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デジタル社会を超えた豊かさの探索

2023/07/25

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現代社会はパラダイムシフトの真っただ中にある。農業革命、産業革命、情報革命という3度の大き な変革を経て、いま、世界は次の豊かさをもたらす新たな社会を生み出そうとしている。
豊かさとは何か。20世紀に開発されたGDP(国内総生産)という指標は生産活動の量を計測し、国の経済力や発展度合い、国民の福祉の高さを評価することで豊かさを可視化した。一方で GDPは真の豊かさ、すなわちウェルビーイングを計測できていないとの指摘がある。そこでNRIは、実数的存在であるGDPに加えて、虚数を示す「i 」を導入することで、次の豊かさの表現を試みた1
この背景にあるのはサステナビリティの潮流とデジタル化の進展である。限られた資源の消費による物質的豊かさの追求で実現する成長ではなく、環境との共生による持続可能な社会の実現を目指し、消費者や企業活動の価値観を精神的豊かさの追求へと変容させていくことである。ここでの既存の製造・サービス・消費の構造変化は、インターネットやビッグデータをはじめとするデジタル技術の進展に支えられた2
産業革命以降重視されてきた効率化に加えて、情報革命は最適化という価値観を付け加えた。デジタル・プラットフォームは取引の圧倒的な効率化を実現し、生産活動を急速に加速させただけでなく、最適化を通じて消費者の利便性や満足度を高めた。自然や人間の活動を可視化するフットプリントの概念は資源配分の最適化を促し、サプライチェーンマネジメントによって世界の再生可能な発展を実現していこうとしている。
私たちは、この次の時代を捉え、さらなる豊かさにむけた貢献をしていきたいと考えている。自然科学、人文科学の概念を越えたリベラルアーツの観点から考えるべく、学術界、産業界の有識者の協力を得て議論を重ね、「デジタル社会の次」なる世界を捉えようとしている。

ひとつの仮説であるが、大きな潮流として見えてきたものは、「再生(Regenerative)」もしくはより包括的な表現としての「生成(Generative)」と、その結果として生まれる複数形の「実在(Realities)」の世界観である。再生(Regenerative)とは、社会を持続可能に維持することを超え、豊かな暮らしを改めて定義し創出する再生の時代への変化である。複数形の実在(Realities)とは、デジタル技術が社会をよりよくする手段を超え、デジタルそのものが自然に実在して捉えられる時代への変化である。米国 の建築家である William McDonough は、“社会をこれ以上悪くしないのではなくより良くしていかなければならない”と言った3。サステナブル(持続可能)の次に問われるのはリジェネラティブ(再生)ではないか。それは自然環境の再生に限らず、ヒトそのものの能力や価値観に対する再生でもあり、ヒトとヒト、また社会インフラとの関係が築く地域社会の再生でもある。
その価値観の変容を実現する技術革新が、複数形の実在(Realities)を生み出せるデジタル技術である。それは有限な現実の生産活動を無制限なバーチャルへと拡張する。人、モノ、サービスの機能がそれぞれコンポーネントとしてサイバーとリアルの一体化した空間にあり、その機能を組み合わせて、新たなサービスやビジネスを作ることである。デジタルネイチャー(計算機自然)として言及される世界観でもある4。ここから、現実世界の有限性という前提をデジタル技術で書き換えることで、物質面に囚われた豊かさを、精神面の豊かさ「i 」を問う形へと変容していけると考えている。かつて荘子は胡蝶の夢5のなかで、本質は変わらないものが違うものに見えることを説いた。新実在論を提唱するマルクス・ガブリエルは、無数の「意味の場」が存在することを論じている6。デジタルが非現実であることはただの見せかけで、現実とバーチャルはともに実在するものになる。その技術革新が、次の時代を切り拓く。
デジタル社会の次の時代の「豊かさ」とはなにか。産業社会は生産者余剰(実数)を、デジタル社会は「i 」で示される消費者余剰(虚数)を拡大させてきた。そうするとデジタル社会の次の時代の豊かさとは、実数と虚数をあわせた複素数「a+bi 」的なものということになる。
それはどうやら、生きるうえでの希望であり、喜びを得る共感であり、新しい文化を生み出す創造であるようだ。それは社会における利他を通じてもたらされるかもしれないし、なにかとの出会いが生み出す新しい変容の瞬間に生まれるものかもしれない。これを捉えて測ることができれば、デジタル社会の次の時代の成長を然るべき方向へと先導していくことができるはずである。
それがまだ何なのかを明言することはできないが、少なくともこれまでのデジタル技術が進めてきた生産・消費活動を効率化・最適化するDXではたどり着けない領域である。おそらく再生もしくは生成・創造といった要素によって実現するものであり、そこで主役になるAIやXRなどの技術が「複数形の実在(Realities)」を生み出すというのが、仮説のひとつである。

その変容を示唆する萌芽的な動きは見えてきつつある。オランダのワーヘニンゲン大学では「ピクセルクロッピング」という農法の研究を行っている7。耕作において多種多様な品種を同一の圃場に高い密度で配置することであるが、収量増加、再利用効率、害虫や病原体への対抗、雑草の抑制等に効果があるという。農業においては効率性の追求により単一品種の大規模栽培が一般的であるが、肥料や農薬、灌漑の観点で持続性可能性への課題を生じさせている。自然に近い多種多様な状況をあえて人為的につくることで、再生力/生成力を高めているのである。
新技術によって有限性の壁を壊すことで、人間や企業そして社会の生成力あるいは想像/創造力を大きく解放する試みも進むだろう。サイバネティックアバターとして提示される身体拡張の世界8では、脳科学にて脳と機械を接続するブレインマシンインターフェース (BMI)の研究がある。英国の人類学者ロビン・ダンバーは、人間が安定的な社会関係を維持できる人数には限りがある(注:100~250人の間とされ、ダンバー数と呼ばれている)と主張9したが、BMIを通じた意識の拡張は、その人数の壁を壊すことを目指している。またVR(仮想現実)の分野では、自分とは異なる性別や人種、また境遇の違い(例:ホームレス)を体験することで、人間の共感力や想像/創造力を高めるような研究も進んでいる。

このDXの次の時代には、「関係性」をいかに捉えるかが重要な論点になるのではないか。 ヒトと自然の関係性、すなわち環境やインフラとの共生のあり方が、どう変化していくか。 ヒトと機械の関係性、すなわち身体・精神拡張への受容のあり方が、どう変化していくか。 ヒトと社会の関係性、すなわちコミュニティの形成のあり方が、どう変化していくか。 ヒトと企業の関係性、すなわち雇用や産業・企業のあり方が、どう変化していくか。 それぞれの関係性をよりよいものにすることで、豊かさ、すなわち希望、共感、創造を生み出すことに繋がっていく。社会関係資本の対象を、ヒト同士に限らず広く捉えることで、新たな豊かさを捉えることにアプローチしていく。希少な資源の獲得を争うのではなく、豊かさの創出を競う。これからの市場原理は、競争という言葉のなかの「争う」から「競う」によってもたらされるものになるべきだと考える。

産業界に求められるのは、この豊かさを創出する関係性の構築ではないか。いま、ビジネスではいわゆるアテンション・エコノミーが席巻している。情報化社会のなかで人々の「注意」を集める(pay attention)ことで経済的価値を生むモデルである。そのシステムは認知をかすめ取る広告ビジネスであり、人々の有限な可処分時間の取り合いで成立している。ここに豊かさは創造されているだろうか。
アテンション・エコノミーの次に来るべきなのはリスペクト・エコノミーである。人々の「敬意」を集める(pay respect)ことで経済が回るシステムが、関係性を資本として豊かさを生み出すモデルとなる。GitHubのエンジニアコミュニティでは良いプログラムを作り公開することでさらに良いものを生み出していく。シビックテックでは市民が協働してデータを集め伝えることで地域課題の解決に動いていく。リスペクト・エコノミーでは自分自身に敬意を表する行為も増えていく。ご褒美消費と呼ばれるような行為や、自己肯定感、自己効力感を高めるような投資が進むだろう。
ここでは、金銭的な豊かさで測れない新しいものが生成され評価される。そこには資本が集まり文化の創造につながる。ヒト、自然、機械、社会、企業、それぞれのステークホルダー間で関係性が生み出され、統合されていく。
リスペクトを担保する基盤として注目されるのはライフサイクルマネジメントである。関係性の根底にあるのは信頼性であり、それを実現する技術の1つがトレーサビリティである。フットプリントの要求は自然資産から工業資産へと広がってきた。建築分野のBIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)では部材と建物の関係を紐づけている。部材がどこから来て、誰が関与し、解体されたらどこへ還るのかを明らかにする。消費と再生をマクロなスケールで紐付けるライフサイクル評価を、信頼できるネットワークを関係者間で実現する10ことによって、経済活動を再生的なものへと促していくことができる。経済活動を通じて人々のつながり、社会、生態系、経済システムを再生しようとする取り組み行う企業をRegenerative company11と称し、経済的価値のみを資本と捉えない動きがある。そこでは、「複数形の実在」を生み出すデジタル技術が重要になるだろう。

社会関係を資本として捉えることができるようになれば、企業経営の前提となる資本主義のあり方、企業の姿の変容も考えられる。貨幣を蓄積する資本家のみでなく、リスペクトを蓄積する資本家という概念もでてくるだろう。リスペクトを基にした企業とステークホルダーとの関係も構築されるべきである。「a+bi 」で示される関係性によって生じる新しい契約、資本の関係を示していくことができないか。

これは未来を洞察した仮説のひとつである。デジタル社会の次に来るのはどのような社会か、それを豊かなものにするにはどうすればよいか、近い課題意識をお持ちの方がいれば、ぜひ一緒に議論させていただきたい。

  • 1  

    i 」で示すものは、物質的な豊かさではない精神的豊かさであり、例えば消費者余剰はその一部分として計測可能である。
    野村総合研究所 「GDPプラスアイ(GDP+i )-デジタル時代の新経済指標案-」
    https://www.nri.com/jp/knowledge/report/lst/2023/souhatsu/0407, 2023年7月アクセス)

  • 2  

    近年のD2Cサービスの拡大、CXの要求の高まりはビジネスのバリューチェーンと市場の構造を変えつつある。

  • 3  

    William McDonough 「Being Less Bad is Not Being Good」
    https://ecorner.stanford.edu/videos/being-less-bad-is-not-being-good, 2023年7月アクセス)

  • 4  

    落合陽一 『魔法の世紀』(PLANETS, 2015)

  • 5  

    莊子 「蝶になる夢を見たが、人として蝶の夢を見たのか、蝶として人の夢を見たのかわからない」

  • 6  

    マルクス・ガブリエル 『なぜ世界は存在しないのか』 (講談社, 2018)

  • 7  

    Lenora Ditzler and Clemens Driessen “Automating Agroecology : How to Design a Farming Robot Without a Monocultural Mindset? “
    (Journal of Agricultural and Environmental Ethics (2022), Volume: 35, Issue: 1)

  • 8  

    内閣府 「ムーンショット型研究開発制度」
    https://www8.cao.go.jp/cstp/moonshot/sub1.html, 2023年7月アクセス)

  • 9  

    Robin I. M. Dunbar, How Many Friends Does One Person Need? (Faber & Faber, 2010)

  • 10  

    サーキュラーエコノミーの要諦である産業共生(Industrial symbiosis)の考え方と接続する。

  • 11  

    WIRED, VOL.49(Condé Nast Japan, 2023)

執筆者情報

  • 森 健

    未来創発センター

    デジタル社会研究室 室長

  • 熊切 浩明

    未来創発センター 戦略企画室

  • 柳沢 樹里

    経営コンサルティング部

    グループマネージャー

  • 岸 浩稔

    ICT・コンテンツ産業コンサルティング部

  • 清水 悠花

    経営コンサルティング部

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