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世界経済成長の果実を日本の家計へ ~金融資産の有効活用で~

金融イノベーション研究部 上級研究員 竹端克利

#政策提言

#資産運用会社

#規制・制度対応

2018/10/24

NISA(少額投資非課税制度)、iDeCo(個人型確定拠出年金)など、さまざまな個人向けの金融資産形成支援策が打ち出されてきましたが、わが国における個人金融資産は依然として預貯金偏重が続いています。野村総合研究所(NRI)では、調査研究などを通じて、各種制度の導入や改善を支援してきましたが、どうすれば個人の金融資産がもっと有効活用されるようになるのか。NRIが実施した「家計金融資産とマクロ経済に関する研究会」の成果も含め、金融イノベーション研究部の竹端克利に聞きました。

なぜ貯蓄から投資へのシフトが重要なのか?

――今回の研究会を実施した経緯を教えてください。

 政府は2000年代初めから「貯蓄から投資へ」というスローガンの下で、NISAやiDeCoに代表される個人向けの投資促進支援制度を整備し、民間金融機関もそれに対応してきました。関連制度の利用が増加するなど、一部では浸透しはじめていますが、それでも幅広く定着しているとはまだ言えません。おそらく個々の政策を論じるよりも、全体観を持ってこの問題を捉えたほうが有益な示唆が得られるのではないか。そのような考えから、2017年11月にマクロ経済や財政問題などの専門家の方々のご協力を頂いて研究会を企画。半年間で全6回集まり、活発な議論が展開されました。

――日本では、なぜ貯蓄志向が強いでしょうか。

 これは研究会でも掘り下げて議論したのですが、戦後から約50年間に築き上げられてきた常識や社会制度が背景にあると思われます。1980年代頃までは、公的年金があれば老後は安泰だと考えられてきました。銀行預金の金利も5%程度と高く、物価上昇率を上回っていました。90年代初頭のバブル経済崩壊前は、株価よりも地価の上昇率の方が高く、株式よりも土地を保有したほうが有利な状況だったのです。つまり、預貯金や土地を中心に財産をもっておくことは、個人にとっても「賢い判断」だったわけであり、そうした習慣が現在に至っても根強く残っていると思います。ただ、問題は、公的年金、銀行の金利、土地の価値といった、これまで「賢い判断」だった前提条件が変わってしまったことです。
   例えば公的年金に関して、「老後の生活は全て国にお任せで安心」と考える人は少ないでしょうし、預貯金の利息も金融政策の展開次第では多少上昇するかもしれませんが、かつてのような水準まで上がるとは思えません。
   このため、政策的な見地からは、1,800兆円にも上る豊富な個人金融資産の有効活用を進め、所得形成の充実を図ることが重要となります。日本国内だけをみると大きな成長は期待しにくいのですが、海外には成長を続ける国や地域が多くあります。そういった先に個人のお金を振り向け、成長の果実を還元させるといったルートを少しでも太くしていくことが、結果的に日本の家計の所得形成の充実に繋がると思います。
   国のほうでも、先ほど申し上げたようにNISAやiDeCoなどの制度が整備してきました。平成30年3月時点で、NISAは1,167万口座、iDeCoの加入者数は約85万人にまで達しており、一定程度普及しているといえます。ただ、家計金融資産全体が動くまでには至っていないのも事実です。

制度・政策に関する原則論の充実が必要

――NISAやiDeCoといった制度面の課題は何でしょうか。

 NISAやiDeCoをもっと便利で使いやすくするために、日本証券業協会や全国銀行協会などの業界団体から政府に対して既に提案がなされています。これらの提案にはNISAの恒久化やiDeCoの中途引出要件の緩和などをはじめ、重要な内容がいくつも含まれています。一つ一つには全く違和感はなく、前に進めばと思っています。
   その上で、こうした個別具体策の前提となる原則論のようなものを、もっと充実させたほうがいいと個人的には考えます。
  例えば、政策目標の設定です。「貯蓄から投資へ(資産形成へ)」という「スローガン」は長い間叫ばれている一方で、日本の個人金融資産全体が、どういう状態になるのが望ましいのかといった「あるべき姿」は示されておらず、どこに向かおうとしているかの目線が揃っていないと思います。
   ただし、あるべき姿を議論すべきと口で言うのは簡単ですが、真面目に考えようとすると論点は非常に多岐に亘るため、異なる分野の専門家同士で知恵を出し合う必要があります。研究会でも、問題の重要性と難しさは確認されたものの、突っ込んで検討するには至りませんでした。しかし、こういった原則論を充実させることで、「貯蓄から投資へ」の問題が、金融業界を超えて幅広く伝わるようになると思います。

――今後、どのような研究活動を予定していますか。

 「あるべき姿」は「原則論」の一例で、この問題を考えていく上で、「重要だけど普段はあまり議論の遡上に上っていないこと」は他にもたくさんあります。ですので、まずはそういった論点をきちんと棚卸ししたいと思います。おそらく、全てを私たちだけで対応するのは難しいと思いますので、社外の専門家や実務家の方々の力をお借りしながら調査や議論を深め、成果を発信していきたいと考えています。

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