フリーワード検索


タグ検索

  • 注目キーワード
    業種
    目的・課題
    専門家
    国・地域

NRI トップ NRI JOURNAL デジタルな社会課題解決に資する「データ主権」

NRI JOURNAL

未来へのヒントが見つかるイノベーションマガジン

クラウドの潮流――進化するクラウド・サービスと変化する企業の意識

デジタルな社会課題解決に資する「データ主権」

執行役員 生産革新センター長 小田島 潤

#DX

#情報・通信

#欧州

2023/07/20

ロシアによるウクライナ侵攻や米中対立の激化といった地政学的リスクの高まりもあり、サイバー攻撃によるシステムの停止や個人情報、機密情報の漏洩が後を絶たない。あるセキュリティ製品事業者の調査によると、2022年のサイバー攻撃被害件数は、2021年と比較してグローバルでは38%増、日本でも29%増加したとの報告である。
その一方で、DXの進展によりわれわれの生活におけるITの活用範囲は広がっている。これは、サイバー攻撃者から見ると、脆弱性(セキュリティ上の弱点)すなわち「つけ入る隙」の増大を意味する。

データ主権の重要性と役割

このような状況の中で、就職活動における学生の辞退率情報の採用企業側への提供や、Webサイトの閲覧履歴や個人の属性に応じた望まない広告の表示など、個人情報保護法やプライバシーポリシーへの抵触以前に、消費者が不快感を抱く事案も増加しており、特に消費者側で個人情報を事業者側に「できるだけ渡したくない」という要求が生まれてきている。この延長線上にあるのが「データ主権」、すなわち「データ所有者が自分のデータを制御および管理する権利」である。データ主権を事業者任せにしないために、「自己主権型アイデンティティ」や「分散型アイデンティティ」と呼ばれる仕組みが登場してきており、ブロックチェーンなどの暗号応用技術を駆使してシステムに実装される。また、データ主権は個人情報だけに適用される概念ではない。個人や組織が保有するモノに関する情報に対しても適用できる。
さて、われわれ野村総合研究所(NRI)は、デジタル技術を活用した社会課題解決を「DX3.0」と呼び、2021年度から本格的に取り組んでいる。企業目線で取り組むべき社会課題といえば、脱炭素(カーボンニュートラル)や循環型経済(サーキュラーエコノミー)の実現が大きな2つのテーマであるが、これらにデジタル技術で貢献しようとする場合、データ主権の確立が一つの重要な要件となる。
たとえば、欧州では電気自動車の普及促進と並行して、「欧州電池規則」が2024年から順次施行される予定である。これは、欧州市場に投入される電気自動車などに搭載される電池の、製造から再利用・廃棄に至るライフサイクル全体を規制し、電池の安全性や持続可能性などを確保しようとするものである。この規則の中で、2026年からは個別の電池に対して「電池パスポート」を発行することが求められる。
この電池パスポートには、原材料を採掘した鉱山や原材料の配合比率とともに、製造工程で排出されたCO2などの情報が含まれることになるが、ここで大きなカギを握るのがデータ主権である。電池の製造事業者にとって原材料の組成や比率といった情報は企業機密であり、できれば開示したくない。しかし、リサイクル事業者にとっては、それらの情報が必要となる。
欧州電池規則における電池パスポートのように、さまざまな製品の原材料や来歴を追跡可能とする仕組みは「デジタル製品パスポート」と呼ばれ、脱炭素や循環型社会実現に向けた重要なツールとなり得る。そのシステム実装における中心的な技術要件は、データの真正性確保とデータ主権にほかならない。

企業間データ連携における日本の課題

欧州では、データ主権を担保しつつ企業間のデータ連携を促進することで、第四次産業革命(インダストリー4.0)のさらなる発展を目指す「GAIA-X(ガイアX)」という取り組みが官民一体となって進んでいる。詳細は割愛するが、データの送受信者間で高度な相互認証とデータの使用法に関する事前合意を行った上でデータの交換を行う、企業間データ連携の仕組みである。
各業界別にこのデータ連携基盤は構築される予定であり、GAIA-Xの自動車業界版が「Catena-X(カテナX)」である。その成り立ちから、欧州電池規則の電池パスポートは、Catena-X上に実装されることが自然に想定される。
残念ながら、またしても日本は国際的な規制や標準の策定競争において欧州に後れを取ってしまった感がある。その上、GAIA-XやCatena-Xとその周辺の技術仕様は、多くの専門家の議論を経て策定され、参照実装(ソースコード)も含めて公開されているが、よく考えてつくられている印象である。セキュリティの根幹を成す暗号技術も、その仕様(計算手順など)自体は公開され、多数の著名な研究者による検証を経て国際標準として採択される。欧州のGAIA-Xに対抗して、日本でも独自の企業間データ連携基盤を構築すべきという意見もあるが、その仕様まで独自である必要性は全くない。
欧州市場で一定の存在感を示す自動車メーカーや部品メーカーにとっては、欧州電池規則対応が喫緊の課題である。前述したように、欧州の電池パスポートシステムがCatena-X上に実装される想定である以上、日本独自の企業間データ連携基盤を構築するにしても、GAIA-XやCatena-Xの仕様にある程度準拠することで、欧州との相互認証や相互乗り入れを目指すべきである。日本企業と政府は、その上で企業間のデータを有機的に結合させ、さまざまな社会課題解決に資するアプリケーションの企画・開発にこそ注力すべきであろう。

知的資産創造5月号 MESSAGE

NRIオピニオン 知的資産創造

特集:デジタル変革に対応する能力

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn
NRIジャーナルの更新情報はFacebookページでもお知らせしています

お問い合わせ

株式会社野村総合研究所
コーポレートコミュニケーション部
E-mail: kouhou@nri.co.jp

NRI JOURNAL新着