券取引においても積極的に使われるようになり、新しい技術を採り込んでよりよい値段をつけるということに関しては、非常にポジティブに捉えています。

一方で、人間が行っていた時代は大丈夫なものでもプログラムにすると問題が生じるものがあり得るのではないかと、感じています。

芳賀:

基本的には、人間が大丈夫なものであればコンピューターがやっても本来は大丈夫なはずです。ただ、予想できない動きをしてくる可能性があり得ます。特にAIでは、ニューラルネットを利用すると、その可能性は高くなります。

小粥:

例えばある金融機関がAIを実装したプログラムで取引をするとして、それが学習機能を持っていることで相場操縦っぽいことを無意識にやってしまうかもしれません。しかし、「それは予測できません」という説明をしたとしても、「AIだから、無理もないね」と許してくれることはないですよね。そのためには、十分なシミュレーションを行い、「テストを行っている」という前提のもとで、それを使う「人間」が責任を負う、という立てつけにする必要があるかと思います。

芳賀:

その通りです。その際、「相場操縦にならないようにプログラムを設計しています」と言っても可能性をゼロにすることはできないので、「監視も、別に行っています」とする必要があります。

私の専門外ですが、自動運転の技術についても、ありとあらゆる想定をされているものの、事故は恐らくゼロにはならないのだと思います。例えば自動運転のプログラムがハッキングされる可能性もあるわけです。その時「やれることはすべて手を尽くしました」と言えるかどうかという問題があります。一方でそうしたリスクがあるのであれば、「やめてしまえばいい」という議論もありえます。HFTについても同様です。

ただし、リスクがあるから取り組まないということはすべきではないと思うのです。テクノロジーは、世の中の良い方向に使っていかないといけません。

小粥:

そこは私も同意します。

技術全般を規制する話は慎重にやらなければいけないと思っています。ただし、AIを用いた取引監視自体のレベルも上がっていかないと、そのことを肯定的に言い切れません。

芳賀:

私はHFTの不公正取引を研究しているので、HFT反対論者と誤解を受けます。

本来あるべき、自由な取引の環境を整えないと日本の経済は世界から取り残されていきます。ですので、HFTもその技術は生かしていくべきだと思っています。

小粥:

私も、今お話を伺うまで反対論者だと思っていました。

芳賀:

個人投資家の方は、米国を舞台にしたHFTの実態を描いた『Flash Boys』(『フラッシュ・ボーイズ』)を読んで、個人投資家が割を食っているではないかと考えているのではないか、と思います。ただ、日本と米国では市場環境が大きく異なるので、基本的にはそのような心配は要らないと思っています。むしろ、取引は自由にやってもらって、テクノロジーを駆使して監視機能を強化していく方向が望ましいと考えています。

HFT業者に登録制を導入し、不正取引を抑制

小粥:

欧州ではHFT行為に規制が入ってきて、少しやりにくくするといいますか、制限する話があります。確かHFT業者は登録制ですよね。

芳賀:

欧州はMiFID IIにより、HFTをアルゴリズム取引の一種と位置付け、登録した投資会社に規制をかけています。

小粥:

「日本では、欧州のように取引を制限する必要はない」というのが先生のご意見ですか?

芳賀:

金融商品取引法は2018年4月に、HFT業者の登録制を導入しました。登録制の導入の可否を検討していた段階では、私は導入しなくても良いのではないかと考えていました。私が恐れたのは、登録制の導入により日本から撤退するHFT業者が増えないかということでした。しかし、杞憂だったようです。

小粥:

先生は、HFTはその意義を感じる人達がやっていて、彼らはそこで収益が出るか出ないかというリスクを取っているわけだから、任せておけばいい、という考えですね。

芳賀:

基本的にはそうです。国が取引に厳重な規制をかけなくてはいけない類型は、かなり限定されます。そうでないと、海外ではできるのに、日本ではできないということになりかねません。チャレンジできる環境は必要なのです。

しかし、登録制に関しては、法政策として実態把握のために必要だという判断は相応の根拠がありますし、現在は登録制導入の判断は正しかったと考えています。

小粥:

登録制が導入された今、登録した結果どうだったかを検証するフェーズに入ったということですね。

芳賀:

登録制を入れたことで、国が国のコストで管理していくことになります。もし登録制でなければ、例えば東証などが自主的に情報提供していく必要がありますが、これはかなりのコストになると思います。登録制を導入したことで、国の責任として、不公正なものがあれば摘発していくという姿勢を示したことになります。

小粥:

新しい技術を追求していくことは、経済全般としては良いことだと捉えています。私には、HFTがレイテンシーを下げていくことに対し「流動性が高くなるから、いいだろう」と信じる気持ちがありました。ただ、それが速くなり過ぎたことで、規制のためのコストが膨大になります。社会経済的な観点から言うと、そこまでコストをかけてチェックしなければいけないほど流動性を高める必要があるのかという疑念が生じます。

ただ、いずれにしても、登録制にしたことによって、抑制効果は期待できると思います。そして、登録制のもとで集まった取引データを分析し、その中に一部でも不公正取引などが見つかった場合、その結果を市場関係者で共有することで、更なる抑制効果が期待できるのではないかと思います。

そうなると、データを集めて分析をしっかりやることがかなり重要になってきますね。

芳賀:

今は、実証データが少ない状況ですので、まずは、登録制をとることで管理ができるようになったのは前進だと思います。

ただ、ダークプールの問題を解決しないと、登録業者のデータだけを分析しても、正しい姿は出てこない可能性があります。これは、相場操縦というよりフロントランニングですとか、広い意味での不公正取引が出てくる可能性がゼロではないからです。

小粥:

登録していない業者も問題になるということですね。

芳賀:

もちろんなります。登録業者には、監督指針などで、適法性を堅持するという期待があります。無登録業者に対しては、一般の行為規制だけですから。

小粥:

それは、証券会社がそういう無登録業者から委受託してはいけないという規制だけでは足りないということですね。

芳賀:

確かに、日本の証券会社は、無登録業者であることを知っていたら取引しないと思います。しかし、うまく成り済ます可能性があります。どこまでそうした危険性が現実にあるのかは、検証しなければならないと思います。

相場操縦へのアラート機能

小粥:

相場操縦を意図していなくても、そうなってしまう可能性もあります。

芳賀:

規制は、摘発が目的ではなく、不正を未然に防止することが本来の目的ですから、疑わしい行為を事前に是正するのが望ましいのですが、HFTは高速なので、是正するタイミングが難しいです。

小粥:

HFTよりもレベルが高くないとできないということですね。

芳賀:

そうです。その中でも監視が一番大変だと思います。

小粥:

証券会社レベルでの監視、取引所レベルでの監視、そして監視委員会レベルでの監視と、それぞれの段階によってやるべき監視のレベルが違うと思います。

芳賀:

監視委員会のレベルが一番高度であることが望ましいと思います。

小粥:

そのコストは一体どこから捻出されるべきものですか。

芳賀:

そこは難しい問題です。市場は、国全体で捉える話だと思います。コスト負担を回避すると、証券取引は海外にすべて委ねることになります。それは、日本の上場企業は海外で上場すればいいということと同じです。最終的に税金を投入しなければならないのかもしれませんが、金融立国を目指すのであれば、避けて通れないと思います。

東証の株価形成が日本経済の一つの指標になっている以上、不公正取引から市場を守らないといけない。そのためには監視と遮断(サーキットブレーカー)のテクノロジーを磨く必要があります。そこへの投資を惜しんではいけないと考えています。

小粥:

規制当局もIT投資が必要になるということですね。

芳賀:

2010年頃、HFTをフェラーリに例えると、規制当局は自転車で追いかけているようなものだ、と言われていました。今はそこまでの差はないと思いますが、規制当局にもフェラーリが必要なのだと思います。

「大学の研究者だからコストを無視したことが言えるのだ」という批判を浴びそうですが、やはりテクノロジーを生かしてゆかないと先はないだろうと思います。

小粥:

非常に大切な点を指摘されていると思います。ゼロ・イチで「これをやると駄目だから、これはやめましょう」ではなくて「双方が両立するように、技術水準を上げましょう」といった話は、一つ上のレベルにいくためには大切な考え方です。

芳賀:

素人なので、例えが悪いかもしれませんが、日本のラグビーがこんなに強くなるなんて、10年以上前には、私を含め、多くの人は想像していなかったと思うのです。費用面だけを強調して、「ワールドカップにチャレンジするのをやめよう。招致するのもやめよう」という選択肢もありえたかもしれません。

小粥:

人知れず頑張った人がいたから今があるわけですね。

芳賀:

おっしゃる通りだと思います。マイナス面だけを見て、やめるのが最大のリスクヘッジになりますが、同時に将来もなくなってしまいます。

小粥:

ところで、日本では、HFTにかかる不公正取引の摘発が極めて少ないというふうに伺いました。

芳賀:

その理由として、3つくらいの仮説が成り立つと思います。

1つは、日本の規制手段が限定的であるため、HFTによる不公正取引の摘発が難しいという仮説です。

2つ目は、日本は、市場が分裂していませんし、東証から個人投資家にもHFTにも同じように市場情報が提供されるので、不公正取引が困難であるという仮説です。

3番目は、HFTの不公正取引を技術的に追跡できていないという仮説です。

小粥:

3番目については、可能性としては「ある」ということですね。

芳賀:

研究者としては疑わないといけないので、「絶対大丈夫です」とは言えません。

今までは、十分な検証が困難でした。しかし、登録制にしたことによって動向の把握が可能となり、データが開示されれば、検証は可能になるだろうと思っています。

小粥:

検証することで安心感が増し、マーケットに良いフィードバックができるということですね。

芳賀:

御社のように技術と経験がある会社には是非そこを調べて対応していただけるとありがたいと思います。

小粥:

実はDSB情報システムが東大との共同研究でAIを用いて市場の異常を検知する仕組みをつくったので、先日その検証用データを見せてもらいました。確かに怪しい動きが存在しました。

ただし、現時点ではHFTによる不公正取引の疑いのある取引を見つけるのは大変難しいようです。事後的であってもマイクロ秒の世界で行われているので。しかし、AIの技術を用いて大量の市場データを学習させることにより監視機能を充実させ、怪しい動きを見つけることができるようになったということでした。

そうしたリアルな市場データを広く提供していくことも不公正取引を抑制する方法の一つかもしれないです。

芳賀:

そうですね。規制当局も監視に相当な努力をしていると思いますが、民間から監視の技術が提供されることで、検知手法が下支えされていくのだと思います。

日本の市場に適合した技術を日本の会社が提供していくということはとても大事なことだと思います。

小粥:

私は、最近あまりにも金融業界全般の付加価値が薄くなってきて、金融が社会に対して貢献できている度合いが減ってきているのではと感じています。

HFTも流動性を高めることでマージンが薄くなっているところを無理やりひねり出しているように見えるところがありました。なので、付加価値論、要するに、最終的な便益者にとって金融がどのような付加価値を提供できているかという観点で見たときに、少し冷めた目で見ていたところがあります。

しかし今回、先生とお話する機会をいただいて、HFTを違う視点で見る機会を頂いた気がします。本日はありがとうございました。

(文中敬称略)

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