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文明の端に実る希望の果実

専務執行役員 金融IT イノベーション事業本部長 林 滋樹

#サステナビリティ

#DX

#価値共創

2021/05/20

ハプスブルグ帝国の首都であったウィーンの中心部に、17世紀の疫病への勝利に感謝する三位一体記念柱が黄金色にそびえている。バロック様式の柱は、宗教的要素だけでなく疫病の苦悩が凝縮昇華した存在であることを感じさせる。日本でも大和路に巨大な仏像が建立された。世界中に疫病を克服した歴史的建造物があることを今あらためて実感する。われわれは繰り返す歴史の中に存在しているのだ。
疫病に対する社会的な耐性が文明の接触時に相手を滅ぼした事例があることを世に広く知らしめたのはジャレド・ダイヤモンド教授であったが、国境が閉鎖される事態に至り、文明の接触がいまだに困難を伴うことを実感する。われわれの社会が生き残るか滅びるか、今が転換点であることは間違いない。
転換点を社会的変化という側面で見ると、産業革命が一夜にして成し遂げられていないのと同様に、社会構造の大変革は静かに始まっている。

気候変動に関する対応に向けて

持続的成長を訴えるSDGsが日本の社会にも定着してきたが、さらに歴史の転換点ともいうべき、カーボンフリーに関する意思決定が主要 国で発表されている。カーボンだけでなく「気候変動に関する対応」全般こそ重要な視点となってくる。
理想を求める主張であるが、現実にはSDGsと同様に、大義の衣を着た規制ビジネスが最初に訪れるだろう。それを批判しても生産的ではない。一方で、規制をただ実直に守るだけの行為は単に競争力を削ぐだけの結果につながりやすい。とりわけ社会全体を巻き込む規制は各国の実情を踏まえた実施になることを勘案すると、必ず移行段階への考慮が付記されることになる。どのような移行段階の考慮が必要なのか、社会として企業として発信できることが求められる。単に規制に対する開示という側面にとどまることなく、規制を自らの戦略の中に位置付け、移行に関するコストを含めて発信する対応が求められる。
気候変動にかかわる規制の特徴として、金融監督行政への対応が求められている点がある。金融規制は欧州からやってくる。欧州は気候変動への対処こそ政治的なインセンティブがあり、結果として世界標準の金融規制へと進んでいくだろう。これは金融機関への対処に限定されるのではなく、SDGsと同様に、サプライチェーンへの対応という言葉で金融機関の取引先、とりわけ上場企業に対する大きな影響も想定される。
カーボンフリーだけでなく、災害リスクに対する対応力など、気候変動への対応力や将来への取り組みが評価される時代がやってくる。

社会システム全体としてのリデザインの実現へ

気候変動への対応には、技術革新によって社会を変革するという政治的な強い意思が感じられる。それは一方で、産業の技術革新で達成できる規制ではなく、社会構造変革が不可欠な内容だ。われわれはこの疫病に対する困難な状況の中で生活や働き方の変革を経験し、前提条件なく改革することを社会的に学習していると考えられる。つまり、社会システム全体としてのリデザインを行う準備ができたといえる。このリデザインを実現するのはデジタルの活用である。ビジネスプロセスや生活など社会全般に関するデータを集積し分析すること、仮説を基に膨大な社会データを分析することで、リデザインにかかわる戦略を事前に検証することが可能である。

リデザイン戦略を事前に検証する際の第一の視点は、旧来型の需要と供給概念からの脱却である。効率的な大規模生産と極端な価格志向により、商品の廃棄や地球を駆け巡る物流が発生している。気候データなど膨大なデータを基にした、生産・物流・消費の分析による生産の制御と各エンティティの余剰最大化を追求する社会の実現である。
第二の視点はAlchemy(錬金術)である。刺激的な表現をあえて使うのは、価値のないものとして廃棄されてきたものをデジタルの力で金の価値に転換できるからだ。デジタルはまだAlchemyと同様に前近代的な段階に過ぎない。生産から消費の段階で廃棄されてきたものを再生するには、いずれかの段階で商業的な観点を超えた資本投下が必要になる。ここにデジタルによる効果的な政策があれば、投資資本の数倍の効果を持つ。福祉の視点では、特に効率的な公的資本の投入をデジタルで実現すべきである。
第三の視点は、多様な価値観を誇りにする文化の形成である。目指すべきは、国や地方といった社会や民族や主義主張、文化的思考など、多様性を相互に認め合い、幸福を自己認識できる社会の形成である。デジタルが幸福の測定に役立てば、生産と消費に依存しない社会形成が可能になるだろう。
京都の三十三間堂に佇む千体を越える仏像は、その宗教的多様性が文明の果てで結実して いることを示している。気候変動への対処も規制ビジネスへの対応でなく、多様性が結晶したデジタル化であることを求めたい。

知的資産創造3月号 MESSAGE

NRIオピニオン 知的資産創造

特集:DXの新たな地平

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