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民主主義と資本主義の相克

常務執行役員 金融ITイノベーション事業本部長 林 滋樹

#DX

2019/05/20

ベルリンの壁が崩壊した時、「民主主義と資本主義の勝利が世界を豊かにする」と、世界中が高揚感に包まれたことを今でも覚えている。これで、欧州連合(EU)は拡大を続けヨーロッパは平和で安定した巨大市場を享受することになり、米国は理念の勝利とともに資本主義の収益を自ら最大化して豊かになり続けていく、と。資本を集積し、大規模な投資による大量生産、大量販売をグローバルに拡大し、資本家だけでなく生産者や消費者を豊かにするという資本主義の理念は、民主主義と同じ方向を見ているはずだったからだ。
しかし、あれから30年の歳月が流れ、資本の増大そのものが自己目的化し、結果として富の異常な偏在を発生させた。そして資本主義の拡大は、リーマンショックに代表されるように、世界の不安定化の最大要因になってしまった。同じ方向を見ていたはずの民主主義と資本主義の「相克」が顕在化したのである。

デジタル化により大きく変わる民主主義と資本主義の関係

そして現在は、デジタル化の時代である。デジタル化は民主主義も資本主義も加速度的に発展させるが故に、両者の「相克」をさらに深くしている。
資本主義の大量販売を支えてきたマスコミュニケーションは、他方で政府や大企業からの一方的な情報発信により民主主義を欺いてきたが、現在普及しつつあるデジタルプラットフォームによるボーダレスで双方向のネットワークは真の民主主義を覚醒させ、資本主義体制を攻撃し始めている。経済成長の過程では資金の余剰と需要のバランスをとることが重要だったが、生産財に必要な資金需要が減衰したために、価値の交換をつかさどる貨幣の調整が効果的ではなくなってきた。デジタル化はさらに、貨幣そのものが持つ価値の交換機能を「データ」に置き換えていこうとしている。
またデジタル化は、「紙による契約」を専門家が管理するという行為を消失させ、管理にかかわる生産性を圧倒的に向上させる可能性を秘めている。人工知能(AI)が仕事を奪うというのは一義的な見方であり、いわゆる分散型台帳は中央集権的な契約管理という概念を揺るがしていく。さらにIoT(Internet of Things:モノのインターネット)による生産から販売までのトレーサビリティと分散台帳管理が進むと、生産販売という物のプロセスと、資金投入から販売までの資金管理とがリンクして、自動的に管理可能となることを示唆している。
このようにデジタル化は、民主主義と資本主義が構築したメカニズムを抜本的に再構築することを求めるようになる。そして欧州や北米で起こっていることは単純な政治の不安定化ではなく、これまでの世界を維持してきたシステムの根本的な問題に起因していると考えるのが妥当ではないだろうか。

社会課題の解決に資する、デジタルの的確な活用が求められる

こうして、資本主義はデジタル化の時代に大きく変容していくことになるだろう。問題はどのような方向に変わるべきか、である。
巨大IT企業は、企業のさまざまなプロセスの大きな部分を担うことで個人情報や企業情報を獲得し、その分析を基に富の集積を行うことが可能になっている。しかしながら、この行為は民主主義によって肯定されるだろうか。現在は法的に問題がないとしても、法制度の再設計がいずれ訪れ、データの個人主権が制度的にも機能的にも実現されると考える。それは人間の本質に即しているからだ。
2017年、リベラルアーツの研修に参加する機会があった。東京を一週間離れ、30年ぶりにギリシャ哲学、インド哲学、西洋古典、日本古典、西洋史、日本史などの教養課程を濃密に反芻する機会を授かった。「人間の本質に関する教養」は、現代においても全く色あせることなく、人々に指針を与えてくれるものだと強く感じる日々だった。また、2018年は北米の著名な大学での産学協同プロジェクトに触れてきたが、テクノロジーで世界を変えるということではなく、「社会的課題を解決する」という強い信念を持つ教授の下に、共感する企業が人と資本を提供していたことに強い印象を受けた。
日本の地域経済はいずれも厳しい状況にあるが、とりわけ農業は人手不足の影響を直接的に受け、課題解決の糸口がなかなか見いだせないでいる。しかし、地域の活性化や食の質・量の確保は根本的な社会的課題であり、是が非でも解決しなくてはならない。かつての農業は大規模でなければ生産性が向上しなかったが、現在はIoTと高精度のGPS、生産と販売にかかわる大量のデータ処理によって、小規模・多品種・高生産性を実現することは決して不可能ではない。こうしたデジタル技術の活用で、活路が見いだせるはずだ。
持続可能な経済成長とは、大多数の人間に果実を供給できる民主主義として支持されるものでなくてはならない。社会的課題を解決するという旗の下に多くのデジタル資本が集積し、課題解決という経済活動を推進すれば道は開けるのではないか。変化はどちらにでも流れていく。教養を高め、よりよい選択ができるように努めていかなくてはならない。

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