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NRI トップ NRI JOURNAL 日本の物流業界が生き残るために 後編

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日本の物流業界が生き残るために 後編

――柔軟な発想、緻密な業務と事業モデルの設計力、エグゼクティブ教育の重要性

産業ITイノベーション事業本部 兼 システムコンサルティング事業本部
主席研究員 藤野 直明

#DX

#運輸・物流・倉庫

#グローバル

2021/11/09

1990年代から日本の物流業界の課題解決に取り組み、製造・物流・小売それぞれの業界を横断する仕組みづくりを提言してきた野村総合研究所(NRI)の藤野直明。前回の記事では、標準化を推進し、業界横断かつ国内外すべての物流に適用する究極のオープンな共同物流システム、「フィジカルインターネット」が将来の姿だと述べました。
では物流企業や荷主企業、政府はどのように考えていけばよいのでしょうか。藤野は、「柔軟な発想」「緻密な業務と事業モデルの設計力」「エグゼクティブ教育」の3つが重要と言います。

前のページ:日本の物流業界が生き残るために(前編)

大きなビジネスチャンス

危機的な状況を打破するために、創造的破壊と新結合が迫られている日本の物流業界。藤野は「イノベーションが迫られている今だからこそ、日本の物流企業にとって大きなビジネスチャンスが存在する」と言っています。フィジカルインターネットの世界では、従来の産業構造の「創造的破壊と新結合」がはじまります。柔軟な発想により既存のやり方やパラダイム(通念)を捨て、ゼロベースでさまざまな選択肢を実験することにより、ビジネスチャンスを生かすことができます。現在の物流や流通機構が最適でないことは、むしろビジネスチャンスなのです。
近い将来、物流業界は流通機構と融合し、CtoC(宅配)、BtoC(EC)、BtoB(企業物流)をすべて一括してカバーする新たな産業に進化していくことは前編でもご紹介しました。背景にあるドライビングフォースは、既に現実となった①REITなど、物流不動産へのファイナンス面での革新、②基幹輸送への自動運転・隊列走行などの新技術の適用、③マテリアルハンドリング機械メーカーの庫内インテグレーションサービスの提供、④この他多様な物流資産(倉庫やトラック等)のシェアリングサービス化、⑤多様な物流資産の計画領域を含むマッチングサービスへの金融工学の応用、⑥各種のサービスを相互に接続可能な、オープンなデータ連係の仕組み(GAIA-Xなど)やAIや最適化技術の適用があります。さらに、⑦国際的な企業間インターフェース標準を活用することにより、安価にかつ優れたクラウドソリューションの活用が可能となり、①~⑦を自由に組み合わせ顧客のエージェントとして振る舞う、⑧物流システムインテグレータの台頭も期待できます。
こうした創造的破壊と新結合は、物流企業にとって大きなビジネスチャンスとなるはずです。

期待される“柔軟な発想”、“緻密な業務と事業モデルの設計力”

ただしこのビジネスチャンスを生かすには、「柔軟な発想、緻密な業務と事業モデルの設計力が重要」と藤野は言います。例として、クール宅急便の国際標準化によるグローバル展開の例を挙げます。
「日本の物流業界最大のイノベーションはヤマト運輸の宅急便でしょう。世界でも優れた物流サービスとして高く評価されています。最近では“クール宅急便”の仕組みが国際標準化され、パートナーシップにより海外でも新しいビジネスモデルとして展開されようとしています。サービス品質などの緻密な国際標準化活動には国交省や経産省をはじめとした強力な産官連携があったようです。“豊洲ブランド“の刺し身やお寿司が世界中で食されることももうすぐです。クール宅急便の国際標準化は、物流領域で新市場を創造した画期的な成功ケースと言えるでしょう。ヤマト運輸はカーボンニュートラル分野でも国際機関と連携した活動を既に始めています」こうした企業がさらに増え、活動が拡大していくことを藤野は期待しています。

グローバルな視点を持てるか

前編で、シンガポール港湾局の外部向けサービス会社が、自社が構築したコンテナターミナルのオペレーションシステムを活用し、グローバル市場へ展開していることを紹介しました。藤野は、このグローバルな視点が日本の物流会社に乏しいのではないかと指摘します。
「日本企業は、まず日本国内で成功してから海外へ、と考えます。そして売上と利益、つまりPLを重視するため、どちらかと言うとバックボーンとしてのDX投資には及び腰の企業が多い。バックボーンとしてのDX投資は短期的なPLへの効果は小さいですが、スケーラブルな業務モデルの確立と組織知化は、事業機会を逃がさないという“オプション価値”として企業価値には大きく貢献していくのです。数年後を見据え国際標準を活用したスケーラブルな仕組みの構築に戦略的な投資を行うことができれば物流企業の未来は明るい」とみています。「日本の物流サービスの品質は決して海外に劣っていません。グローバルで本格的に活躍する物流企業が、少なくとも数100社くらいあってもおかしくないと私は思います」と藤野は展望しています。

エグゼクティブ教育に期待

さらに藤野は、これらの問題の背景が「OMや物流DXの知識、及びエグゼクティブの学習環境の乏しさ」だとみています。2021年6月に閣議決定された「総合物流施策大綱(2021年度~2025年度)」では、高度物流人材育成について、海外と日本との比較を踏まえた方針が示されました。そのポイントは次のようなものです。
「従来、物流業務とは『単に荷主の要望に応じて物を移動させること』を指す傾向が強かったのですが、現在では『企業経営における全体的な視点から戦略的に物流の効率化、高付加価値化を図ること』であり、欧米企業ではサプライチェーンやロジスティクスのマネジメントを担当する役員(CSCO-Chief Supply Chain Officer)やCLO(Chief Logistics Officer)が置かれる例もあります。こうした人材の重要性についての産業界での認識が高まるとともに、大学での専門的な教育の充実が進むよう、関係者間での取り組みを促進する必要があります」(国土交通省資料から抜粋)
また、今回の総合物流施策大綱では下記の3点が方針当該分野の方針として示されました。

  1. 物流 DXの実現には、グローバル化の状況も踏まえながら物流産業の今後の進むべき方向性を俯瞰的に捉え、先進技術等も活用した物流業務革新のための企画・提案ができる人材が必要。
  2. 諸外国の人材育成の先進的事例等も踏まえ、求められる能力を明確化していく。 従来の学問分野に加え、経営情報学や経営工学、数理科学などの多様な能力を備えた人材が物流分野に参画し、物流改革が促進されるよう、産官学が連携した高等教育段階における高度物流人材育成の取り組みを推進する。
  3. サプライチェーン上の荷主・物流事業者等の従事者に対して、これらの高度な知識、技能や、経営戦略としての物流やサプライチェーンマネジメント、オペレーションズマネジメント(OM)を学ぶ機会を提供する。
(2020年代総合物流施策大綱から抜粋)

 

残念ながら、これまで日本では一見地味な物流業界には先端的な研究を行う理工系人材は、集まりにくい状況でした。ところが幸いなことに、「最近、IoTやAIなど先端科学技術分野に関わる若い人材が、物流やSCM、OMに関心を寄せ始めた」と藤野は言います。「東京大学の先端科学技術研究センターに先端物流科学という講座が2019年に誕生しました。『サイエンスから物流を構築できる人財の育成と輩出を目指し、サプライチェーン全般、物流課題解決に有用な先端技術とその応用などの教育を推進』する講座です。大盛況と聞いています。日本の物流業界はこれから業務改革がどんどん必要になるし、グローバルに広がる巨大な成長市場が待っている。そこに可能性と期待を見出して、若い人材が集まっています」
海外でも、そして日本でも物流関係のスタートアップがたくさん生まれています。今がビッグチャンスであり、スケーラブルなアイデアで世界に展開できれば大きな成功が得られることに若い人材は気づいているからだろうと、藤野はみています。

そもそも高度物流人材とはどのようなイメージなのでしょうか。実は、高度物流人材とは経営層そのものです。物流やOMを現場任せにしないで、機能組織横断でSCMを担当する役員を設け、同時にモノの流れや業務の全体を理解し、俯瞰的な立場からKAIZENやイノベーションを仕掛けていくSCM組織を設置することが重要です。欧米のCEOのかなりの数はSCM担当役員を経験しています。

次世代、次々世代の経営者や役員育成研修の一環として、SCMやOMの基礎を自社のオペレーションの現実に即して理解する機会が重要になってきます。そうなれば、中長期的なDXのブループリント(青写真)について役員会でコンセンサス得ることも容易となるでしょう。何よりデジタル時代のビジネスモデルの変革を、自信をもって進めていく、そういう企業に進化していけるのです。
海外のビジネススクールでは常識となっているOMやSCM教育を、日本でも本格化し、企業の次世代経営層を対象に、夏季合宿形式などの集中コースでそのエッセンスを伝える、ハーバードAMP(Advanced Management Program)のような「エグゼクティブ教育」が効果的と、藤野は考えています。

DXとは、制約でもない局所的な業務に他社事例を参考に闇雲にAIを活用するというような活動のことではありません。物流DXも同様です。実は、OMの重要性を欧米に教えたのは日本企業です。藤野はその先駆者としてOMの本質を伝えながら、これからも日本企業が国際競争力を高めていけるよう支援していきたいと語っています。

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