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NRI トップ NRI JOURNAL 木内登英の経済の潮流――「円安は日本経済にプラスかマイナスか」

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木内登英の経済の潮流――「円安は日本経済にプラスかマイナスか」

金融ITイノベーション事業本部  エグゼクティブ・エコノミスト  木内 登英

#木内 登英

#時事解説

2022/04/08

ウクライナ問題を受けたエネルギー価格の一段の上昇が、企業と家計に深刻な打撃を与えています。そうした中、並行して進む為替市場での円安傾向も輸入物価を押し上げ、日本経済にさらなる悪影響を与えることが懸念され始めています。円安進行の底流にある日本銀行の異例の積極金融緩和の継続についても、その妥当性が問われる状況となっているのです。

日米の金融政策の違いが円安進行を後押し

長いこと日本国民は、為替市場で円高が進むことを過度に警戒する、いわば「円高恐怖症」に陥っていた、とも言えます。国際協調による為替調整が行われた1985年のプラザ合意、1987年のルーブル合意後に対ドルで急速な円高が進んだ際、そして2008年のリーマンショック(グローバル金融危機)後に対ドルで70円台まで円高が進んだ際などには、円高で輸出企業が大きな打撃を受け、日本経済が急速に悪化することを多くの人が恐れました。そうした局面で国民は、政府に円高対策を求め、日本銀行には金融緩和を強く求めたのです。その結果、行き過ぎた金融緩和が行われて、それがバブル経済を作り出すなど、様々な問題を引き起こしてきた面があったと考えられます。
そうした過去の流れとは逆に、現在、企業や家計は、物価を押し上げるという円安のマイナス面に注目し、円安対策を政府や日本銀行に望むようになり始めたと考えられます。昨年来、1ドル110円~115円程度で比較的安定的に推移してきた円相場は、今年3月に入って一気に120円台に乗せ、一時は125円と6年7か月振りの円安水準にまで達しました。こうした円安進行の底流にあるのは、日米間での金融政策の方向性の違い、金利差の拡大です。
FRB(米連邦準備制度理事会)は、今年3月に0.25%の利上げ(政策金利引き上げ)を決めました。利上げは2018年以来のことです。さらに、ウクライナ問題を受けたエネルギー価格の一段の上昇を受けて、FRBは利上げのペースをさらに加速させる方向です。5月にはより大きな0.5%の幅での利上げを実施し、それを6月も続けるとの見通しも金融市場に出ています。
2015年に始められた前回の利上げ局面では、利上げ開始当初1年間の利上げ幅は0.5%でしたが、今回はその実に5倍近いペースでの利上げが、現在、金融市場では見込まれています。

日本では「悪い物価上昇」が進むか

他方、日本銀行は「異例の金融緩和策を修正する考えはない」、と明言しています。2月の消費者物価上昇率(除く生鮮食品)は前年同月比+0.6%と、欧米諸国と比べればかなり低い状況です。しかし、携帯の通信料金引き下げという一時的な要因の影響が剥落する4月以降は、一気に前年同月比+2.0%程度に高まり、その水準がしばらく続くことが見込まれます。
前年同月比+2.0%程度の消費者物価上昇率は、日本銀行が長らく達成を目指してきた物価目標の水準です。それでも日本銀行は、マイナス金利の解除など、金融政策を修正する必要がないと説明しています。
日本銀行は、現在の物価上昇率の上振れは、日本経済が強くなり、また賃金が上昇する中で生じる持続的な物価上昇率の高まりではなく、主に海外でのエネルギー関連の価格高騰による一時的な現象、と説明します。それはコストプッシュ型の物価上昇で、いずれは経済の悪化にも繋がる、いわば「悪い物価上昇」としています。それゆえに、物価上昇率が上振れても、金融緩和政策を修正する必要はない、と日本銀行は説明しているのです。
ただし、先般公表された日銀短観(3月調査)では、全規模全産業の5年後の物価見通しが、+1.6%まで上方修正されました。企業の中長期的な物価予想が引き上げられると、実際の物価上昇率の上振れも一時的に終わらずに長引いてしまうリスクが生じる点に、少し配慮をすることが必要な情勢となってきました。

日本銀行は「円安は日本経済にプラス」と主張

企業や家計が、「円安が物価高傾向を助長することで日本経済に打撃を与える」という円安のマイナスの側面により注目する一方、日本銀行は「円安は基本的に日本経済にプラス」、との見解を繰り返しています。こうした説明は、日本銀行が円安進行を容認しているとの金融市場の見方を強め、実際に円安が進む要因となっていると見られます。そして、円安は日本経済にプラスなのかマイナスなのか、についての議論が国内で俄かに高まってきたのです。
日本銀行は、「円安には輸出促進などプラスの効果と物価高による消費減少などマイナスの効果とがあるが、トータルでみればプラス」、との認識を示しています。内閣府の短期日本経済マクロ計量モデル(2018年版)によると、対ドルでの10%の円安は1年間の累積効果でGDPを0.46%押し上げます。当初は円安による物価上昇で個人消費は弱くなりますが、輸出や設備投資の増加効果が波及していく中で、個人消費も円安のプラスの効果を享受するようになるのです。このモデル計算の結果は、「円安は基本的に日本経済にプラス」との日本銀行の見解の正しさを示しているように見えます。
しかし計量モデルは、かなり過去のデータも用いて作られるのが普通です。この内閣府のモデル作成に当たっても、最も古いものでは80年代のデータが使われています。そのため試算結果には、近年の経済構造の変化が十分に反映されていない可能性が考えられるのです。
2008年に起きたリーマンショック後の急速な円高を受けて、日本企業は生産拠点を海外へと移す動きを強めました。その結果、日本から海外への輸出の中で、企業が自社の海外拠点への原材料、中間財を輸出する比率が高まりました。これは、企業内の貿易であり、為替変動の影響を受けにくい部分です。こうした貿易構造の変化の結果、企業の国際競争力向上を通じた円安の輸出促進効果は、以前よりも小さくなったと考えられます。
他方、急速な円高を受けて、国内では割安な輸入部品を利用する企業が増え、経済の輸入浸透度(輸入÷国内製品総供給)が高まりました。例えば、家電製品の製造に用いる輸入部品の割合が高まれば、円安による部品価格の上昇が製品価格の上昇に繋がりやすくなり、個人消費への逆風が強まります。つまり、円安による消費悪化効果は大きくなったのです。
さらに、新型コロナウイルス問題で特に打撃を受けたのは円安の恩恵を大きく受ける輸出企業ではなく、運輸業、飲食業、小売業、観光業、宿泊業など、円安による輸入品の価格上昇の悪影響を受けやすい産業が中心です。新型コロナウイルス問題後は、円安のデメリットを受けやすい産業が、日本経済のウィークポイントとなっているのです。

日本銀行も円安進行に配慮するか

以上のように、日本の輸出入構造の変化や新型コロナウイルス問題後の日本経済の特性を踏まえて考えれば、モデル計算の結果が示すように「円安は基本的に日本経済にプラス」とは単純に言えないように思えます。現状では、円安のマイナス面にも十分に配慮した政策運営が、望まれるのではないでしょうか。
日本銀行は10年国債利回りに0%という目標を設定し(イールドカーブ・コントロール)、上下0.25%程度の変動レンジ内に抑える方針を示しています。足元で急速に円安が進むきっかけとなったのは、この利回りが変動レンジの上限の+0.25%に接近した際に、日本銀行がさらなる上昇を許さないという強い姿勢をその金融調節で示したことでした。日本銀行は、金融緩和効果を損ねる可能性がある10年国債利回りの上昇を抑えるために、日米の長期金利差の一層の拡大とその結果生じる円安進行を容認する、との見方が強まったのです。
日本銀行がマイナス金利の解除など、本格的な金融政策の正常化策に着手するのは、来年4月の黒田総裁退任後になると見込まれます。ただし、長期国債利回りの上昇を多少容認することで、企業や家計が大いに懸念する円安進行のリスクを抑えることができるのであれば、それは直ぐにでも実施すべきではないでしょうか。日本銀行の金融調節をきっかけに円安が進み、物価上昇圧力が高まることは、4月末までに物価高対策を取りまとめようとしている政府にとっても懸念材料です。円安の進行が対策の効果を損ねてしまう可能性もあるからです。
日本銀行は為替政策を担っている訳ではなく、金融政策は為替市場に影響を与えることを直接の目的にはしていません。しかし、企業や家計の懸念に配慮し、また政府との協調を重視するという観点から、日本銀行は長期国債利回りの上昇を厳格に抑えるという現在の姿勢をいずれ修正し、円安進行のリスクに一定の配慮を見せることになるのではないかと予想します。

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プロフィール

木内登英

エグゼクティブ・エコノミスト

木内 登英

経歴

1987年 野村総合研究所に入社
経済研究部・日本経済調査室に配属され、以降、エコノミストとして職歴を重ねる。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の政策委員会審議委員に就任。5年の任期の後、2017年より現職。
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株式会社野村総合研究所
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