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高齢化とインフレによる労働力不足の新たな展開――労働力不足2.0の到来

研究理事 コンサルティング事業本部副本部長 桑津 浩太郎

#DX

#桑津 浩太郎

2023/10/20

コロナ禍が実質的に収束し、少なからぬ企業でリモートワークの見直しが始められるなど、社会と働き方は2019年以前へ回帰、正常化が始まると思った矢先、世界はサプライチェーンの混乱もあり、急激なインフレに直面した。今後の米国金利などの動向は予測できないものの、2019年以前の長く続いた「低インフレ」「常温経済」への回帰は期待薄となった。そして、高齢化の先行した日本を筆頭に、コロナ禍以前からずっと指摘されていた労働力不足はあらためてその深刻さを増しており、流通業や運輸業などで業界構造を揺るがす圧力となっている。自動化や高齢者の労働参加率引き上げなど、改善に向けた取り組みは活発化しているものの、抜本的な解決への見通しは得られていない。

労働力不足の構造的変化

これまで、高齢化・労働力不足の問題は、移民受け入れ能力の低い先進国(代表例が日本)の問題、すなわちローカルな問題であって、移民受け入れ・多様性に優れた欧米先進国にとっては大きな問題にはならないという認識が強かったが、コロナ禍による移民減とインフレの進展、特に人件費の高騰により、欧米先進国においても労働力不足が現出している。従来型の労働力不足が、その名のとおり、人数・人頭面での不足であるのに対して、欧米先進国の労働力不足は、コロナ禍前に比較して40%超の上昇といわれるインフレ圧力によるものである。人数・人頭の不足ではなく、乱暴な言い方だが、従来の人的コスト負担では70%相当(1÷1.4)の労働力しか確保できず、30%近く不足する、人的コスト視点での労働力不足である。
そのうえ、欧米先進国の労働人口も、移民による労働力補充が低調になったことで、高齢化による労働力不足の発生を予測する声が出始めた。もちろん、人口ボーナス期を維持している米国、フランスといった国は日本とは異なる状況にあるものの、インフレによる人件費高騰による労働力不足と、人頭視点での労働力補充も負担増大となっており、人数・人頭と人件費コストの2つが合成された新たな労働力不足、「労働力不足2.0」の始まりとなった。
日本を代表とした高齢化由来の労働力不足問題は、20世紀の終わり頃から指摘されていた話であり、コロナ禍の混乱で深刻度が増し、目を背けることができなくなったが、問題構造に大きな変化があったわけではない。
一方で、インフレによる労働力不足の問題は、当初はコロナ禍による経済の混乱、モノ詰まりが解消される過程での一時的な摩擦という意見が多かったが、別の見方に変わりつつある。過去30年以上、世界経済と切り離されていた中国の膨大な労働力資源が、グローバル化で世界市場に組み込まれていく過程で、世界のインフレは抑制されてきたわけだが、現在では、中国の労働力の多くは世界市場との「接続」が相当な水準に到達しており、残された潜在労働力では世界のインフレ圧力を長期的に抑制するには足らないという構造的な変化が指摘されている。言い換えれば、1990年からの30年は、中国の膨大な労働力の顕在化による世界経済へのインフレ抑制ボーナス期であったが、それが終了しつつあることで、1980年代以前のインフレが存在する世界が再び登場してきたのである。コロナ禍からの回復プロセスによる短期的なインフレ傾向が収まっても、中長期的なインフレの構造は残っている。すなわち、インフレ発の労働力不足は続くということである。

デジタル技術が「労働力不足2.0」に果たす役割

高齢化とインフレによる「労働力不足2.0」は、現在の中位発展途上国群における人口減少が本格化する2040年頃まで続く長期トレンドとなりそうである。これに対する3つの解決策(移民、高齢者・女性の労働参加、デジタル技術)のうち、残っているのはデジタル化のみである。移民は高コスト化と供給減で世界中の奪い合いとなり、高齢者・女性の労働参加も先進国ではほぼ上限まで開拓されつつある。唯一残ったデジタル技術の果たすべき役割は、コロナ禍前よりも大きくならざるを得ない。1990年代からの半導体、パソコン、スマートフォンによるデジタル化トレンドに続いて、今後20年は労働力不足を中心に置いた新たなデジタル化、それによる新たな自動化、無人化、遠隔化が技術・社会トレンドとなろう。
コロナ禍の数少ない社会へのよい影響として、リモートワークを通じて、人々のネットワーク活用を5年以上も加速させたという見方がある。多くの人々は、コロナ禍によって、ぼんやりとは知ってはいたが実際に手を動かしていなかった、デジタル技術に対する実地訓練の機会を与えられたのである。そして、現在、ChatGPTを筆頭としたAI技術は、「労働力不足2.0」に対する新たな解決策として社会、産業界へと浸透しつつあるように見える。宗教的な見方をするつもりはないが、われわれ人間に必要なものがタイミングよく提供されつつある。
コロナ禍の終了は2020年以前への回帰ではない。われわれが認識すべきは、2040年に向けた訓練期間の終了なのであって、労働力不足に対処する新たなデジタル化追求の始まりなのである。アプリを入れ、SaaSを使うようになったからDXもほぼ終了という認識だけは厳に排除していかなければならない。

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