企業の「己らしさ」が問われる時代の長期ビジョン――「バックキャスト」で考える未来の姿
2020/03/06
技術革新が進んで業種の壁が崩れ、経営環境の変化はますます激しくなっています。また、米中貿易戦争やBrexit(英国のEU離脱)などの政治リスクの高まり、シェアリングに代表される価値観の変化といったように、不確実性がますます高まる中では、従来の延長線上の経営戦略で企業が長く存続していくことは困難です。こうしたVUCA(変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)の時代にあって長期ビジョンが注目されつつありますが、長期ビジョンのあり方、つくり方について、野村総合研究所(NRI)で経営計画・事業戦略や人材マネジメント分野のコンサルティングに長年携わってきた加藤貴一にききました。
20~30年後に生き残る企業とは?
――最近、長期ビジョン策定プロジェクトの仕事が増えているそうですが、どのような背景がありますか。
経営環境の不確実性が高く、他方でGAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)など「プラットフォーマー」と呼ばれるIT系企業が事業領域を広げて競争環境も変わっているため、自社の将来について問題意識を持つ企業が増えています。経営理念は不変だとしても、技術動向などで周囲の環境が変われば、企業が目指す姿は変わります。そこで、2040年や50年の未来社会について洞察し、自社のあるべき姿を考えてみようという流れになっているのだと思います。
――不確実性が高い中で、未来を的確に予測できるのでしょうか。
私たちのプロジェクトでは、NRIを含め各種機関が公表している未来予測の情報をインプットとして提供します。人口動態をはじめとして、将来がどうなるかを、かなり見通せる情報もあります。そして温暖化や水の問題などの地球環境の変化、未来技術の展望など、不確実性の高い情報に関しては、いくつかの切り口で今後の姿を概観します。そのうえで、まずはそのような未来の社会で自分たちの会社が存続するための「ありたい姿」を考えてから、そこへ向けたプロセスを検討する「バックキャスト」という手法を用います。その際に重要になるのが、厳密な予測よりも、柔軟な発想をすることです。シナリオシンキングという手法がありますが、あえて前提が現状と大きく異なる想定を置くことで、従来の延長線上の発想にはない観点を引き出すことが重要になります。
「HOW」ではなく「WILL」を考える
――現時点から「フォアキャスト」で予測する10年後と、未来から「バックキャスト」で考える2030年の姿とでは、どのような違いがありますか。
まず、目標や規模感が違います。「フォアキャスト」では、どうしても今の事業領域の近くの話にとどまり、従来の延長線上で何パーセント成長するかを考えていきます。一方、「バックキャスト」では、未来社会では一極集中型での生活はなくなっている、20年・30年後の売り上げは何兆円で既存事業は半分になっている、というように、かなり大胆な数字や前提を置きます。それに対応するには指数関数的な成長が必要になるため、自社単独では難しい中で、どのような事業を行うべきか、どのような企業とM&Aをすべきか、といったように「フォアキャスト」とは異なる観点が出てきます。
――長期ビジョンの議論をする際には、どのような点に注意すべきでしょうか。
「HOW」(方法論)の議論のみに陥らないことです。ビジョンづくりでは内部環境を分析し、自社の強みや失くしてはならないものなどを検討しますが、早い段階でそれを踏まえて議論すると、従来の延長線上の話しかできません。どの事業や国に進出すれば勝てるか、どうすれば一番成長できるかといったように、最適解を求める方向に、つい頭が行ってしまいます。そういう成長戦略からいったん離れて、自分たちは何がしたいのかという「WILL」(意志)、そして何を果たすべきかという「MISSION」(使命)を考えてみることが大切です。
最終的なアウトプットとして長期ビジョン書を作成しますが、それ以上に重要なのは、それを策定するプロセスです。日頃、担当している事業や機能のことばかり考えている役員が、そこから少し離れた立ち位置で、どのような会社になりたいのかを考え、自社の「WILL」や「MISSION」に対して心の底から理解し納得することが求められます。そこでマインドが変われば、日々の動き方も変わってくるはずです。
事業内容よりも「己らしさ」で差別化する
――なぜ企業の「WILL」や「MISSION」を重視すべきなのでしょうか。
これからはさまざまな面で個人としての存在が際立ってくる時代になります。個人が「己らしく」生きることを志向する時代です。例えば、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)で情報を発信すれば、個人でもかなり影響力を持ち、会社に所属しなくても仕事ができます。働き方の選択肢が多い中で、「この会社にいた方が面白いことができる」と思えない限り、魅力的な人材が入社し定着することはありません。特に、業種の壁を越えて幅広い事業が展開できる時代ですから、どのような事業をやっているかよりも、会社として何を大事にしているか、どうありたいかという、企業の「己らしさ」である「WILL」や「MISSION」を明文化して対外的に示し、自社を差別化しないと、個人に選んでもらえないのです。
長期ビジョン策定プロジェクトは通常、役員中心に議論を進めることが多いのですが、個人的には、若手や中堅をプロジェクトに巻き込んでいく必要があると考えています。日本企業は縦割り組織なので、社員は自社の全体像を意外に知りません。私たちが支援する長期ビジョンの議論では会社情報をオープンにすることが前提となるため、そこに参加し会社全体について考えることで、当事者意識を持って「この会社でやっていこう」と感じるようになります。その意味でも、現在の役員だけでなく、20年後に実際に会社を率いる人材が一緒に考え、長期ビジョンを社内に広げていく展開になればよいと思っています。
特定の業界やソリューションで高い専門性を備え、コンサルタントの第一人者として、社会やクライアントの変革をリードする役割を担っています。
新たなビジネスを作り出し、プロジェクトにも深くコミットし、課題解決に導く責任も有しています。
- NRIジャーナルの更新情報はFacebookページでもお知らせしています