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NRI トップ NRI JOURNAL 木内登英の経済の潮流――「データ流通の国際ルール作りを日本が主導」

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木内登英の経済の潮流――「データ流通の国際ルール作りを日本が主導」

金融ITイノベーション事業本部  エグゼクティブ・エコノミスト  木内 登英

#木内 登英

#時事解説

2019/02/12

国境を越えるデータ流通の新たな国際ルール作りを、日本が主導しようとしています。この分野で米中間に生じている軋轢への対応も視野に入れたもの、と考えられます。

大阪G20でデータ流通の国際ルールを協議

トランプ政権による保護主義のもと、戦後作り上げてきた自由貿易体制のルールは揺らいでしまった感もあります。そうした中、従来のモノやサービスの国際貿易ではなく、国境を越えたデータ流通について、新たな国際ルールを作る動きが出てきています。それを主導すると名乗りを上げているのが日本です。
安倍首相は、スイスで1月に開催された世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で、国境を超えるデータ流通に関する新たな国際ルール作りを提唱し、統一的なデータ管理の協議を今年6月に大阪で開かれるG20で始めるように呼びかけました。首相は演説で、「成長のエンジンはもはやガソリンではなくデジタル・データで回っている」「今後何十年も成長をもたらすのはデジタル・データ」「データの自由な流通が経済成長や貧富の格差の解消につながる」など、データの活用や流通の重要性を強く訴えました。
ただし、全てのデータについて、国境を越えた自由な移動を一律に促す狙いではないようです。首相は、医療や産業などの有益な匿名データは、国境をまたいで自由に行き来することが重要であるとする一方、個人情報や知的財産、安全保障上の機密については慎重に保護することが必要だとしています。データの種類ごとに、異なるルールを定める考えを示しているのです。
日本がこのようにデータ流通の国際ルール作りを提唱した背景には、中国を意識した側面があると考えられます。モノやサービスの国際貿易については、戦後、先進国が主導する形で国際ルール作りがなされていきました。しかしデータについては、電子商取引や電子決済が急成長した中国で膨大なデータの蓄積が進み、その利用に関しては、中国サイバーセキュリティ法が2017年6月に施行されるなど、中国がルール作りを先行させてきた面もあります。そこで、このデータ流通の国際ルール作りで、先進国が主導権を奪い返すことが意図されているとみられます。

米国の対中批判にも配慮

また、国境を越えたデータ流通を巡っては、米中間で深刻な軋轢が生じています。中国政府は、国内で活動する外国企業が得た顧客情報を国外に持ち出すことを禁じ、またプログラムの設計図にあたるソースコードの開示を要求しています。これらは、中国で活動する外国企業の情報を中国政府が奪取するものとして、米国が強く批判しています。他方、中国政府が海外で活動する中国企業を通じて重要な技術を奪取しているとして、米国はこれについても強く批判しています。
ビッグデータを国内で蓄積し分析することを通じて、中国は自動運転や画像認識などの分野でAI技術の精度を飛躍的に高めています。こうした中国のビッグデータを海外に移転させることで、AI技術面での中国の優位性を低下させることを米国は意図しているのかも知れません。他方、米国など海外から中国へのデータ移転を抑制することで、技術データや個人データの中国への流出を抑えたいとの意向も米国にはあるものと思われます。日本が国際ルール作りを提唱した背景には、米国側に立って、データ流通を巡る米中間の軋轢を緩和する狙いもあるのではないでしょうか。
EU(欧州連合)は、2018年5月に個人情報の保護強化を狙ってGDPR(一般データ保護規則)を施行させました。個人情報などのデータ流通ルールについては、このGDPRが事実上の国際基準となっていく可能性があります。既に米国や日本あるいはカナダ、ニュージーランドなどの先進国は、欧州から個人データ保護水準が十分な国と認定され、欧州域内の個人データを比較的簡単な手続きで自国に持ち出すことができます。
他方で、中国が欧州からGDPRと同水準の個人情報保護の法制を整えた国と認定されるのは、現状では難しいでしょう。今後、このGDPRを基準にして、個人データが自由に流通できる範囲が先進国間でさらに広がる一方、中国は、先進国からのデータ移転を制限され続ける可能性もあります。
しかし、このように中国を牽制する形で新たなデータ流通の国際ルール作りを進めていけば、中国と先進国との間に新たな対立の構図を生み出し、このデータ分野で、今度は中国が保護主義的な傾向を強化することにもなりかねません。国境を越えた自由なデータ流通を促すことが世界の成長を後押しするという理念に照らせば、中国側の意向も踏まえつつ、新たな国際ルール作りを慎重に進めていくことが、日本には求められるでしょう。

木内登英の近著

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プロフィール

木内登英

エグゼクティブ・エコノミスト

木内 登英

経歴

1987年 野村総合研究所に入社
経済研究部・日本経済調査室に配属され、以降、エコノミストとして職歴を重ねる。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の政策委員会審議委員に就任。5年の任期の後、2017年より現職。
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株式会社野村総合研究所
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E-mail: kouhou@nri.co.jp

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