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木内登英の経済の潮流――「1ドル150円を巡る市場と当局との攻防」

金融ITイノベーション事業本部  エグゼクティブ・エコノミスト  木内 登英

#木内 登英

#時事解説

2023/10/13

為替市場では円安ドル高傾向が強まっています。2023年10月3日のニューヨーク市場では円安ドル高が一段と進み、円ドルレートは一時1ドル150円台に乗せました。その直後に1ドル147円台まで円が買い戻されるなど、為替市場は激しい動きの一日となりました。日本政府が円買いドル売りの為替介入を実施した可能性が指摘されていますが、政府は介入の有無を明らかにしていません。

年初から円安の流れが続き1ドル150円台に

昨年来の為替市場の動きを振り返ると、2022年3月以降、FRB(米連邦準備制度理事会)の大幅利上げ(政策金利引き上げ)を主因に円安ドル高が急速に進み、円ドルレートは3月の1ドル115円程度から9月には145円程度にまで達しました。ドルは主要通貨すべてに対して上昇し、ドル独歩高の様相が強まったのです。
円ドルレートが1ドル146円台に入ったタイミングで、政府は2022年9月22日に円買いドル売りの為替介入に踏み切りました。円買い介入は1998年6月以来、実に24年ぶりのことでした。その後、10月21日に1ドル151円台後半で円安ドル高はピークを付け、その後は円高ドル安の流れとなりました。
さらに、2023年4月の総裁交代を機に、日本銀行が金融政策を正常化するとの観測が円高圧力となり、2023年1月には1ドル127円台まで円が買い戻されました。ところが、総裁交代後も日本銀行の異例の金融緩和が維持される中、再び円安ドル高傾向が強まり、さらに7月以降には、FRBが利上げ終了後も政策金利を高水準に維持するとの観測が強まったことで、長期国債利回りが上昇する中、ドルは主要通貨に対して再びドル独歩高となっています。
そして、10月3日に円ドルレートは一時1ドル150円台と、2022年の円安のピークに近づいたのです。

1ドル150円は第1防衛ラインか

1ドル150円台が目前に迫っていた2023年10月3日の日本時間に鈴木俊一財務相は、「引き続き、高い緊張感を持って万全の対応をしていく段階」と発言し、円安をけん制しています。さらに、1ドル=150円の水準が為替介入の節目になるのかとの質問に対して、「水準そのものは判断基準にならない。あくまでボラティリティー(変動率)の問題」との見解を示しました。
ただし、「水準は為替介入実施の判断基準にならない」との鈴木財務大臣の発言は、本音ではなく、あくまでも米国政府に配慮したポーズでしょう。米国政府は、先進各国に対して、為替の特定水準を意識した為替介入や為替の方向性に影響を与えることを狙う為替介入は、為替操作(マニュピュレーション)に当たるとして認めない姿勢です。投機によって為替が過度に変動する際に、それを抑えることを狙うスムージングオペの為替介入のみを容認しているのです。
しかし、1ドル150円の水準が近づく中、日本政府は為替介入の実施を匂わす発言、つまり口先介入を連日行い、円安を強くけん制してきたことから、心理的節目である1ドル150円という水準を強く意識していることは明らかでしょう。その水準を超えると円安に弾みがついてしまうことを警戒しているのです。
また、現在政府は、物価高対策を柱とする経済対策の策定を進めていますが、円安による輸入物価の上昇は、そうした政策の効果を損ねてしまいます。そのため政府は、円安進行をなんとしてでも食い止めたいと考えているはずです。
政府は、1ドル150円を第1防衛ライン、2022年の円安のピークであった1ドル151円台の終わりの水準を意識して1ドル152円を第2防衛ライン、1ドル155円を第3防衛ライン、と考えているのではないかと推察されます。
政府が2023年10月3日のニューヨーク市場で為替介入を行っていないとしても、円安の動きが強まる局面を捉え、近いうちにも、東京市場で為替介入の実施に踏み切る可能性が考えられます。

日銀のYCC運営柔軟化措置に円安を食い止める効果

日本銀行が2023年7月に実施した長期金利コントロールの枠組みであるYCC(イールドカーブ・コントロール)の運用柔軟化策には、為替市場のボラティリティーの低下を狙った面があることを、日本銀行は認めています。
米国の長期国債利回りが上昇する局面では、その影響から日本の長期国債利回りにも上昇圧力がかかります。その際、このYCCの枠組みのもとで日本銀行が長期国債利回りの上昇を強くけん制すると、日米間の長期利回り格差が拡大して円安ドル高が進行しやすくなるのです。
日本銀行は7月にYCCの運用を柔軟化し、変動幅の上限である+0.5%を超える長期国債利回りの上昇を容認し始めたことで、長期国債利回りのボラティリティーは高まりました。その分、為替市場のボラティリティーは低下することになります。YCCの運用柔軟化後も円安は進んでいますが、この柔軟化措置によって、円安進行を食い止める効果は一定程度発揮されているものと考えられます。
さらに、長期金利が上昇する際に、日本銀行は、臨時国債買いオペの実施、共通担保オペの実施、指値オペの実施を見送ることなどを通じて、長期国債利回りの上昇を一定程度容認すれば、それによって円安進行をけん制することも可能となったのです。これが、前年の円安局面とは大きく異なる点であり、円安阻止に向けて政府と日本銀行との連携は強化されたと言えるでしょう。

実質長期金利上昇でドル独歩高

2022年のドル独歩高は、FRBの急速な利上げと、それに伴う長期国債利回りの大幅上昇によって引き起こされたものです。現在もなお米国での利上げ局面は続いていますが、利上げが最終局面に近いとの見方は既にかなり強いものとなってきています。
利上げ局面の終わりは近くても、FRBは容易には本格緩和に踏み切らず、高水準の政策金利が長く続くとの見方が強まる中、長期国債利回りが一段と上昇しているため、日米長期利回り格差が拡大して、ドルが強くなっているのが現状です。それでもなお、利上げが最終局面にあるとの見方が強まる中で、ドル高がここまで進んでいるのは意外なことです。
その背景には、為替に大きな影響を与える実質利回り(名目利回りー期待インフレ率)が上昇していることがあるのではないかと思います。インフレ率が着実に低下を続ける中、短期の期待インフレ率は低下しています。そのため、実質短期利回りは上昇を続けているとみられます。
またインフレ連動債に織り込まれた10年の期待インフレ率は、2.2%~2.3%程度で安定を維持してきました。そのもとで7月以降、10年国債利回りが1%ポイントも上昇していることは、実質長期利回りがほぼ同じ幅で上昇していることを意味します。
留意しておきたいのは、実質利回りの上昇は、ドル高を生じさせる一方、景気抑制効果を発揮し、米国経済には逆風になるということです。その結果、米国経済に減速感が広まれば、長期国債利回りは低下し、ドル高の企業競争力への悪影響への懸念も加わって株価は下落する可能性があります。
そのもとで、ドルは大幅高から一転して大幅安へと振れやすいのではないでしょうか。現在はそうした大きなドルの振幅の転換点に近づいているものと考えられるのです。

2024年の為替市場はドル安円高基調に

為替介入だけで、円安の流れを食い止めることは難しいと考えられます(NRIジャーナル、「為替介入で円安の流れを止められるか」、2022年10月14日 )。為替介入はあくまでも時間稼ぎ、時間を買う政策なのです。
2022年には9月から10月にかけての3日間で、合計9.2兆円の円買いドル売り介入が実施されました。他方、BIS(国際決済銀行)の調査によると、2022年4月時点で日本の外国為替市場の1日あたりの平均取引高は4,325億ドルです。現在の円ドルレートで計算すると、64.4兆円程度です。これと比べると、3日間で合計9.2兆円といった円買いの規模はかなり小さく、為替の需給に大きな影響を与えることはできなかったと考えられます。米国経済に明確な減速の兆候が見られるなど、米国の経済・金融情勢が変化しないと、円安の流れはなかなか反転しないでしょう。
しかしながら、既に見たように、7月のYCCの運用柔軟化によって、従来よりも円安進行のリスクは軽減しているはずです。また、政府が為替介入に踏み切ってから5円程度円安が進んだ後に円安がピークを迎えた、という2022年の経験を踏まえると、第1の防衛ラインから5円程度円安の第3の防衛ライン1ドル155円程度が、円安のピークのめどとなる可能性を見ておきたいと思います。
実質利回りの一段の上昇やドル高の逆風の下、米国経済が減速傾向を強め、FRBが予想以上の幅で金融緩和を実施することを前提に、2024年の為替市場は円高ドル安基調へと転じると予想したいと思います。

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プロフィール

木内登英

エグゼクティブ・エコノミスト

木内 登英

経歴

1987年 野村総合研究所に入社
経済研究部・日本経済調査室に配属され、以降、エコノミストとして職歴を重ねる。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の政策委員会審議委員に就任。5年の任期の後、2017年より現職。
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株式会社野村総合研究所
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E-mail: kouhou@nri.co.jp

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