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木内登英の経済の潮流――「成長か分配か 衆院選後の政府経済政策の展望」

金融ITイノベーション事業本部  エグゼクティブ・エコノミスト  木内 登英

#木内 登英

#時事解説

2021/11/11

10月31日に投開票が行われた衆院選では、自民党は公示前の276から議席数を減らしたものの、単独過半数の233議席を上回り、国会を安定的に運営できる絶対安定多数の261議席を確保しました。選挙で有権者から一定の支持が得られたことを後ろ盾に、岸田政権はこれから各種政策を本格稼働させることになります。経済政策では、岸田政権は「新しい資本主義」、「成長と分配の好循環」、「令和の所得倍増計画」などを掲げています。具体的な施策の全容は未だ明らかではありませんが、賃金の引き上げと所得格差の縮小がその中核となるでしょう。

経済の成長力、潜在力を高める経済政策を最優先に

経済政策では、短期のコロナ対策と中長期の政策とを明確に区別することが重要です。過去30年程度を振り返っても、GDP統計から算出する労働分配率や所得格差を示すジニ係数はほぼ横ばいとなっていて、日本で著しく格差が拡大した証拠は見られません。少なくとも格差の縮小は、中長期の経済政策での最優先課題ではないと思います。
日本経済が抱える最大の問題は、経済の潜在力、成長力が低下を続けていることです。日本経済の成長率が低いこと、労働生産性上昇率が低下を続けていることが、多くの人が問題視している賃金が上がらない最大の原因です。またそれこそが、多くの国民が将来の生活不安を感じ続けている背景にあります。
先行きの成長期待が乏しい中では、中長期的に人件費が経営を圧迫しかねない賃上げに、企業は慎重にならざるを得ません。岸田政権は法人税の優遇措置を拡大することで、企業に賃上げを促す考えです。それは安倍政権以来実施されてきた政策ですが、上手くはいっていないのです。
政府は、分配のパイを広げる、つまり成長力を高め、労働生産性を高める政策を最優先すべきでしょう。それを通じて、企業が自ら進んで賃金を引き上げる経済環境を作り上げることが、何よりも重要です。そうした環境が整わない中で、仮に、企業に賃上げを強いれば、企業は収益見通しの悪化から設備投資を抑制し、経済の潜在力を損ねてしまう可能性があります。それは結局のところ、賃金の上昇を妨げることに繋がるのです。

短期的なコロナ対策では所得再配分が必要に

他方、コロナ禍が格差を一時的に拡大させたことは確かであり、それに対する追加の対応は、短期の経済政策としては必要な面があります。通常の景気悪化とは異なり、コロナ禍が業績に追い風となっている企業、所得が増えている労働者も少なくありません。ほぼ全ての企業の業績、労働者の所得環境が悪化する通常の景気後退とは大きく異なるのが、コロナ禍による経済環境悪化の大きな特徴です。そこで、余裕のある企業、労働者から大きな打撃を受けた企業、労働者に所得を回す、再配分政策が必要となります。
こうした再配分政策は、コロナ対策の財源をどのように確保するかといった議論と深く関わってきます。現状のように、コロナ対策の費用を単に国債発行で賄い続けると、その負担の多くは将来世代に転嫁されていき、世代間の不公平感を高めることになります。さらに将来世代の負担が高まれば、その分将来の需要が弱まり、中長期の成長期待が下がって、企業は目先の設備投資、雇用、賃金を抑制してしまうのです。コロナ対策の財源確保の議論は、早急に始める必要があります。
他方、現在の休業・時短の協力金制度を通じた事業者支援では、幅広い業種が支援先から漏れてしまっている点が問題です。岸田政権が掲げる、業種・地域を限定しない新たな給付金制度は必要ではないかと思います。
個人の支援については、まず既存のセーフティーネット制度の機能を高めることで、コロナ禍で所得環境が悪化した人を支援することが重要でしょう。仮に、追加の給付金制度を導入するのであれば、対象を絞り込み、最も支援を必要とする人にお金を届けることが重要です。一律給付金のように、対象者を幅広く設定すると、支援を必要とする人に十分なお金が届かないか、いたずらに財政環境を悪化させてしまうことになります。なんといっても、一律給付金では、コロナ禍によって拡大した所得格差は縮小しないのです。
政府は現在、コロナ対策を中心にした追加経済対策、補正予算編成を検討しています。昨年度に使われずに今年度予算に繰り越された異例の30兆円超の繰越金をまずは再度しっかりと精査し、必要のないものは減額補正を行うべきです。それと組み合わせることで、補正予算の規模はかなり抑えることができるはずです。

人口対策、デジタル化などに期待

一方、中長期の経済政策では、構造改革、成長戦略を通じて経済の成長力、潜在力を高めることを最優先すべきです。今回の衆院選挙では、与野党ともに、経済政策での構造改革、成長戦略の優先順位は概して低く、給付や減税を通じた当面のコロナ経済対策に終始した印象もあります。
信頼できる構造改革、成長戦略を政府が打ち出すことで、企業の成長期待を高めることが可能となります。その観点からは、出生率向上などの人口対策、コロナ禍で崩れてしまったインバウンド戦略の再構築などが有効なのではないでしょうか。
それ以外に、コロナ禍を奇貨として経済の効率を高める構造改革の推進も重要です。その一分野がデジタルです。コロナ禍でリモートワークなどの需要が高まっている今こそ、民間部門でのデジタル化推進のチャンスでもあります。岸田首相も、従来から「デジタル田園都市国家構想」を掲げ、郊外、地方での5G普及を重視しています。
また、現金利用に伴う感染リスクが警戒される現在は、キャッシュレス決済を前進させる好機でもあります。それは、経済の効率化に貢献し、また個人がデジタル社会により馴染んでいく入り口ともなるのではないでしょうか。キャッシュレス化推進には、中央銀行がデジタル通貨を法定通貨として発行する中銀デジタル通貨(CBDC)の発行も検討されるべきでしょう。岸田首相も日本銀行による中銀デジタル通貨、デジタル円の発行を支持しています。

コロナ禍を奇貨とした成長戦略、構造改革推進を

リモートワークが浸透する一方、感染リスクへの警戒がなお根強い現状は、東京一極集中是正を進める好機でもあります。東京の人口が集中し過ぎたことで、東京の経済効率は低下しているとみられます。また、人口集中による託児所不足などの問題が東京の出生率を低下させています。それは、日本全体の人口問題をより深刻にさせ、潜在成長率を押し下げている面もあるでしょう。政府は、省庁の地方移転を積極化させることで、東京一極集中是正を主導すべきです。人口あるいは企業活動が地方に広まることで、地方に埋もれた土地、交通インフラ、人材などがより活用されるようになり、日本全体の経済効率を高めるでしょう。
賃金を直接引き上げることを目指す政策は、経済の歪みを強めるだけでうまく機能しないように思います。そうではなく、企業が自ら賃上げを進めるような経済環境を作り出すことこそが、一見回り道のようで、実は賃上げの近道なのです。そのためには、経済の効率を高め、企業の成長期待を高める構造改革、成長戦略を政府は強く推し進めるべきです。また、国債の累積自体が将来の成長期待を押し下げる面があることから、財政健全化策も重要な成長戦略の一環と位置づけるべきではないでしょうか。

木内登英の近著

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プロフィール

木内登英

エグゼクティブ・エコノミスト

木内 登英

経歴

1987年 野村総合研究所に入社
経済研究部・日本経済調査室に配属され、以降、エコノミストとして職歴を重ねる。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の政策委員会審議委員に就任。5年の任期の後、2017年より現職。
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株式会社野村総合研究所
コーポレートコミュニケーション部
E-mail: kouhou@nri.co.jp

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