株式会社野村総合研究所(以下「NRI」)は、2025年12月23日、「日本における家計の決済行動に関するアンケート結果とCBDC最適流通量の分析」(以下「本研究」)を公表しました。本研究は2024年3月に開始し、マクロ経済学および金融政策を主な専門分野とする砂川武貴氏(一橋大学大学院経済学研究科 教授)と共同で行われました1。本研究では、日本の家計の決済行動を明らかにしつつ、そこで得られた知見を基に、日本で中央銀行デジタル通貨(CBDC)が導入された場合に、家計や企業にとって最も望ましいCBDCの流通量を明らかにしました。

CBDCの導入が金融仲介機能に与える影響

CBDCの導入については、日本を含む多くの国や地域で検討が進められています。CBDCの導入は、デジタル社会における重要な社会インフラになりうるとの期待がある一方で、家計や企業の決済行動や資産選択を変化させ、現在の銀行を中心とする決済システムに多大な影響を与える可能性があります。そのため、CBDCの制度設計では、既存の金融仲介機能を維持するという観点で、CBDCの流通量をある程度コントロールすることが必要なのではないか、という議論が行われています。こうした中で、CBDCの導入に関する検討が進むユーロ圏では、CBDCの最適な流通量を明らかにするための学術的な分析が行われています。本研究では、ユーロ圏における先行研究の分析手法を援用し、日本におけるCBDCの最適な流通量を試算しました。

日本におけるCBDCの最適な流通量は135.8兆円と試算

本研究でのCBDCの最適な流通量とは、CBDCが導入された場合のメリットとデメリットを考慮したうえで、家計や企業にとって最も望ましい状態を達成するCBDCの流通量を意味します。メリットは、CBDCが発行されることで経済全体のお金の量が増え、家計はより多くの資産を保有することができること、デメリットは家計が銀行預金からCBDCに資産を移すために銀行の金融仲介機能が低下し、企業や家計の借入れが難しくなることがあげられます。
最適流通量の試算に際しては、2000年から2023年までの日本の四半期データを用いています。また、本研究独自の取り組みとして、NRIが2024年3月に個人を対象に実施したアンケートにおいて、家計が現時点でどの程度の現金や銀行預金をCBDCに移したいと考えているか聴取した結果2を、潜在的なCBDC需要として加味しました。
その結果、本研究では名目GDPの23%3がCBDCの最適流通量と試算されました。2023年のGDP実績値を用いて金額換算すると135.8兆円となり、家計が保有する預金残高の13.4%に相当します。ただし、これはCBDCに金利を付けない場合の試算結果であり、モデル4の違いによって最適な金利とCBDC流通量の試算結果は大きく異なります(下図参照)。

(図)最適なCBDCの流通量と金利

(図)最適なCBDCの流通量と金利

本研究で得た推計結果は、先行研究におけるユーロ圏の推計結果5と比較すると、大きいといえます。こうした違いの背景としては、日本における家計の現金に対する選好が高いことなどが挙げられます。現金への選好が強いほど、預金やCBDCを含む決済性資産全体への需要が高まり、その結果としてCBDCの需要も拡大すると考えられます。

CBDCの最適流通量については、金融環境の変化を加味して分析を継続する必要がある

日本のデータを用いて最適流通量を可視化した本研究は、国内の先行研究では類を見ない試みであり、日本のCBDC導入に関する制度設計の議論に貢献しうると考えます。もっとも、日本においても、長らく続いた低金利環境から脱却し、金利のある世界が戻りつつある中で、家計の資産選択行動も変化していくことが予想されます。また、家計の金融・デジタルリテラシーの向上や、店舗・企業のデジタル化の進展も、決済手段の選択に影響を与える可能性が高いと考えられます。CBDCの制度設計に際しては、こうした金融環境・社会情勢の変化を加味しながら分析を継続し、タイムリーに政策や制度設計に反映していくことが有用です。NRIでは、今後も本分野に関する研究を継続していきます。

詳細レポートはこちらからご覧ください。

日本語論文はこちら
https://www.nri.com/jp/knowledge/report/20251223_1.html

英語論文はこちら
https://www.nri.com/en/knowledge/report/20251223_1.html

 

  • 1 「野村総合研究所、日本における中央銀行デジタル通貨(CBDC)の最適流通量の研究を開始」:
    https://www.nri.com/jp/news/info/20240318_1.html
  • 2 アンケート調査では、CBDCが導入された場合に、家計は、保有している現金の平均15.6%、預金の平均12.7%をそれぞれCBDCに切り替える意向を有しているという結果を得ました。
  • 3 論文では、四半期GDP比92%として推計結果を得ています。詳しくは論文をご覧ください。
  • 4 論文では、先行研究にならい、中央銀行が流通量を決めるモデル(図中:モデル1、論文では流通量ルール)と中央銀行がCBDCに付与する金利を決めるモデル(図中:モデル2、論文では金利ルール)を扱いました。詳細は論文をご覧ください。
  • 5 先行研究では、ユーロ圏におけるCBDCの最適流通量は、CBDCの金利が0%であった場合、四半期GDP比64%との推計結果が示されました。年間の名目GDP比では16%に換算され、日本における推計結果(23%)の方が大きいといえます。