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日本の中央銀行デジタル通貨の展望、個人にとっての「3つの利用例」

金融デジタルビジネスリサーチ部 井上 哲也、石川 純子

#井上 哲也

#銀行・信託銀行

2023/07/06

野村総合研究所(NRI)は2020年度から「通貨と銀行の将来を考える研究会」を開催し、日本における中央銀行デジタル通貨(以下「CBDC」)のあり方について議論を続けています。2022年度は具体的なイメージを明確にする観点から、個人による資金の受払について3つの利用例を想定し、日本に固有の特性を加味しつつ検討を進めました。中央銀行デジタル通貨が導入された場合、どのような利用例が考えられるのか。その実現に必要なインフラやサービスは何か。本テーマに詳しい金融デジタルビジネスリサーチ部の井上 哲也、石川 純子に聞きました。

少額でも「キャッシュレス支払」が浸透

個人によるCBDCを用いた資金の受払には、3つの利用例が想定されます。1つめは、個人による企業への資金の支払(CtoB:Consumer to Business)です。実店舗やECサイトで買い物をしたり、公共料金や家賃の支払をする場面が該当します。こうした場面でのキャッシュレス支払は徐々に拡大しており、クレジットカードや電子マネーに加えて、デビットカードや、スマホアプリ(QRコード)の利用も拡大しています。現金決済のニーズも依然としてあるものの、定期的な支払の手段としては停滞。また、口座振替で支払っていたものを、ポイントが獲得できる他のキャッシュレス支払に変更する動きもうかがわれます。実際、金融機関の間では、預金の受払に対して手数料をかける動きが広まりつつあります。

近年では実店舗で高額商品を購入する時だけでなく、ECサイトでの少額支払や公共料金などの定期的な支払にクレジットカードを使うケースも増えています。一方で、若年層や主婦層などによるキャッシュレス支払の拡大に伴って、与信を伴わない支払手段へのニーズもますます増加しています。2023年4月からは、○○ペイのように預金口座以外の受け皿に給与を支払う給与デジタル払いも解禁されました。これに対し、現金利用のコストは利用者と事業者の双方で上昇しており、CtoBにおけるキャッシュレス支払のさらなる追い風になると考えられます。

将来、CBDCが導入された場合に安い手数料で使えるようになれば、利用者が現金を代替する動きはますます加速していくでしょう。一方で、中央銀行自身が低コストを武器に支払サービスまで手掛けることは、民間事業者の収益性を圧迫するだけでなく、イノベーションを阻害する恐れがあります。既存のインフラを有効活用する観点も含めて、官民の関係者がそれぞれのメリットを発揮しうるバランスのよいエコシステムの構築が求められます。同時にこうした役割分担によって、個人情報の保護と取引情報の利用を両立させるため、中央銀行と仲介機関のそれぞれが管理すべき情報の範囲を明確化する必要があります。

「書面納付派」が依然として3分の1を占める理由とは

2つめの利用例は、個人や企業による国や地方自治体との資金の受払(C/BtoG:Consumer/Business to Government)です。税金や年金保険料を支払ったり、補助金や給付金を受け取ったりする場面が該当します。支払・受取ともに年金関連をはじめとする小口の支払が大半を占める一方で、公共事業費のように大口支払も重要な位置を占めています。

日本でも国との資金の受払におけるキャッシュレス化は着実に拡大してきました。それでも、個人や企業による支払件数の3分の1を占める書面処理のような非効率性が残っています。キャッシュレス納付の利用が可能なのに、書面納付を選んでいる納付者が少なくないのが実情です。研究会では、利用者への情報提供に課題があるためではないかという意見が上がりました。どの税金にどの納付方法が対応していて、事前手続きを含めてどう使えば良いかわからないから、書面納付で済ませてしまうということです。

地方自治体との資金の受払には別の非効率性も指摘されました。例えば、複数の地域に事業所を有する企業にとっては、ある自治体に税金を支払ったあと、別の自治体にはまた違うフォーマットで情報を整理し直さないと税金が支払えないという問題があります。改善策として2019年10月から、異なる自治体でも一括して納税できる地方税共通納税システム(eLTAX)が稼働し、順次、対象が拡大していく見込みです。2021年5月には東京国税局管内の地方公共団体と地方税共同機構がキャッシュレス納付の普及を共同で進める方針を表明しています。

政府や金融機関にとっては、事務手続きの効率化も大きな課題です。資金の受払はデジタル化しても、受払の相手の特定や認証の効率化は十分に進んでいるとは言えません。災害時やコロナ対応で支援金を支払うのに膨大な時間やコストがかかる点に対しては、受取人の適切な保護が重要になることも含めて、こうした課題の克服が重要となります。さらに、国や地方自治体との資金の受払では、異例なケースや特例扱いへの対応の必要性も事務負担の増加に拍車をかけているとみられます。

公金の受払は法律・制度によって規定される面も多く、効率性だけを目的に改革を進めることができないほか、納税者情報のように特段の保護が必要な情報の管理にも細心の注意を払わなければならないといった難しい課題があります。とはいえ、現在の仕組みには、政府や金融機関の事務負担を中心に持続可能性に大きな疑問があります。CBDCの利用は、こうした課題を一括して克服する上で有効となる可能性を有しています。

個人送金は「金融機関×ノンバンク」の連携が鍵に

3つめの利用例は、個人による国内外での資金の受払(PtoP:Peer to Peer)です。国内では会食等における割り勘や個人オークション利用時の支払、クロスボーダー(国際間取引)では海外に住む両親・子弟への仕送りや個人輸入の支払が対象となります。個人間の資金の受払は世界全体で約2兆ドルに達し、今後も年率15%~20%で成長が見込まれています。日本も絶対額は大きくないものの、今後に成長が見込まれる領域です。

会食等での割り勘や家族への仕送りといった純粋なPtoPでの場合は、少額な資金の受払が多く、手間が少ないといった効率性や異なる手段でも受払ができるといった相互運用性が重要になります。これに対し、個人オークション利用時のように第三者間での場合は、受払が後日巻き戻されないという意味での完了性や着実に受払が行われる安全性、利用者の保護などが相対的に重要となります。金融機関だけでなく多くのノンバンク事業者が既にサービスを展開する分野であり、政府も資金決済法の規制緩和等を通じて新規参入の活発化やイノベーションの促進を図っています。

これに対して、PtoPの中でもBtoCに近い性格をもつ資金の受払も存在します。具体的には、個人が個人経営の店舗や非営利団体からモノやサービスを購入した場合の資金の支払です。純粋なPtoPと比べて、受払の完了性や安全性が一層重要になります。また、店舗や非営利団体にとっては、受払に必要なコストの抑制、入金までのタイムラグの短縮が必要となるほか、受発注や在庫管理の効率化、相互運用性の向上など、デジタル化による付加機能が活用できればより望ましいことになります。

研究会では、金融機関の個人間送金を利用することの時間やコストの面での課題も指摘されました。こうした問題の解決策として、2022年10月に大手銀行5行が個人間送金サービス「ことら」を開始しました。ことらは低コストの小口決済インフラを活用することで、1件10万円以内の個人間送金サービスを無料で提供しています。また、今後に税公金サービスを導入する方針も公表しています。クロスボーダーでのPtoPの資金の受払では、時間やコストの問題が一層深刻ですが、この分野でも金融機関以外のノンバンク事業者がそれぞれにサービスを提供し始め、利用者にとって低コストで迅速な支払手段の選択肢が増えつつあります。

金融機関とノンバンク事業者は競合相手である一方、うまく連携する余地も少なくありません。例えば、金融機関が蓄積してきた利用者確認のノウハウをノンバンク事業者と共有できれば、金融機関は適切な収益を獲得しつつ、ノンバンク事業者がマネーロンダリング等を有効に防止することも可能です。将来、CBDCが導入された場合に、金融の安定とイノベーションの促進をバランスよく達成する上では、中央銀行と直接取引する仲介機関は強力な規制の下にある金融機関に限定する一方、それ以外の仲介機関は幅広い事業者に開放することも考えられます。

クロスボーダーでの支払には時間やコストの面だけでなく、国家間での取引情報の保護と活用などより難しい課題が山積しています。研究会の次のフェーズの議論では、企業間での資金の受払(BtoB)にも視野を広げつつ、CBDCの導入によってクロスボーダーの資金の受払の課題をどう解決できるのか、さらに議論しながら理解を深める予定です。

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