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「エコロジー的思考」についてあらためて考える

研究理事 小粥 泰樹

#経営

#サステナビリティ

2023/09/20

旅先の古本屋で立花隆氏の『エコロジー的思考のすすめ』という文庫を見つけた。タイトルからして、「知の巨人」と呼ばれた著者が晩年になって環境問題を取り上げたものだろうと思っていたら、なんと、立花氏にとっては処女作ともいえる1971年に書かれた単行本を、1990年に文庫版として改題加筆したものであった。50年以上も前に書かれた本なのである。
ここで「エコロジー的思考のすすめ」とは、自然環境を大事にしましょうという主張のことではない。物事を細分化して目標を単純化する現代の思考パターンが、経済圏や生活圏を巨視的かつ長期的に観る視点を失わせている。そのような認識に基づき、自然の生態系を研究する学問の知見に学びながら、巨視的かつ長期的な視点を復活させようという主張である。公害問題を抱えながら急速に進む当時の経済発展が持続可能性を無視しており、持続可能性を回復するには人々が基本的な考え方を変えなければいけないという問題意識が背景にある。自然を大事にするという考えは、そのような新しい思考パターンから導かれる一つの帰結に過ぎない。

変化するビジネス環境へ、冗長性がもたらす企業の安定性

立花氏の著作が世に出てからだいぶ時間も経過し、自然環境や社会課題についての世間の認識は大きく変わった。現在ではSDGsやESGが広く注目されるようになり、企業としても、統合報告書やCSRレポートなどの情報開示によって事業環境を広く捉えて事業の持続性(サステナビリティ)を説明することが求められるようになっている。このような様子からは、「エコロジー的思考」が大事だという主張はもはや歴史的役割を終えたかに見える。しかし、さまざまな情報開示への要求も結局は企業活動の一面を切り出して報告するに過ぎず、企業側で魂を込めなければ、虚ろな作業が増えるだけに終わってしまう。環境や社会の問題に正面から向き合わざるを得なくなってきた今だからこそ、エコロジー的思考で企業の在りようを再確認してみる意義があると思う。
エコロジー的思考の効用を示すために、そこから導かれる代表的な視点の一つ「冗長性の重要性」に注目してみよう。
自然界では食物連鎖の関係性は複雑に入り組んでおり、特定の生物が絶滅しても複線的な関係があることで系としては安定性が保たれる。
ビジネスの世界でも、コロナ禍で業務上のキーパーソンが感染して業務継続が危うくなったり、自然災害で工場が被災して製造ラインがストップしたりするなど、系の安定性にとって複線化が重要である。しかし事業会社には、収益性を高めるために効率性を追求するプレッシャーが常に働いており、その観点からすると複線化や冗長性はある種の無駄でもある。冗長性の重要性という視点は、企業に対して効率性と脆弱性のトレードオフ関係を浮かび上がらせる。
何か効率化を図ろうとすれば、その裏には必ず何らかの脆弱性のリスクがあるはずだ、そのように意識させてくれるのである。

エコロジー的思考と企業の挑戦

もう一つ、エコロジー的思考から導かれる視点として、「環境適応の範囲と深さのトレードオフ」がある。すべての生物は環境に適応して生きているが、生物によって適応の幅というものがある。適応の幅が広い生物はさまざまな環境で生きることができるが、特定の環境に優れてフィットした生物にはその環境では勝てない。逆に、適応の幅が狭い生物は自分が得意とする環境では他を圧倒するが、その環境から一歩外に出ると全くダメになる。環境適応の範囲と深さにはある種のトレードオフの関係があるのである。ビジネスの世界でもこのトレードオフは部分的には意識されている。たとえば、機能強化に向けてあまりニッチなシステム機能を作り込むとサービスの広がりを制限してしまうので、それを回避するという判断が挙げられる。また、特定の事業での優位性を高めるために組織構造を最適化すると、そのことが新たな変化への機動性を削ぐ原因にもなるというのは納得がいくであろう。付加価値を高めようとするところには常に環境適応の幅を減らす圧力が働いているのだ。
効率化を図ったり付加価値を追求したりすることは企業が競争を生き抜くうえで至極当然であるが、エコロジー的な視点を加えると、そのような当たり前の攻めの活動が環境変化に対する脆弱性や硬直化の原因になっている姿が浮かび上がる。攻めの事業活動それ自体がリスクの本質的な源泉になっているということであり、この認識は大切だ。自社のサステナビリティに関して語るとき、この点を意識しているか否かで、内容の充実度にも違いが出てくるだろう。
また、サステナビリティというと、どうしても倫理的に正しいことをしようという発想に引きずられがちになるが、エコロジー的思考は倫理的にしか語れなかったことを科学的で合理的な言葉に置き換えてくれる効果もある。
とはいえ、環境変化への脆弱性や硬直化がリスクとして映らないならば、エコロジー的思考は何の役にも立たない。立花隆氏は同書のエピローグでエコロジー的思考の本質とは自然と社会を合わせた広義の環境変化に対して人々が畏敬の念を持つことだと述べている。簡潔にして的を射た表現だと思う。

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