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木内登英の経済の潮流――賃上げよりも経済の潜在力を高める政策を

金融ITイノベーション事業本部  エグゼクティブ・エコノミスト  木内 登英

2017/11/14

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政府は、来年の春闘(春季労使交渉)で、3%の賃上げを期待する考えを表明しています。連合によると今年の春闘での賃上げ率は1.98%、そのうち定期昇給分を除くベースアップが0.48%であったことを考えますと、3%はとても実現可能な賃上げ率とは思われません。

 

政府は来年の春闘で3%の賃上げを期待

 

政府が企業に対して強い姿勢で賃上げの受け入れを求める背景には、成長の成果を企業が十分に労働者に分配していないのではないか、という政府の考え、そして国民の考えがあるのでしょう。しかしこの点については、慎重に事実を検証することが求められます。そのうえで、どのような経済政策が国民生活の安定、経済的な満足感に貢献するのかを、じっくりと考えてみることが重要だと思います。

 

グローバル金融危機後、労働分配率は安定維持

 

生産活動で生み出された価値のうち、どの程度が労働者に分配されたかを示す労働分配率は、主要国では長期間に亘って低下傾向をたどってきました。ただしその主な背景は、産業構造の高度化でしょう。資本集約度の高い産業の比率が高まり、産業が高度化すれば資本分配率が高まっていき、逆に労働分配率は低下していくのが自然な流れなのです。

ところで、2000年代初頭以降の日本の労働分配率は、均してみれば概ね横ばいで推移しています(図表)。しかしそうしたなかで、分配が企業に偏っているとの議論は、それ以前の時期にも増して高まっているのです。これは日本特有の現象ではありません。経済環境が比較的良好な場合には、所得格差は大きな政治・社会問題にはなりにくいですが、グローバル金融危機(リーマンショック)後の長引く経済低迷が、この問題への関心を世界的に高めるきっかけとなりました。例えば2011年に本格化した「ウォール街選挙デモ(Occupy Wall Street)」では、“We are the 99%”などといったスローガンも掲げられ、金融業界が格差拡大をもたらしているとの批判が世界的に高まりました。また2013年にトマ・ピケティが『21世紀の資本』を発行したことで、格差問題は大きな関心事となったのです。

しかし、人々が経済的な不満を感じる時に、それは誰か他の者が自分の所得を不当に奪っているためだと、分配の問題に転嫁しやすい、あるいはそのように世の中に訴える傾向があるのではないでしょうか。さらにそうした国民の不満を吸い上げて、分配の問題を過大にクローズアップさせることで国民からの支持を得ようとする政党も台頭しやすいのではないでしょうか。

 

 

日本の労働需給は歴史的に逼迫

 

ところで労働需給を示す日本の有効求人倍率(有効求人数÷有効求職者数)は、最新2017年9月には1.52倍と、1974年以来の高い水準に達しています。労働市場は売り手市場であり、現在、労働者が失業を心配する必要はない状況と言えます。この面からすれば、日本経済は他の主要国と比べてもかなり良い状況なのです。それにもかかわらず日本の国民が、経済面で十分に満足していないのだとすれば、それは、失業の不安があるということではなく、将来に亘って生活水準が高まっていくとの明確な展望を描くことができないためではないでしょうか。問題の所在は分配ではなく、経済の潜在力なのです。

購買力を示す実質賃金(名目賃金÷物価水準)の増加率が、国民生活の質が先行き、どの程度のペースで改善していくかを大きく左右すると考えられます。そしてこの実質賃金上昇率は、労働生産性上昇率で決まる側面が強いのです。

 

生産性向上を引き出す経済政策が重要

 

この点から、人々がさらに経済的な満足感を高めることを可能にするのは、財政支出の拡大や金融緩和を通じて、失業者を一段と減らす、あるいは労働需給のひっ迫感をさらに強めて、名目賃金上昇率を高めることではないと思います。重要なのは、労働生産性を引き上げ、経済の潜在力を高める政策です。低い生産性上昇率のもと企業の中長期の成長期待が高まらないと、仮に人手不足が深刻であっても、企業は物価の上昇を上回る賃金の引き上げ、つまり実質賃金の引き上げには慎重にならざるを得ません。こうした環境に変化がない限り、政府がいくら賃上げに期待しても、企業は賃上げに慎重な姿勢を崩すことは難しいでしょう。

人々の経済的な満足感を高めるために重要なのは、企業のイノベーションを引き出す、あるいはそれを社会全体で共有できる仕組みを整えていくことです。さらに、労働者の勤労意欲を高める労働市場改革、職業訓練、教育制度の見直しを通じて、労働者の質を高めていくことです。

この点については、既に「働き方改革」、「人づくり革命」、「生産性革命」などと、政府も重要な経済政策の課題と位置付けています。ただしこうした政策が、実際の労働生産性を高める、あるいはそうした期待を企業、家計の間でしっかりと高め、根付かせるためには、相応の時間を掛けてじっくりと取り組む必要があるのです。これらが、一時的な政治テーマで終わらないことを期待したいと思います。

 

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