2019/11/01
最近、第5世代移動通信システム(5G)への関心が高まっています。KDDIと野村総合研究所(NRI)の合弁会社で、お客様のデジタルトランスフォーメーション(DX)を支援するKDDIデジタルデザイン(KDI)では、仮想現実(VR)、拡張現実(AR)、複合現実(MR)などの総称である「xR」技術と5Gを組み合わせることで、新たな価値創造につながると考えています。xR技術の動向に詳しいKDIの立松博史とNRIの持丸伸吾に、その可能性について聞きました。
xRはエンタテインメント分野で先行
――xR技術の利用シーンが増えているようですが、どんな例がありますか。
一番わかりやすいのが、スマホ用ゲームの「ポケモンGO」でしょう。位置情報とARを用いて、自分が今見ている空間に人工物(ポケットモンスター)を合成して表示させる技術を用いています。現在、導入が先行しているのはゲームやスポーツ観戦などエンタテインメント分野ですが、工場内の技術伝承や遠隔医療などでも試験的な利用が始まっています。家具大手のイケアは、スマホのアプリ画面上で、選んだ家具を自分の部屋などに配置し、買った後の生活シーンを思い描けるようなサービスを提供しています。
――導入が加速してきた背景を教えてください。
2017年頃から、アップルやグーグルが開発者向けにxRの開発基盤を提供して、関連するアプリケーションの開発を促進した結果、xRを活用したゲーム開発が活発化しました。また、端末の情報処理能力が格段に向上し、映像を表示するまでの時間が短縮されたのも利用が拡大した大きな要因のひとつです。とはいえ現在ではまだリアルタイムとは言えず、表示などに若干の遅延があるのですが、5Gが普及すると情報の伝送速度が一段と加速し、普通の生活の中であれば遅延が認識できないレベルになるでしょう。スポーツを他の視点を合成して観戦することや遠隔地でのe-スポーツ対戦などにさらに活用されると考えられます。
どの企業も活用をめぐって試行錯誤中
――エンタメ以外の分野にも広がりますか。
あらゆる業種業態で活用されていく可能性があると思います。ただ現状は、xRでサービスにどのような付加価値を出せばいいか、どの企業も模索中です。テック系企業がソフトの開発に挑んだり、大手通信事業者がビジネスにまとめ上げようと実証実験を行ったり、という状況です。たとえば、KDDIは渋谷区観光協会などと共同で渋谷エンタメテック推進プロジェクトを実施しています。xRを活用して街の景観をデジタルでアップデートしたり、イベント会場にAR地図で誘導したりと、街の魅力づくりに取り組みつつ、さまざまな企業や団体が参画できるプラットフォームを構築することで、xRの機運を盛り上げることを目指しています。
――活用促進の鍵は何でしょうか。
上記の通信環境に加え、デバイスの改良が重要です。現在はxR利用時にスマホや専用ゴーグルが必要なので、利用のシーンが限定されてしまいます。たとえば、中国メーカーの開発したスマートグラス「nreal light」は見た目は普通のサングラスで非常に軽量、さらに通常の視界にそのままxR画像を重ねられます。今後、既存の眼鏡などにxRや通信の機能部分を後付けできるデバイスが登場すれば、利用シーンは各段に広がるはずです。いわば「ウォークマン」のxR版とでもいえるかもしれません。時間と地理的な制約を飛び越えて、斬新なサービスが出てくることも期待されます。
――どのように制約を飛び越えられるのでしょうか。
端的にいえばこれまで出来なかったことが空間を越えて提供できる可能性があります。たとえば、被災地に専門的な医療スタッフを派遣できない場合でも、高性能カメラだけ現場に届け、5Gで高精密な画像を送ってもらうことで、遠隔地の医療関係者が怪我人の手当の緊急度を見極めたり、xRで治療法を指示することが可能となります。実証実験レベルではすでに取り組みが行われています。また児童・生徒数の少ない学校では、集団での活動が十分にできない、たとえばブラスバンド部の人数が揃わなかったり、指導者がいないというような場合があります。そこで5GとxRを活用すれば、遠隔地にいる指導者の指揮のもとで、複数の学校のブラスバンド部が一緒にそれぞれの場所で合同演奏することも技術的には可能となります。
空間価値を変えるビジネスモデルに期待
――都市の集積のメリットがどこでも享受できるのですね。
都市と地方の関係が大きく変わることも起こりうると思います。現在、人気アーティストのコンサートは集客力のある大都市でしか開催されません。地方の活性化を目指す取り組みとして、大都市の観客はxRデバイスでより安価にライブ経験を味わってもらう。一方、アーティストが地方の会場で公演することで、観客は大都市の大規模会場とは異なるコンサート体験を得られます。より高い単価の対価を支払うことが可能になりますし、そうした経済的なゆとりのある層が実際に地方を訪問し、その土地ならではの食べ物、自然、旅行なども楽しめるようにする。近年は、その土地に根ざした食文化を楽しむ「ガストロノミーツーリズム」が世界的にも注目されており、アーティストにとってもそうした大都市以外の日本の地方の土地、食文化を楽しむことが出来ることも大きなアピールになると思います。つまり地方の良いところの上に、多数の観客を集客するというような都市の集積のメリットを重ねることが出来るわけです。
――大都市圏でしか成立しなかった体験も、空間を飛び越えて地方に移転する。地方創生の新たなアプローチになりそうですね。
そうです。特に興味深いのは、そこで新しい空間価値が生むことで、経済的価値やビジネスモデルを変えられる点です。ギリシア・ローマの時代から人々が集積した都市こそが経済価値をより高く生み出す場所であり続けたわけですが、そうした空間の集積価値が変わる可能性があります。より高い付加価値を生み出せる人ほど大都市の機能や空間に縛られる必要が無くなっていきます。例えば本当に高い技術を持つ医師は地方にいて、患者や設備は大都市にある、というような医療サービスの提供ができるかもしれない。このように、これまでは大都市でしか高い報酬を得られなかった人が地方で居住するようになることは十分に起こりうるので、今度はそうした人むけのリアルなサービスであるレストランなどが必要になり経済活動が活性化するという流れになる。まだまだアイデアはいろいろあると思います。xRを前提に空間価値を再定義し、時間や場所の制約で諦めていたことに着目することが第一歩になります。私たちもxRで実現できる価値の可能性を整理し、さまざまな方と議論しながら面白いアイデアを模索しているところです。オープンイノベーションを活用し、顧客企業と一緒に試行しながら、新しい空間価値や経済価値の創出を目指したいと思っています。
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