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木内登英の経済の潮流――「日本人はなぜ円高を恐れるのか」

金融ITイノベーション事業本部  エグゼクティブ・エコノミスト  木内 登英

2019/10/11

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日本銀行は、為替市場で円高が進行することを警戒しています。1ドル100円に接近すれば、円高対策として追加金融緩和を実施する可能性もでてきます。その底流には、日本国民に長年染み付いた過度な円高恐怖症があるのです。

先行きは円高リスクに注意

日本企業の国際競争力を大まかに示す指標に、実質実効円レート指数があります。貿易相手国との間のインフレ率格差を調整した円の価値を示すものです。この指数で見ると、現在の円は1973年の変動相場制移行後の平均値を3割程度も下回る大幅な円安となっています。普段目にする名目の円ドルレートから受ける印象よりも、円安水準となっているのは、米国に比べて日本の物価上昇率が低いせいです。
実質実効円レートで見て円がかなり割安ということは、この先、何かの要因によって円高に振れやすいリスクが蓄積されている、ということでもあります。その要因の一つは、世界経済の一段の悪化です。世界経済が悪化すると、国内の金融機関は持っている金融資産のリスクを減らす、リスク回避行動をとります。為替リスクがある外貨資産を処分して円資産に換えるため、円高が生じやすくなるのです。
もう一つの要因は、トランプ政権のドル安政策です。トランプ政権は、「日本など他国が金融緩和などを通じて不当に自国通貨を安く誘導し、それが米国企業の国際競争力を低下させ、米国に巨額な貿易赤字をもたらしている」と考えています。そこでトランプ政権は、FRB(米連邦準備制度理事会)に圧力をかけて金融緩和を促し、ドルの価値を下げようとしています。しかし、それがうまくいかない場合には、ドル売りの為替介入を実施する可能性もあります。それは少なくとも一時的には、かなりの円高ドル安をもたらすことが予想されます。

国民は1ドル100円を強く意識

こうした要因から円高ドル安が進んでも、実質実効円レートの水準で考えれば、日本企業の国際競争力が損なわれる水準までには、まだかなりの距離があります。しかし国民は、通常、実質実効円レートではなく名目の円ドルレートを見ます。そこで、円が対ドルで100円という心理的な節目に近づく、あるいはそれを超えれば、円高が日本経済に深刻な打撃を与えると考えるのです。
円高には、輸入される食料品やエネルギー関連品の価格下落を通じて、国民生活にはプラスとなる側面も、決して少なくありません。しかし従来から、国民は円高のマイナス面ばかりに注目する傾向があります。それは、円高が輸出企業の活動に打撃を与え、それを通じて経済全体に悪影響を与える、との考えが強いためです。
国民がそのように考えるようになった原因の一つは、日本の主要株価指数にあるのではないかと思います。そうした株価指数には大手輸出企業の銘柄が多く含まれるため、円高が進むと輸出企業の一時的な業績悪化を織り込んで、株価が下落しやすいのです。しかし実際には、ここに含まれない内需型の小規模企業が数多く存在しており、それらは逆に円高のメリットを受けやすいはずです。
多くの国民が注目する主要株価指数は、実際には日本企業全体の状況を正確に反映する指数とはなっていない、と言えるでしょう。

当局に安易に円高対策を期待することの弊害

さらに国民は、円高進行は政府や日本銀行の失策の結果、と考える傾向もあります。そのため、選挙を意識すれば、政府は円高対策の実施を余儀なくされます。日本銀行もまた、政府や国民からの批判を避けるため、円高を容認しない姿勢を強くアピールする必要が生じるのです。こうして、円高進行は日本銀行の政策に大きな影響を与え、追加金融緩和のきっかけになると考えられます。
10年前のリーマンショック後に日本銀行は、金融緩和に消極的だったことで円高進行を許した、と政府、国民から強く批判されました。その経験が一種トラウマとなり、そうした事態を再び繰り返すことを何としても回避したいと強く考えているのではないかと思います。そのため、経済的にはあまり意味がない1ドル100円という水準を、日本銀行も強く意識せざるを得ないのです。
過去の経験を振り返ると、こうした国民の間に染み付いた過度な円高恐怖症を背景に、日本銀行は、1970年代のニクソンショック後の円高進行時、1980年代のプラザ合意後の円高進行時に、それぞれ過剰な金融緩和を実施し、ともにバブル形成とバブル崩壊後の厳しい経済環境を生み出してしまいました。それらは結局、国民の生活を大いに苦しめることになったのです。
国民自身が行き過ぎた円高恐怖症を克服し、また円高進行時に安易に政府、日本銀行に円高対策を期待するという甘えの姿勢を修正しなければ、こうしたことが今後も繰り返されてしまうでしょう。

プロフィール

木内登英

エグゼクティブ・エコノミスト

木内 登英

経歴

1987年 野村総合研究所に入社
経済研究部・日本経済調査室に配属され、以降、エコノミストとして職歴を重ねる。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の政策委員会審議委員に就任。5年の任期の後、2017年より現職。
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