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NRI トップ NRI JOURNAL EV時代の価値創出に求められるデータ基盤――1対Nでつながるクルマと人

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EV時代の価値創出に求められるデータ基盤――1対Nでつながるクルマと人

システムコンサルティング事業本部 林 和正

#DX

#イノベーション

#CX

#経営

2023/05/23

現在、欧州や中国の新興EVメーカーは、業界のゲームチェンジを狙ってEV(電気自動車)の開発・普及に大きく舵を切っています。また、技術革新やMaaS(モビリティ・アズ・サービス)の登場によって、クルマの使い方の選択肢が広がり、人々のクルマを所有することへ考え方も変わってきています。日本の伝統的な自動車メーカー がこうしたEVシフトや消費者の考え方の変化に対応するためには、クルマと人のデータ基盤を分離させて活用する考え方が重要だとNRIの林和正は考えています。

売り切り型からLTV軸で稼ぐモデルへ

これまで、伝統的な完成車メーカーは、新車販売数、つまり「いかにクルマを沢山売れるか」を追い求めてきました。裏を返せば、バリューチェーンのゴールは新車販売という一点に集約され、一度クルマが顧客の手にわたったら、所有者が変わっても、カーシェアなどに使われても、メーカーの関知するところではありませんでした。

こうした「売り切り型」のビジネスモデルに衝撃を与えたのが、EV(電気自動車)です。EVは大容量の電池を載せています。通常、蓄えられた電力は走行に使われますが、EVの外にある電化製品に対して給電を行うこともできます。つまり、EV自体が電力の供給者として、売買による対価を得ることも出来るのです。さらに、大容量の電池資源は、クルマの動力源としての役割を終えた後も、リサイクル資源として再生利用できます。
このように、EVはガソリン車に比べて、移動手段としての目的を超える活用が見込める商材です。これを念頭に、米・テスラなどの新興EVメーカーは、「消費者がEVを通じて得られる経済価値や体験価値を高める」ことを志向してクルマを設計し、インフラの構築に取り組んでいます。

具体的には、OTA(Over The Air)でクルマの機能をアップデートし、その対価をサブスクモデルでユーザーに支払ってもらうなど、クルマを販売した後のLTV全体で収益を向上させています。彼らにとっての重要な経営指標は、売った後の消費者の経済価値・体験価値の向上や、自社のLTV(Life Time Value)の最大化なのです。つまり、EVと従来のガソリン車との違いは、パワートレインの違いだけでなく、企業のビジネスモデルの違いにまで派生します。

歴史を振り返ると、江戸時代には馬が重要な移動手段であり、国内で飼われる馬の数は100万頭を数えました。その後、ガソリン車にその座を奪われた馬は7万頭に減少。現在は趣味で楽しむ広義のモビリティとなっています。移動の高速化と効率化を実現したガソリン車も馬と同様、EVシフトの波とともに淘汰されていく可能性があります。

共通課題はクルマと人が1対1でつながるデータ基盤

伝統的な自動車メーカーも、手をこまねいているわけではありません。EVシフトに対応するため、事業構造の変革に乗り出しています。例えば、ドイツのフォルクスワーゲンはソフトウェア志向のモビリティプロバイダーへと転換しようと、既存の乗用車事業をEVとデジタルを中軸とするニューモビリティ部門に再編し、グループのデジタルサービスを単一プラットフォームに統合して顧客体験の統一化とLTVの最大化をめざしています。

伝統的なメーカーがそうした価値創造を目指す際には、システムやデータの観点で共通の課題に直面すると考えています。というのも、売り切りモデルを前提とし、クルマはあくまでも買ってくれる人のためにあるという発想の下で、クルマと購入者(所有者)を1対1で結び付けたシステムやデータ基盤をつくってきたからです。

クルマは大切に乗れば20~30年間使い続けられる息の長いプロダクトです。最初の購入者が手放した後には中古車として市場で流通し、所有者が次々と変わっていきます。さらに利用の観点では、購入者だけでなく、その家族や友人など多岐にわたります。自動運転技術が今後発展し、ライドシェアやカーシェアがより普及すれば、プロダクトと利用者のつながりはさらに複雑化します。1つのプロダクトに対して複数の利用者が存在し、さらに間接的な利用者も考慮に入れるとなれば、従来の1対1のシステム基盤では車の利用実態や顧客体験を捕捉しきれず、データ分析やその後の付加価値サービスの開発が難航することも予想できます。

ヒントは不動産業界のシステムアーキテクチャー

そこで伝統的なメーカーに提案したいのが、利用者単位で顧客を管理するのと同時に、クルマ単位で顧客を管理できるデータ基盤を新たに構築することです。N対N型データ基盤の例として参考になるのが不動産業界です。同業界では、賃貸物件と、その所有者や借り手を明確に分けて、それぞれでデータを管理しています。それと同じ要領でデータ基盤を分離すれば、所有者のクルマの使い方や関わり方についてデータを管理したり、クルマを多様な利用者につなげたりするなど、データ基盤の拡張性が高まります。

今後はコネクティッドインフラの普及により自動車メーカー単独では使いきれないほど膨大なデータが取得可能になるため、クルマ関連のデータの民主化やオープン化が進むことも予想されます。基礎技術や新しいビジネスモデルで先行する新興EV企業に対抗するためには、外部との連携も視野に入れて、柔軟に拡張できるデータ基盤を整備していく必要があります。

半世紀以上にわたる売り切りビジネスを前提にしたシステムを変えるのは一筋縄ではいきません。しがらみのない新領域のほうが着手しやすいため、既存システムに手を加えて再構築するよりも、新プロダクトとオンライン経由のD2C(直販)モデルを活用しながら、EV専用のデータ基盤を新たに構築することも選択肢に入れるべきだと思います。クルマがもたらす価値が集約され、クルマを所有する消費者もクルマから得られる経済的価値を享受できるようなデータ基盤の整備が重要となると考えています。

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