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NRI トップ NRI JOURNAL 木内登英の経済の潮流――「円安と世界経済の鍵を握る米国金融引き締め策の転換点を探る」

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木内登英の経済の潮流――「円安と世界経済の鍵を握る米国金融引き締め策の転換点を探る」

金融ITイノベーション事業本部  エグゼクティブ・エコノミスト  木内 登英

#木内 登英

#時事解説

2022/06/10

3月以降、為替市場はにわかに円安ドル高の傾向を強め、足元では20年ぶりの円安水準となっています。円安進行の最大の原動力となっているのは、米国での急速な金融引き締め観測とそれを反映した米国の長期金利の上昇です。米国の金融引き締め策がこの先、いつ、その ペースを緩めていくのかは、今後の円安の動向、そして世界経済の動向をも大きく左右するのではないかと思います。

米国では金融引き締めペースが加速

物価高騰に対応するため、米国の中央銀行であるFRB(米連邦準備制度理事会)は、3月に開かれた金融政策を決めるFOMC(米連邦公開市場委員会)で、2018年以来初めてとなる利上げ(政策金利引き上げ)の実施に踏み切りました。その際の利上げ幅は0.25%でしたが、次の5月のFOMCでは、2000年以来となる0.5%幅での利上げを実施しました。
従来のように0.25%幅の利上げでは、40年ぶりの高い物価上昇率に政策対応が追い付かず、物価上昇率を抑え込むことに失敗してしまう、という不安がFRB内に高まったためと考えられます。こうした利上げペースの加速が、日米金利差拡大の見方を為替市場で強め、円安進行のきっかけとなりました。

5月に続き、6月及び7月のFOMCでも、3回連続で0.5%幅での利上げが実施される可能性をFRBは市場に伝えており、それが金融市場では強いコンセンサス(平均的な見方)となっています。
それ以降のFOMCの見通しについては、金融市場の見方はまだ固まっていませんが、7月の次となる9月のFOMCでは、0.25%幅の利上げが現状では市場に織り込まれています。しかし、米国経済の堅調と高い物価上昇率が続けば、9月のFOMCでも0.5%幅の利上げが実施されるとの見方が、今後金融市場で強まる可能性があります。あるいは9月までの間に開かれるFOMCで、0.75%というより大きな幅での利上げが実施される、との観測が浮上する可能性も残されています。

こうした点から、金融市場ではまだFRBの金融引き締めペースが予想よりも速まる、との観測が高まる余地が残されているのです。それは、米国の長期金利を一段と上昇させ、さらなる円安ドル高をもたらすことになるでしょう。1ドル140円までの円安進行も覚悟しておく必要があるかもしれません。

9月のFOMCに注目が集まる

しかし、FRBの金融引き締めペースが予想よりも速くなる局面が、この先ずっと続く訳ではありません。そうした中、9月のFOMCが米国金融政策の転換点になるのではないか、との見方が金融市場に浮上してきました。
FRB内で金融政策を担うFOMC参加者は、できるだけ早期に政策金利を経済活動に中立となる 水準まで引き上げることを優先する姿勢で一致しているのが現状です。金融緩和状態を早く解消して、物価高騰への政策対応が後れを取る ことがないようにしたい、との考えです。中立水準までは、いわば目をつぶって 利上げを進めている状況ではないかと思います。
そうした政策姿勢は、FOMC参加者であるセントルイス地区連銀のブラード総裁の5月末の発言にも表れています。同氏は、経済に何が起きようとも、自身が中立金利とみなす2%に政策金利が到達することが重要だ、と語っています。また、インフレを抑制し、10年間に及ぶ長期的な問題を抱え込まないで済むよう、金利をできるだけ早く引き上げたい、としています。

一方ここにきて、9月のFOMCが金融引き締め策の転換点になりえるとも見方も、FOMC参加者から聞かれるようになってきた点が注目されます。
クリーブランド地区連銀のメスター総裁は6月初めの講演で、「9月のFOMCまでに、物価統計でインフレ率の低下傾向を裏付ける有力な証拠が得られれば、利上げペースは鈍る可能性がある」と指摘しました。
また5月下旬に、アトランタ地区連銀のボスティック総裁は、「私の基本的な考えは、9月に利上げを停止することが理にかなうかもしれない、というものだ」と語っています。

政策金利2%台前半が大きな節目に

なぜ9月のFOMCが、金融引き締めのペースが鈍化する、場合によっては金融引き締めが休止される、重要な転換点になり得るか、というと、それが、政策金利が中立水準辺りに達するタイミングだからです。
FOMC参加者の間では、2%台前半程度 が経済活動に中立的な政策金利の水準、との考えが概ね共有されています。そして、9月のFOMCには政策金利が2.0%~2.25%、あるいは2.25%~2.5%と中立水準近辺に達する見通しです。
そうなれば、FRBは一度立ち止まって経済、物価、金融市場の動向を改めて点検し、先行きの政策をじっくりと考えるようになるでしょう。そして、金融引き締めペースを緩めるなど、姿勢を修正する考えに至れば、それを金融市場に伝えるでしょう。その結果、米国の長期金利の上昇は止まり、円安進行にも歯止めがかかる可能性が考えられるのです。
政策金利が2.25%~2.5%の水準まで達することには、もう一つ重要な意味があります。この水準は、前回の金融引き締め局面で、2018年に政策金利がつけたピークの水準なのです。
その後、新型コロナウイルス問題やウクライナ問題などの大きなイベントが生じ、物価の上昇率は当時よりもかなり高くなっています。しかし、高い物価上昇率は一時的であり、経済の構造が基本的に変わっていないのであれば、政策金利がこの水準に達すれば、前回同様に経済活動にブレーキが掛かり始める可能性が予想されます。
この意味からも、政策金利の2.25%~2.5%という水準は金融政策の節目となり、FRBが9月のFOMCで政策姿勢の修正を示唆して、それが金融市場に大きな影響を与える可能性があります。

米国経済のハードランディングは回避できるか?

40年ぶりの高い物価上昇率に直面して、FRBは40年ぶりとも言えるような急速な金融引き締めで対応しようとしています。前回の利上げ局面では、利上げ開始から1年間の利上げ幅の合計が0.5%でしたが、今回はその6倍以上に達する可能性があるのです。
米国経済の成長力は40年前と比べればだいぶ低下していると思われる中、これほど急速に金融引き締めを実施すれば、いずれは米国経済をかなり悪化させ、景気後退(リセッション)を引き起こしてしまう可能性も十分にあるのではないでしょうか。
現状では、2023年の米国経済は、急速な金融引き締めによって減速するものの失速までには至らない、というグロース(成長)・リセッションとの見方が多く支持されています。
しかし、今秋以降も急速な金融引き締めペースが続き、政策金利が前回の金融引き締め局面のピークを大幅に上回る水準まで短期間で引き上げられれば、金融引き締めが行き過ぎて、米国経済を想定以上に悪化させてしまう、いわゆるオーバーキルのリスクが高まるでしょう。その場合、2023年の米国経済はグロース・リセッションにとどまるソフトランディング(軟着陸)となるのではなく、ハードランディングとなってしまう可能性があるのです。
この点から、金融引き締め政策について今秋にFRBがどのような判断を下すかは、円安の動向だけでなく、米国経済、世界経済の先行きをも大きく左右する、重要な節目となる可能性があります。

また、FRBの行き過ぎた金融引き締めによって米国経済がハードランディングに陥れば、金融緩和観測が浮上し、米国長期金利が急速に低下に転じる中、為替市場では、今度は円高ドル安方向へと円が急速に巻き戻される可能性も出てくる点に、注意しておきたいと思います。

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プロフィール

木内登英

エグゼクティブ・エコノミスト

木内 登英

経歴

1987年 野村総合研究所に入社
経済研究部・日本経済調査室に配属され、以降、エコノミストとして職歴を重ねる。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の政策委員会審議委員に就任。5年の任期の後、2017年より現職。
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