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木内登英の経済の潮流――「ロシア・デフォルトの衝撃」

金融ITイノベーション事業本部  エグゼクティブ・エコノミスト  木内 登英

#木内 登英

#時事解説

2022/03/11

ロシアのウクライナ侵攻を受けて、先進国はロシアに対する経済・金融制裁を次々に打ち出しています。ロシアの一部の銀行を、国際送金を担うSWIFT(国際銀行間通信協会)から排除する措置や主要国の中央銀行に預けているロシア中央銀行の外貨準備を凍結する措置等は、ロシア通貨ルーブルの信認を大きく低下させ、大幅な通貨安をもたらしました。ロシアは深刻な外貨不足に直面することになり、それが貿易に支障を生じさせるとともに、外貨建て対外債務の返済を俄かに難しくしています。ロシア国債はデフォルト(債務不履行)に近付いているのです。

デフォルトとは何か?

デフォルトとは、債券発行者(債務者)から債券保有者(債権者)に、予め定められた期限通りに利子の支払いや元本の返済がなされない状態のことを言います。ただしこれは広義のデフォルトの定義です。債権者が条件の変更に同意すれば、支払い猶予などが認められて、それ以前と同様に債券の売買が行われ、債券発行者の信頼が大きく損なわれないこともあります。
デフォルトの認定は格付け会社によって行われるのが一般的です。格付け会社が、デフォルトに対応する格付けを付けた時点で、デフォルトが認定されることになるのです。主要格付け機関は既に、外貨建てのロシア国債がデフォルトにかなり近い状態にあることを示す格付けをしています。
ロシアのプーチン大統領は3月5日に突如、外貨建て対外債務の返済をルーブルで行うことを一時的に認める大統領令に署名しました。ロシアやロシア企業の「非友好国」の債権者に対する措置だと言います。その後発表された「非友好国」のリストには、他の先進国と歩調を合わせてロシアへの制裁措置を実施している日本も含まれました。
しかし、外貨建て債券の返済を外貨から自国通貨へと一方的に変更するのはルール違反であり、当初に定めた条件で債務返済を行うことができなくなったのであれば、事実上のデフォルトとも言えます。
海外の債券者がルーブル建てで返済を受け入れる可能性は、かなり低いでしょう。ロシアのウクライナ侵攻後、ルーブルは対ドルで60%もの大幅下落を記録しています。先進国からのさらなる制裁強化や、ロシア経済の悪化、あるいはロシア国債のデフォルトなど、先行きルーブルの価値をさらに下げる要因がなお多く控えている状況です。そうした中、価値が下がり続けるルーブルを外貨の代わりに喜んで受け取る海外投資家がいるとは思えません。仮に受け取っても、為替市場でルーブルの流動性は急速に低下しており、外貨に換金するのは容易ではないでしょう。

3月16日がXデーか

結局、制裁によって外貨不足に直面しているロシアが、外貨建て対外債務の返済をルーブルで行うというこの奇策は、上手く行きそうにもありません。そうした中、ロシア政府・企業が、外貨建て債券の利払いや償還を実際に行わなければ、正真正銘のデフォルトとなるのです。
JPモルガンの分析に基づくと、3月中旬から断続的に利払い期限が到来する中で、ロシアが正式にデフォルトに陥る可能性が高まりそうです。最初の支払期限は3月16日で、猶予期間は30日に設定されています。ここで利払いが滞れば、早ければ4月中旬にもデフォルト認定がされる可能性があるのです。
3月だけで利払いと元本返済が合計7.3億ドルに達します。そして、4月4日には、21.3億ドルもの元本返済期限が待ち受けているのです。遅くとも5月までにはロシア国債のデフォルトが確定する可能性は、比較的高いのではないかと思われます。

ウクライナ侵攻前までは良好だったロシアの経済、財政環境

通常、デフォルトは、債券発行者の資金面での支払い能力が低下することによって起きるものです。しかし、それとは異なる「テクニカル・デフォルト」というものもあります。例えば米国政府は、しばしば財務省証券のテクニカル・デフォルトのリスクに直面してきました。与野党の政治的な駆け引きの結果、法定債務上限の引き上げが遅れることで新たな資金調達が阻まれ、テクニカル・デフォルトのリスクが生じるのです。
ロシア政府についても、ウクライナ侵攻前までは資金面での支払い能力について問題はありませんでした。新型コロナウイルス問題で、2020年の実質GDP成長率は-2.7%と落ち込みましたが、IMF(国際通貨基金)の今年1月時点で実績見通しによると、2021年には+4.5%と順調に回復し、2022年も+2.8%と堅調な成長が見込まれていたのです。そのもとで、ロシア政府の財政環境も良好で、財政収支のGDP比率は、新型コロナウイルス問題で2020年は-4.0%と赤字になりましたが、2022年には+0.02%へと黒字化する見通しでした(IMFによる)。経済の回復と原油価格上昇が、財政改善を後押ししたのです。
ところが、ウクライナ侵攻を受けた先進国の制裁措置によって、外貨の調達、確保が俄かに難しくなり、ロシア政府は財務面では債務返済の能力が相応にあるにもかかわらず、デフォルトに向かっているのです。テクニカル・デフォルトの要素も含む、特殊な形でのデフォルトです。

1998年ロシア(通貨)危機とは異なる点が多い

ロシア中央銀行の統計から、ロシアの対外債務の状況を確認してみましょう。2021年9月末時点で、官民合わせたロシアの対外債務残高は、4,906億ドルです。そのうち671億ドルが、ロシア連邦政府と地方政府が発行した政府債(国債+地方債)です。海外が保有するこの671億ドルのロシア政府債のうち、ルーブル建てが69.5%の466億ドル、外貨建てが30.6%の205億ドルです。デフォルトのリスクが高いロシア政府債は、この205億ドルの部分です。ただしそれは日本円に換算して2.4兆円程度で、それほど大きい規模とは言えません。
他方、BIS(国際決済銀行)の統計によると、2020年に、世界の外貨建て政府債の発行残高に占めるロシアの外貨建て政府債の発行残高の比率は、3.1%に過ぎません。自国通貨建ても含めたロシア政府債の比率は、僅か0.4%です。世界の金融市場におけるロシアの政府債の存在感は、GDPで世界の1.7%を占めるロシアの経済規模と比べて、かなり小さいのです。この点から、ロシア政府債がデフォルトに陥っても、世界の金融市場に甚大な影響を与えるとは言えないと思います。
ところで、1998年のロシア(通貨)危機の際に、ロシアのデフォルトが先進国の金融市場に顕著な悪影響を及ぼしたのは、その前年のアジア通貨危機の影響で金融市場に強い脆弱性が残っていたことと、ファンドが特別なポジションを作ったことによると思われます。
ロシア(通貨)危機で、米国では大手ヘッジファンドのLTCM(ロングターム・キャピタル・マネジメント)が破綻しましたが、これは、ロシア国債ロング(買い)と米国財務省証券(米国債)ショート(売り)を組み合わせた、リスクの大きいポジションをとったためです。当時、財政環境の悪化や通貨安圧力を背景に、ロシア国債の価格は下落していました。「ロシア国債は売られ過ぎ、米国財務省証券は買われ過ぎ」と判断して、LTCMはこのようなポジションをとったのです。ところがそれが裏目に出て、ロシアの国債の価格はさらに下落し、米国財務省証券の価格は上昇したため、LTCMは大きな損失を負って破綻してしまいました。
当時は同様のポジションを持ったファンドが少なくないと見られていました。そうしたファンドが、ポジションの解消や、顧客の換金売りへの対応から資産の売却を迫られたことが、金融市場を動揺させたと考えられます。

ロシアのデフォルトは世界の金融危機の引き金にはならない

ところが、ロシアのウクライナ侵攻以降に、ロシア国債の買いポジションを新たに持つファンドが多く出てきたとは思えません。1998年のロシア(通貨)危機とは異なり、今回は、事態が悪化し始めた途端に、ロシア国債のデフォルトリスクが一気に高まったからです。
さらに、ロシア政府は、市場安定化のために海外投資家が国債を含むロシアの証券を売却するのを禁じるという、いわば暴挙に出ました。ロシアの国債、その他の証券に対する海外投資家の信頼は、一気に落ちた形です。これは、デフォルト以上にロシア国債への信頼感を損ねるものです。そのため、新たにロシア国債の買いポジションを持った投資家は少ないでしょう。
こうした点を踏まえると、仮にロシア国債のデフォルトが生じても、1998年のように海外投資家が大きな損失を被る可能性は大きくないと見られます。ロシアのウクライナ侵攻以前からロシア国債や株式などを保有する海外投資家には一定程度の損失が生じ、それが経営問題へと発展する可能性は考えられますが、それだけで、世界の金融市場が危機的状況に陥るとは考え難いところです。 ウクライナ紛争をきっかけに、仮に世界の金融市場が大きく動揺することがあるとすれば、この紛争がエネルギー価格の一段の高騰をもたらし、それがFRB(米・連邦準備制度理事会)の金融引き締め策を強く後押しする場合でしょう。その際には、エネルギー価格高騰と金融引き締めの双方が、世界経済の見通しを俄かに厳しくし、また、今まで市場に累積してきた証券化商品、ハイイールド債(ジャンク債)などの高リスク金融資産の調整を一気に引き起こすことで、金融市場に予想外に大きな混乱をもたらす可能性が出てくるのです。

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プロフィール

木内登英

エグゼクティブ・エコノミスト

木内 登英

経歴

1987年 野村総合研究所に入社
経済研究部・日本経済調査室に配属され、以降、エコノミストとして職歴を重ねる。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の政策委員会審議委員に就任。5年の任期の後、2017年より現職。
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