2017/03/22
携帯電話業界が、利用者にとって公平で誠実、健全な業界へと生まれ変わろうとしています。その改革を、10年以上前から推し進めてきた一人であるNRIの北俊一に、改革の実情と真意を聞きました。
利用者の意向が無視されてきた携帯電話業界
数年前までは、携帯ショップに行けばタダ同然、あるいは、数万円のキャッシュバックまでつけて販売されていたスマートフォンや携帯電話。ところが最近は、そこまでの過剰な値引きを見かけなくなりました。それもそのはず、2016年に総務省は大手携帯電話キャリアに対して、「実質0円販売」を禁止する政策を打ち出しています。
この政策実現を総務省の「携帯電話の料金その他の提供条件に関するタスクフォース」メンバーの一人として推し進めてきたのがNRIの北俊一です。「スマートフォンの端末購入補助の適正化に関するガイドライン」策定や、消費者保護ルールに係る電気通信事業法の改正にも尽力し、端末の過剰な値引き販売抑止への道をつけています。北はなぜ、こうした政策づくりに関わったのでしょうか。
「携帯電話の料金は大きく端末代と通信料に分けられます。大手キャリアは「端末代」を実質ゼロ円かそれ以下に値下げし、その値引き分を毎月の「通信料」でまかなうことで契約者を増やしてきました。ところが、これで恩恵を受けるのは、頻繁に端末を買い替える人です。端末を長く愛用する人は、頻繁に買い替える人の値引き分まで、通信料から負担し続けることになり、両者で著しい不公平が生じていました」
キャッシュバックのピークは2014年度。「家族4人で契約を乗り換えれば、計100万円を還元する」という異常な値引きまで行われていました。
「本来、キャリアにとっては利用者に端末を使い続けてもらうほうがよいはずです。そのほうが端末値引き分のコストを支払わないでよいわけですから。ところが販売代理店は買い替えてもらうことで手数料収入を得ています。そのため、買い替えの必要を感じていな利用者にまで、新しい端末への買い替えを促す。キャリアと販売代理店それぞれのメリットが擦り合っていないうえに、利用者の意向が無視されている。とても不健全で不誠実な状況が続いてきました」
成長期の販売モデルから脱却できない業界
このままでは業界がどんどん悪くなる――業界の将来を危惧し、改革の必要性を北が意識しはじめたのは2007年だったといいます。
「値引きによる価格競争の弊害については、10年以上前から指摘し続けていました。いずれ沈静化するだろうと見ていましたが、いっこうに収まらない。携帯端末は、すでに一人1台を所有する成熟期に入り、これからは端末をいかに使ってもらうかということに付加価値をつけたサービスを展開すべきなのに、業界はいまだに成長期の販売モデルに縛られ、値引き競争に明け暮れている。キャリアもこの問題に気づいているのに、自分たちではこの競争を止められないと言う。これでは業界がますます疲弊し、イメージが悪化していく。だからこそ、値引き競争を是正するガイドラインの策定や、電気通信事業法の改正にまで動く必要があったのです」
あるショップ店長の叫び
北はおよそ25年間、携帯電話を含むICT(情報通信)業界で調査・コンサルティングの仕事をしてきました。当初は「新しい技術やサービスをいかに普及させるか、いかに競争に勝つかに注力していた」と言います。
「ところが2006年頃から、この姿勢に疑問を抱くようになりました。気づいてみたら、私が成長をともにしてきた携帯電話業界が、働く人にとって魅力的ではなくなっている。特に販売の現場が疲弊していました。端末を使う人、売る人に、もっと目を向けなければと思うようになりました」
その大きなきっかけは、北が、ある講演会で話を終えたとき、携帯電話ショップの女性店長から次のように言われたことでした。「働くことを誇りに思える業界に変えてほしい」
「それまでの私は、携帯電話の新しいサービスや端末をつくる人、売れという人ばかりを見ていて、販売する人のことを真剣に考えていませんでした。しかし、携帯電話業界において、顧客接点で働く人はおよそ10万人います。この人たちが誇りを持って活き活きと働く、だからこそお客さまも笑顔になる、そういう業界にしていかなければという想いが強くなり、その気持ちを日頃のコンサルティングに活かすようになりました。分かりやすく言い換えれば、自分の息子や娘を働かせたい業界にしたい、会社にしたい、ということです」
「感動企業」「感動業界」への道 社員の幸せが目的。他は目標であり、手段。
差異化の要素は「人財」
北は毎月のように、全国各地の携帯ショップを訪れ、代理店オーナーや販売スタッフとのコミュニケーションを重ねています。販売代理店の中には「日々、勉強会を行って商品知識を深め、お客さまが本当に必要とするサービスを提案したり、売った後にしっかりと使い方を教えたりするなど、顧客にとって価値のある、素晴らしいサービスを提供しているところがたくさんあります」と北は話します。
「なぜ販売する人が大切かというと、携帯電話業界に限らず、これからの競合他社との差異化要素は、商品やサービスの真の価値をお客さまにきちんと伝えられる顧客接点だと思うからです。ICTの普及によってグローバル化、シームレス化が進むなか、どんなに素晴らしい商品・サービスを出してもすぐに真似され、容易に追随されてしまう。では真似されないこと、容易に追随されないことは何かというと、誠実で信頼できる「人」を介したサービスなのです。
そのような人を育てるには時間もかかるし、誇りを持って働ける環境を本気で整えなければなりません。誠実な人が集まり育ち、意欲的に働ける仕組みや組織をつくることが、今後どのような業界においても極めて重要です。「人財」こそが、企業の最重要経営資源。私がコンサルティングのご支援をするときは、必ずこの考え方を戦略に盛り込むようにしています」
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